7. 【異】ポトフの一日

「来たよー」

『ポトフちゃああああああん』


 ポトフはキヨカ達と宿で朝食を取った後、毎日孤児院に通って子供達と遊んでいる。ポトフは子供達に大人気で、訪れると雪崩のような勢いで子供達に囲まれる。


「ポトフちゃん遊ぼ!遊ぼ!」

「今日は僕達と一緒に遊ぶんだって」

「えー、今日は私と遊ぶのー」

「やだやだ私とー!」


 誰が一緒に遊ぶかでケンカになるのもまた、ここ最近の日常である。


「こらこら、ケンカしないの。順番に遊ぼ」

『はーい』


 孤児院でのポトフは、いつもの口数が少ない様子は何処に行ったかと思えるくらい話をする。元気いっぱいの子供達を相手にしているうちに、自然とそうなってしまったのだ。


「それじゃ最初は俺達からお願い!」

『えー』

「すぐ終わるからいいだろー」

「そうだそうだー」


 本日最初のお相手は、元気いっぱいな十歳くらいの男の子二人。彼らと一緒に孤児院の外に出る。外と言っても敷地の外では無く、やや広い裏庭の様な場所だ。


「今日は俺が勝つからな」

「何言ってんだ。俺が勝つに決まってんだろ!」

「ふん、言ってろ」

「お前こそ」


 この二人は同年代のライバル同士。勉強も運動も何もかも競い合い、ポトフが来ると勝負の見届け役をお願いする。特に今日の種目のかけっこは実力が伯仲しており、ほんのわずかな差でのゴールとなるため子供達だと判断がつかない場合が多いのだ。その点、ポトフはしっかりとジャッジ出来るため、こうしてポトフが来ると頼ってしまうのである。


「ケントくんもサイグールくんも、前より速くなったのかな」

「うん、サイグールよりも速くなったよ」

「ケントよりかは速くなったかな」

『何をー』


 お互いに相手より速いと主張し、その言葉に同時に憤る。どんな勝負でも見られるお約束の風景で、孤児院の子供達には見慣れたもの。殴り合いのケンカになりそうな程の雰囲気で睨み合っているが、実際にそうなったことは無いので大人達も特に止めはしない。なお、一度だけ殴り合いの勝負をしたことがあって、その時に滅茶苦茶怒られたのがトラウマで二人は絶対に手を出さないと暗黙のルールを決めていた。


「ほらほら、勝負をするでしょ。準備して」

『はーい』


 かけっこの距離は三十メートル程。

 二人はスタートラインに立ち、ポトフが待つゴールラインに向かって走る。

 スタートの合図は強引に引っ張り出されたマロンだ。


「なんで僕が……それじゃ始めるよ。位置に着いて、よーい、スタート!」


 合図と同時に二人は飛び出した。

 お互いに相手より少しでも前に出ることだけを考えて、ひたすら全力で足を動かす。

 そして全く差がつかず横一線で走り続け、そのままゴールする。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、俺が勝ったよね!」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、今のは俺が勝ったって!」


 どちらも自らの勝ちを主張するが、同着と言われてもおかしくないくらい際どい勝負だった。だがポトフはしっかりと見ていた。


「ほんの少しだけケントくんの方が速かった」

「やったああああああああ!」

「くっそおおおおおおおお!」


 喜び飛び跳ねるケントと、悔しそうに地面を叩くサイグール。明暗分かれた彼らの前にポトフは進み、手を伸ばす。まずはケントからだ。


「よしよし、良く頑張ったね。次も期待してるよ」

「あ……うん……」


 歓喜の舞を踊る程だった喜びを見せたケントが、ポトフに頭を撫でて貰いながら褒めてもらうと、借りてきた猫のように大人しくなってしまった。ガチ照れである。


 そして今度は地面に座り込んでいるサイグールの元へと進み、同じく頭を撫でて声をかける。


「残念だったね。次は勝とうね!」

「う……うん……」


 こちらもまた、悔しさは何処に行ったのかと思える程の態度の豹変っぷり。俯いて静かになってしまう。


 二人とも、最近は勝負の結果がどうこうよりもポトフにあやされるのが好きで張り合ってる説が、孤児院の大人達の中で広まっていたりする。


「よ、よおーし、次も勝つぞ」

「な、なにおー、次は俺が勝つんだからなあ」


 最初の頃とは全く違う、力の入ってない張り合いの言葉をきっかけに、次の子供達と遊ぶ流れになった。


「次はわたしー」

「はーい」


――――――――


 沢山遊んで、年少組がお昼寝タイムの時、今日のポトフは一緒に寝ることなく居間に戻って来た。しかしそこには一人の女の子しか居なかった。


「あれ?みんなは?」

「外に行ったり部屋に戻ったりかな。ポトフお姉ちゃんが寝ちゃうと思ってたみたい」

「むぅ、いつも寝てるわけじゃないもん」

「あははは」


 ぷぅと頬を膨らませるポトフと話をしている女の子は、十歳くらいで名をプーケと言う。


「それじゃあこの時間は私がポトフお姉ちゃん独り占めだね」

「何かやりたいことある?」

「魔法教えて!」

「やっぱりそうなる」


 プーケはポトフと同じく聖魔法の適性があり、少し前からポトフに魔法を教えて欲しいとお願いしていた。ポトフは練習して魔法を覚えたわけでは無いのでどうやって教えれば良いか分からず最初は断っていたが、プーケが断られても諦めずにお願いするため折れ、正しいやり方では無いかもしれないと納得してもらった上で教えている。


 なお、もう二年ほど待てば学校で正しいやり方で魔法を教えてくれるが、待ちきれなかったようだ。


「それじゃあまたヒールを使うから良く見て……」

「それがね、出来るようになったの!」

「え?」


 プーケは自分に向かってヒールを発動した。淡く光り輝く様子は紛れもなくヒールが正しく発動した証拠であり、プーケは嬉しそうにポトフに報告する。


「どう?どう?」

「う、うん。成功してるね。おめでとう。でも言いつけは……」

「守ってるよ!本当だよ!」

「分かった。信じる。本当におめでとう」

「えへへ」


 ポトフの言いつけ。それは自分を傷つけないこと。ヒールを覚えるために自分を傷つけて、それを治すなんてことをやられたら大問題だ。それだけは絶対にやらないように、もしやったら二度と教えない上に、大人達全員で本気で叱って貰い、二年後にも魔法を学ばせないようにしてもらうと徹底的に脅しつけたのだ。


 プーケはその言いつけを守り、毎日毎日練習してヒールを習得した。


「ポトフお姉ちゃん、次の魔法を教えて!」

「次?」

「うん!」


 一つ覚えたら次に挑戦したいという気持ちが生まれるのは当然だ。とはいえ、ポトフ自身も多くの魔法を使えるわけでは無い。ゆえに必然的に教えられる魔法は限られてしまう。


「それじゃあ『アンチドート』を教えるね」

「わーい、やったー!」


 ポトフはアンチドートをプーケに向かって使って見せる。


「どう?」

「う~ん、良く分かんない」

「だよね」


 ポトフの魔法の教え方は、実際に魔法をかけてみて感じ取ってもらうこと。ヒールは怪我や体力を回復するイメージがプーケにもなんとなく理解出来たようだが、アンチドートはそうはいかない。『毒』についての知識が無いとそれを治すと言われても想像すら出来ないだろう。


「むずかしいー」

「何度でも使ってあげるから、がんばれ」

「うん、ポトフお姉ちゃん、ありがとう!」


 ポトフとプーケはしばらくの間、アンチドートの練習をして、ポトフのMPが切れそうになってきた頃合いを見計らって雑談へと移行した。


 すると、居間にプーケよりもやや年下、七歳くらいの男の子がやってきた。


「あ……あの……」


 熊のぬいぐるみを抱えたその男の子は、気弱そうな雰囲気を纏っており、ぼそりとキヨカ達に呟いた。


 声が小さすぎて聞き取れなかった、などということはなく、プーケが反応する。


「シィくん、どうしたの?一緒にポトフお姉ちゃんと遊ぶ?」

「ええと……その……」


 シィは視線をプーケとポトフを行ったり来たりするだけで、何も言い出せない。シィは肩を落として踵を返して部屋に戻ろうとするが、それをシィが引き留めた。


「シィくん、ポトフお姉ちゃんのお話し相手になってくれない?私、今日の夕飯当番のお手伝いをするってガータスお兄ちゃんと約束してたんだ」

「え……あの……」

「それじゃあよろしくね」


 プーケはシィの返事を聞かず、すれ違いざまに軽くシィの肩を叩いて居間を出ていった。


 もちろん、プーケはシィに気を使ったのだ。


 十歳程度の子供は、普通であればこのレベルの気遣いは出来ないかもしれない。だがここは孤児院。問題を抱えた子供達との交流をせざるを得ない場所だ。ゆえに、孤児院の子供達は空気を読むことに長けている。


「シィくん、おいで。お姉ちゃんとお話しよ」

「…………」


 シィは少し迷った後、ゆっくりと歩いてポトフとは離れた場所にあるソファーに座った。


「シィくん、こんにちわ」


 ポトフは俯いているシィの目を見て、優しく挨拶する。会話の基本は挨拶から。それはこの世界でも常識であり、孤児院でもしっかりと教えられている。


「こ……こんにち……わ」


 シィにもそれは教え込まれているため、どうにか挨拶を返すことが出来た。


 そこからはポトフの独壇場。場の雰囲気を明るくするために自分から多く話しかけ、時折「イエス」か「ノー」で応えやすい質問をしてシィが言葉を発しやすい雰囲気作りに勤しんだ。


 そしてそれが功を奏したのか、話が切れたタイミングを見計らって、シィはポトフに質問をする。


「あ、あのっ……聞きたいことが……あります」

「うん、何でも聞いて」


 シィは今日、ポトフに会いに来た。

 普段は人気者のポトフの周りに人が沢山いるが、今日は偶然にも誰もいない状況で話をする機会が得られた。これを逃したら、もうチャンスは無いとシィは感じており、意を決して口を開いた。




「ポトフお姉ちゃんは、家族が居なくて寂しくない?」




 シィは一年前、家族を不幸な事故で無くしてこの孤児院にやってきた。それ以来ずっと塞ぎ込んでいたが、大人達と孤児達の献身のおかげか、最近になって多少は人付き合いが出来るようになっていた。


 シィはポトフが以前、両親が居ないと話をしていたことを覚えており、ずっと聞きたかったのだ。この耐えがたい寂しさを、どうやって紛らわせれば良いのかと。どうしたらポトフや他のみんなのように明るくなれるのだろうかと。


「寂しいよ」

「え?」


 これから語られるのは、キヨカにすら語ったことの無いポトフの本音。シィを癒すための口先だけの言葉ではなく、心からの想い。 


「とても寂しい。なんで私には家族が居ないんだろうって、良く思う」

「……」

「お姉ちゃん、ええと、キヨカお姉ちゃんには両親が居て、私も可愛がってもらってるんだけど、それでもあの二人はキヨカお姉ちゃんの家族であって、私の家族じゃないんだ。だからキヨカお姉ちゃんが家族の話をする時、羨ましくて寂しくなる時がある」


 両親だけでは無い。

 姉に会いたい。キヨカのその想いを感じるたびに、自分にはそう思える対象がいないことを思い知らされる。


「……」

「キヨカお姉ちゃんだけじゃない。街中で親子が仲良さそうに歩いているのを見ると、胸がズキンと痛むこともあるし、泣きだしたい気分になることもあるよ」


 ポトフには記憶が無い。それだけならば家族がいる可能性も無きにしも非ずであるが、直感的に理解していた。自分はこの世界に住む人々とは根本的に何かが違い、血縁はもちろんのこと、自分のことを知っている存在は誰一人としていないのだろうと。


 誰もが家族という無条件に心が結びつく相手がいるこの世界で、自分だけはそれがない。失う以前に、何も無い孤独。それを恐れ、寂しいと感じることが出来るまでに、ポトフの心はキヨカが出会った時よりも成長していた。 


「……なんで?」

「寂しそうに見えないって思う?」

「……うん」

「それはきっと、みんなのおかげかな」

「?」

「キヨカお姉ちゃん、キヨカお姉ちゃんのご両親、スール村のみんな、クレイラ村の領主、セネール、ケイ、マリー、ブレイザーさん、騎士団のみんな、国王、パフューさん、セルティさん、セグにマロンにケントにサイグールにプーケに、シィくん。私にとって『大切』で大好きな皆がいるから、寂しさは少しだけ消えてるかな」


 その関係は絶対に家族と同等にはならないし、比較することも出来ない。でも、家族とは違った意味で傍にいたら嬉しくて、楽しくて、心が安らぐ存在。ポトフはそれを『大切』と表現する。


「少しだけ?」

「うん、少しだけ。どれだけ楽しくても、どれだけ多く『大切』な人が出来ても、この寂しさは一生消えることが無いって私は思うんだ」


 例え『大切』によってどれだけ満たされても、本当に欲しいものの代わりにはならない。人によっては温もりを与えられれば与えられるほど、失ったことの悲しみを思い出して辛く感じてしまう人もいるかもしれない。


「そんな……それじゃあ」


 でも、ポトフは思う。

 『大切』は寂しさを埋めてくれはしないけれども、孤独による辛さは消してくれるのだと。


「だからね。シィくん。『大切』な人を沢山作るんだよ。そうすれば寂しくても笑顔で楽しい毎日を送れるから」


 だからポトフは大丈夫。

 幸運にも『大切』な人と最初に出会えたから。

 毎日が楽しさに満ち溢れているから。


 寂しくなることはあっても、決して辛くは無い。


「シィくんにはいないかな。自分のことを大切に想ってくれる人が」

「あ……」


 塞ぎ込んでいて誰も寄せ付けなかった自分に、諦めずに寄り添ってくれた孤児院の仲間達。彼らはシィにとっての『大切』になりかけていた。


「私もシィくんの『大切』になれるように頑張らなくっちゃ」

「お姉ちゃん……」


 これはシィとポトフだけの秘密のお話。

 心に孤独を抱える者同士の、傷の舐めあいでもあり、前へ進むための必要な儀式でもある。


 ポトフが孤児院で人気な理由。

 それは、自分達と同じ寂しさという『傷』をポトフが抱えていることに、心の何処かで気付いているからなのかもしれない。

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