21. 【地】カプセル邪獣戦

 突如出現した邪獣達を多大なる犠牲の上に辛うじて退け、一時の平穏が訪れた地球だが、キヨカの冒険が第二章に突入したことで人類の命運に再び暗雲が立ち込める。


「ついに来たわね」

「ひいっ!」


 遥と香苗がレオナサポート部門でパソコンを操作していたところ、それぞれの目の前に見覚えのあるカプセルが出現する。


 人の死の恐怖を煽るような禍々しさは相変わらず。香苗は顔を顰め、遥は香苗がいる手前逃げはしなかったが全身がガチガチと震えている。


「ふふ」

「か、香苗さん?」


 目の前におぞましい死があるにも関わらずほほ笑んだ香苗を見て、遥は気が狂ってしまったのかと思った。


「ごめんなさいね。ただ、遥くんってそんなに怯えてたのに立ち向かったんだなぁって。やっぱりあなたは凄い人よ」

「え、え?」


 まさかこのタイミングで自分が褒められるとは思わなかった遥は、驚きと同時にどこかむず痒いような気分になった。


「あれ、震えが収まってる」


 そのおかげなのか、それとも慣れて来たのか、遥の恐怖心は大分和らいでいた。


「良かった。それじゃあ今度の邪獣の分析をしよっか」

「はい!」


 改めてカプセルを見る。

 中に入っているのは見覚えのある小さなコウモリだった。


「香苗さん、これって!?」

「ええ、キヨカちゃんが戦ってた相手ね」


 クレイラの街の鉱山でキヨカ達が戦っていたコウモリにそっくりだ。


「これなら戦ってくれる人が増えるかも!」


 前回の小鬼は弱いとはいえ人型。

 倒せと言われても躊躇する人が多いだろう。

 だが今回は相手がコウモリなので精神的なハードルは低くなったのではと遥は考えたのだ。


「いいえ、最悪だわ」

「え?」


 一方、香苗の意見は正反対。

 小鬼よりも厄介な相手だと考えていた。


「遥くん、この敵の名前って何?」

「これは緑だからベノム……あ」

「そう、毒攻撃をして来るのよ」


 毒。

 これが大問題であった。


 異世界であれば毒消し用のアイテムがあるけれども地球にはそんなものはない。

 毒の種類にあわせた適切な対処が求められるのだ。


 だがベノムバットがもたらす毒は未知のものだ。

 それに、体力が時間経過と共に減って行くことはキヨカ達の姿を見て分かっていること。地球用で多少アレンジされていたとしても、命にかかわる状態異常であることは間違いないだろう。


「ど、ど、どうしましょう!」

「う~ん……血清は難しいわよね。いや、生け捕りにする?」


 死体から毒を入手できれば血清の開発の見込みがあるかもしれないが、カプセル邪獣は倒すと消えてしまう。それならば殺さず生かして毒を入手すべきか。


「あ~でも倒さないと謎ドームから出られないんだった。う~ん、やっぱり攻撃を受けずに倒すしかないかぁ」

「毒を傷口から吸い出すことって出来ないでしょうか。ほら、蛇に噛まれた時にやってるのアニメとかで見たことあります」

「……遥くん、やってみる?」

「ごめんなさいいいい、無理ですぅうううう」


 遥の考えは正しいのかもしれないが、命を失うことがほぼ確定するような戦略をとりたいと思える人がいるはずがない。また、仮に誰かにそれを強いろうとしたならば、その人物は灰になってしまう。


「それに多分無理よ。自分の命を粗末にするようなこと、女神様が許すとは思えないわ」

「……そう、ですね」


 自らの命を捨てるような真似は、たとえそれが大切な誰かを想っての行動であったとしても、その誰かを悲しませる行動であることに変わりは無いのだから。


「ひとまず情報が出揃うのを待ちましょう」

「はい」


 灰化対策機構など、様々な人が分析対策してベストな戦い方の情報をまとめてくれるはず。それを待ってから対応しても遅くは無い。


――――――――


「ふ~ん、それがカプセル邪獣なんだ」


 レオナはご飯時になると強制的に香苗に部屋から連行されて、一緒に食事をとらされる。カプセル邪獣が出現したこの日も、そのルーチンは変わることは無かった。香苗が作った夕飯を食べながらその日のキヨカの行動について雑談し、食後のデザートを食べている時にレオナが異様な雰囲気を放つカプセルの存在に気が付いた。


「なんだ、入ってるの雑魚じゃん」


 遥のカプセルを手に持って何度か軽く上に投げている。


「お、おい。扱いにはき、気をつけろよ!」

「あはは、なぁに。ブルってるの?だっさーい」

「おおお、お前なぁ!」


 レオナの遥に対する扱いは、出会った時からぞんざいである。

 気を許しているから素が出ている、のではなく逆である。悪印象が強いのだ。この手の相性の悪い二人はふとしたきっかけで関係性が真逆に変化するものだが果たしてどうなるだろうか。


「それが開いたら戦うのは俺なんだからな!」

「こんなん雑魚でしょ雑魚。キヨちゃんみたいにめっちゃダメージ受けるような制限あるわけじゃないんでしょ」


 小鬼の実力は見た目通りであった。

 剣で攻撃されたとしても、キヨカのように異常なほど強いダメージを受けることは無いことが分かっている。三角錐から生まれた邪獣の方も『ある程度は』地球の物理法則に従っており、理不尽な攻撃力や防御力にはなっていない。


「そいつ毒持ってるんだぞ。もし俺が毒になったらお前に咬みついてやるからな!」

「きゃーきもーい!」


 レオナはカプセルをポイっと遥の方に投げる。


「わっわっ」


 落とした衝撃でカプセルが開いたら大変だ。遥はなんとかキャッチする。


「咬みつかれたら大好きな苗ちゃんにちゅーちゅー吸い出してもらったら?」

「ちゅーちゅーってお前!」

「うふふ、私で良ければもちろん吸い出してあげるわよ」

「香苗さん!?」

「うわー真に受けてる。きっもーい」


 レオナが遥のことを気に入らない理由。

 それは香苗に面倒を見てもらっているからだ。


 自分の心を救ってくれた香苗に対してレオナは心の底から心酔し、生きる支えとなっている。その香苗をぽっと出の男に奪われたように感じているのだ。


 香苗としては、このような反抗心でも良いので自分への依存を少しでも和らげられればということで、現状を良しとしているのであるが。


「本当よ。もし私が毒になったら遥くん助けてくれる?」

「も、もも、もちろんでふ!」

「噛んでるしホントキモイ」

「それじゃあコウモリにはココを噛んでもらおうかしら」

「ひゃい!?」

「チッ」


 香苗は悪い笑みを浮かべて、人差し指で自らの唇を指し示す。香苗は時々こうやって遥に異性を意識させて困らせる癖がある。遥の人付き合いを治すためなのか、レオナを煽って依存心を抜け出させるためなのか、それとも単に趣味なのかは分からない。


 彼らはこのように騒がしい日常を送っている。

 決して一人では味わうことのできない数々の感情により、遥やレオナ、そしてもしかしたら香苗でさえも成長しているのかもしれない。


 そしてその成長のひとかけらがここに生まれる。


「決めた。私、二人が戦う姿、ちゃんと見る」


 これまでキヨカ一筋であったレオナが、地球側の出来事に関心を持つようになった。


――――――――


「本当に良いの?」

「はい、俺が先にやります」


 ベノムバットの攻略方法の情報が出揃い、レオナサポート室の遥と香苗も戦いを始めようとしていた。時間はキヨカが王都創立記念祭の2日目を終えて宿に戻った夜遅く。この時間にしたのは、レオナが見学できる時間だからだ。昼間はキヨカとお祭りを周る予定になっていたので、夜になるのは仕方がない。


「格好つけちゃって。せいぜい苗ちゃんが怪我しないように相手の情報を引き出しなさいよ」

「ああ、分かってる」

「……苗ちゃんを泣かせたら承知しないんだから」

「ああ」


 レオナの言葉には、遥を気遣う意味合いも含まれていたのだが遥は気付いていない。漫画やアニメなどで様々な女性のテンプレ発言を見てきたにもかかわらず、いざ自分が対象となると分からないのはお約束なのか遥がいっぱいいっぱいでそれを感じる余裕が無いだけなのか。


「遥くん、ちゃんと動ける?」

「はい、何百回も何千回も練習しましたから」


 遥が考えているベノムバットの倒し方は小鬼の時と同様に金属バットによる撲殺だ。また、相手に躱されて攻撃を喰らった場合の対処方法も限られた時間内で準備してきた。例え恐怖に体が支配されようとも、体が自然に動くように何度も反復練習してきたのだ。


「念のために緩いところが無いか確認してくれませんか?」


 遥は徹底して厚着をしている。

 下着を複数枚重ね着しているのはもちろんのこと、防弾チョッキや脛あてなども装備してひたすら厚みを重視している。


 これはベノムバットに噛まれた際に牙を素肌まで到達させないための方法だ。


「ぷぷっ、変な仮面」

「しょうがないだろ、これしか手頃なの無かったんだから」


 顔にはツタンカーメンのような派手な仮面をつけている。これも素肌を防御するための装備なのだが、何故このような奇怪な仮面が手に入ったのかが疑問である。


「うん、大丈夫だと思う」

「私が試してあげる!えいっ!」

「ぬおっ、てめぇなんつーことしやがる!」


 遥はレオナに背中側の腰を思いっきり蹴られた。

 本気で遠慮なく蹴ったようで体がふらつくが、痛みが全然なかったので着こんだかいはあったのだろう。


「ちっ」

「後で絶対殴ってやる」

「やだー女の子に手を出すなんて野蛮ー」

「お前はきっと女に見える別の生物だよ」

「なによそれー!」


 香苗は遥たちの小競り合いを見て特に止めようとしない。変に緊張するよりリラックス出来るだろうと思ったからだ。


「それにしてもおっもいなぁ」

「貧弱ぅ」

「後でお前もやってみな、マジでしんどいから」

「やだもーん」


 遥は右手にバットを、そして左手には警察犬の訓練でも利用する極太の片袖を着用している。いざとなったら左手で防御して噛ませるのだ。


「それじゃあ行ってきます!」

「頑張ってね」

「楽しみにしてるから」


 今回のバトルフィールドは公園では無く、働いているビルの裏口付近。その壁際に立ち、遥はカプセルを握り締める。


「……」


 これまで忘れていた死の恐怖が一気に押し寄せて来て、遥は息を呑む。前回無様な姿を晒しながらもどうにか倒したそれと、再び命をかけた戦いをしなければならないのだ。


「(不思議だ。前より怖くない)」


 小鬼よりも小さいので攻撃をあてにくく、逆に攻撃を喰らったら毒で死んでしまうハードモード。だが遥の恐怖は前回よりも明らかに小さかった。震えは止まらないし、動悸も激しいが、戦う前から倒れそうなほど衰弱しているなんてことは無い。


「(香苗さんのおかげかな)」


 香苗の方をちらりと見ると、彼女は笑顔で小さく手を振ってくれた。

 そしてその隣では不機嫌そうな顔で、でも何も言わずに見守ってくれているレオナの姿もある。


 確かに香苗が優しく接してくれたことが遥に良い影響をもたらしてはいるのだろう。

 そして遥自身も気付いていないがレオナとの軽いやりとりが緊張感を和らげる効果もあったのだろう。


 だが何よりも効果的なのは、彼女達に自分の行動が見られているということ。


 男とは愚かな存在だ。


 どんなに究極的に辛い状況でも、女性に見られているならば頑張らざるを得ないのだ。


「絶対倒す!」


 遥は意を決してカプセルを開ける。


 前回と同じように透明なドームが遥を覆い、目の前に邪獣が出現する。


 ベノムバット。


 猛烈な死をふりまくそれを見て、小鬼の時と同じようにパニックになりかけるが、香苗の存在を思い描くことで恐怖を気合で振り払う。


「うわああああああああ!」


 今度はちゃんと邪獣の姿を見て、狙いを定めて右手の金属バットを振り下ろす。

 攻撃はベノムバットの羽の部分に命中したが、倒すにはまだまだ不十分。

 ベノムバットはフラフラになりながらも遥の方に向かって飛んでくる。


「うわっ!来るなああああああああ!」


 死ぬ。


 その一言が頭をよぎる。

 そして体が硬直……しなかった。


 何度も何度も何度も何度もイメージトレーニングして、体を動かして来た。

 それと全く同じシチュエーションを迎えて、想定通り自動的に体が動いたのだ。


「キィイイイイ!」


 鋭い牙で遥に向かって咬みつこうとしてきたベノムバットの前に左腕を差し出す。そしてベノムバットがそれに咬みついたところで、ビルの壁に叩きつける。


「うわああああああああ!」


 後はベノムバットが消えて無くなるまでそれを繰り返すだけ。牙が抜けずに逃げることが出来なくなったベノムバットは、壁にぶつけられる衝撃を何度も受けて消え去った。


「はぁっはぁっはぁっはぁっ」


 今回は錯乱して倒した後も夢中で攻撃を続けることも無い。

 香苗達が笑顔で駆け寄ってくるのもちゃんと見えている。

 顔が涙でボロボロなのは変わらずだったけれども、遥は無理矢理笑顔を作り、彼女達を出迎えた。


「やりました!」


――――――――


「それじゃあ私もやるね」

「香苗さん?」


 遥が戦いを終えた少し後の事、香苗は突然自分も戦うと言い出した。順番なので次が香苗なのは当然なのだが、彼女はまだタイトスカートのノースリーブに上着を羽織っているだけの普段着であり、到底戦うに適した格好とは思えない。


「ちゃんと武器持ってきてるから。ほら、バールのようなもの」

「バールじゃん!」


 どこからどうみてもバールそのものであり、思わず遥がつっこんでしまった。

 何故かそれが背中から出て来たのにも物言いがある。


「さーって、殺ーるぞー」

「な、苗ちゃん?」


 笑顔でびゅんびゅんとバールを振る香苗の様子は、これまでのおっとり系からは想像出来ないくらいの異常さを感じられた。


「香苗さん、どうしちゃったんですか!?」

「苗ちゃん、危ないからちゃんと準備しよ!?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。うふふふふ」

『ひいっ』


 その笑顔に思わず遥とレオナは肩を寄せて震え合う。

 遥など、不思議なことに邪獣と戦った時よりも震えが大きい気がする。


「じゃいっきまーす」


 壁から離れた場所でカプセルを開き、邪獣を呼び出す香苗。

 ベノムバットが出現するや否や突撃し、バールを四方八方からベノムバットに当て続ける。


「えいっえいっえいっえいっえーーーーいっ!うふふふふ」

『ひいっ』


 ベノムバットによる反撃の予感など微塵も感じさせず、可愛らしい声で滅多打ちにする姿に、何故か二人は血まみれで嗤う香苗の姿を夢想した。


「なぁんだ、もう終わりなの?」


 哀れベノムバットは何も出来ずに消え去った。




 後々正気に戻った二人に、香苗は防御を備えなかったことを滅茶苦茶怒られるのであった。

 どれだけ余裕で倒せそうでも準備を怠るのはダメ、ゼッタイ。

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