9. 【異】フラグ3.避難開始

 キヨカが孤児院を訪れたその日は、いつもと違い子供達の声だけではなくドタバタと走り回るような騒がしい音が外まで漏れ聞こえていた。孤児院のスタッフが慌ただしく出入りしているが、彼らの表情は悪いことが起きたような雰囲気には見えず、ただ単に何らかの忙しい事態が発生しただけのようだ。


 邪魔してはいけないと思ったキヨカは見つからないようにこっそりと敷地内に入り、余裕がありそうな人を探す。庭の方を覗いてみたら、丁度休憩中の女性スタッフを見つけることが出来た。


「こんにちは、モリンさん」

「え……ああ、キヨカさん。こんにちは」


 モリンと呼ばれた女性は、ややおっとりめの優しいタイプの大人で子供達からも人気が高い。キヨカも何度か世間話をしたことがあり、人柄の良さを気に入っている。


「みなさん忙しそうですが、何かあったのでしょうか?」

「実は子供達が避難することになりまして、その準備でバタバタしてるんです」

「避難って小島に行く話ですか?」

「あら、ご存知でしたか。そうです、そのお話です」


 以前ブレイザーから話を聞いていた国王の別荘島への避難が本格的に始まったのだろう。


「ここの皆は行くことになったんだね」

「はい、私達が第一便になります」

「第一便?」

「共働きなどのご家庭の場合は色々と調整に時間がかかりますので、比較的動きやすい児童養護施設から順に避難することに決まりました。特に私達の施設は王都で一番大きくて子供達の数も多いので、優先して避難させてもらえることになったって聞いてます」

「ほんとかな。国王が私に気を使ってたりしないかな」

「あはは、そのようなことはしない方だと思いますよ」


 英雄の関係者である子供達は最優先で守らなければ世間に怒られてしまう、あるいはキヨカの好感度を稼ごうなどと国王が考えてもおかしくはない。モリンが説明した理由は納得出来る内容であるためその疑いに確信は無いが、邪な考えを抱いているのではと想像してしまうのは普段のチャラさ故仕方ない事か。


「ちなみに、何人くらいが行くの?」

「施設からは子供達が十五名と、スタッフが七名。それ以外にも国の方から何名か同行して頂けると聞いてます」

「十五人か。セグ達は?」

「キヨカさんやポトフさんと特に仲の良い子供達は避難しますね」

「やっぱり忖度してるじゃーん!」

「あはは、偶然ですよ」


 キヨカが疑ってしまうのも仕方ないことだが、これは本当に偶然なのだ。何者かの意図があるとしたら、ゲーム的な強制力とも言える。


「なんかしっくり来ないなー。まぁいいや、私も準備のお手伝いしますね」

「いえいえ、お気になさらずに」

「遠慮せずに暇だからこき使って下さいよ」

「本当に大丈夫です。むしろ子供達のためになるからってみんな喜んで作業してますので、そのままにして頂けたらと」

「それずるいよーそんなこと言われたら手伝いにくいじゃーん」

「うふふふ」


 お手伝いを強要するのも変な話なので、キヨカは今回は素直に折れて帰ることにした。


「そういえばポトフちゃんは?」

「子供達の荷造りの手伝いや、今回避難しない子供達の相手をしてくれてます」

「ほうほう……それなら今回はおとなしく退散しまーす」

「はーい、うふふふ」


 子供達同士で仲良くやっているところに入るのも無粋な話。キヨカは空いた時間に何をしようかと悩みながら孤児院を後にした。


――――――――


 そんなこんなで避難当日。

 港は子供達、引率の施設のスタッフ、国の担当者や見送りの人で賑わっていた。


「ポトフお姉ちゃんも行こうよー」

「そうだそうだー俺がサイグールに勝つところ見て貰いたいのにー」

「違う違う、俺が勝つところを見てもらうんだって」

「なんだとー」

「ふんっ」


「私も行きたんだけど……うう……どうして私の体は一つしか無いの」


 ポトフは子供達に囲まれて、一緒に行こうとせがまれて困っている。本心では行きたいのだが、残された子供達の方が狙われていて危険であるため、彼らを守るために島へは同行しないと決めていたのだ。


 一方キヨカは見送りに来ていた国王の元へと向かい、話をしている。


「国からも結構人が行くんですね」

「あそこは結構広くて施設のスタッフだけじゃ足りないからな。それに万が一を考えて子供達を守る騎士団も同行させているし、教育者もいるからどうしてもそれなりに大所帯になってしまうのさ」

「騎士団は分かるけど、教育者?」

「ああ、向こうに何日いることになるか分からないからな。ずっと遊ばせとく訳にも行かないだろ。ちゃんと勉強もやらせるさ」

「子供達に文句言われそうですね」

「ははっだろうな」


 避難先でずっと遊べると思っていたのに授業が開始されると知ったら大ブーイングだろう。スケジュールは教育のプロが考えているのでその辺りのアメとムチのバランスは適度なのだろうが、子供視点で考えると少しだけでも勉強の意味合いがこめられたらNGなのだ。


「(でも今回のメンバーなら大丈夫かな)」


 偶然にも、勉強することが苦手な子供が少ない。例えばケントとサイグールは勉強そのものが苦手ではあるが競い合えるので勉強すること自体は嫌いではない。また、プーケは勉強して色々な知識を身につけることが大好きである。セグやマロンも宿題を楽しそうに解く姿や年少組に楽しそうに教えている姿をキヨカは見かけたことがある。


「あれ、シィくんも行くんだ」

「彼か。最初は候補に無かったようだが、子供達からどうしても一緒に行きたいとせがまれたと聞いているよ。良い関係を築けているようで、本当に良かった」


 普段の軽薄な笑顔では無く、優し気な眼差しでシィを見つめる国王の姿を見て、キヨカは国王がシィの事情を知っていることに気付いた。問題を抱えているとはいえ、何十万人といる王国民の一市民のことを気にかけていることに、キヨカは驚きほんの少しだけ見直した。


 その後も避難の話や誘拐事件の話などをしていたら、遅れてマリーがやってきた。


「間に合ったでしゅー」

「あれ、マリーも来たんだ」

「もちろんでしゅ。私だって子供達のことが気になってたんでしゅから」

「彼女にはツクヨミと一緒に調査をお願いしてたんだよ」


 マリーはキヨカ達と行動していた時は寡黙であったが、普段は良く話をするタイプ。当時話をしなかった理由はまだ教えて貰っておらず、何か言いにくい秘密があるようだ。


「だからいつも宿に迎えに行っても留守だったんだ」

「何回も来て貰ったのにごめんねごめんねー」


 言葉とは裏腹に笑顔でキヨカの腰をバンバンと叩く。


「痛い!」

「あ、ごめん!」


 今度は本気のごめんである。マリーは巨大な鎧を自在に操れることから分かるように怪力の持ち主。本人はじゃれる感覚で軽く叩いたつもりでも、邪獣から攻撃を喰らったくらいの痛みを感じるのだ。


『キヨちゃんの体力が減ってる……』

「ヒエッ」


 近くを漂うレオナのつぶやきが耳に入ったキヨカは、背筋が凍る思いをした。世間話で殺されてしまっては笑い話にもならない。


 そんなことをしていたら、時間が来たようだ。


「ほら、そろそろ出航の時間だぞ」


 子供達が乗るのは小型のフェリーのような形をした魔動船。高速走行で一時間もかからずに目的の島まで辿り着ける優れモノだ。


「ポトフお姉ちゃーん!」

「えいゆうおねえちゃーん!」

「へいかー!」


 船に乗り込んだ子供達が、デッキから波止場に並ぶ見送りの人達に手を振っている。


「みんな楽しんで来てね!」

『はーい!』


 ポトフはまだ彼らと一緒に行きたい気持ちと戦っているようだ。


「ほら、ポトフちゃん。みんな行っちゃうよ?」


 何か声をかけなくて良いの、とキヨカはポトフの背を押した。

 ポトフは一歩前に出て、子供達に大声で伝える。


「いってらっしゃい!」

『行ってきまーす!』


 子供達を乗せた魔動船が、出航した。


――――――――


「これで少しは誘拐事件が落ち着くと良いのだが」

「陛下の腕次第ですよ」

「そうだな。落ち着いたら是非キヨカちゃんとデートでも」

「はいはい、とりあえず一発ぶん殴れば良いのかな」

「流石に今のだけで殴るのは酷くない?」

「そうですか?ならマリーさん、私の代わりに陛下を殴って良いですよ」

「ちょちょちょっ!ならの意味が分からないから!それ洒落にならないから!」

「全力でゴー!」

「ゴーでしゅ?」

「ゴーじゃなーーーーい。ヘールプー!ってなんでフュリー俺を羽交い絞めにしてるの。止め、マジで止め、止めええええええええ!」


 などと派手に騒いでいるのは、子供達が遠くに行ったことにどことなく寂しさを感じているのか、それとも微かに胸騒ぎを感じているからなのか。


 その両方を胸に抱えているポトフは、フェリーの姿が小さくなってもその場に残り、遠くに微かに見える島影を眺めていた。

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