2. 【異】行方不明

 王都創立記念祭が終わり、王都は日常を取り戻す。


 邪獣の出現により破壊された建物等の修復が行われている場所もあるが、それ以外は至って平穏な日常だ。人々は創立記念祭の事件やキヨカ達のことを話題に出しながらも、いつも通りの生活を取り戻していた。


 だがそれは表向きの事。


 その日常の裏で、マヒから回復した騎士団は新たな事件の調査にかかりっきりになっていた。


「ちょっとよろしいですか?」

「はい、何でしょうか?」

「最近こちらのお子さんを見かけませんでしたか?」

「ううん、見てないわねぇ。もしかして事件ですか?」

「今のところはまだなんとも」


 その事件とは、子供達の行方不明。


 王都創立記念祭の最終日から今に至るまで、王都から子供達が次々と消えて行く。その調査の一環である聞き込み活動が連日行われていた。


「お姉ちゃん!見つかった!?」

「ごめんね、まだなの」

「そっか……」


 キヨカが知り合った孤児院の女の子セグは、王都創立記念祭の最終日に行方不明となった。キヨカはその日からずっと騎士団と協力してセグの行方を追っている。


 今日はその状況報告として孤児院にやってきたのだが、心配そうな顔を浮かべているマロン達に不甲斐ない結果を伝えるのがキヨカはとても心苦しかった。


「それじゃあ聞き込みに行ってくるね」

「僕も行く!」

「私も!」

「私も―!」

「ごめんね、連れていってあげたいんだけど……」


 最初の頃は子供達と一緒に聞き込みをしていたのだが、次々と子供達が行方不明になっていると分かり、大人達と話し合って安全のためしばらく孤児院からは出さないことが決まった。


 キヨカは子供達の悲し気な視線をどうにか振り切り、外に出る。


「ポトフちゃん!どう?」

「(ふるふる)」


 子供達と仲が良くなったポトフは、一際セグの事を心配し、連日夜遅くまで街で聞き込みをしている。普段のポトフのことを知っていたら信じられないくらい饒舌な姿は、それだけ必死である証拠であろう。


「みんな何か良い案ない?」


 非常事態である。キヨカはレオナをはじめとしたコメント欄からもアイデアを募っている。


『大体伝えたよね?』

『何か目立つの着けてればなぁ』

『巨大ペロキャンとか持ってれば印象に残ると思うけど』


 人を探すときに『この人を見かけませんでしたか?』と顔を見せられても覚えていない可能性が高い。それよりも、目立つ服装、アクセサリー、帽子など、チラっと見ただけでもなんとなく印象に残る特徴を伝えた方が思い出しやすい。例えば、この顔の女の子、よりも赤い帽子とピンク色の服を着た女の子、と言われた方が記憶にひっかかるかもしれない。


 そのため、キヨカはセグの当時の服装の特徴を伝えたかったのだが、持ち物も服装もどれも取り立てて目立つものではなく、情報が得られずに苦戦していた。


『でも、もう何人も行方不明なんでしょ。流石に情報が集まると思うけど』

『セグちゃん以外の子で目立つ子が居たかもしれないしね』

『ポトフちゃんが囮になるとかダメかな』

『それ実施済み』

『というか、今も実施中なんだよなぁ』


 ポトフが街中で一人で歩いているのは、聞き込みと同時に自らが囮となるためでもあった。攻撃手段が無いからとキヨカは反対したが、どうしてもやりたいとポトフに言われて折れた形である。とはいえ流石に放置は出来ず、セネールとケイが交互に離れたところから安全確認をしている。


『キヨちゃん、元気出して。ほら、聞き込みに行こ!』

「うん、そうだよね」


 心配なのは自分だけでは無い。

 大事なのは諦めずに行動することだと信じて、キヨカはポトフと別れて別の場所で聞き込みをしようと歩き出そうとする。


「あ、いたいた。英雄殿!」


 次はどの地域で聞き込みをしようか考えながら歩いていたキヨカに、騎士団員が声をかけてきた。


「何か分かったのですか!」

「はい、そのことでお探ししておりました。詰所の方に来ていただけますか?」

「分かりました」


 陰に隠れていたセネール達を呼び寄せ、キヨカ達は急いで詰所に向かった。


「来ました!」

「英雄殿、こちらへ」


 詰所の奥に移動すると、これまで街で聞き込みをしていた騎士団員が勢ぞろいしていた。


「キヨカさん、まずはお座りください」

「ブレイザーさん。何か分かりましたか?」


 キヨカ達は英雄扱いであり、前方の最も良い席が空けられていた。普段は特別扱いや目立つ場所を遠慮するキヨカだが今はそんなことを言っている場合ではない。さっさと座ってブレイザーに話を促す。


「それでは改めて現状をお話します。団員の中にもまだ状況を把握していない方いると思いますので、これを機に確認すること。また、すでに知っている人も改めて疑問点が無いか考えること。いいですね」

『ハイ!』


 ブレイザーは騎士団の中でもかなり立場の高い人物であり、今回の事件の指揮権を与えられていた。なお、ブレイザーより上の騎士団長などのお偉いさんは、国王と共にこの事件について調査行動している。敢えて別行動で動き、随時情報共有することで違った視点で動けるようにという考えだ。


「聞き込みによって、三名の子供の情報が集まりました。一名は、裏路地にある武器屋バルドの主人ギーナス氏と王都入口に向かって歩いているところを目撃。一名は娼館で働いているメルカイリ氏と共に、中央地区から王都南部へ向かう魔動バスの中で目撃。一名は王都入口付近で露天商から大きな飴を購入しているところが目撃されており、こちらは一人だったとのことです」


 この世界にも娼館はあるし、性を使った商売は普通のことであると市民権を得ている。間違ってもその商売に関わる人たちが下賤なものであるなどと考える人はおらず、むしろ様々な技術が必要な上に人の心を癒す商売ということで尊敬され人気が高い。


 緊急時でなければキヨカが照れた姿を堪能できたのに、と内心レオナが思ったのは秘密である。


「なお、最初の二名は昨日、最後の一名は本日の目撃情報になります」

「今日!ということはもしかして発見しました!?」

「いえ、発見には至りません。ですが、目撃情報が全て王都入口に関係しているということで、再度魔動バス組合に聞き込みに伺い、重要な情報を入手しました」


 子供達が王都の外に連れ出された可能性を考え、騎士団は初動ですぐに出入口付近の調査を行った。聞き込みはもちろん、他の街を往復する魔動バス組合にも調査協力を依頼し、徹底して調査をしたが結果は芳しくなかった。


 だが、数件ではあるが改めて王都入口というキーワードが出揃ったため再度聞き込みに行ったのだ。


「あまりにも情報が得られないことを団員が不審に思い、組合の人に状態異常を解除する魔法をかけたところ、山ほど情報が出てきました。どうやら何らかの手段で子供達を運んだことを忘れるような暗示がかけられていたようです」

「それでみんなは何処に!?」

「申し訳ありません。それは今調査中になります。ですが、国王陛下直属の腕利きが動いておりますので、おそらくもう一刻の間には判明すると思います」

「そう……ですか……」


 それからは団員からの質疑を中心に、これからやるべきことやこの事態の理由などの議論が活発に行われ始めた。キヨカはそれを眺めつつ、逸る気持ちを抑えるように仲間達と話をする。


「やっとだね」

「うん」

「ポトフくん、絶対に見つけよう」

「そうですよ、子供たちを連れて行くなんて許せま……あれ?」


 ポトフも無謀に駆け出すことは無く我慢して耐えている。それが最も早く事態を解決する方法だとしっかりと理解できているからだ。とはいえ、そわそわと手足を動かしたりキョロキョロしてしまうのは仕方ない。


 そんな中、ケイが何かを疑問に思ったようだ。


「なんで連れてったのでしょうか?」

「確かにな。連れていく理由が考えられん」

「一緒に居た大人の人に聞いてみれば良いんじゃない?」


 キヨカの言う通り、具体的な大人の名前が出た以上、その人に聞けば何らかの理由が分かるはずだ。


「ブレイザーさん」


 そのことをブレイザーに聞いてみる。


「実は、彼らは身に覚えが無いと仰るんです。その時間は一人で家に居たと」


 だがそれではアリバイが無いということだ。


「ギーナス氏は人付き合いがあまり得意でない方ですので、普段から一人で工房に籠っていることが多い方です。また、メルカイリ氏も夜に働かれる方ですので昼間は寝ていることが多いとのこと。だからこそ、目撃者は外を歩いている姿を見て印象に残ったのでしょうが」


 そこまであからさまにアリバイが無いと、逆に怪しくなくなってくる。


「状態異常の可能性は?」

「いえ、念のため魔法をかけてみましたが、特に変化はありませんでした」


 となると何らかの理由で嘘をついていることになる。だが騎士団に詰め寄られてまで嘘をつき続ける必要があるのだろうか。


 もし嘘をついているのではないとするならば、考えられるのはもう一つ。


「偽物?」

「我々もその可能性が高いと考えております」


 一応二人とも騎士団に任意同行してもらい、待機してもらっているらしいが、どう見ても事件に関わっている雰囲気では無いとのこと。


「それじゃあ連れ去った理由分からないかぁ」


 キヨカはなんとなくコメント欄に当たってそうな予想が無いかどうか確認する。


『身代金とかじゃね?』

『子供に恨みを持つ人間の反抗とか』

『狂気的なタイプかも知れん』

『ロリコンだったらやばい』

『性別が偏ってればあるかもしないけど……それはそれとして狂気はアカン』


 皆、地球での行方不明を想定してあれこれ議論を交わしていた。


「ここだとそれはあり得ないんだよねぇ」

「キヨカくん?」

「ああ、ちょっとアレと話をしてるんだ」


 セネール達はキヨカが謎の何かと話をしていることが知っているので、キヨカの突然の言葉の意味を理解してもらえる。


『あり得ないってどういうこと?』

『よくある理由だよね』


『キヨちゃん、どういうこと?』


「あれ、レオナちゃんにも言ってなかったっけ。ここって犯罪が一切起きないんだよ」


『は?』

『は?』

『え?』

『は?』


『??』


 キヨカの説明に、疑問を浮かべる地球側。犯罪が起きないとはどういう意味なのかが分からないからだ。


「そのままの意味だよ。犯罪なんて起きないの。殺人も傷害も放火も盗難も、そっちでの軽犯罪ですら起きないんだから。事故はあるけどね」


 事故も犯罪の一つになりうるが、キヨカが言っているのはそういうことではない。人が意識的に地球で言うような犯罪行為を行うことは無いということなのだ。


『だって騎士団いるじゃん?』

『うん、警察みたいなもんでそ。事件があるから騎士団があるのでは?』


「違うよ。騎士団は邪獣から人々を守るのが主なお仕事で、街中のお仕事は事故対応とかケンカの仲裁くらいかな」


 ケンカは傷害事件につながる。

 それは正しいが、この世界ではいわゆる傷害事件につながる程のケンカすら起きないのだ。普通に過ごしていれば普通にありえるちょっとしたケンカや言い合い。騎士団が居なくても周りの人が仲裁して終わるのが当然の世の中である。


「試しに聞いてみるよ。セネール、誘拐って知ってる?」

「誘拐?なんだそれは?」

「人を攫って身代金を求める犯罪」

「犯罪?なんだそれ。人を攫うのは今回と同じだが、身代金?金か?なんでそんなことしてまで金が必要なんだ?足りなければ貰えば良いだろう」

「ね、本気で分からないって顔してるでしょ」


 そもそも人を攫って要求を押し付ける、という考えを抱くことすらあり得ない。誰かの弱みに付け込んで、暴力的に要求を押し付ける。その行為の意味が心の底から分からないのだ。


『うっそ』

『聖人しか居ない世の中』

『理想郷じゃね?』

『戦争が起きないセカイ』


「ううん、戦争は起きるよ」


 人が人を思いやり、誰かを意図的に傷つけることなど考えることも無い世界であっても、戦争は起きる。


「私が生まれるよりも大分前のことなんだけど、この国と北にある大国が大きな戦争をしたんだって。理由は大昔に神様が降臨したと言われる内海にある島の管理について意見が割れたから。こっちの国は整備して多くの人に訪れてもらうべきだって主張して、北の国はそこは誰も立ち入らせずに厳重に保護すべきだって主張。何度も何度も何度も話し合ったけど平行線で、結局奪い合いになっちゃった」


 どちらも神様を敬っているが故の行動であり、どちらが正しいか間違っているかという話では無い。どちらも正しく、だからこそ譲ることが出来ずにぶつかり合ってしまった悲しい戦争。


『それでその戦争ってどうなったの?』


「第三者が島を攻撃して更地にしちゃった」


 どちらでも構わない西方小国連合軍が、隙を突いてその島に突入して全てを破壊してしまったのだ。争う理由が無ければ、戦争は終わるのだと。


『うひゃーやるなぁ』

『そんなことしたら恨み買いそう』


「あはは、恨みなんて買うわけないでしょ。そもそも戦争している人達だってやりたくないんだもん。大事なものを壊されて腹は立ったけど、その理由は知ってるし納得出来てるし報復するなんて考える人は一人も居ないよ。むしろ心の底から感謝して国としても礼を尽くしたらしいよ」


 これは大げさな話では無い。戦争で命は失われ、その家族でさえも戦争を止めてくれたことに感謝をする。そして殺しにかかってきた相手にさえも文句は言わず、お互い大変だったねと肩を抱き合う。


 地球の感性では異常かもしれない。だが、この世界ではこれが普通なのだ。


『信じられねー』

『はじめてそこが異世界って実感した気がする』

『なんか気持ち悪くなってきたわ』

『ほんとな』


 コメント欄がざわついているのを見ていたキヨカの耳に、ブレイザーの言葉が聞こえて来る


「おお、ツクヨミ殿。首尾はいかがですか?」

「これを」


 そこには、先ほどまではいなかった巨漢の大男が手紙をブレイザーに渡していた。

 ブレイザーはその手紙を読み、指示を出す。


「子供達の居場所が判明!王都南東の森の中にある泉。その近くの洞窟に子供達は眠らされている。その場所に邪気は無いが、攫った相手が潜んでいる可能性があるため武装して向かうぞ」

「ブレイザーさん!」

「こちらです」


 一緒に行きたい、などと言わなくても連れて行ってくれる。先日の事件でキヨカ達の実力は判明しているし、何より英雄達の気持ちを無下にすることは出来ないからだ。


 そういえばと部屋を出る前に振り返ってみたが、大男はすでに消えていた。

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