3. 【異】救出

「ひゃーー速すぎるううううう!」


 キヨカ達や騎士団を乗せた数台の大型魔動車が、サイレンを鳴らしながら郊外を疾走する。緊急事態故、通常の魔動車は脇に避け、障害物の無い道路を駆け抜ける。そのスピードは百二十キロにも達していた。


「今飛んだ!飛んだよ!?」


 道路は魔石で保護されているとはいえ、周囲から風で流されてきた砂や石が落ちている。少々大きめの石にタイヤが乗ってしまえばそれはもう見事な跳躍を見せてくれる。ただし、魔動車の方も保護されているため横転することもスピードが落ちることも無い。乗っているキヨカ達が車の中で大きく揺れていないのがしっかりと保護されている証拠でもある。


 しかし怖いものは怖いのだ。

 キヨカはジェットコースター等の絶叫マシンは平気な方であるが、流石に横転しそうな運転が連続で続くと強い恐怖を感じるようだ。


「はっはっはっ、キヨカちゃんも案外臆病なんだね」

「陛下は慣れてるからでしょ!?」


 今回の事件の事態を重く見た国王も同行している。


「その通りです、キヨカ様。この馬鹿も最初はキヨカ様以上に騒がしくて漏らしてました」

「ちょっとフュリー!漏らしてないよ!?」


 国王や騎士団は超高速移動を何度も経験済みであり慣れているから怖くないだけであり、恐怖を感じるのは当然のこと。


「キ、キキ、キヨカくん、お、おお、落ち着き、たまえ」

「セネールだって超ぶるってるじゃん!」

「べ、べべ、別に怖くなど、ないさ。男たるもの、この程度では、ね。ほら、ケイくん、だって、静かな、もんだろう」

「ケイは……気絶してるじゃん!させないよ、気を失ってスルーするなんてダメだからね。起こしてちゃんと怖がってもらうんだから」

「キヨカちゃん、案外酷いな」


 気を失っている間に全てが終わってました、なんていうのはある意味一番楽な耐え方だ。キヨカはそんなズルを認めなかった。死なば諸共だ。


「ポトフちゃん、ケイにヒールかけて、ヒール」

「おねえちゃん、うるさい」


 膝の上に座っているポトフにケイを起こすようお願いするが、不機嫌そうに断られてしまった。だがキヨカは諦めない。


「そんなぁ。ポトフちゃんおねが~い」

「わ、わ、うざい。うざいよー」


 猫撫で声を出し、全力で撫で撫でしながら頬をすり合わせてポトフを構いまくる。


 キヨカがこうやって騒がしくしている理由の半分は、明るくして車の中が暗い雰囲気にならないようにするためだ。特にポトフが子供達のこと気に病んで辛い表情になるのをなんとかして防ぎたかった。


 いや、実際は半分では無くて八対二くらいかもしれない。

 どちらが八かは彼女の名誉のために秘密である。




「そういえばブレイザーさん、さっき手紙を持って来た男の人ってどなたですか?」


 ブレイザーへの質問だったが、国王が割って入って来た。


「おや、キヨカちゃん、あーいう男が好みなのかな」

「少なくとも陛下よりはマシですね」

「ぐうっ」


 チャラい攻めには滅法強いキヨカに打ち返された国王が、キヨカの疑問について代わりに答えた。


「あれは俺の直属の部下だよ。祭りの時は別用で王都を離れてたから、キヨカちゃんが会うのは初めてか。隠密行動や斥候をやってもらってる」

「こう言ったら失礼ですが、見た目に似合わない仕事ですね」

「まぁな。あいつもそれで色々とあって俺んとこに来たんだ。腕はかなり良いんだぞ」


 キヨカの言う通り、巨体で隠密活動は難しそうに感じるが、そのハンデを跳ね返す程の腕があるのだろう。


「もしかして、子供達の居場所を突き止めたのも?」

「ああ、情報を渡したらあいつが見つけてくれた」

「じゃあ後でお礼を言わないと」

「う~ん……俺から言っておくよ。あいつあんまり人と話をするの得意じゃないんだ」

「分かりました。それでは伝えておいてください」

「あいよ」


 ちなみに、子供達を見つけた時にそのまま助けなかった理由は、敵が周囲にどれだけ潜んでいるのか分からず、守り抜けない可能性が考えられたためである。


 そんなこんなで会話をして気を紛らわせていたら、一刻も経たずに目的の場所に到着。


 森の中には人が踏み慣らしたことで自然と出来た道があった。


「こんな辺鄙なところに誰か来るのですか?」

「この奥には貴重な植物があるからな。ポーションの原料なんかも採れるんだぜ」

「だとすると割と人が来る場所なんですね」

「ああ」


 何故わざわざ人が来る場所で監禁しているのか。相手がそれを知らなかったのか、それともここでなければならない理由があったのか。キヨカは疑問に思ったが、後回しで良いと考え忘れることにした。


「見えて来たぞ。あれが泉だ」


 邪気の中で生まれるものとは違い回復効果は無いが、とても澄んでいて微かに射しこむ光が反射して輝いている。


「ここは水の精霊が住んでいる場所でもあるんです」

「ケイも来たことあるの?」

「はい、ここの精霊は回復魔法を使えるため精霊術士の中では人気の場所なんです。気に入られるのは結構難しいらしいですけど」

「確かにこれだけ綺麗なら回復の力があってもおかしくないね」


 泉のまわりを探索すると、子供達が眠らされている洞窟らしき場所を見つけた。洞窟の深さは二十メートルほどで浅いと聞いている。


「何をしている!」


 洞窟の入り口に、一組の男女が立っていた。


「ギーナス氏とメルカイリ氏」

「その二人って今は王都に居るんだよね」

「ああ、こんなところに居るはずがない」

「となると彼らは……」


 二人は武器を構えた数十名の騎士団とキヨカ達によって囲まれているが、まったく表情が変わらない。


 少しずつ包囲を狭め、洞窟内に飛び込まれて子供達に危害を加える前に確保を狙う。当然、この二人以外の何者かが潜んでいる可能性も忘れてはならない。


 慎重に慎重に、決して慌てず着実に距離を縮め、確保の合図が出るその直前。


『!?』


 二人の姿がぐにゃりと歪み、邪獣へと変貌した。


「ウルガスだと!?」

「違います。アレはウルガスより小さいですし、何よりも迫力が全く無い!」


 片方はウルガスと同じリザードマン。

 もう片方は王城で雑魚として登場したスケルトン。


「はぁっ!」


 キヨカはいち早く驚きから復活し、リザードマンに斬りかかる。


「あれ?」


 リザードマンはキヨカの剣の横一閃をまともに喰らい、その一撃だけで消え去った。


「スケルトンも討ち取ったぞ!」


 スケルトンは国王が倒し、騎士団は洞窟の中へと突入した。


「キヨカくん、どうした?」

「う、うん。なんか手ごたえが無くて」


 斬った感触はあるが、手に伝わった衝撃があまりにも弱かった。鱗のあるリザードマンを斬ったのならば、いや、そもそも鱗が無かったとしてももう少し強い衝撃が伝わって来るものだ。その違和感にキヨカは戸惑っていた。


「そういえば、ブルークリスタルも無いですね」


 邪獣を倒した証であるブルークリスタルも出現していない。それならば倒せていないのかと思うが、周囲に邪獣の気配は感じられない。


「おねえちゃん!」

「あ、うん、行こっか」


 不思議に思うキヨカであったが、ポトフが早く子供達のところへ行こうと急かすので、ひとまず周囲を警戒しながら洞窟の中に進むことにした。


「子供達は!?」


 キヨカ達が騎士団に遅れて中に入ると、すでに騎士団が子供達を発見しており解放していた。


「セグちゃん!」

「セグ!」


 セグの姿を見つけ、キヨカとポトフは彼女の名前を叫んで駆け寄った。騎士団員が子供達を介抱して状態を確認してくれている。


「セグの様子は?」

「はい、まだ確定ではありませんが、術によって眠らされているだけのようです。ここは危険ですので、森を出たところで解呪を試みます」

「よろしくお願いします」


 結局、他に敵は出現せず、子供達を救出した一行は森の外でキャンプを張り、子供達にかけられていた眠りの魔法を解除した。


「……ん」

「セグちゃん!」

「セグ!」


 皆に見守られる中、セグはゆっくりと目を開ける。


「ポトフ……ちゃん?おねえちゃん……も?あれ……私……?」

「おはよう、セグちゃん」

「良かったよおおおお!」


 涙を浮かべながら笑顔で迎えるキヨカと、耐えきれずに泣いてしまうポトフ。セグはそんな彼女達を見て、混乱しているようだ。


「落ち着いて、セグちゃん。どこか痛いところとかある?」

「ううん……平気。あ」

「なあに?」

「……おなか、空いた」


 今回見つかった子供は十一人。

 行方不明になった子供達の総数からするとまだ全然足りていない。


 騎士団はこの行方不明事件の調査を続行し、すべての行方不明者を発見。いずれも健康に問題は無かったが、結局誰が何のためにこの事件を起こしたのかが分からないままであった。

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