30. 【異】王都創立記念祭 3日目 マザーボム 後編
「もう……やだ……」
これまで、酷い怪我を負いながらも弱音を吐くことなく勇敢に戦い続けて来たキヨカの心が、ついに折れかかってしまった。
無数の切り傷、肉が抉り取られる、骨にヒビが入る、体内が激しく揺さぶられる、流した血はあまりにも多く、打撲痕など普通の事。ポーションにより戦闘で負ったそれらの傷は完全に修復されるため忘れがちであるが、キヨカはこれまで年頃の女の子が体験することなどありえない激戦を続けて来た。
だがそれでもキヨカの心は耐えていた。ゴーレムによる全身破壊による戦闘不能を経験してもなお、壊れることなく前向きに歩んで行くほどの強靭な精神力を持っていたのだ。
しかし今回のダメージはこれまでのものとは比較にならない。全身が打撲、切り傷、大火傷な上に、今もなお灼熱の鎧がキヨカの皮膚を蝕んでいる。いっそのこと戦闘不能になっていれば意識が朦朧としているのでむしろ辛さは少ない。中途半端に生きながらえているからこそ、地獄の業火に焼き続けられる苦しみを味わっているのである。
その苦しみをどうにか耐えられているのは、戦闘が終わりすぐにポーションで回復出来ることが分かっていたから。
だがまだ戦闘は終わらない。
例え今すぐにポーションで回復したとしても、またボムの爆発を喰らって再度今の地獄を味わうかもしれないのだ。その事実をキヨカの心は受け止め切れなかった。
「ううっ……ううっ……」
ついに涙が流れ落ちるが、流れた直後に蒸発する。
『ギヨ゛ぢゃん!だべだよ!』
そのキヨカにレオナが声をかける。
キヨカの満身創痍な姿を見て、レオナの心はクレイラの鉱山の時と同様に激しく痛んでいるが、今のレオナにはその辛さを支えてくれる温もりがある。今この時も、手と肩に添えられた熱が、レオナに勇気を与えてくれる。
『(今のキヨちゃんを支えられるのは私しかいない)』
仲間達は倒れ、キヨカに声をかけられる状況では無い。今この時に限って、キヨカを助けられるのはレオナしかいないのだ。
『ギヨ゛ぢゃん。ごれが終わったら、やずんでもいいじ、逃げでぼいい。村にがえっでも良いよ。でぼ、でぼ今だけはだべ。どなりを見で!』
止まらない涙をぬぐうことなく、レオナは訴える。
この先、キヨカが戦いの恐怖に負けて、姉を探すことを失意のままに諦めてしまっても構わない。むしろそうやって安全な世界で生きてもらうことこそがレオナの望みだ。
でもここで心が折れて逃げてしまったら、例え運良く生き延びられたとしてもキヨカは一生自分を責めながら生き続けることになるだろう。何故ならば、レオナは託され、受け取ってしまったからだ。
『ゼネールのおぼいを、むだにしちゃだべっ!』
キヨカ以上に無残な姿で横たわるセネール。キヨカはその姿を再度見て、レオナの言葉を自らの心に染み込ませ、自分が背負った『責任』を思い出す。
セネールは決して自分勝手に想いを託したわけではなく、キヨカに相談をしていた。
そして許可を出したということは、キヨカがその想いを受け取る覚悟を抱いて答えを返すという『責任』を果たす誓いをしたということ。
その誓いを裏切る行為をするなど、キヨカにとっては死ぬよりも辛いこと。
それが、現代日本で生きていたにしては歪な、それでいてあまりにも清らかなキヨカの心の在り方だった。
「うん……そう……だよね……そう……だね!」
キヨカは立ち上がる。
レオナに背を押され、体の痛みや心の痛みを遥か遠くへ押し流す。
辺りはすでに薄煙が完全に晴れ、ポトフやマリーの姿も見ることが出来る。
ポトフもマリーもフラフラだが立ち上がろうとしているので、体力が零にはなっていないのだろう。
「お姉ちゃん、回復する!」
「ううん、まだ待って。私は大丈夫だから」
決して大丈夫には見えない見た目で、キヨカは無理をしてでも笑顔を作りポトフの行動を押しとどめる。
そのポトフの様子だが、マザーボムからやや離れていたところにいたためか、キヨカほど酷い怪我は負っていないように見え、キヨカは少しだけ安心する。
マリーは表情も何も見えないが、全身鎧が赤くなっていることから、今もなお自分以上に辛い状況になっているのだと想像できる。
「レオナちゃん、状況を教えて!一刻も早く状況を立て直す!」
レオナはすでにその答えを準備していた。
一分一秒でも早くキヨカが状況を知りたくなることをパートナーとして把握していたからだ。
『戦闘は継続中でボスが二体。どっちも少し小さくなってチャイルドボムって名前になってる。強さはマザーボムより弱いと思う。セネールは戦闘不能。残り体力はマリーさんが三割、キヨちゃんが二割、ポトフちゃんが一割ってところ』
「オススメは?」
言葉を端折ってもレオナ相手なら伝わる。
ここでの質問は、自分が選ぶべき今後の行動についてだ。
『三人が回復することが最優先。全員ミドルポーションで自分を回復。態勢が整ったらセネールを復活の流れ。回復の間に、もう一人戦闘不能になる可能性があるけど、そうなってもリカバリ可能だから落ち着いてね』
「分かった。みんなミドルポーションで自分を回復して!」
「うん(コクコク)」
ガシャリ
全体の行動順は、ほぼ間違いなくキヨカ、ボム二体、ポトフ、マリーの順になる。
キヨカが先制して自分を回復することで、次のボムの攻撃に耐えられる。
また、マリーも三割は体力が残っているので一撃は耐えられるだろう。
つまりこの行動により戦闘不能者が出るパターンは、ポトフが攻撃されることか、マリーが二連続で攻撃されることだ
ポトフかマリーが戦闘不能になったとしても、残り二人の体力が全快であればボム二体の攻撃はかなり耐えられる。その間に戦闘不能者を復活させて回復させれば良い。
実はキヨカがポトフを回復させ、ポトフがセネールを復活させるという方法もある。セネールは次ターンで自分を回復し、例えキヨカが倒されても回復済のポトフとマリーでキヨカを復活回復させる流れだ。
だが、キヨカが戦闘不能になるのを嫌ったレオナがそれをさせなかった。どちらでも良いのなら、キヨカが少しでもダメージを受けない方を選びたかったのである。
「痛みが消えた!」
キヨカがミドルポーションを使うと焼け爛れた肌は元通りの潤いを取り戻し、怪我も大半が治り、何故か鎧の熱までも消えている。異世界マジックである。
そしてボムの行動は運良くキヨカとマリーにそれぞれ体当たり攻撃。
ポトフとマリーは自分を回復し、次のターンでキヨカは更に自分を回復させて全快。
ボムは爆発攻撃を使ってきたけれども単体攻撃で威力は普通のボムの爆発より多少高い程度。マザーボムの攻撃を耐えたキヨカ達ならば余裕で受け切れた。
ポトフとマリーでセネールを復活回復させてようやく態勢が整った。
「セネール!」
「むぅ……まだ戦闘中か」
「良く分かってるじゃん!」
感動の復活、などを演出しようとしていたらセネールの評価はまた下がっていただろう。だが、セネールは復活したてにも関わらず正確に状況を把握して行動して見せた。いくら戦闘不能中に状況を俯瞰して見られたとしても簡単に出来る事ではない。
「とはいえ、ここからがまた問題だよね」
「ボムが二体か。各個撃破だろ?」
「もちろん」
連続で自爆されたらたまったものじゃない。時間がかかっても守りを重視しながら着実に倒す。
その戦略のはずだったのだが、本当に時間がかかってしまった。
片方のチャイルドボムにダメージを与えると自爆攻撃。今度も全体攻撃だったけれども威力はマザーボムより遥かに弱く、通常の爆発攻撃が全体化したようなものだった。ゆえにそれ自体は問題なかったのだけれども……
「今度は四体!?うざーい!」
グランドチャイルドボムが四体発生。
それらは普通のボムよりも弱かったので問題が無かったのだが、自爆に怯えながらちまちまと戦闘を続けていたのが時間がかかった原因だ。グランドチャイルドボムは体力が少なく、爆発する前に倒しきることが出来るのでもう少し果敢に攻めていれば多少は早く終わったかもしれないが。
「これで終わりだよ!断!はもう使えないから普通の攻撃!」
WPもMPも全て使い果たし、回復アイテムもほぼ使い切った満身創痍の状態ではあるけれど、ようやく最後のグランドチャイルドボムを撃破。結局、マザーボムの自爆直後は悲惨な状態であったが、それ以外は特に問題なく余裕をもって撃破可能な相手であった。
「終わったぁ……」
「やったな」
「お姉ちゃん!セネール!」
ガシャンガシャン
ポトフとマリーがキヨカの元に駆け寄ってくる。セネールも戦闘不能の後遺症は特になく、いつもの戦闘後と言った感じで平然としている。
「やっぱり私が攻撃すれば良かったかな」
「う゛っ……それは言わないでくれたまえ」
戦闘不能になったことで、あの地獄のようなダメージの感覚を得ずに気を失っていたのだ。むしろそっちの方が精神面では楽だったのではとキヨカが珍しく不当にセネールに食ってかかる。もちろん冗談で言ってるのはお互いに分かっているのであるが。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
「ポトフちゃんも良く頑張ったね」
キヨカの悲惨な状況に心を大きく心を痛めていたのはレオナだけではない。ポトフだって同じくらい心配していたのだ。戦闘が終わって安心したのか、ぎゅっと強く抱き着いて来る。
みんなで激闘の余韻に浸っていたところ、二階からロビーに人がやってきた。
「キヨカちゃん、無事か!?」
「みなさん!」
国王一行が、遅れてロビーに到着したのだ。
ケイもキヨカ達が無事で安心したようだ。
「ついさっきクリスタルの邪獣を撃破しました」
「ぶい」
笑顔で出迎えるキヨカ達だが、戦いが簡単では無かったことは、城内探索中に聞こえて来た爆音の連続と荒れ果てたロビーの惨状を見れば分かること。
魔石で強力に保護されいるはずの柱の多くが欠け、床も大小様々な穴が空いている。更には尋常ではない熱がロビーに充満しているのだ。
「誰か扉を開けてくれないか」
「はっ!」
騎士団員が一階通路脇にある小部屋に入ると少し経った後に巨大な入口の扉が開く。
外から風が流れ込み、ロビーの空気が一気に和らいだ。
「ああ~涼しい~」
「うむ、気持ち良いな」
「喉乾いた」
ガシャリ
ポトフの言葉を聞いた騎士団員が携帯用の水をくれたので、キヨカ達は水分補給をしながら疲れた体を休めている。
「キヨカさん、凄い闘いだったんでしょうね」
「あはは、そんなことはあるかな」
実際、死屍累々の戦いだったのだ。謙遜するのも変だと思い素直に答えるキヨカ。
「あれ、キヨカさんブルークリスタル落ちてますよ」
それはマザーボム一家を撃破したことによる報酬であった。キヨカ達は後で拾おうと思いそのまま放置していたのだが、ケイがその存在に気づきキヨカ達に届けようと拾おうとする。
突如、ケイの足元に黄色く丸い光の輪が発生した。
「ケイくん!」
「ケイ!」
慌ててケイの元に走り出すキヨカ達。キヨカはポトフと共に座り込んでいたためスタートが遅れ、立っていたセネールは持ち前の素早さを生かしてケイの元へと駆け付ける。
そして、ケイを体当たりで突き飛ばしてその光の輪から弾き出す。
「ぬおおおおおおおお!」
「セネールうううううううう!」
光の輪から上に円柱状に光が立ち昇り、セネールはケイと入れ替わりにその光を身に受けた。
「何だ、何が起こったんだ!」
「陛下、近づいては危険です!」
「だが放置は出来ん!」
国王を止めるものは居たが、キヨカにはいなかった。
セネールがそうしたようにキヨカも体当たりでセネールを救出しようとしたのだが、間に合わずに光は消え、セネールは地面に倒れ伏せる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます