16. 【異】脱出

「アンチドート!」

「……あれ?俺何してたんだっけ?」


 自らを犯した毒を幸運にも解除したプーケは、子供達の部屋を順番にまわり、毒を解除して行く。


 だがプーケはヒールの練習で魔法力を多く使ってしまい、回復できたのは四人までであった。現在、その四人がプーケの部屋に集まっている。


「まさか俺達が毒を食べさせられていたなんて……」

「信じられねぇ」


 まずはケントとサイグールのライバルコンビ。問題行動を起こしがちではあるが、行動力があり頼れる男子ということで優先して治した。


「でも本当のことなんだよね。私もみんながおかしくなっちゃってるの、全然気にならなかったし」

「俺が料理の事まったく思い浮かばなかったのも、もしかして毒を入れるところを見られないようにするためだったのかな」


 そしてセグとマロン。この二人は普段からプーケと仲の良い二人だ。


「でもよープーケ。どうせなら俺らよりもセル姉とかを治した方が良かったんじゃねーか?」

「だよなー」


 今回この島に来た子供達の中には、セルティをはじめとした準成人、もしくはそれに近い年齢の子供も数人含まれている。問題があったのならば、彼らを治して助けを求めた方が良いのではとケント達が考えるのも当然のことだ。


「子供だけじゃ危ないもんね。モリンさんとか施設の大人の人に助けて貰わないと」


 そしてもちろん子供が頼りになるのは大人だ。今回はその大人に毒を盛られた形にはなるが、それはあくまでもはじめて会った講師や騎士団員によるものであり、孤児院のスタッフに悪い人は居ないのだと思い込んでいた。


 だが、プーケは頭の良い子だ。しっかりと考えてそれらの危険性を把握していた。


「セル姉もモリンさんも、怪しいから止めたの」

「怪しい?」

「ここに来る前に、何回も注意されたことを思い出したから」


 外に出てはならない。もしどうしても外に出なければならない場合は、途中で親しい人と出会っても絶対についていってはいけない。何故ならば、その人は邪獣が変装した姿で攫われるかも知れないから。


 孤児院の大人達は、子供達に街中で起きている事件について包み隠さず話をして、自分の力でも危険を回避できるように指導していたのだ。それがここで活きた。


「みんなは明らかにおかしくなってたから私と同じでアンチドートで治るって分かったの。でも、セル姉とかモリンさんはいつも通りだし、毒になっているのか入れ替わっているのか分からなかった」

「そんな!セル姉達まで偽物だなんて!」


 プーケの言葉に動揺するセグ。ケント達も言葉には出していないが、隠し切れない不安が顔に浮かんでいる。


「いや、本当に偽物かも……」

「サイグール?」

「俺、トイレに行こうと廊下を歩いてたらモリンさんとすれ違ったんだ。その時のモリンさんの顔、今思えば滅茶苦茶怖かった」

「怖かったってなんだよ」

「なんていうのかなー何も考えてない、じゃないや。気持ちが無いっていうのかな。うわー説明できないー!」


 能面のようで表情が無く、心が感じられなかった。サイグールが見たのはそんな人間らしからぬモリンの姿だった。その時はすでにサイグールは毒に犯されていたため、何とも思わなかったのであるが、毒が治った今であれば、その時の異常さが良く分かる。


 サイグールは必死になって言葉を紡ぎ、どうにかしてモリンの異常さを仲間達に伝えることが出来た。


「それじゃあ私達、どうすれば良いの?」

「どうするって言われても……」


 セグの疑問にマロンをはじめ、誰も答えることが出来ずに沈黙してしまう。


 その沈黙を打ち破ったのは、ケントとサイグールの元気コンビだ。


「やっぱり逃げて大人に助けてもらうしかないよな」

「だな」

『逃げる?』


 ここにいる大人が誰も信用ならないのなら、信用できる人がいる場所まで行くしかない。


「どうにかして施設まで戻るんだよ」

「そうそう」

「どうにかしてって、どうやって?」

「そこはほら、海まで行けばなんとかなるんじゃね?」

「泳ぐとか」

「無理に決まってるじゃない!」

「そんなのやってみなけりゃ分からないだろー!」

「そうだそうだー」

「お前ら本当に馬鹿なんだな……」

『なんだとー!』


 島からどうにか脱出する。それは子供達にとって、とても困難なミッションであった。

 議論が白熱し、部屋の中が騒がしくなる。


 トントン。


 突然、部屋の扉がノックされた。

 夜中に騒いでしまったことで不審に思った大人がやってきたのだろうか。もしもここで大人に突入されたら、強引に再度毒を飲まされてしまうかもしれない。


 子供達は慌てて布団の中やタンスの中に隠れる。もしも外に本当に大人がいるのであれば、バタバタと騒がしく隠れる音で中の様子が分かるのだが、そのことに気付かない点はまだ子供である。


 プーケはみんなが隠れたのを確認してから、そっと部屋の扉を開けた。


「……え?」


 そこに立っていたのは、大人では無くぬいぐるみを持ったシィであった。


――――――――


「シィくん、どうしたの?」

「中に入れて欲しい……みんないるんでしょ?」


 子供と言えども、夜中に女の子の部屋に押し掛けるなど普通はやらない。だが、後半部分の非常に小さく抑えられた言葉の内容から、プーケはシィが何かを気付いた上でこの部屋にやってきたのだと理解した。このまま扉の前で押し問答したら、他の部屋の子供達や大人が不審に思って廊下に出て来るかも知れない。そうなる前にと仕方なく、プーケはシィを招き入れた。


「みんな、元に戻った?」

「え?」


 部屋の中に入ったシィが口にした言葉は、プーケにとってあまりにも予想外の言葉だった。


「僕は変わってないから、みんな出て来て良いよ」


 その言葉を素直に信じた皆は、各々隠れていた場所から姿を現す。シィが大人達に洗脳されて刺客としてやってきた可能性があるとはまったく疑いもせずに。実際、そうではなかったのだが。


「シィくんは、どうして平気なの?」

「お父さんとお母さんが守ってくれた」


 それは、シィが普段からかかさず抱えている両親からのプレゼントであるくまのぬいぐるみ。その右目に使われている石は、毒の状態異常を防いでくれる装備品でもあったのだ。


「そっか……お父さんとお母さんが……良かったね」

「うん!」


 シィは嬉しそうに頷いた。


「それでね。さっき廊下で偶然みんながこの部屋に向かってるの見て、治ったのかなって」

「どうしてそう思ったの?」

「ケントくんとサイグールくんが仲良さそうだったから」

『うっ』


 悪意は無いのだが、毒に犯されていた時の暴走した状態を思い出させられた二人は胸が痛んだ。


「あはは、そっか。それじゃあ私達が話していたことを教えてあげるね」


 シィはこれで現状を知る仲間となった。しかし、子供達にとって仲間が増えたのは嬉しいが、普段は大人しいだけのシィが何かを出来るとは思っていなかった。


「それなら僕がなんとか出来るかもしれない」


 その予想は大きく外れることとなる。


「僕、お父さんとお母さんから船の使い方教えて貰ったことがあるの。簡単な船なら動かせるよ」

「ええ!?」

「本当!?」


 驚く子供達。


 シィの両親は、まだ幼いシィに船の操縦について簡単にだが教えていたのだ。親としては理解できないだろうと思いながらも説明したのだが、シィはしっかりと理解して覚えていた。しかも魔道船から帆船まで幅広い知識がある。もちろん、人が足りないので大きな帆船があったとしても動かすことは出来ないが、船の種類によっては子供達だけでも動かせないことは無い。


「それじゃあ、なんとかここを抜け出して、船着き場まで行けば帰れるの?」


 セグが期待に満ちた目でシィを見つめる。


「でもよー船がなきゃダメなんだろ?」

「船止まってなかったよな」


 この館は高台にあり、船着き場の様子を見ることができる。今は夜なので見えないが、昼間外を眺めた時には船は見当たらなかった。


「ううん、船はあると思う。島の中に人がいるときは、必ず一台は船を残しておくんだってお父さんが言ってた。多分、船着き場の見えないところにしまってあるんだと思う」


 食料が切れそう、誰かが大きな怪我をした、家が火事になった。予期せぬ事態でその島から急ぎ脱出しなければならないケースを考え、人が住む島には絶対に船を一台以上は確保しておくというのが、この世界の海での鉄則である。猟師の息子としてそのことを教えられていたシィは、絶対に船はあると断言する。


「シィすげぇ!これなら帰れる!」

「よし、それじゃ行こうぜ」


 すぐにでも館を抜け出そうとするケントとサイグールだが、マロンがそれを止める。


「ダメだって。こんな夜中に出たら迷っちゃうよ。朝になってからにしよう」

「大丈夫だって、船着き場まで真っすぐじゃん」

「そうそう、迷わねーって」

「それじゃあ今、窓から外見てよ」

『……』


 確かに館から船着き場までは真っすぐだ。しかし光のまったくない島内での夜。自分がどちらに進んでいるのか分からなくなるほどの暗闇の中、まっすぐ歩けるかどうか。


 マロンの機転で、子供達は朝を待って移動することにした。


 なお、プーケの魔法力が回復したら他の子供達を治すかどうかも話に上ったが、大人数だと逃げるのがバレるかもしれないから諦めることにした。


――――――――


 翌朝、なんとか早起きし、館を抜け出した子供達が見たものは……


「な、なんだよ、これ!」

「通れない!」


 船着き場まで続く広い広い下り坂の途中に大きな黄色い透き通った巨大な石が何個も置かれていて、進路を塞いでいた。


「ケント、サイグール、足元!」

「え?」

「わ!」


 そして戸惑う子供達の足元に、突如大穴が開き、吸い込まれていった。

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