10. 【異】フラグ4.偽物
孤児院の子供達が避難してから数日後、キヨカとマリーは王都内を巡回していた。
「怪しい人居ないでしゅねー」
「そりゃあ露骨に怪しい人が歩いてたらとっくに捕まってるよ」
「でしゅよねー」
この巡回の目的は街中を変装して歩いている邪獣を見つけるためのものではない。子供達が言うには、邪獣はどういうわけか本人と変わらない違和感の無い行動をしているため、見た目で判断するのは難しい。だが、邪獣そのものを見つけられなくても、邪獣が潜伏している場所は見つけられるかもしれない。
「あの創立記念祭の日に大量の邪獣が王都に入り込んで、今もなお何処かに潜んでいる」
「しょしてターゲットを決めたら、親しい人に変装して外に連れ出しゅ。でしゅか」
「ホント、何のためにこんなことやってるんだろ……」
理由は相変わらず分からないが、キヨカ達の調査で邪人の隠れ家が分かれば、事態は一気に解決に向かうかもしれない。本当は邪人との戦闘の可能性も考慮してパーティー全員で探索したかったけれども、子供達の守りを疎かにするわけにもいかず、孤児院にはポトフとセネールが向かっている。今ごろセネールが子供達のオモチャになっているだろうとキヨカは想像してくすりと笑う。
「どうかしました?」
「ううん、なんでも。それより、次はあそこの公園で良いんだよね」
「はいでしゅ」
街中の廃ビルや空き部屋などは、持ち主への調査の許可などが必要で手間がかかるため騎士団が担当し、木々が多い公園などの隠れる場所がありそうなところをキヨカ達が担当している。今は王都北側の工場区にある公園へ向かっている。
「ここの公園はお祭りの時に寄らなかったんだけど、他の所より緑が多いんだね」
「かじぇ(風)がくしゃき(草木)の香りを運んで来て気持ち良いでしゅー」
この公園は工場で働く人たちの憩いの場であり、遊ぶ所ではなく森林浴のように精神的なリフレッシュが出来る場所をテーマとして作られている。ゆえに他の公園よりも木々が多く、隠れる場所としてもうってつけだ。
「とはいえ、茂みの中に隠れてるってわけじゃないよね」
ガサゴソと試しに近くの茂みをかき分けてみるが、虫さんがコンニチワしただけである。
「ふんふふんふふ~ん」
「マリーご機嫌だね」
「森林浴だいしゅきなのー」
小さな体を弾ませて歩くマリーの姿からは、あの巨大な鎧を軽々と操る怪力があるとは到底思えない。
周りには誰もおらず、せっかくの二人っきりなので、キヨカはマリーのことについて軽く聞いてみようかと思っていたが、楽しそうにしているところに水を差すのも悪いと思い、後回しにすることにした。
「あれ、あの建物ってなんでしゅかね?」
「あれは……物置かな」
公園の管理小屋にしては質素すぎる。事前に貰ってあった地図を見ると、公園内の草木を手入れするための様々な道具が入っている小さな倉庫のようだ。
「念のため調べてみよっか」
倉庫に近づき、中に入ろうとドアノブを捻るが、鍵がかかっている。
「ダメか、管理小屋の人に鍵を借りてこないと」
「しょれじゃあ、私が行ってきましゅ」
「うん、おねが……」
マリーが踵を返して管理小屋に走り去ろうとしたその時、キヨカの耳に声が響いた。
『キヨちゃん!待って!』
「レオナちゃん?」
「何かありましたか~?」
「あ、うん、ちょっと待ってもらえる?」
「了解でしゅ」
マリーはキヨカの話が終わるまで、小屋の周りを調査することにした。
『みんなが足元を見てって』
「みんな?」
キヨカはコメント欄を開く。
『下見てー』
『下下下下下下下下下下下下』
『下だよしたー』
『お、コメント見てくれた』
『キヨカちゃん、下見て』
『そこが探してたところだよ!』
「!?」
下を見ろというコメントが大量に並んでいて何事かと困惑したが、その中に『ここが目的の場所である』という意味を表すコメントを見かけて、息を呑んだ。
キヨカは言われた通りに下を見る。
倉庫のドアの前であるそこには、自分達のものだけでは無い幾つもの新しい足跡があった。
「足跡?でも倉庫なんだから足跡があってもおかしくないよね?」
公園の手入れをしている人の足跡が残っていても何らおかしくは無い。
『足跡の種類がどう考えても多すぎ』
『数も多すぎ』
『しかもどれも新しい』
確かに言われてみると数えきれないくらいの足跡がある。物置となっている小さな倉庫に大量の人物が出入りしていたとなると、怪しさ満点である。
「キヨカしゃん!」
「マリー?」
今度は倉庫の周囲を調査していたマリーが慌てて戻って来る。
「微かに、中から人の声らしいのが聞こえたでしゅ」
「……」
相手は邪人だ。何をしでかしてくるか分からない。キヨカ達がここに居ることは、先ほどドアを開けようとしたことでバレていると思った方が良い。こうしている間にも予想だにしない方法で脱出しているかもしれないし、反撃の準備を整えようとしているかもしれない。
キヨカは突入を決断した。例え勘違いであったとしても、ドア一つの被害で済むなら安いものだ。
「マリー、お願いして良い?」
「もちろんでしゅ」
マリーが謎の方法で鎧を装備している間、キヨカは緊急時の連絡用にと騎士団から渡された筒状のアイテムを取り出した。底のボタンを押して地面に放り投げると、三秒後に赤い狼煙が勢い良くあがった。
キヨカは剣を構え、ドアから離れる。
「(こくり)」
全身鎧を装備したマリーに軽く頷いて合図をする。
マリーはドアを思いっきり蹴破った。怪力マリーにとっては軽いお仕事だ。
中から何が出て来るか分からないため、そのまま身構えたが何も変化が無い。慎重に倉庫の中に足を踏み入れると、中には草刈鋏などの工具類が大量に置かれており、人の気配は全く無かった。
「マリー、ドアをどかしてくれる?」
念のため中に倒れ込んだドアを取り除いたが、その下にも何も無かった。
「……はずれ?」
警戒を怠らずに物陰までしっかりと調べるが、人が居た痕跡は全くない。
「いえ、やっぱり人の声が聞こえましゅ。こう、呻き声のような感じの……」
「呻き声?」
キヨカは耳を澄ませる。確かに呻き声のような、風で戸板が軋むような、声なのかどうか微妙な音が微かに聞こえる。
「……分かった。ここだ」
倉庫の床を見ると、一部分だけ明らかに足跡が少ない。それに、指を入れて持ち上げられそうな不自然な穴が空いている。マリーは器用に片腕だけ装備を外し、ちょこんと飛び出た小さな腕を地面に向けて、穴に指を差し入れた。
緊迫の場面、それでもキヨカはマリーの不自然な鎧装備が気になって仕方なかった。そんなキヨカの心の中の葛藤を知らないマリーは躊躇せず床板を持ち上げる。
「当たりだね」
床の下には地下へ向かう階段があり、その先から声が聞こえて来る。守備力が高いマリーを先頭に、キヨカ達は階段を降りる。
その先に見たものは、邪人でも邪獣でも邪獣に変装した街の人でも無かった。
「モリンさん!それに、え、これって……なんで!?」
「そんなましゃか!」
強引に地面をくり抜いただけの、今にも崩壊しそうな手抜きの地下洞窟。そこに手足を縛られて転がされていたのは、つい数日前に見たことのある人々だった。
モリンをはじめとした孤児院のスタッフ、騎士団員に教育者。
子供達の避難先に一緒に着いていったはずの大人達が、そこに居た。
――――――――
「それじゃあみなさん、命に別状は無いんですね」
「長期間放置されていた人は食事をとれずかなり衰弱していましたが、助かりそうです」
救援に来た騎士団の救護班に後は任せ、キヨカ達は騎士団の詰所でブレイザーとこの状況について話し合う。ちなみに、この事件は騎士団長レベルが出て来る規模の話なのだが、これまでの関係からブレイザーがキヨカ担当となっていた。
「やっぱり全員本物でしゅか?」
「ああ……間違いないと報告があった」
「ということはやっぱり……」
本物がこちらにいるということは、島にいるのは偽物ということになる。子供達が今、邪獣に囲まれて生活しているという事実を知り、キヨカは血が流れる程にきつく手を握り締め、駆け出したい気持ちを抑える。
「これは私の推測ですが、やつらは子供達を島に連れ出すことが目的だったと思います」
「そうなんですか?」
「ええ、島に避難するようアイデアを出した者やそのアイデアに強く賛同した者は悉く捉えられていました。すでに入れ替わっていたと思って良いでしょう。それに、子供達が島に避難してから誘拐の気配がパタリと消えました。恐らく、誘拐事件も子供達が危ないという危機感を我々に抱かせて、島への避難という流れに誘導したかったのでしょう。全て、奴らの手のひらの上で踊らされて……ました!」
ブレイザーも悔しさや怒りを抑えることが出来ずに、歯を強く噛みしめている。
「何はともあれ、既に島への救出作戦を指示しました。今日中に出航しますので、キヨカさんは直ぐに準備をしてください」
「はい」
キヨカ達が行くのは確定している。そのことをここで再度問題にするような愚をブレイザーは絶対に犯さない。
「絶対にセグ達を助けるんだから!」
「……え?」
キヨカが勢い良く立ち上がったタイミングで、ポトフとセネールが詰所にやってきた。ポトフはまだ、セグ達のピンチを知らない。今ここで具体的な話をポトフにしたら、出航の準備を待たずに今すぐに泳いででも向かいそうになるだろう。
強敵である邪人との戦いが待っている。冷静に準備を整えて臨まなければ命の危機だ。
だからここは、ポトフの気持ちをどうにか抑えて……などという選択はしない。
「ポトフちゃん、みんなが危ない。行くよ!」
「!!」
「ブレイザーさん、ごめんなさい!」
弾けるように飛び出したポトフを追ってキヨカも飛び出す。
冷静にだの、命の危機だの、そんな
一分一秒でも早く子供達を助ける。
キヨカ達にとって、それ以外のことなど考える価値が全く無いのだから。
第三章『世界の宝』 開幕
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