8. 【異】砂漠
「ここが砂漠の入り口」
「話に聞いていた通り、強そうな邪獣の気配があるな」
キヨカ達は誘拐事件の合間に自らを鍛えることも忘れていなかった。事件の黒幕と思われる邪人と相対する覚悟がすでにあるからだ。相手がイルバースやウルガスよりも強い邪人である可能性も考慮し、少しでも強くなろうと考えていた。
だが、王都南の遺跡に出現する邪獣は今のキヨカ達にとって物足りなく、倒して入手したブルークリスタルを使用しても能力はほとんど上昇しない。ゆえに、新しい狩場を見つける必要があった。
そんなある日、街中で国王とマリーが食事をしているところを見つけたキヨカは騎士団に通報しようとした。
「通報しないでよ!」
その場にはフュリーも居て、どうやら男女のあれこれではなく別件で話をしていたようなのでキヨカは渋々と通報を断念。
「なんで苦虫を噛み潰したような顔になってるのかなぁ!?俺への風当たり強くない!?」
などとお約束のコントをやりながら少しだけ話をしていたら、王都近辺で力をつける場所を教えて貰ったのだ。
「皆、決して奥まで行かないように。夢中で戦っている間に気付いたら中に入ってた、なんてことにもならないように気をつけようね」
「うん(コクコク)」
「うむ」
「はい」
王都からかなり東に向かった先にある広大な砂漠。
戒めの砂漠と呼ばれるその場所は、名前だけが残されている。砂漠化の理由や戒めの砂漠という名前の由来は分からない。そこには濃密な邪気が充満しており、砂漠の奥に進めば進むほど凶悪な邪獣が出現する。砂漠という過酷な気候と邪獣の組み合わせのせいで、微塵たりとも調査することが叶わぬ土地なのである。
そんな恐ろしい場所ではあるが、草花が多少残されている外周部に出現する邪獣はそれほど強くは無い。王都南の遺跡よりも少し強い程度の邪獣が出現するため、今のキヨカ達が鍛えるにはうってつけの場所なのだ。
「それじゃあ戦いを始める前に今日の目的をおさらいするよ」
この場所は王都からやや遠く移動に時間がとられる上に、誘拐事件の手伝いがあるため、効率良く作業する必要がある。そのために、やるべきことを再度確認して、なるべく無駄なく行動できるように気を付ける。
「最初はポトフちゃんの能力確認。次に私達全員の能力向上。金策は後回しなのでブルークリスタルは能力上昇につぎ込むこと。そして最後に新しい技の考案。いいかな」
イルバースを倒した後にポトフが色々な意味で成長したように、ウルガスを倒した後も変化があった。誘拐事件に追われていてキヨカは忘れていたが、セグが見つかった晩にポトフがキヨカに打ち明けた。
「たっぷり回復するよ」
腰に手を当ててドヤ顔をするポトフ。
今回習得した魔法はミドルヒール。これまで使用していたヒールは魔力の上昇に伴い効果も上昇するが、上昇した数値以上にHPが増加しているため、ヒールでは回復が間に合わなくなっていた。すでにアイテムのミドルポーションの方が回復力が高く、ポトフのヒールは物足りなく感じていたのだ。
『次の敵のヒントになりそうな変化が無かったのが残念だね』
ウルガス戦を無事に乗り越えられたのは、ポトフがアンチパラライズを覚えたことでマヒの重要性を事前に意識することが出来たからだ。だが今回は、今足りない回復ソースを補う物であり、今後の戦いの内容を示唆するものでは無かった。
「案外、背格好が変わるのが重要だったりして」
『なにそれー』
ポトフのもう一つの変化、体の成長は今回も行われた。中学校入りたてくらいの背格好に成長したのだが、前回とは違って体型はポトフが自由に変化させられるようになった。今は装備の丈の都合上、これまでと同じく十歳くらいの背格好であるが、六歳くらいや十三歳くらいの姿に変化可能だ。
「お姉ちゃん、そこに敵がいるよ」
「え?」
今日の方針について確認していたら、突然ポトフから接敵の報告あり。ポトフが指さした場所を目を凝らして見ると、地面と同じ色をして風景と同化した何かがそこにいた。
「戦闘準備!」
敵は大きなカメレオン。体の色を変えて景色に溶け込むことで気配を消す能力を持つ。
「ぐうっ、このおっ!」
攻撃方法は素早く近づいてからの体当たりによるヒットアンドアウェイ。ダメージを喰らった後に目を離すとどこに行ったか分からなくなるため、どれだけ痛くても相手の動きを観察しなければならないのが辛いところ。
「グラビティインパクト!」
だが強さ自体はそれほどでもない。時折姿を見失って攻撃が失敗扱いになるが、その頻度は高くはなく今のキヨカ達ならば問題なく撃破出来る。
「ミドルヒール!」
「ヒールより気持ちいい!」
ヒールでは今の最大HPの三割程度しか回復しないが、ミドルヒールでは七割近く回復する。いずれこの魔法でも回復が足りなくなる日が来るのだろうが、しばらくはこれで十分である。
「うん、これだけ回復してくれるとアイテム節約になって良い感じ」
「ぶい」
これで回復が追いつかなくなる可能性は減り、この場所でも長く狩りをすることが出来そうだ。
「よし、それじゃあじゃんじゃん狩って強くなろー」
次に出会ったのはカメレオンと異常に手が長いテナガザル。本体は普通のサルと同じくらいの大きさなのだが、手の長さが体長の二倍以上はある。
「キィッ!」
「え、速っ!痛っ!」
テナガザルは地面の石を拾うと、目で追うのが難しい程のスピードでキヨカ達に向かって放り投げた。長い手をしならせて放った石は、弾丸のようだ。キヨカは手が痺れてしまい、武器を地面に落としてしまう。
「ダメ、力が入らなくて持てない」
テナガザルは抜群のコントロールでキヨカ達の手を狙い、痺れさせることで武器を一ターンだけ使えなくしてくる。防御で凌いで次ターンに攻撃すれば良いのであるが、テナガザルの行動速度は素早く武器を手にしたターンに先制されてまた武器を落としてしまう。
「グラビティ!」
ゆえに、ケイの重力魔法が大活躍した。テナガザルより素早く動けるようになったキヨカと元々先制出来ていたセネールでダメージを与え、撃破する。
「う~ん、普通に倒すならこのやり方がベストなんだろうけど……」
『キヨちゃん?』
「武器が使えない状態でも威力のある攻撃が出来ればもっと楽に戦えそうなんだよね」
『でも武器無しで敵に近づくなんて危険だよ』
「そこはほら、肉体も武器ってことで」
『キヨちゃん!危ないことはダメだよ!」
「ご、ごめんごめん」
謝りはしたものの、キヨカは内心本気で考えていた。これまでの邪獣は一癖も二癖もある相手だった。こちらの攻撃力を削ぐために、武器が使えなくなるような状況もこの先あるかもしれない。また、体術でそれなりにダメージを与えられそうな技を今の時点でなんとなく思い付きそうでもあった。キヨカは知っている。これが、経験を積むことで技を閃く予兆であることを。
しばらくの間、カメレオンとテナガザルを相手にしていたキヨカ達。次に高さ三メートルほどの枯れ木の邪獣に遭遇するも、難なく撃破。砂嵐で全体攻撃をしかけてくるので回復するのが厄介ではあるものの、枯れ木だからか耐久力が弱く、優先して撃破すればそれほど苦にはならない。
その次に遭遇したのは小さなコンドルの邪獣。空飛ぶ相手にはキヨカの剣は掠る程度でダメージが少ないが、セネールの槍の投擲が弱点特攻となり文字通り飛ぶ鳥を落とす勢いでサクサクと狩れる相手であった。
ここまでは順調であったが、その次に出て来た邪獣に、苦戦することになる。
「お化け!?」
半透明で実体のない存在がふよふよと宙を漂っている。武器で斬ってもまったく手ごたえが無い。
「どうやって倒すのこれ?でもこれだって私達に触れないなら攻撃出来ないよね」
お互いに攻め手が無いのであれば、無視するしかないのでは。キヨカはそう思ったが、そのような相手が敵として出て来るわけが無い。
「あ、それズルイ!痛っ!痛いってば!」
ゴーストは周囲の石を操り、キヨカ達にぶつけてきた。ポルターガイスト的な能力である。直接触れないのであれば、操れる物体をぶつければ良い。
なお、キヨカはお化けの類は怖くは無い。街灯の無いお墓に真夜中に訪れても平気なタイプだ。一方レオナは……
『キャーーーーいやーーーー来ないでーーーー!』
大騒ぎである。また、地球側で誰かに何かを言われたのか、キヨカには意味不明な言葉を放つ。
『あんた絶対後でぶんなぐるーーーー!』
そんな騒ぎはさておいて、キヨカ達の取るべき戦法は一つ。魔法を使うことだ。実体のない存在には魔法というのはゲームの定番であるが、それを教えるはずのレオナは大混乱。戦いの最中なのでコメント欄を見る余裕もなく、しばらくの間は解決方法が見当たらなかったが、色々と試している中でそのことに気が付いた。
「でもこれってセネールの魔法力が尽きたら狩れないってことだよね。う~ん、出会いたくない敵だなぁ」
攻撃魔法を使えるのはセネールだけ。ゆえにセネールのMPが尽きたらゴーストは倒せず逃げるしかない。
「お姉ちゃん、ちょっと試していい?」
「ポトフちゃん?」
ポトフはゴーストに向かってヒールを使ってみた。すると、ゴーストは苦しみ出して消えて行く。
「やった、はじめて倒した」
ポトフ、初の邪獣撃破の時である。
「凄い凄い!ポトフちゃんどうして分かったの!?」
「えへん」
回復魔法を死霊系の敵に使ってダメージを与えるのもまた、RPGの基本である。キヨカはもちろんポトフもそのお約束を知らないが、聖属性が苦手な相手ということはこの世界の一般常識として知っていて、そこからヒールも苦手かもしれないと想像し、自ら答えに辿り着いた。これまでの受け身の姿勢では決して思い付かず、子供達を守るために少しでも成長したいという想いがあるからこその閃きである。
「でもヒールも貴重だから今後は禁止ね」
「しょんぼり」
体力回復以外でMPを使ってしまったら、それこそ早く狩りが終わってしまう。せっかく敵を倒せると思ったポトフは少し悲しかったが、仕方ないことだと割り来た。
キヨカ達は厄介なゴーストからはなるべく逃げることに決め、誘拐事件が大きく動くまでの間、ここで狩りを続けて鍛えた。
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