22. 【異】王都創立記念祭 3日目 異変

「キヨカくん、起きたまえ。キヨカくん!」


 セネールがドンドンとキヨカの部屋の扉を慌てて叩く。

 普段はキヨカの方が先に起きるが、この日はキヨカが前日孤児院の手伝いで疲れていたのと、セネールが祭りの早朝の風景を見たかったこともあり、セネールの方が先に起きていた。


 そのため異変を察知したのはセネールの方が早かった。


「起きたよ。何?」


 寝起きで見せられないよ姿なキヨカはドア越しにセネールに声をかける。

 レディが寝ている部屋にやってくるなんてデリカシーの欠片も無い、などと思われて評価が下がることは無い。セネールの切羽詰まった声から、何かとんでもない出来事が起きているのだと理解していたからだ。


「驚かないで聞いてくれたまえ」

「うん」


 わざわざ前置きをすると言うことは、それだけ衝撃的な内容なのだろう。


「王城に邪気が発生した」


 この日は王都創立記念日であり、王城では厳格なセレモニーが行われる。

 セネールは国民が愛する王城の姿や準備の様子を見ようとビジネス街の高いビルの上層階に登り、上から眺めていた。

 すると突然王城内から邪気が発生し、準備をしていた人々や早朝に訪れていた観光客が逃げ出して来た。


「……今どうなってるの?」


 セネールの前置きのおかげか、どうにか冷静に事態を受け止められたキヨカは、まずは現状把握が必要だと考えた。


「騎士団が避難誘導をしている。今は避難を優先しているようで中には入ってない」


 上から見ていた感じでは、避難誘導だけなら騎士団の人員だけで足りているし邪獣を倒すべく王城の中に向かおうとしたら大量の避難民に逆らって進むことになるので邪魔になると判断し、セネールは宿屋に戻って来た。


「百戦錬磨の王都騎士団が対応しているから避難はスムーズに進むと思うが……」

「何か気になる事でもあるの?」

「気のせいかもしれないが、どうにも騎士団の動きが緩慢だったように見えてね」


 クレイラの街で活動していた騎士団の行動と比べて、避難誘導の動きが遅かったように見えた。ただし遠いところから見ていた為勘違いだった可能性もある。


「分かった。避難する人達の邪魔にならないように王城へ向かおう。セネールはケイを起こして」

「承知した」


 キヨカは大急ぎで自分とポトフの身だしなみを整え、宿の出口でセネール達と合流する。


「キヨカさん、王城に邪獣が出現したってまさか!?」

「うん、闇のクリスタルがあるんだと思う」


 本来であれば人のいるところに邪気は出現しない。

 これまでの唯一の例外がクレイラの街の鉱山であり、おそらく今回も同じことが起きているのだろうとキヨカは推測した。


「邪獣の強さ次第だけど、王都近くのと同じくらいの相手だったらケイでも倒せるからね」

「は、はい!頑張ります!」


 仮に倒せない相手だったとしても、ケイの動きを鈍らせる精霊魔法は有効だ。

 素早い厄介な邪獣を遅くして、その間に騎士団に倒してもらうというフォローが出来るからだ。

 あるいは、誰かが逃げるのをフォローすることだって出来る。


「ボクの魔法が役に立つなんて」


 これまで使えないと思っていた自分の精霊魔法に利用価値があると知り、非常事態ではあるものの喜びが湧いて来るケイだった。


 ビジネス地区へ向けての魔動バスは停止していたため、中央区までバスで移動してそこからはセグ〇ェイ的乗り物を借りて王城へと向かった。


 ときおり避難民らしき人を見かけたが、慌てて逃げている様子はない。騒ぎはひとまず落ち着いているのかもしれない。


「なにあれ!?」


 時間をかけて王城の入り口となる橋までたどり着いたキヨカが見たのは、橋を封鎖する騎士団と、中央が消え去り渡れなくなっている橋だった。


「ブレイザーさん!」


 橋を封鎖していた騎士団の中に見知った顔を見つけたから声をかけた。


「やあ……キヨカさん」

「どうしたのですか!?」


 ブレイザーの顔は真っ青になっていた。

 いや、ブレイザーだけでは無い。

 その場の王都騎士団は全員がフラフラで立っているのもやっとという様子だったのだ。


 王城が襲われたということによるショックと言うよりも、純粋に不調のように見える。


「……ふぅ。どういうわけか突然体が痺れましてね。マヒにかかったような感じなんです」

「それならポトフちゃんのアンチパラライズで」

「いいえ、もう試しました。どうやらこれは魔法でも薬でも治らないらしいです」

「そんな、こんなときに!」


 王城から邪獣が溢れてくるかもしれないし、そもそもその王城のクリスタルを破壊するために戦いに行かなければならない。その貴重な戦力となる騎士団が肝心な時に動けない。


「ひとまず橋を落としたから街の方にやつらが来ることは無いとは思いますが……」

「あの橋ってみなさんが落としたのですか?」

「ええ、避難マニュアルがあります」


 王城が襲われた場合、ビジネス街へ繋がる橋から人々を避難させる。

 避難民が王城から出て来なくなり一定時間が経過した後に橋を落とす。


 こうすることで王城から街の方に敵が攻めてくるのを防ぐのだ。


「でもそれだとまだ王城の中に人が残されている可能性が?」

「中で避難を誘導していた方々が、確実に残っています」

「そんな!」


 それでは彼らは中で邪獣に襲われて逃げることが出来なくなってしまう。


「安心してください。彼らは戦闘に秀でた人材です。それに彼らには役目があります」

「役目ですか?」

「はい、すぐには逃げられなかった人を探して隠し通路から脱出させる役目です」


 街から王城へ通じる橋を落とした現状、王城へ通じる道は二つ。

 一つは王城の南部に架かっている橋だ。

 だがこちらは王城へ侵攻して取り戻すための戦闘用スペースであり、そこから避難するのは危険である。


 そのためもう一つの地下を通る隠し通路を使って避難をする。

 王族が脱出するためにと作られたものだ。


「良く考えられてますね」


 全ての人を確実に脱出させるには、複数の脱出ルートを用意して避難手段を準備しておく必要がある。邪気発生以外では安全な世の中であっても、王都の人々は緊急時の対策を怠ってはいなかった。


「ですが問題は王城を取り戻す肝心の戦力が足りないことです。どうやら実力者も軒並みダウンしているようでして」


 王都であれば騎士団以外にも戦える人材は豊富であるが、その悉くが治らないマヒの症状に悩まされているとのこと。王城からの脱出はなんとかなったとしても、その後がどうにもならないのだ。


 ドゴオオオオン!


「なに!?」


 王城の方から何かが爆発するような音が聞こえる。

 煙のようなものが立ち上がっているのも見える。


「先ほどから何度か音が聞こえるのですよ。すでに窓が割れて何か所か壁が崩れ落ちています。どうやら邪獣達は王城を破壊しているようなのです」


 クレイラの街では邪獣達は鉱山を破壊するようなことはしていなかった。

 人しか襲わないと考えられていた邪獣が建物を破壊するということは、これまた初めての出来事であった。


「どうしてそんなことを……ううん、違う。それが目的なのかも」

「キヨカくん、どういうことだい?」

「あそこには間違いなく闇のクリスタルがある。となるとそれを生み出した存在もきっといる」

「邪人か……」


 クレイラの鉱山にクリスタルを設置したように、王城に設置した邪人がこの事件の犯人の可能性が高い。


「じゃっ……じゃっ……邪人!?」


 ケイはまさかの言葉に驚いた。

 キヨカ達が邪人と戦ったとは聞いていたが、自分がそんなものに関わることになろうとは思ってもみなかったのだ。


「ケイ、安心して。無理に戦って何て言わないから。出来ることだけやれば良いの」


 つい先日まで弱い邪獣相手に手も足も出なかったケイに邪人と戦おうなどと口が裂けても言えなかった。怖がりで臆病なケイに自信をつけてあげたいが、流石にこれは無茶というもの。雑魚から街の人を守る役割で十分だとキヨカは思っている。


「ぴええええええん」

「よしよし(なでなで)」


 恐怖で泣き崩れるケイをポトフがあやす。

 その間にキヨカは話を進める。


「邪人の目的は人々に恐怖や絶望を与えること。王国民が愛する王城が破壊されたら、計り知れないほどの悲しみを抱くことになる」

「それが目的という訳か。最低だが目的を果たすにはおあつらえ向きの手段だね」


 セネールの顔が怒りに染まる。

 正しく悪に怒れるというところが、セネールの良いところであるとキヨカは評価していた。


「キヨカさんの仰る通りですね。しかも創立記念日に攻めてくるなど狙ってやったとしか思えない。くそっ、こんなときに我々はっ!」


 王城を守れないことを悔しがるブレイザー

 彼らの話を聞いていた騎士団員も、同じく歯を食いしばって辛そうな表情を浮かべている。


「ポトフちゃん、セネール、行くよ」

「うん(コクコク)」

「当然だ」


 無事に行動出来るのが自分達しかいないのであれば、やることは一つである。


「キヨカさん……よろしくお願い致します」


 無理はしないでほしい、一般の方は避難していてほしい、自分達がなんとかする。

 それらの言葉を飲み込んで、ブレイザーはキヨカ達に依頼した。


 プライドも屈辱も役割も関係ない。


 すべては国民のためになる選択をするのみだ。


「それじゃあ早速南の橋に移動して」

「キヨカさん、待ってください」


 南の橋から王城へ入ろうと決めたキヨカをブレイザーが止める。


「実は王城へ通じる隠し通路の出入り口はこのビジネス街にあるのです。そちらからの方が近いです」


 ビジネス街の中の変哲もない普通の雑居ビルが、実は王城への進入路となっている。

 そのため、わざわざ南回りに迂回して橋に向かうよりも大幅に時間を短縮できる。


「助かります。それじゃあアイテムの準備してから行こう。ケイはここで街の人たちを守っ」

「ボクも行きます!」

「……邪人と遭遇するかもしれないんだよ?」

「それは無理なので、王城に残って戦っている人たちのフォローをしたいと思います」


 キヨカ達がクリスタルを破壊するために行動している間、王城で避難を誘導している戦士たちのフォローをする。

 それなら良い戦闘経験になるかもしれないし、何よりもケイが勇気を出したのだからそれを無下にするわけにはいかない。


「分かった。一緒に頑張ろう!」

「はい!」


 涙目で震えているけれども、その目には大事な大事な二つの力が込められていた。


 少しでも誰かの役に立ちたいと思う力と、生き残りたいと思う力が。


 話がまとまり今度こそ出発だと思い、ブレイザーに隠し通路の入り口について教えてもらっていたら、事態はさらに悪化する。


『きゃああああああああ!』

『うわあああああああ!』


 王城とは反対側。

 街の方で悲鳴が上がった。


「一体何が!?」


 街の方からセグ〇ェイに乗った騎士団員がやってきてブレイザーに状況を報告する。


「報告します!中央交差点にクリスタル出現!同時に中央区全域に邪気が充満して邪獣が発生!現在避難誘導中です!」

「なん……だと……?」


 王城だけでも手いっぱいであったのに、街中での邪獣出現。

 戦える人材がほとんど残されていない王都で出来ることと言えば人々の避難だけ。

 幸いにも出現地域は王都中心部であるため、逃げ道は封鎖されていない。


「マニュアルに従って避難活動を実施中です」

「分かった。私もそちらに向かおう。王城の監視数名残してついてこい」

『はっ!』


 仮にクリスタルがもっと多く出現したら、王都は壊滅するかもしれない。

 そうなったときに、一人でも多くの国民を守るべく、動かない体に鞭を打とうとブレイザーは決意した。


「予定変更。先に王都のクリスタルを叩くよ」

「うん(こくこく)」

「承知」

「はい!」


 王都内であれば消耗してもすぐに補給が出来るため、キヨカはさっさとクリスタルを破壊してから王城へと向かうことにする。


「助かります」


 ブレイザーと共にセグ〇ェイにのって中央区へと進むと、来たときは無かった邪気で覆われていた。まだ避難誘導中で、邪気の中から次々と人が飛び出してくる。


「危ない!」


 避難中の人のところに邪獣が出現する。

 それは見たことがある翼の生えたネズミであった。


「えいっ!」


 キヨカが剣を一閃すると、ネズミは簡単に消え去った。


「弱いな」


 セネールが槍を軽く突くだけで、ブルースネークも速攻撃破。

 ここの邪気により出現した邪獣はスール村の森やクレイラ大平原のような最弱の邪獣が出現するようだ。


 状況を把握したブレイザーがキヨカの元へやってくる。


「キヨカさん、ここは我々に任せて王城へ向かってください」

「大丈夫ですか?」

「体はほとんど動きませんが……」


 よろよろとおぼつかない足取りで、ブレイザーは大剣を振り上げてネズミを攻撃する。


「我ら騎士団、この程度の相手であれば、対処可能です」


 体に力がほとんど入らないはずなのに、そこら中で騎士団が邪獣を駆除している。


「遅くなれば遅くなるほど王城の崩壊は進みます。お願いします、我々国民の誇りをお守りください」


 真剣な表情でキヨカを見つめるブレイザーを見て、決心した。


「分かりました。ここはよろしくお願いします。クリスタルを破壊する時に一段階強い邪獣が出現するかもしれませんのでご注意を。後は近くにあのクリスタルを設置した邪人がいる可能性があるからそちらも注意してください」

「ご忠告感謝致します。全てが終わったら、また一緒にご飯でも食べましょう」

「はい、また美味しいお店を紹介してくださいね」


 縁起の悪いフラグをビンビンに立てたブレイザーだが、キヨカもそのフラグ云々は知らないため突っ込めない。


『露骨な死亡フラグは死亡しないオチ』

『相手弱いし戦った方が良くない?』

『イベント扱いで戦わせて貰えないのでは』

『中に入ろうとすると止められるやつか』

『ここは任せて先に行ってください』

『でも実は弱いと思わせておいて……』

『やめーや』

『でも良くある罠なんだよなぁ』


 コメント欄では不穏なことを言ってるが、キヨカはゲーム的なことは知らないし、任せられるときは任せるべきだと考えられるタイプなので、心配ではあるがこの選択に後悔は絶対にしない。


 仲間達とともに、キヨカは隠し通路へと突入する。

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