31. 【異】王都創立記念祭 3日目 謁見の間
「セネール大丈夫?」
「セネールさんがボクのせいで……ぴえええええん!」
「う……うむ……」
キヨカは床にうつ伏せで横たわるセネールを起き上がらせようと体を持ち上げようとするが、セネールは体に力が入らないようなので、話がしやすいように仰向けで横たわらせる。
「どうも体がマヒしているようだ」
「マヒ?」
「ああ、全身に力が入らない。気合を入れれば動かせなくはないが、激しい動きは無理だろうな」
セネールは横たわったまま手を握ったり開いたりして感触を確かめた。このままでは、この先に待ち受けているであろう邪人との戦いへの参加は出来ない。
「ポトフちゃんお願い」
「うん、アンチパラライズ」
マヒの症状なのでポトフにマヒ解除の魔法をかけてもらう。
淡い黄色い光がセネールを包み込む。
「どう?」
「……ダメだな。変わらない」
だが魔法は全く効果が無く、念のためマヒ解除のアイテムも使ってみたけれどそちらも効果が無い。
「恐らくこれが、騎士団員がかかっている状態異常なのだろうな」
「アイテムでも魔法でも治らない軽度のマヒか。厄介だなぁ」
「本当にな。残念ながら僕はここまでのようだ。ここでキヨカくんが勝利して戻ってくるのを待つことにしよう」
そう言ってキヨカに微笑みかけるセネール。イケメン耐性が無い女性であればコロっと堕ちてしまうな雰囲気だ。
「もっちろん。任せてよ」
キヨカには全く効果が無く、セネールを元気づけさせることだけを考えた明るい返事があるのみだが。
「ごめんなさい、ボクが不用意にブルークリスタルに近づいたばかりに」
「気にするな。僕達のために拾おうとしてくれたのだろう。ならばむしろお礼を言わせてくれ。ありがとう」
「う゛う゛う゛、ゼネールざああああん!」
セネールは力の入らない左手を持ち上げて号泣するケイの頭を撫でる。
「ケイくん、自信をもちたまえ。君は優しく思いやりがある素敵な人間だ。僕は君と仲間になれたことを心から誇りに感じているよ」
「……」
ケイはセネールの言葉を受けて涙が止まる程驚き、ゆっくりと立ち上がる。
そしてその場を離れ、一人目をつぶって考えに耽る。
「ふふ、すまないが騎士団のどなたか、僕を柱のところにでも移動させてくれないか。流石に広間のど真ん中で倒れているのは何となく落ち着かない」
「はっ!」
王城内の邪気は消え、邪獣が現れることは無いためこのままロビーに居ても危険は無い。セネールを強制マヒに追い込んだような罠は残されているかもしれないが、動かなければ大丈夫であろう。
セネールが騎士団の肩を借りて移動するのを見ながら、キヨカはこれからのことを考える。
「(三人で邪人と戦うのか。きついなぁ。でも騎士団の方々と連携すれば何とかなるかな?)」
頭の中で戦略を考えはじめたキヨカに、レオナが声をかける。
『キヨちゃん、大丈夫?』
セネールが抜けたことではない。キヨカが先ほどまで苦しんでいた心の傷のことだ。
「うん、ありがとうレオナちゃん。やっぱりレオナちゃんは私の一番の親友だよ」
『う゛!』
屈託のない親愛の笑みと言葉を不意打ちで向けられ、レオナは動揺する。
「これから先も、私が間違えそうになったら遠慮なく止めてくれると嬉しいな」
『キヨちゃん……』
それはつまり、これからもキヨカは戦いの中に身を置くことを決めたということ。あれだけの地獄を味わってなお、キヨカは誰かのために行動することを決して止めない。
「それよりもレオナちゃんに聞きたいことがあるんだけどなぁ~」
暗くなりそうな雰囲気を変えるように、キヨカはいたずらっ子な笑みを浮かべてレオナに詰め寄る。
『え?え?なに?』
まったく心当たりがないレオナは素直に疑問に思っている。
「レオナちゃん、誰か大切な人が出来たでしょ」
『ええええええええ!?!?』
クレイラ鉱山でのレオナの取り乱しっぷりはキヨカの知るレオナの反応であった。だがあの時それが突然落ち着き、更に今回の件もどうにか耐えることが出来た上にキヨカを支えてくれる大活躍。
単に成長したにしては突然すぎるため、キヨカは裏に誰かレオナを支えてくれる人物が現れたのだと察していたのだ。
『な、無い無い無い無い!大切なんかじゃないもん!あ、違うの、苗ちゃんは大切だから!』
「苗ちゃん?その人がレオナちゃんの大切な人?今も見てるのかな。レオナちゃんのことよろしくお願いしますね!」
カメラがどこにあるのか分かってないので、とりあえず適当に手を振るキヨカ。そしてキヨカは最近レオナに弄られている仕返しとばかりに攻める。
「でもおっかしいなぁ。今の反応だと苗ちゃん以外にも誰かいるみたいだね。もしかして男の人だったりして?」
『ううーーああーーもおおおおお無いったら無いのーーー!キヨちゃんの馬鹿ああああ!』
「あらら、消えちゃった。まさか本当に男の人が?あのレオナちゃんに?」
人見知りで引っ込み思案なレオナを支えてくれる人が現れたことが、キヨカにとっては心の底から嬉しかった。自分が居なくなったことでレオナが苦しんでいることを知っていたからだ。でもそこに男の人が関わってくるとなると話は別。キヨカは自分が弄られるのは苦手なくせに人の恋愛話は大好きなのだ。
「後で詳しく聞こうっと」
レオナとの話を終えて、今度こそ今後のことを考えようとキヨカは気持ちを切り替える。
そのキヨカの元にケイがやってくる。
「キヨカさん、教えてください。ボクは役に立ちますか?」
ケイの目には強い決意の光が宿っており、両手はきつく握りしめられていた。体の僅かな震えは、恐怖によるものか武者震いによるものか、あるいはその両方か。
「うん、とても役に立つよ。そして更に役に立つための道具がこれ」
キヨカは王城で入手したケイ用の武器を手渡した。
「これは……」
セネールがケイの身代わりとなってしまった負い目。
セネールによる自信を持てと言う言葉。
そして大切な仲間を傷つけられたことによる怒り。
様々な感情がケイを突き動かしていること、そして何が言いたいのかをキヨカは理解する。
これが単なる感情の暴走であったならばキヨカは止めたかもしれない。
だがケイはキヨカに自分の行動が無謀であるか確認する冷静さも持ち合わせていた。
今のケイであれば、邪人との戦いにも精神面でついていけると信じられる。
「ありがとうございます。あの、ボクも邪人との戦いに参加させてください!」
「うん、もちろん!」
これで役者は揃った。
後はまだ唯一未探索の場所で待ち受けているであろう黒幕の元へと突入するだけだ。
キヨカ達は回復、アイテムの補充、装備の確認を念入りに行い、謁見の間への入り口に立つ。
「それではよろしくお願いします」
「おう」
今回は騎士団が一緒であり心強い。国王までも一緒なのがキヨカとしては気になるところではあるが。
「開けます」
キヨカは謁見の間に入る大きな扉を押し開く。
全員で中に入ると、本来であれば国王が座る豪華な椅子に座っている者がいることに気が付いた。
「ようこそ諸君」
そいつは全身が緑色の鱗で覆われた人型爬虫類、リザードマン。
「この椅子、見た目は良いのだが私には合わないな」
椅子から降りたリザードマンには大きく長い尻尾があり、それが座る妨げとなっていたのだろう。
「王城の破壊、止めに来たよ」
「まさかここまでやってくる人物がいたとはな、驚きだよ」
リザードマンはキヨカ達と騎士団を眺める。
「我が国に手を出した報い、受けて貰おう」
「ほう、国王陛下が自らこんなところまでやってくるのか。予定には無かったがここでお前を殺せばあの方の糧として更に大量の負の感情が生まれそうだな」
「邪神の復活などさせぬ。我が民を甘く見るなよ!苦難も悲しみも乗り越える強さを持っているのだ」
どのような絶望を与えられたとしても決して折れることの無い心の強さを持っている、国王自慢の国民達だ。
「知っている」
「なに?」
だがリザードマンの反応は、何を今さらと言ったような反応であった。
「知っていると言ったのだ。お前たち人間は
「なんだと?」
国王は、それはどういう意味だと問いただしたかったが、リザードマンは話を変えてしまう。
「ゆえに少しでも貴様らが苦しむようにと小細工を弄したのだ。しかも邪魔が入らないように時間をかけて準備したのに、まさかこうも簡単に突破されるとはな。何故貴様らは無事なのだ」
「まさかマヒのこと!?」
やはり、騎士団や実力者がマヒで動けなくなっているのは邪人のせいであった。
「この国に潜み、実力者を洗い出し、遅効性の特殊なマヒ毒を摂取させたのだよ。どれだけ手間がかかったと思っている」
「特殊なマヒ毒?」
「ああ、こういうものさ」
リザードマンがにやりと笑みを浮かべる。嫌な予感がしたキヨカは号令をかけた。
「みんな走って!」
キヨカ達の足元に、セネールがかかったものと同様の黄色いオーラが生まれる。だが今度のは一人を嵌めるための輪っかでは無く、全員の足元をカバーするくらい広範囲だ。
前方でリザードマンと会話していたキヨカ達はすぐに反応して走ったため脱出できたが、後ろの方に居た騎士団員は間に合わなかった。
『うわああああああああ!』
そしてもう一人、国王もまた対話のために前方に出ていたのだが、ある人物を助けようと思わず戻ってしまい、助けることも叶わず共に罠にかかってしまった。
「この馬鹿!あなたまでかかってどうするのですか!」
「す、すまない、つい……」
パフューに叱られながら悔しそうな表情を浮かべる国王だが、言葉とは裏腹に自分の行動を恥じてはいない。傍から見ている以上にパフューのことを大切に想っていたのだろう。パフューも少し顔が赤くなっている。
結局無事なのはキヨカ一行だけとなってしまった。
「これは設置型の罠だ。街ではこんなもの使ったら一発でバレるから、食事中を狙って空気中に散布したがな」
そしてそのマヒ毒を吸ってしまった人物は、このリザードマンが狙ったタイミングで体がマヒ状態になってしまう。それが謎のマヒの絡繰りであった。
「結局最後の罠でも全員仕留められなかったわけか」
「思ったよりも慎重でちょっと驚いてるよ」
「当然だろう。お前達人間のしぶとさを我々は良く知っているからな」
「だから念には念を入れて街中にまで邪獣を発生させたってことなのね」
マヒの状態でも辛うじて動ける騎士団員が攻めてこないように、街中にもクリスタルを放ったのだとキヨカは想像していた。
「何のことだ?」
だがリザードマンは予想外の反応を返す。
「だから、マヒした騎士団員がこっちに来ないように街中にもあのクリスタルを設置して牽制したんでしょ!?」
「知らんな。何故私がそんなことをする必要がある」
「え?」
「マヒ毒を受けた者相手に不覚を取るわけが無いだろう。牽制する意味が無い。それに街に獣を放ってしまったら私の策の効果が薄れてしまうだろう」
「効果が薄れる?」
「貴様らが敬愛するこの城が崩れ落ちる瞬間を、少しでも多くの人間に見せて悲しませるのが目的なのだ。街に獣なんぞ放ったら、見ている余裕など無いではないか」
「え、でも実際に……」
「…………なるほど、あいつか。余計なことをしおって。邪魔はしないと言った癖に」
街の邪獣についての妙な食い違い。リザードマンの方はその現象の理由に察しがついているようだ。
「一体何なのよ!」
「ふん、今となってはどうでも良い事よ。どうせ貴様らはここで死ぬのだからな」
それならば何故これまでネタバラシをしてくれたのか、とキヨカは思ったが口にはしなかった。妙なところで相手が怒り強化されたら困るからだ。
「それでは始めようか」
話は終わりだと、リザードマンは傍に置いてあった盾と剣を手にしてキヨカ達の方へ向かって歩き出す。
キヨカ達は改めて武器を構え直し、気合を入れる。
「この国の人々が最も悲しむことをあなたが望んでいたのならば、ここを狙ったのは正しいよ。だからこそ、私達はここであなたを絶対に止めてみせる!」
「よかろう。それでは見せて貰おうか、貴様らの強さを。我が名はウルガス、貴様らというこの国の希望を破壊する者だ!」
キヨカは思い出す。
創立記念祭を楽しんでいた人々を。
祖先を敬い、自らも誇り高き国民として気高く生きる人々を。
そして、ブライツ王国民の一人としてキヨカ自身が感じていた王城にまつわる多くの誇りを。
「明日を笑顔で迎えるために、私達の誇りを守り通す!」
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