34. 【異】ボス戦(邪人ウルガス) 後編

「う……ぐぐ……」

「あうう」

「いたい」

 ガシャン


 地に倒れ伏すキヨカ達。

 戦闘不能者は出ていないが、攻撃力が増したウルガスの攻撃を受けて激しい痛みにより苦しみ悶えている。


「体が動けば、こんな奴!」


 ウルガスの物理攻撃は単体のものが二種類。

 一撃でキヨカの四割ほどの体力が持ってかれるため、二発喰らった時点で体中がボロボロになるほどのダメージを負うことになる。


 だがこちらは四人。


 ウルガスが一度に二回連続で攻撃したとしても回復は間に合い、こちらから絶えず攻撃を続けることだって可能だ。


 それを難しくしているのが状態異常のマヒである。

 マヒにより行動不能になることでウルガスの攻撃を受けるだけのサンドバッグと化してしまう。四人全員がマヒになってしまえば、マヒが自然回復するまでダメージをひたすら受けるだけ。しかも自然回復した次の次のターンにはまたウルガスはマヒ攻撃を仕掛けてくる。回復と攻撃をたったの一ターンで行わなければならないのだ。


 実は本来であればウルガスのマヒ攻撃は快活のブローチを装備していれば無効化できるのだが、イルバースの時と同様にとある事情によりハードモードになっている。装備を無効化するどころかマヒになりやすくなっているのだ。


 キヨカ達はマヒと回復のループを何度か繰り返しており、マリーやケイの攻撃を当てるチャンスが中々やってこない。むしろ攻撃が集中して誰かが戦闘不能になっていないことを運が良いと考えるべきなのかもしれないが。


「なかなかしぶといな。だが次こそは終わらせる!」

「回復がもう追いつかない!」


 ウルガスの攻撃力上昇効果は三ターン継続する。マヒの直前のターンでウルガスは上昇効果をかけなおしたので、この先の攻撃は全て威力が高いものになる。しかもダメージの積み重ねでマリーとキヨカの体力は七割程度しか回復出来ていない。もし二発喰らったらマリーはギリギリ耐えられるかもしれないがキヨカは間違いなく戦闘不能になる。


「ふははは、喰らえ!」


 ウルガスが息を吸い、マヒを付与するガスを吐く。

 だが様子が少しおかしい。


「あれ、なんかいつもよりガスが薄い?」


 手で軽く振り払うだけで目の前のガスは霧散し、体が痺れる雰囲気も無い。


「みんなは?」

「大丈夫です!」

「ぶい」

 ガシャン


 仲間達も誰一人としてマヒにならなかった。

 闘いが始まってから必ず二人以上はマヒになっていたが、ここにきてようやく運が回って来たか。


「ぬぅ、調子が良いのもここまでだったか」


 ウルガスも効果が出なくなったことで顔を顰めている。


「反撃するよ!」


 何はともあれ反撃のチャンスが訪れた。

 攻撃ソースはマリーの耐性無視技とケイの弱点特攻攻撃。


 キヨカはアイテムを使った回復と防御。

 攻撃をしたいが我慢してウルガスの攻撃の的となることを選択した。


「ひょええええええええ!」

「グラビティインパクト!」

「うがあああああああ!」


 全員が動けてしまえば大したことの無い相手。

 これまでのうっ憤を晴らすかの如く、攻撃を連発する。


「良いなぁ……」

『キヨちゃんはちゃんと身を守るの!』

「でも次のマヒ攻撃でまたみんなが動けなくなるかもしれないよ。私も攻撃して少しでもダメージ与えた方が良くない?」

『大丈夫、安心して。あのマヒはもうほとんど怖くないから』

「むぅ、じゃあ仕方ないかぁ」


 地球側の画面にはアナウンスが流れていた。

 ウルガスの強化が弱まり、マヒの確率が大幅に下がったことを。

 アクセサリー無視の効果はまだ残っているが、マヒの頻度はかなり減っているはずだ。


「ほんとだ、これなら大丈夫そう」


 次のマヒ攻撃もまた無傷。

 むしろウルガスが無駄にターンを消費するボーナスターンと化していた。


「ぐうううう、こんなはずでは!」


 ウルガスとしてはマヒが効かないのは想定外。

 そもそもウルガスのパラメータや行動はマヒが効くこと前提で設定されているからだ。


 そのため、マヒ対策の重要性はストーリー上、濁されてきた。


 二章に入ってからマヒを使ってくる雑魚邪獣は出現しない。

 マヒを初めて意識させられるのは街での食中毒事件。

 物見櫓で快活のブローチを発見してようやく明確にマヒ対策の重要性を匂わせる。


 その発見した装備を一人がつける、あるいは見つけられずに誰もつけていない状態で相対して互角となるような設定になっている。


「いける、いけるよ!」


 そのため形勢はキヨカ達に大きく傾き、ウルガスの頑丈な鱗の多くが剥がれ落ち、血液を流している。


『キヨちゃん、多分そろそろだと思う』

「うん、分かってる!」


 相手の見た目から、瀕死状態が近いと判断する。地球側でも相手の体力が見えないからこればかりは想像で補うしか無い。むしろ見た目が変わるという判断基準があるとも言える。


「グオオオオオオオオ!」


 そしてついにその時はやってきた。


「こんなところで敗れてなるものか!そうならないために人事を尽くして来たのだ!」


 ウルガスはこれまで以上に大きく息を吸い、ただ単に強く吐き出す。力強い咆哮と共に。


「ヌオオオオオオオオ!」


 ウルガスの全身を青と赤のオーラが纏う。守備力と攻撃力の両方が上昇する。


『キヨちゃん、アレ多分倒すまで解けないよ!』


 しかも永続効果だ。


「来い!人間共おおおおおおおお!」


 空気が振動する程の気合を放つウルガス相手に、キヨカ達も負けてはいられない。


「行くよ、みんな!あと少し、絶対に倒す!」

「はい!」

「うん!」

 ガシャリ


 決着まであと少し。




「攻めるよ!ポトフちゃんは防御!」


 運が良いことに、ウルガスが瀕死になったターンでキヨカ達の体力は最大に近いくらい回復していた。ウルガスの残り体力は僅かのはず。攻める以外に選択肢は無い。


「まずは私から!」

『キヨちゃん!?防御じゃないの!?』

「うん、今のあいつなら通じそうな気がするんだ!」


 強者のオーラを放ってキヨカ達の前に立ち塞がるウルガス。だが体が満身創痍なのは変わらず、しかも冷静沈着にこちらを迎え撃つそれまでの雰囲気が極度の興奮により消えている。これまでは技量で負けていたけれども、今ならば虚をつけるかもしれない。


「破防の技、壊!」


 キヨカはウルガスに軽く打ち込むが、力任せに弾き返される。それを見てこれまでのウルガスとの違いを見極めたキヨカは、ウルガスの周りを小刻みに移動しながら小さな攻撃を連発する。


「うるさい!」


 そのすべてを雑に返すウルガスに、ついに隙が出来た。

 剣を内側から外側へと大きく振ってキヨカの剣を弾き返そうとしたがキヨカが途中で剣閃の軌道を強引に変更したことで空を切る。これまでならば余裕でついてこられたフェイントが綺麗に決まった。


「今だ!」


 キヨカはウルガスの懐に向かって躊躇うことなく踏み込むと、盾を持つ左手を力の限り斬りつける。


「ぬおっ!」


 ウルガスは盾を落とし、キヨカはその盾を大きく蹴り出した。盾は回転しながら床を滑り隅の方へと移動した。


「しまった!」

「よし!」


 慌ててウルガスはキヨカに攻撃を仕掛けるが、すでにキヨカは離脱済み。これでウルガスからようやく盾を剥ぐことが出来た。


 ウルガスの瀕死状態。

 この時に限って、能力低下の耐性が大きく低下する設定になっていたのを、キヨカは雰囲気で悟った。地球側のログには出てこない隠し設定であるため、レオナからは絶対に出てこない指示。キヨカは己の戦闘センスでゲームプレイヤーの戦略の上を行った。


『キヨちゃん凄い!』


 レオナは素直に称賛するが、裏にいるアドバイザー達は困惑している。このような形で有利になるのならば、この世界は決して外側から見たゲーム的な知識だけで攻略するものではないのかもしれない。


「盾などあってもなくても変わらん!」


 そしてウルガスが怒りに任せてキヨカを攻撃しようとするが、ケイがその動きを止める。


「僕を無視しないで下さい!」


 序盤であったようなマリーの声かけフェイントではない。本当にケイのターンである。ケイはウルガスが瀕死になる前にグラビティをかけ、ウルガスの行動順を遅らせていた。その結果、ケイの方が先制出来るようになっていたのだ。


「喰らえ、グラビティインパクト!」

「ぐううううっ!」


 守備力の上昇はキヨカの壊で相殺され、弱点特攻の攻撃がウルガスに大きなダメージを与える。この戦闘において、ケイは無くてはならない存在となっていた。


「ウザイウザイウザイウザイ!貴様ら全員消えて無くなれええええ!」


 ウルガスが息を吸い込む。


「マヒ?」

「いいえ、赤いから炎です」

「炎ならだいじょう……!みんな守って!」


 これまで炎の息は威力が弱いためボーナス行動であり、今回それが選ばれたことでキヨカは安心しかけていた。しかし瀕死になった今、炎の量が多く威力が大幅に増していることに気付き、キヨカは仲間達に注意を促す。


「熱い!これはちょっときついかも!」


 三割ほど体力が削られたのをキヨカは感覚で理解する。

 そしてウルガスの攻撃はまだ続く。


「この状態ならこれも効くだろう!」


 再度息を吸う。

 また炎が来るのかと身構えたが、来たのは黄色いガスであった。


「これって……!」


 最初の頃の程の濃さは無いが、明らかに強くなっている。

 キヨカは振り払えたが、濃い部分が押し寄せて来たケイはマヒにかかってしまった。


「うう……またこれ?」


 これまではマヒ攻撃だけはターンの最初に行ってきたが、そのルールも変わっている。そして更にウルガスの攻撃は終わらない。


「よくも傷つけてくれたな!」

「いだいいいいいいいい!かはっ!」


 ケイを剣で斬りつけ、更には尻尾で吹き飛ばす。ケイはギリギリ体力を一桁残して耐えきったが、戦闘不能に近いダメージを負って声も出ずに倒れたまま動けない。戦闘不能にならなかったのはマントの隠し効果として炎に対する耐性が僅かながらあったからだが、このまま戦闘不能になっていたほうがケイとしては楽だったかもしれない。


「あ……あう……」

「ケイ!」


 瀕死状態のウルガスはマヒ攻撃を含む四回攻撃。

 しかも物理攻撃と全体火炎攻撃が強化された状態で、だ。


「ヨクモ!」


 追撃されないようにと、マリーが盾を失ったウルガスに攻撃を仕掛ける。


「ひょええええええええ!」

「ぬうううう、まだだ。まだだあああああああ!」


 最早鱗は防御の役割を果たしておらず、右肩から胸にかけて大きな裂傷が生まれる。しかしまだウルガスは倒れない。


「それなら私が止めをさす!と見せかけてケイを回復!」

「キヨカさん、僕は無視して攻撃してください。守る余裕はもうありません」


 キヨカ達は前のターンでの炎のダメージが残っている。この状態で次に四連続攻撃を受けたら誰かが戦闘不能になってもおかしくない。そのため、ここはケイを見捨ててキヨカとマリーで攻撃するか、マリーを回復させて彼女に確実に攻撃させる方が正しいとケイは考えたのだ。


「それにあいつは守備重視のタイプで、その代わりに体力が低めだと感じました。このまま攻め切れます!」


 戦闘は長引いているが、それはマヒにより攻撃チャンスが中々訪れなかったことや、ウルガスが守備力を増加させていたため。実際にダメージを与えた回数と瀕死になったタイミングを考えるとウルガスの体力はそれほど多くは無いと推測出来た。ケイは激しい戦闘の中でもそれをしっかりと把握していた。


「ううん、多分それだとまだ足りない。あいつを倒すにはケイの攻撃が必要なの!」


 だがキヨカの考えは違った。

 これまでウルガスが受けたダメージ量から考えるに、マリーの攻撃ではまだギリギリ足りないと感じていた。戦闘勘の違いによりキヨカはケイよりも詳細に状況を把握出来ていたのだ。


「運任せになるけど、これでケイが生き残ってくれれば」

「でも僕はマヒにもなっているから治す手間が!」

「それも承知の上でだよ!」


 キヨカはケイにミドルポーションをかけて回復させる。


 これで全員の体力は七割近く。

 キヨカは次のウルガスの攻撃を耐えられることに賭けた。


「お前も邪魔なんだよ!」

 ガシャン


 今度はマリーが狙われた。尻尾を叩きつけてからの剣の一撃。マリーは吹き飛ばされることは無かったが、膝をついて苦しそうに胸を抑えている。


「マリー!」

「邪魔だ!」


 思わず駆け寄ろうとしたキヨカをウルガスが止める。マヒガスを吐いてキヨカをマヒにしたのだ。


「しまった!」


 体が動かなくなったキヨカに、ウルガスが攻撃チャンスとばかりに詰め寄った。


「お前程度の相手であれば私に負けは無かったのに」

「ぐううっ!」


 マヒで力が入らないにもかかわらず、胴体を斬られたキヨカは気合で踏ん張った。


「ふふふ、私がダメでも、頼りになる仲間がいるからね」

「その仲間もろとも、直ぐに始末してやる!」

「ううん、あなたはもう終わり。激情に任せすぎて、戦い方を間違えたの」

「なんだと!?」


 これでウルガスの攻撃は四回を終えた。

 キヨカはマヒになりマリーは大ダメージを受けたが、誰一人として戦闘不能になってはいない。


 すでにマヒになっているケイを仕留めていれば。

 瀕死のマリーにもう一撃を加えていれば。

 強力になった炎を吐いていれば。


 おそらくはキヨカ達は壊滅して敗北していただろう。だが、キヨカは賭けに勝ち、生き残った。


「ポトフちゃん!」

「うん、アンチパラライズ!」


 ポトフが選択したのはヒールでは無く、ケイのマヒを治すこと。

 そしてマリーも回復などせずに攻撃を『おしとおす』


「うううう、うひゃあああああ!」


 震える体を叱咤し、どうにか立ち上がったマリーは奇声をあげて気合を漲らせて一撃を放つ。


「ぬぐおおおお、だ、だがまだだ。まだだ!」


 今度は左肩から胸にかけて裂傷が生まれ、傷が胸のところでクロスしている。流れる血の量は、生きているのが不思議に思えるほどだ。


 そして最終ターン。


 キヨカはマヒで動けないが、もう一人、ウルガスよりも先に行動出来る人物がいる。


 グラビティをかけたことで先制出来るようになっていたケイが、特効技でウルガスに引導を渡す。


「ケイ、あなたに会えて本当に良かった。あなたが来てくれて本当に助かった。あなたは勇敢で可愛い、最高のオトコノコだよ!」

「はい!」


 三角錐を手にしてウルガスを睨む。


「や、やめろ、やめろおおおお!」


 ウルガスも、今の状態でそれを喰らったらどうなるのか、分かっているようだ。


「これで終わりです!」


 逃げようと後退するウルガスの上空に向かって、三角錐を放り投げる。


「グラビティインパクト!」

「ぐわああああああああ!」


 ウルガスの全身から光が漏れ、ブルークリスタルとなって消え去った。


「やった……やりましたー!」


 闘いが終わった王城に、ケイの歓喜の雄たけびが響き渡った。

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