14. 【異】島への移動手段

「どなたかすぐに船を出して頂けませんか!」

「お願いします!」


 急ぎ港までやってきたキヨカ達は走りながら大声で叫び、船を出航させて欲しいと手当たり次第に依頼する。だが今は午前中。漁に出かけた船はまだ戻っておらず、停泊している他の船もあまり見かけない。見つけたとしても魔道船ではなく、島に向かうには時間がかかりすぎるものばかりだ。


「おう、嬢ちゃん達、どうした」


 焦るキヨカとポトフに声をかけてくれたのは、木造帆船をメンテナンスしている白髪交じりの初老の男性。筋骨隆々で真っ黒に日焼けしており、海の男らしさを感じられるナイスダンディだ。


「船を、あの島まで急いで向かえる船を探してるんです」

「なんでもするから、おじちゃん、助けて!」


 今なんでもするって言ったよね、と空気を読まないコメントが流れているが当然キヨカ達はそんなものを見ている余裕はない。仮に見ていたとしたら、あまりの品の悪さに苛立ち二度とコメント欄を見ることは無かっただろう。


「あの島か……片道でも良いのか?」

「はい!」

「うん!」


 その男性は、キヨカ達の必死の表情を見て、数秒だけ思案した後、決心した。


「いいだろう、三十分、いや、十五分で準備する。乗員は十人まで。それで良ければ連れて行ってやる」

「本当ですか!」

「ありがとう!」


 男性は木造帆船を放置して、どこかに小走りで去って行く。


「船をそこまで持ってくるから、そこで待ってろよー!」


 そんな言葉を残して。


――――――――


 幸運にも、キヨカ達は騎士団の準備を待つよりも遥かに速く船を調達することが出来た。そこに遅れてマリー、セネール、ケイがやってくる。


「私も行くでしゅ」

「もちろんボクもです!」

「色々とアイテムを仕入れて来たぞ」


 セネールは途中で道具屋に寄り、急ぎ必要そうなアイテムを見繕って購入して来た。これから先に待ち受けているであろう激戦を考えると、絶対にアイテムの補充が必要だと考えたからだ。


「セネールやるじゃん!」


 これにはキヨカ的なポイントが大幅アップ。

 というのに、何故かセネールの表情は優れない。


「セネール?」

「あ、ああ……いや、なんでもない」


 セネールはそばに止めてあった先ほどの男性の木造帆船を見ながら何かを気にしているようだ。


 と、そこへブレイザー達もやってきた。


「キヨカさん!」

「ブレイザーさん、船を見つけましたので、私達が先行します」

「それなら丁度良かった。こちらの方を是非お連れ下さい」


 ブレイザーが連れてきたのは、大量の荷物を背負った商人だった。


「こちらは?」

「我々が懇意にして頂いている、旅商人の方です。向こうでの戦いの最中に物資が足りなくなりましたら、是非彼を活用してください」

「わぁ、助かります!」


 無念、これによりセネールの努力が無駄になってしまった。だが、キヨカのポイントは下がらないので安心して良い。当のセネールはそんなことは全く気にせず、何かを不安に船を見つめるだけであるが。


「ついでに君も行きなさい」

「陛下!?」


 偶然港湾地区で打ち合わせをしていたとのことで、騒ぎを聞いた国王もこの場にやってきた。


「事情は聞いた。君はそれなりに強いから入れ替わっている可能性は無いだろう。羨ましいことにキヨカちゃんとも仲が良くて連携もとれるだろうし、助けてあげなさい」

「はっ!承知致しました!」


 騎士団員は敵によって邪獣と入れ替わっている可能性がある。捕まっていた人の中には騎士団員も含まれていたからだ。そのため、島に向かわせるには本人であることの確認が必要であり、準備に時間がかかってしまう。


「騎士団長もと思うのだが、残念ながら彼は街の外にいるため今からでは先発隊に間に合わないだろう。だから、代わりと言うわけではないが、彼を連れて行きなさい」

「彼、ですか?うわ!」


 先ほどまで居なかった場所に、突然大男が出現してキヨカは驚く。


「ツ、ツクヨミさん……ですよね」

「ああ、彼は隠密行動が得意で、ある程度の戦闘もこなせる人材だ。好きなように使ってやってくれ」

「ありがとうございます!ツクヨミさん、よろしくお願いします!」

「……………………ああ」


 ほんの少しだけ漏れた返答は、渋くて重い響きを感じさせるものだった。


「もちろん俺とフュリーも行くぞ」

「ですよねー」


 王城での事件の際に先頭を立って邪獣に立ち向かった人だ。ここで後方で指示するだけでは無いとは思っていた。


「ちなみに、彼女も行くのか?」

「うえっ!?」

「彼女って、マリーのこと?」


 マリーは妙な声を出して驚く。

 国王は何故かマリーのことを気にしていた。


「俺が言うのもなんだが、本当に良いのか?君に何かあったら色々と問題だろう。せめてすべてを明かしてから行動した方が良いと思うのだが」

「い、いいんでしゅー!」

「むぅ……君がそう言うなら仕方ないが、いつまでもこの状況が続くのは良くないぞ」

「……はいぃ」


 キヨカの知らない何かについて、国王とマリーは話をする。マリーが隠している何かがこのままでは問題になりそうなのだろう。


「せめてキヨカちゃんたちには説明しておくんだな。仲間なんだろ?」

「……」


 国王はそれを言うと、準備をすると言ってその場を離れた。


「マリー?」

「……船の上でお話しするでしゅ」

「うん」


 そして十分後、爆音を響かせた小型魔動船がキヨカ達のそばにやってきて停泊する。


「おう、待たせたな。もうちょっとだけ待ってな」


 その船はとても古くて汚れも酷くボロボロで、動いているのが不思議なくらいの状態であった。船の持ち主である男性は、船内の片づけをしながらキヨカに説明する。


「これは俺が昔使ってた魔動船でな。ガタが来たから使わずに倉庫に眠らせてたんだ。ずっとメンテナンスもしてなかったから動くかどうか俺自身も半信半疑だったが、案外いけそうで驚いたわい。はっはっはっ!」

「ええ……」


 急いでとは言ったものの、あまりにも危険な代物がやってきて顔面蒼白になるキヨカ。これからこの船に仲間達や国王を乗せて出航しなければならないのだ。止められてもおかしくは無い、というか普通なら誰もが止める。


「おお、味のある船じゃんか!」


 だが、どこかで武装モードに着替えて戻って来た国王はオンボロ船を笑って受け入れた。


「って陛下ああああ!?マジかよ。これ許可切れてる船ですぜ」

「おいおい、堂々と違法宣言するなよ。そういうのは誤魔化すもんだろ」

「いや流石にそれは……」

「いったぁ!また殴る本が分厚くなってる!」

「何を馬鹿なこと言ってるんですか」


 違法しろとのたまう国王に思いっきり辞典を振り下ろしたフュリー

 いつもの光景に少しだけキヨカは心が落ち着いた。


「本当に良いんですかい?」

「緊急事態だ、問題ない。動くんだろう?」

「ええ、動きますよ。きっと。片道くらいは」

「ははは、十分さ。なぁ、キヨカちゃん」

「え……ええ!そうですよ!着けば良いんです、着けば!」


 今は贅沢など言ってられない。


 口にした通り、どんな状態であっても、どんな乗り心地であっても、たとえ爆発して放り出されようとも、最終的に島に着きさえしまえば良いのだ。そのくらい急いでいるのだから四の五の文句を言っている暇があるなら、少しでも早く着くように準備を手伝うべきである。


「何かやることは!?」

「おう、じゃあその辺りに乗ってるの、全部陸にあげておいてくれ」

「はい!」


 みんなで手分けして船の準備をし、出航。


「いくぜ、陛下のお墨付きだ。限界ギリギリで遠慮なくぶっ飛ばすから、どこかに捕まってろよ!落ちても助ける余裕はない!」

「望むところです!」

「ひいいいいいっ!」

「ひいいいいいっ!」

「(こくり)」


 男性の言葉通り、風をぶった切る勢いで船はミシミシと不穏な音を盛大に鳴らしながら海上を爆走した。


――――――――


 それでも五十分くらいはかかる距離にあるため、時間が出来る。


 ポトフは心配そうに無言で島をずっと見続けているが、他の面々は船がいつ壊れるかと気が気では無く、雑談して気を紛らわせようとしていた。


 その中で、いや、一つは雑談とか関係なくなのだが、二つの新たな秘密が明らかになった。


 一つはマリーの正体について。


「第四王女おおおお!?」

「はい、私の本名はマーガレット・シュテインと申しましゅ」


 北の大国、シュテイン王国。

 マリーはその国の第四王女だと言うのだ。


 かの国はブライツ王国とは違い、本物の王政がまだ続いている。王女の立場と言うのは飾りでは無く、とてつもなく重い意味を持つ。


「なんで王女様がこの国で邪獣と戦ってる……のでしょうか?」

「いちゅも通りの話し方で良いでしゅよ。私もしょうしましゅから。邪獣と戦うのは……やってみたかったから?この国に居るのは……なんとなく?」

「なーにが何となくだ。一般には秘密にされてることなんだが、こいつ自分の国を抜け出して来たんだぜ」

「え……?」

「家出しちゃった。てへ」

「家出ええええ!?」


 マーガレットはとある理由で家出、いや、国出してこのブライツ王国にやってきた。物語ではよくありそうな展開だが、現実に直面したらはいそうですかと納得して良いものではない。


「それって政治的にまずいのでは?」

「まずい、滅茶苦茶まずい。見つけたら連れ戻すの手伝ってくれって言われてるから、見逃したら大問題だ」


 それこそ新たな戦争の火種になってもおかしくない問題なのである。


「もしかして陛下がマリーについて何も言わなかったのって……」

「この国にいることを気付かなければ何も問題ないからな」

「そんなのアリ!?」

「ナシに決まってるだろ。でもこいつがどうしても帰りたくないって言うから、無理矢理アリにしたんだよ!」

「マリー……」

「乙女のひみちゅでしゅ!」


 キヨカは思いっきり頭をひっぱたきたい気持ちで一杯だった。

 マーガレットが王女であることと、船が爆走して手が離せないことの二つが無ければ遠慮なくどついていただろう。


「でもバラしちゃって良いんですか?船長さんも聞いてますよ?」

「ああ、流石に潮時だからな。いくら鎧で隠れているからって、王城を救った上に今回は子供の救出だろ。目立ちすぎ。正体が市井にバレるのも時間の問題さ。まぁその辺りはこいつと話をしてどうするか決めるからキヨカちゃんは気にしなくても良いよ」


 以前、マーガレットと国王が街で話をしていたのは、この件があったからである。


「バレるかなぁ……いや、バレるか」


 鎧が目立つ、鎧から小さな女の子が出て来るところが目撃される、小さな女の子が不思議な言葉遣いしている、その言葉遣いに心当たりある、もしかして……


 この程度の流れであれば、噂好きな人々の手を介してあっという間に真実にたどり着いてしまうであろうとキヨカは思った。


「あんなにお話しないように頑張ったのに……」

「お話しないように?」

「私の話し方って独特だから、話をしゅるとしゅぐにバレてしまうんでしゅ」

「だから王城ではずっと無口だったんだ……」

「キヨカしゃんが私の口調のこと知らないなら話をしゅれば良かったでしゅ」


 バレないように力を入れるところが違うのではとキヨカは思った。こんなにも目立つ行動ばかりしていたら、気付かれるのは時間の問題だからである。


 この後、相談した結果、マーガレットのたっての希望で、これまでと全く同じように扱うことに決まった。呼び方もマリーのまま。愛称みたいで嬉しいとのこと。




 そしてもう一つの明らかになった秘密とは……


「落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちるうううううううう!」


 セネールが船が大の苦手だったということである。

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