15. 【異】偶然の好転

「よっしゃああああ勝ったああああ、ざまぁみろ!」

「くっそおおおお!超ムカツク!」


 子供達が島に来てから三日後。

 この日も午前中に『道徳』の授業をした後、午後は自由行動で子供達は遊んでいる。


 ケントとサイグールは飽きずにかけっこで勝負をしており、今日はギリギリのところでケントが勝利したようだ。だが、勝負後の風景はいつもとはどこか様子が違う。


「お前ズルしただろ!」

「してねーよ!負けたからって言いがかりつけて来るなよ!」

「いーや、絶対ズルした。ちょっとだけスタートするの早かったもん」

「してねーって言ってるだろ!」

「そこまでしないと勝てないとか、なっさけねー」

「はぁ、てめぇ何ふざけたこと言ってんだよ」

「あぁ、卑怯なことしたのはそっちだろ!」

「てめぇ!」


 お互いが胸倉を掴み合い、今にも殴りかかりそうなほどに険悪な雰囲気だ。それを見かねた女の子達が思わず止めに入る。


「ケントやめなよー」

「サイグールもケンカはダメだってば」


 二人の体を掴んでどうにか引き離そうとするが……


「うるさい!」

「邪魔すんな!」

『きゃあっ!』


 二人の女の子はケント達の手で強く押し飛ばされ、尻もちをついてしまった。


「これは俺達の戦いだ!」

「弱いやつはこっちくるな!」


 ケントもサイグールも、普段はライバル以外の子供達にはとても優しく面倒見が良い子であった。だが今の彼らは、自分達の勝負の邪魔をしようとするものは全て敵だとみなし、自分より劣るものを見下すようになっていた。


 そしてその異常な変化はケント達だけでは無かった。


「ふざけるな!私があんたたちより弱いですって!そんなことないんだから!」


 倒された女の子の片方が立ち上がり、怒りの形相でケント達に右手を開いて向けた。


 女の子は攻撃魔法を覚えており、それを人に向けて放とうとしていたのだ。魔法を使うものが最もやってはいけない禁忌とも言える行動。彼女は自分が弱いと侮辱されたことに憤り、躊躇うことなくそれを選択した。


「人に向けて魔法使っちゃダメだよ!」


 だが魔法が放たれるギリギリのところで、プーケが彼女を羽交い絞めにしてどうにかそれを止めることが出来た。


「離して!離してよプーケ!あいつらに私の力を見せてやるんだから!離して!」

「ダメ、絶対離さない!お願いだから止めて!魔法は人を傷つける道具じゃないんだよ!」

「そんなの大人達が勝手に言ってることでしょう!どうせ大人だって自分の欲しいものを手に入れるために魔法を使ってるに決まってるんだから!」

「そんなことない!」


 彼女は魔法の力に魅入られてしまい、強大な力を持つ自分がそれを欲のために扱うことが当然だと思うようになっていた。


「そうか、分かった。プーケ私が羨ましいんでしょ。だから止めるんでしょ」

「え?」

「知ってるんだからね。あんたが魔法の練習をしてるってこと。そして全然使えるようにならないってこと。私に魔法の才能があることが羨ましくて、邪魔しようとしてるんでしょ!」

「ち、違っ!」

「違わない!離せ!」


 島に来た最初の頃はこんなにもギスギスした雰囲気では無かった。むしろいつもの孤児院内と同じようにみんな仲良く笑い合って自由時間を過ごしていた。


「(みんな一体どうしちゃったの……?)」


 プーケは豹変ともいえる変貌を見せた皆の姿に戸惑い、恐れ、今まで通りの日常が戻って来て欲しいと切に願っていた。


――――――――


「(なんか食欲無いや……)」


 プーケが色々なところで起きるトラブルをどうにか抑えようとかけまわっているうちに自由時間は終わり、夕食の時間。お腹は減っているものの、気が滅入っており全く食欲がわかない。目の前で子供達がデザートの奪い合いをしている姿を見せられるのも、気分が悪い理由の一つである。


「ごめんなさい……私、部屋に戻ります。私の分、みんなで食べて……」


 暗い顔で部屋に戻ろうとするプーケの心配は誰もせず、子供達は自分の食い分が増えたことを全力で喜ぶのみである。いつもなら止めるはずの大人達は、そんな子供達の様子を見て微笑ましそうに見守っている。


「プーケさん、部屋に戻った後で良いので、寝る前までに私の所に来てもらえませんか?ちょっとお話をしましょう」


 食堂から出ようとした時、プーケに講師の人が話しかけて来た。


「……はい」


 正直なところ、もうプーケは寝てしまいたかったのだが、先生から言われたのなら仕方ないと思い、しばらく経ってから指示通りに講師の部屋に訪れる。


「あの……プーケです」


 扉をノックすると、中から講師の声が聞こえて来る。


「はい、どうぞお入りください」

「失礼します」


 講師は部屋の中央で向かい合わせに置かれているソファーに座っている。


「プーケさん、まずはこちらに来て座って下さい」


 プーケは勧められるがままに、講師の正面のソファーに腰を下ろした。


「お話の前に、よろしければこちらをどうぞ」

「これは……」

「夕食を食べてなかったようですので、特別に用意しました。これなら食欲が無くても胃が受け付けてくれるでしょう」

「ありがとうございます……」


 マグカップに入っているのは恐らく夕食で出されたスープだろう。具は入っておらず、これを飲むだけなら今のプーケにも出来そうだ。気は進まなかったが、自分の体のことを心配して出してくれたと分かったので、プーケはそれを頂いた。


「それで、お話って何でしょうか?」

「プーケさんにはお礼を言いたいのです」

「お礼……ですか?」

「はい、プーケさんは今日、子供達の無茶な行動を止めるために頑張って下さったそうですね」

「いえ……普通のことをしただけです」


 そう、プーケにとっては普通のことだ。

 みんなで仲良くいつも通りに過ごすために、当たり前のことをやっただけである。


「謙虚な態度も素晴らしいです。ですが、私達は本当に感謝しているのです。本来であれば私達が止めなければならない事態もあったと聞いています。それを未然に防いでいただき、子供達の未来を守っていただき、本当にありがとうございました」

「……」


 プーケの頭に、そんなことを言うなら全部しっかりと見て注意して欲しいのに、という考えが思い浮かんだのだが、子供達の問題は基本的には子供達の間で解決する、という孤児院のルールを思い出してその考えを振り払った。


「私達の感謝の気持ちとして、明日からプーケさんに魔法を教えてあげましょう」

「え?」

「聖魔法の素質があって、使えるように毎日努力されていると聞いてます。そのお手伝いを致します」

「で……でも……」


 魔法の勉強をするのはもっと先の事であり、早い時期に習うことは推奨されていない。それは、昼間の騒ぎのように心が未成熟の状態で魔法を覚えると暴発する危険性があるからなのだが、その詳しい理由を知らなくともルールだけは知っているプーケは戸惑った。


「聖魔法は安全な魔法ですから、実は早めに学習しても問題ないのです。ですが聖魔法だけ先に学習をはじめたら、他の魔法に適性のある子からするとズルイと思われるじゃないですか。だから本来は同じタイミングで学習をはじめるのです。ですから遠慮なく教わって下さい。『聖魔法、沢山使いたいですよね?』」


 『聖魔法、沢山使いたいですよね?』

 『聖魔法、沢山使いたいですよね?』

 『聖魔法、沢山使いたいですよね?』


 プーケは突然頭が軽くふらつき、何故か講師の特定の言葉が何度も何度も脳内で繰り返される。


「はい……使いたい……です」


 魔法を使いたい、それは紛れもないプーケの本心であり、その気持ちを強く印象付けさせられる。


「そういえば、最近は施設に来ている方に聖魔法を教わっているようですね。彼女も貴方と同じくらいの年齢だとか。『羨ましいですねぇ』」

「うらやま……しい……?」

「ええ、私も経験ありますよ。同い年くらいの子が少しだけ魔法を使うのが上手くて、羨ましくて悔しい思いをしたものです」

「くや……しい……?」


 もはやプーケの頭には、講師の言葉はまともに入ってこない。ただ、霞む思考の中に特定の単語だけが強制的に入り込んでくる。


「ですがそれは人として当然の感情なのです。私はその羨ましいと想う気持ちを糧にして努力して、今では彼よりも強い魔法を使えるようになりました。プーケさんの、羨ましいと、思う気持ちも、きっと、力になります」

「羨ましい……力……」


 プーケの視点は定まらず、ふらふらと頭を揺らしながら、講師の言葉をただ無抵抗に受け止めるのみ。手に持っていたマグカップはいつの間にか床に転がり落ちている。


 突然、講師がかるく両手を叩いた。


「はい、お話が長くなってしまいましたね」

「……あれ?」


 その音でプーケは覚醒し、部屋の中をキョロキョロと見回す。


「それでは、明日は午後からプーケさんのために特別授業を行いますので、この部屋に来てくださいね」

「……はい」


 夢を見ていたような不思議な感覚で、講師の話はほとんど覚えていなかったけれども、聖魔法について教えて貰えることだけは理解していた。そのことを考えると、プーケは心の奥底から嬉しい気持ちが湧き上がって来る。


 講師の部屋を出たプーケの表情は来た時とは違い、スッキリとした表情になっていた。


「ふんふんふ~ん」


 それこそ、鼻歌が出てしまうほどには。


「(これで|ポトフ(・・・)より魔法が使えるようになる!)」












 寝る前、自室にて。

 プーケは毎晩寝る前に聖魔法の練習をしていた。

 それは島に来てからも変わらない。


「そうだ、これやってみよっと」


 まずはすでに習得済であるヒールの練習。

 ポトフから絶対にやってはならないと強く言われていた禁断の方法にプーケは手を出してしまう。


「もうポトフから教わらないんだし、良いよね」


 荷物箱から裁縫用のハサミを取り出し、左腕を傷つける。


「ったぁ……ううう、ヒール!」


 加減が分からず、かなりの量の血が出てしまったが、どうにか集中してヒールを唱え、傷は塞がった。


「やった!できた!」


 プーケは実際にヒールで怪我を治したことは無い。ゆえに、これまではヒールが使える実感がなかったのだ。


「なぁんだ。やっぱりこうした方が練習になるじゃん。ポトフって自分に追いつかれるのが嫌で、わざと悪いやりかた教えたんでしょ。ひどいなぁ」


 敬愛と呼べるほどに大好きであったポトフのことをここまで詰れるほどに、プーケは変貌してしまっていた。


 何度も体を傷つけ、ヒールで治し、自分の力の快感に酔いしれるプーケ。


 満足するまで繰り返した後、次の魔法の練習に移る。


「危ない危ない、やりすぎるとアンチドートを練習できなくなっちゃうからね」


 MPが切れる前に、どうにかプーケは自制して止めることが出来た。


「毒にもかかれれば良いのに……」


 物騒なことを言いつつ、プーケは自分に魔法をかけて練習をする。




「アンチドート!」




 なぜ、子供達はこんなにも短期間で変貌してしまったのか。


 偽の講師が言葉巧みに洗脳をしかけてきたとしても、純粋な子供達が相手だったとしても、いくらなんでも早すぎる。


 その理由は、毎日の食事に混ぜられた特製の『毒』


 子供達は洗脳されやすくなるその毒を摂取したことにより、驚くほどの短期間で講師から悪意を植え付けられてしまったのだ。


 唯一プーケだけはその効果が薄かった。


 聖魔法の適性があるからか、毒も洗脳も効果がほとんど見られないプーケを偽講師は呼び出し、強い毒を飲ませたうえで強制的に洗脳状態にしたのである。


 だが、ここで一つの奇跡が起きる。


 プーケのアンチドートが成功したのだ。


「……………………あ、あれ?」


 毒が消え、冷静になったプーケはすぐに気付いた。


 自分が普段なら考えることなどありえない最低最悪の想いに憑りつかれていたことを。


 そして、それが先ほど何らかの手段で強制的に植え付けられたものであることを。


「みんなが危ない!」


 子供達の絶体絶命のピンチを覆すために、プーケは部屋を飛び出した。

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