6. 【異】フラグ2.誘拐事件の状況
「おお、英雄殿、どうぞこちらへ」
「こんにちわ……」
キヨカが訪れたのは騎士団の建物。
孤児院と同等か、それ以上の敬意を持って扱われることにキヨカは未だ慣れず乾いた笑顔を浮かべてしまう。
「おお、英雄殿だ」
「俺初めてこんな近くで見たよ。外回りの日じゃなくて良かったー」
「やっぱり滅茶苦茶可愛いよな」
本人達は聞こえないと思っているのだが、耳が良いキヨカにははっきりくっきりばっちり聞こえている。奥の部屋に向かって進むたびに顔が赤くなっているのがその証拠である。
「はぁ」
「うちのものが申し訳ありません。後でキツく言い聞かせますので」
「いえ、お気になさらずに。喜んでいるところに水を差すのも申し訳ないですから」
目的の部屋に辿り着くころにはやや憔悴しており、ブレイザーが気遣いの言葉をかけた。キヨカは自分が英雄視されているのはスピーチの時に国民を煽ったことが原因だと思っているため、その責任を果たすべく恥ずかしくても英雄呼びを我慢すると決めていた。
だがブレイザーは思う。あの場でキヨカが無難なスピーチをしたとしても、彼女の成し遂げたことだけで十分に英雄視される条件は揃っていただろうと。そして、仮に国民が今一な反応だったとしても、国王が煽っただろうと。
「よし、落ち込むのは終わり。それで、ブレイザーさん、状況を教えてください」
今日キヨカが騎士団にやってきたのは、子供達の誘拐事件の状況を聞くためだ。本来であればセグを救出した時点でキヨカの役割は終わり、後は街を守る本職である騎士団に任せれば良いのであるが、一旦関わった以上、任せっきりにするのはキヨカの性格上難しかった。
騎士団としても、戦闘能力が十分で、先の事件により知名度と人気が激増して聞き込みがしやすいキヨカが協力してくれるのは有難い。ブレイザー個人としては何から何まで手を借りてしまい申し訳ないという気持ちが大きかったが、事件解決のためならばと協力を引き続きお願いしていたのだ。
「これまで行方不明になった子供達は全員王都近辺にて発見済です。いずれも小さな洞窟のような場所で眠らされており、特に怪我などはございません。また、眠らされる直前に知り合いの大人と出会って話をしていたという点が共通しております」
「知り合いの大人?」
「はい、家族以外で仲が良い大人の方と街中で偶然出会い、話をしている間に気が付いたら洞窟で我々に発見されていた、という流れですね。連れ去られた後に目が覚めたという話はございません」
「状態異常とか、連れ去り後の出来事を強制的に忘れさせられているとか、っていう可能性は?」
「今のところはその兆候はございません。もちろん、我々が知らない未知の魔法を使われていたら分かりませんが、睡眠魔法を強めにかけて念入りに起きないようにしてありましたので、起きさせない方が都合が良かったのでは」
「う~ん、犯人の目的がどうにも分からないですね」
子供達が暴れないように眠らせていた、という考えならば理解できるが、それでも眠らせて何に利用するつもりだったのかが全く持って分からない。監禁されていた場所にも特徴は無く、イケニエ等の命が関わるような仕掛けが為されていたわけでもない。
「報告を続けますね。現在王都では我々が厳戒態勢を敷いておりますが、未だに誘拐事件は止まりません。数は減っていますが、その分情報が少なく見つけるのに時間がかかっております」
これまでは一つ情報が得られれば、その先で複数の子供達を発見することが出来た。だが、一人だけが行方不明となると、目撃情報も少なく、発見までにどうしても時間がかかってしまう。
「見つけること自体は出来ているのでしょうか?」
「はい、最近では目撃情報よりも王都付近の探索で見つけることの方が多いですね。同じ場所に連れ去ったケースもあります。我々が子供達を発見していることを相手も理解しているはずなのに手口を変えないのは、まるで見つけてくれと言っているようなものです」
「見つけられても良い。でも子供達に何かが為されたわけでは無い。ええ……本当に何のためにこんなことやってるの」
「考えられることとすれば、我々を不安にするため、でしょうか」
連れ去った先で邪獣に遭遇することから考えると、犯人は間違いなく邪人だ。邪人の目的は人間の負の感情を集めること。そのために子供達を攫うのは効果的ではあるが、それなら殺してしまった方が大きな悲しみを与えることが出来るはず。
「ウルガスに聞いておけば良かったなぁ」
「あいつがまともに答えるとも思えませんが」
「それもそっか。でもあいつが口を滑らせてくれたおかげで、もう一人邪人がいるかもしれないって分かったのは重要な情報だったよね」
「はい。今思えば、王都に邪獣を放ったのは混乱に乗じて今回の事件の仕掛けをするためだったのでしょう」
ウルガスとの戦闘前の会話で、ウルガスは王都にクリスタルを設置していないと告げていた。城が崩壊するところを目撃して悲しんで欲しいというウルガスの目的を考えると、その事実は納得出来るものであり、だとするともう一人邪人が王都に潜んでいるということになる。
そこまで分かれば、その邪人が今回の誘拐事件に関わっていると考えるのは自然なことだ。
「目的は不明ですが、相手が我々の守りを突破して子供達を拐かしていることは事実です。そこで、子供達に一時的に安全な場所に避難してもらう案を検討中です」
「安全な場所?」
「はい、この王都から近く、内海に浮かぶ一つの小さな島に離宮がございます。離宮と言っても御大層なものではなく、建物が大きいだけで質素であり、大きな別荘のようなものとでも考えてください。そこで合宿の様な形でしばらく子供達を隔離します」
「なるほど、相手が手を出せない場所に避難させるってことね」
王都内に神出鬼没な敵を相手にするくらいならば、いっそのこと子供達だけをまとめて守った方が、守る方としてもやりやすい。
「でも子供達ってかなり多いでしょ。入りきるの?」
「もちろん全ての子供達というのは難しいです。ですが、希望者だけという話でしたら可能だと考えております」
「希望者?」
「はい。都合により両親が共働きでどうしても子供に一人の時間が出来てしまうご家庭や、大人の数が足りずに全ての子供達の動向をつぶさに管理するのが難しい孤児院など、大人が目を離さざるを得ない子供達を対象にします」
この世界では親が子供を不当に育てない、などと言うことはあり得ないため、この条件であればそれほど多くの人数にはならない。
「ポイントは必ず家族、あるいは家族に準ずるくらいの縁が深い関係者が必ず子供を見ていること。それでも隙は突かれるかもしれませんが、守り方がこれまでより明確になるため、守りやすくなります」
「分かりました。その話はもう決まりなのでしょうか?」
「ええ、もうすぐ……」
「新たに誘拐事件が発生!なお、ツクヨミ殿が調査中の場所に偶然運ばれてきたとのことで、居場所を特定済!」
キヨカ達が今後の方針について話をしていたら、新しく子供が誘拐されたという情報と、その子供を発見したという情報が同時に入って来た。
「すぐ行く!」
ブレイザーは立ち上がりすぐさま部隊の編成に入った。
「キヨカさん、お話し中の所もうしわ」
「行きます」
この一言で、キヨカはブレイザーの言葉を遮り、自分に構わず準備をするようにとの意思を伝える。それを正確に汲み取ったブレイザーは、軽く礼をして行動に移り、キヨカと共に出立し、無事に子供を救出した。
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