35. 【異】王都創立記念祭 4日目 エピローグ

「このめでたき日に生じた国難を乗り越えられたのは、ひとえに皆が一人一人やるべきことを為したからだろう」


 一日遅れで開催された王城での王国創立記念セレモニー

 ボロボロの城内を応急処置し、強引に開催に漕ぎつけたのは、事態が終息して安全になったことを国民にいち早く知らせるため。


 国王はバルコニーに立ち、普段のチャラい雰囲気を徹底的に隠した真面目モードで力強く演説をする。王城の入り口や、王城への橋、ビジネス街のビルにまで集まった人人人。魔法で音量を大きくした国王の言葉は遠くまで届き、皆真摯に聞いている。


 いや、聞きながらも国王とその隣に立つ人物達へ興味津々な視線を向けていた。

 見たことの無い彼らがこのタイミングでそこに居るということは、今回の事件で大きな役割を果たしたということ。その理由が語られる時を今か今かと待っている。


「また、その中に素晴らしい活躍を成し遂げた者達がいることを、皆に伝えておきたい。彼らは危険を顧みず王城に取り残された避難民の救助に赴き、そのまま全ての元凶である邪人を撃破したのだ!」

『おおおおおおおお!』


 あまりの歓声の大きさに、建物がビリビリと揺れる。その迫力は応急処置を施したばかりの王城が再び崩れ落ちそうなほどだ。


 それもそのはず。

 国王の傍に立つ彼らは皆若く、大げさに考えても避難民を命を懸けて守った程度の功績だろうと想像していたが、それどころか全ての元凶を討つという最大級の成果を残していたのだから。しかも、いずれも見た目が整っており、英雄像としても申し分ない。


 驚きと喜びが入り混じった声が、長く長く響き渡った。


「その人物を皆に紹介しよう。こちらから順に、キヨカ、プラム、セネール、ケイだ。私は一部であるが彼らと共に行動し、情けなくも強敵相手に膝をつかされながらも、彼らが我らの誇りのために命を賭して絶望的な戦いを決して諦めずに乗り越えた姿を目撃した。まさに次世代の英雄に相応しい活躍であったと断言しよう!」

『うおおおおおおおお!』


 国王自らによる英雄宣言。

 キヨカは注目されて真っ赤になりながらも、辛うじて笑顔を保たせる。鋼メンタルのポトフとセネールは通常通り、ケイは困惑してあたふたしている。


 闘いを終え、国王はキヨカ達にセレモニーで紹介したいと告げた。当然のごとく速攻でお断りしたキヨカだが、巨悪を撃退した英雄として紹介することで、この事件で落ち込んだ人々の心を癒したいと言われたら断りにくく、そのまま情に訴えられて押し通されてしまった。


「それでは、彼らを代表してキヨカから言葉を頂こうと思う」

「え?」


 国王は事前にただ立っているだけで良いからとキヨカに告げていたが、まさかの裏切り。してやったりと言う表情でキヨカを自らが立っていた場所に来るように目で指示をする。


 ここで断ったら国民が不審に思うかもしれない。

 国王はキヨカがそう感じることを見越して逃げられない罠をしかけていたのだ。


「(このチャラ王が!後で絶対フュリーさんにお願いしてボコボコにしてもらう!)」


 心の中で国王を原型が留めないレベルでボコボコにしたキヨカは、緊張したつたない足取りでゆっくりと前に出る。


「(何を言おうかな……)」


 国王はキヨカが照れて上手く話せない素の可愛い姿を国民に見せたいと考えていたが、誤算があった。


 キヨカは照れ屋であり、パレードのように好意的な視線に長時間晒されることは苦手であった。また、可愛い服で着飾って、それを人前で披露するのも照れるタイプである。


 だが、多くの人の前で話をすることはそれほど苦手では無い。


 もちろん、今回ほど多くの人に注目される経験は無いが、それでも程よい緊張感で冷静に物事を考えられるほどには余裕があった。


 キヨカは話をする定位置に立つと、国民が静かになるのを待つ。

 そのままそこで立っていると、徐々にざわめきが小さくなり、辺りはシンと静かになる。


 キヨカはそれまでの間に話の内容を決めた。


 大切な人を守る為に戦った。

 仲間との絆を信じて諦めなかった。

 皆の誇りを守りたかった。

 みんなが笑顔になれて良かった。


 国民を喜ばせる言葉は山ほど出て来るし、それらの多くはキヨカの本心でもあった。


 だがキヨカは思う。

 今この場で国民達を盛り上げる最も有効な言葉は、綺麗に飾った言葉ではなく英雄としての格好良さをストレートに伝える内容ではないかと。


 キヨカは剣を抜き空高く掲げて叫んだ。


「邪人ウルガスを、私達が、討ち取ったよ!」


 これ以上ない程に明確な勝利宣言。

 それは人々の心にクリティカルヒットした。


『うおおおおおおおお!』


 人々は手を挙げて新たなる英雄を称え、口を揃えて叫ぶ。


『キ・ヨ・カ!キ・ヨ・カ!キ・ヨ・カ!キ・ヨ・カ!』


 その言葉を一身に受けたキヨカは心の中で思う。


 やりすぎた、と。




 国民の熱狂は収まることは無く、セレモニーはそのまま終了となった。街では創立記念祭の大パレードが行われ、人々は一日中新たに誕生した英雄について語り合った。


 そんな中、王城ではとある攻防が繰り広げられていた。


「ぜーーーったいに嫌です!」

「そこをなんとか。キヨカちゃんと踊りたいって人が殺到してるんだよ」

「ダンスなんてやったことないですから!無理、ムリムリムリムリ!」

「大丈夫だって、未経験だってちゃんと言っておくから相手がリードしてくれるよ。ステップとか出来なくても着いていくだけでいいから」

「いーやーでーすー!」


 王城で開催されるダンスパーティー

 キヨカはそれに参加して欲しいと国王からお願いされているが、全力で断っている。


 ちなみにこの国王、フュリーから許可を得たキヨカに顔の形が変わる程フルボッコにされ、今はヒールで治してもらった。セレモニーで騙したにも関わらずお願いする図々しさにキヨカは呆れかえるが、断るのはそれだけが原因ではない。


「陛下、諦めて下さい。キヨカくんは男性に免疫が無いのでダンスなど無理です。腰に手を回した瞬間に相手の男性がボコボコになるのが目に見えてます」

「そこまでなのか!?」

「そこまでじゃないもん!」


 キヨカとて、学校行事のフォークダンスで男性と踊ったことくらいはある。だが、その時ですら大騒ぎだったのだから、社交ダンスほど接近などしたらどうなるか。セネールの言い分もそれほど間違ってはいないのかもしれない。


「私だけじゃなくてセネールだって誘われてるんでしょ!」

「僕は平気だよ」

「くっ……女性の扱いが苦手な癖にこういう王族っぽいのだけは平気なんだった……」

「王族とか関係ないから!?」


 キヨカ一行は見た目が良いので、キヨカだけでなくセネールやケイもダンスに誘われていた。ポトフは流石に幼いので誘いは無かったが。


「ボ、ボボ、ボクも無理です!」

「君の場合は悩みどころなのだ。男性からも女性からもアプローチがあってね」

「ひいいいいいい!」


 ケイとて農村出身の一般市民。

 ダンスなど経験したことも無い。


「ふぅ、それでもドレスに着替えて顔を出すくらいはやってくれないか。君達と話をするためにわざわざドレスを借りて押しかけてきている人々も多いんだ。スピーチであれだけ盛り上げたんだ、そのくらいの対応はしてもらっても構わないだろう」

「ぐうっ」


 それを言われると反論がし辛い。

 思わずやってしまった勝利宣言だが、もう少し落ち着いた言葉を投げかけることが出来たはず。周囲からあそこまで熱狂させるとは思ってなかったと言われれば確かにその通りで、その責任を取って欲しいと言われれば責任感の強いキヨカの心はグラグラと揺れた。


「クレイラのことは聞いている。あの時のように見世物にならないように事前に注意はしておくから」

「う゛う゛う゛う゛ー」


 キヨカとて、ドレスで着飾った状態を囲まれて褒め殺しにされるような状況にならなければ、なんとか耐えられるかもしれない。もしそうなってしまったらまた逃げてしまえば良いと自分の中に言い聞かせて、顔を見せるくらいならと了承してしまった。


『キヨちゃんのドレス姿がまた見られるー!』


 うざいテンションでキヨカの周りを飛び回るウサギにデコピンした時、小柄な女性がやってきた。


「あ、あのっ!」

「?」


 ポトフくらいの大きさの女の子。

 キヨカはどこかで見た顔だと思い出そうとする。


『キヨちゃん、お祭りの時にぶつかった女の子だよ』

「ああ」


 孤児院の屋台に行く前に、人混みの中でぶつかってそのまま逃げて行った女の子を思い出す。確かにその子だけれども、キヨカ達や王族関係者しかいない控室に何故この女の子がやってきたのか、キヨカは不思議に思った。


「お、お疲れさまでした!」

「お疲れさまでした?」


 何がお疲れなのか分からないが、なんとなく勢いで返事してしまった。


「しょ、しょしょ、しょうじゃなくて」

「??」


 わたわたと手をせわしなく動かして慌てている。

 てんぱっているようなので、キヨカはしゃがんで目線を下げ、優しく話しかける。


「落ち着いて」

「ひゃ、ひゃい!」


 まだ緊張しているのか、目が上下左右と動いて視線が定まっていない。そのため、キヨカは自分から話をしてあげることにした。


「前に一度お会いした方ですよね。覚えてます」

「い、いえ、一度どころじゃ。なんでもな……くなくなくなく、あれ、今どっち?」


 普通の内容だったはずなのに、何故か少女の焦りは大きくなった。


「ええと……私達に何かお話があるの?」

「お、おお、お話と言うか、なんというか、そのでしゅね……」


 少女はどうにも話の本題に入ろうとしない。

 困ったこの状況を打破したのは、国王だった。


「なんだ、まだキヨカちゃんに話をしてなかったのか」

「うう……だってぇ」

「俺が言おうか?」

「いいえ!自分で……言いま……しゅ」


 威勢よく返事をしかけたものの、その勢いはすぐにしぼんでしまった。


「陛下は何かご存じなのですか?」

「ご存じも何も、私よりも本当は君たちの方が知っているはずなんだがな」

「へ?」


 自分達の交友関係で思い出すのは孤児院だ。

 でもその中にこの子は居なかったし、居たとしてもここまでやってくる理由は無い。


 キヨカが考え込んでいる間に、女の子はようやく決意したようで言葉を絞り出した。


「なかま!なんでしゅ!」

「仲間!」

「そうでしゅ!」

「ええと、あなたが仲間?」

「はいでしゅ!」

「誰と?」

「皆しゃんとでしゅ!」


 女の子は自分達の仲間だと言う。その言葉を聞いて思い浮かぶのはただ一人。


「(いやいや、そんなはずはないよね)」


 この場に居ない自分達の仲間といえばマリー


 セレモニーにも参加していなかったが、何らかの理由があり国王が参加を止めたからだ。ウルガスとの戦い以降、キヨカ達はマリーに会うことは無くどうしているのか気になっていた。


 だがこの女の子がマリーというわけでは無いだろう。

 マリーは二メートル近く背が高い。甲冑姿なので少し高さが増しているとしても、この小柄な女の子が入っているとは到底思えない。


「やっぱり信じてもらえないでしゅ……」

「え?」


 女の子はキヨカの反応を見て肩を落とす。


「キヨカちゃん、信じられないかもしれないけど、君が思ったのが正解だよ」

「え?」


 あり得ないことを、国王は正しいと言う。

 そのキヨカにありえないことを信じさせるため、女の子はキヨカ達しか知らないであろう言葉を叫ぶ。


「おしとおす!」

「はいいいいいい!?」


 それはマリーが使っていた技の名前。

 だが女の子とマリーがどうしても結びつかないキヨカは、誰かがマリーの事をこの女の子に教えたのではないかと強引に解釈する。


「ひょええええええええ!」


 例え聞いた事のある独特の叫びを聞かされても、簡単に信じるわけにはいかない。


「だって全然背格好違うじゃん!あんな大きい鎧装備できないでしょ!?」

「しょうでもないでしゅよ」


 女の子はキヨカの困惑を否定するために、鎧を取り出した。


「待って、今何処から出したの。手ぶらだったよね」

「まずはここをこうしゅるんです」

「待って、無視しないで、続けないで。だからなんで装備しようとしてるの。大きさ体に合ってないよね。なんで……なんで装備着々と進めてるの。私目の前で見てるのに絡繰りが分からないんだけど。ねぇなんで、体のサイズ合ってないじゃん。おかしいよ、頭と腕だけ出てるんだけど、元のサイズと合ってないよね。隠れてる鎧の中どうなってるの」

「しゃい後に頭をシェットして、ほら完しぇい!」

「ほら完成、じゃないよ。なんでそうなるの。意味分かんないんだけど。ちょっと誰か教えてよ!」


 混乱して『なんで』を連発するキヨカ。セネールやケイも同じで目を真ん丸にしてマリーの行動を見つめている。そんな彼らに国王は言う。


「キヨカちゃん、彼女のことは気にしたら負けだよ」

「気にするに決まってるでしょおおおお!?」


 控室にいたキヨカの叫びを咎める者はいなかった。




「疲れた……」

「ですぅ」

「お疲れ様、キヨカくん、ケイくん」


 お祭りからの帰り道、キヨカ達は精神的な疲れによって重くなった体を押して歩いていた。


「くぅ、慣れてるセネールが羨ましい。あの場に出なかったマリーが羨ましい!」

「そうですそうです!」


 ダンスパーティーで踊らなかったものの、多くの人と挨拶することになり疲労困憊なキヨカとケイが、疲れを感じさせない二人に文句を言う。


「そんなことを言われてもなぁ」

「私はダンシュ出来ましゅよ?」


 マリーは理由があって人前に出なかっただけであって、ダンスに関しては問題ないらしい。どんな出自なのか全く分からないが、国王の知り合いであることからするとセネールと同類な可能性は高いとキヨカは思った。


「大体セネールは……」


 事件のことは一切触れず、マリーも加わった仲間達と談笑しながら帰宅の途につく幸せを、キヨカ達は噛みしめる。そしてそんな彼女達を街の人々は感謝の念を抱きながら密かに見守っていた。




 だが、キヨカ達に本当の意味で安息の時間が訪れるのは、まだである。




「あれ、マロンくん。こんな時間にどうしたの?」


 陽が傾き、そろそろ暗くなろうという時間帯。

 外で遊んでいる子供達も家に着いている頃合いだ。

 だがマロンは何かを探すように大通りで走り回っていた。


「お姉ちゃん!セグが、セグが!」

「セグちゃんがどうしたの?」


 マロンの尋常ではない様子にキヨカ達ははやる気持ちを抑えて冷静に聞いた。


「セグが何処にもいないんです!」

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