20. 【異】王都創立記念祭 2日目 屋台

「はぁ~満足した。そろそろ他のとこに行こうかな」

「次はどこにするの?」

「昨日は南側にほとんど居たから、西地区か東地区かな」

「ご飯系なら西側かな」

「たぶん」


 東側のビジネス街でも屋台は出ているが、出し物がメインと聞いていた。

 西地区は庶民向けのイベントが多く用意されており、一般の人が屋台を出している。特定の家庭でのみ食べられている特別な料理があるかもしれない。


 魔動バスを利用して西地区までやってきたキヨカ達は広い公園へと足を運んだ。そこは南地区の公園のように屋台やステージイベントやミニゲームなどで楽しむ人々で一杯であったが、南地区の方がプロが用意したしっかりとした作りであったのに比べ、西地区は地域の人が協力して作ったお手製感が強かった。


「こっちはこっちで賑わっているね」


 キヨカがキョロキョロと辺りを見回しながら何処に行こうかと視線を巡らせていたら、腰の所に何かがぶつかるような衝撃があった。


「きゃっ!」

「きゃあっ!」


 下を見ると小さな女の子が尻もちをついていた。

 キヨカにぶつかってしまったようだ。


「ごめんなさい、大丈夫?」

「はいぃ。大丈夫でしゅ。ぶちゅかってごめんなしゃいー」


 キヨカが手を差し伸べて立たせると女の子は謝ってすぐに走り去ってしまった。

 体格はポトフと同じで10歳前後だったけれども、言葉遣いが何故か赤ちゃん言葉風味で、それでいて雰囲気はキヨカと同世代くらいのようにも見える、とてもチグハグな印象を持つ女の子だった。


『混雑する街中で突然ぶつかって来た女の子』

『絶対ワケアリなんだよなぁ』

『お姫様来ちゃった』

『あのチャラ王の娘とか?』


 街中でお姫様と遭遇するのは異世界テンプレである。

 また、衛兵に追われていれば泥棒かお姫様の二択なのだが、そのような様子は無かったから判断がつかない。


「お姫様とか、まっさかー」


 キヨカはそんなテンプレは知らないため、コメント欄の意見を鼻で笑い飛ばした。


「それよりも私としてはあの見覚えのある子供達が気になるんだよね」


 キヨカの視線の先にあったのは、先日訪れた孤児院の子供達が屋台を運営している姿だった。

 その屋台に近づき挨拶をする。


「こんにちわー」

「あ、お姉ちゃん!」


 お菓子を食べたくなくて孤児院を抜け出す常習犯のセグが接客を担当していた。

 子供のエプロン姿は何故か見ているだけで微笑ましい気分にさせてくれる。


「屋台出してたんだね」

「うん、毎年恒例なんだよ」


 孤児院は地域の人にお世話になっており、食べ物を初めとした色々な物の寄付だけではなく子供達と遊んでくれる人も多い。そのお礼を兼ねて毎年このように屋台を出している。


「メニューは野菜スープと焼きメリクスか。それじゃあ一つずつ下さい」

「はい、分かりました!ポトフちゃん、焼きメリクス一つお願いね」

「え、ポトフちゃん?」


 キヨカはここで初めて子供達に混じってポトフが働いていることに気が付いた。三角巾とエプロンを装備している姿は、まるで小学校の頃の調理実習のようだ。


「そっかぁ……なるほどね……そっかぁ」


 基本的にキヨカにべったりなポトフが何故一人で行動したいと言い出したのか。

 それは孤児院の皆の手伝いをするためだった。

 自分以外に大切な友達が出来たことを知り、キヨカは感傷に浸っている。


 だがそんなキヨカの何もかも見透かしたような雰囲気が、ポトフはどうも恥ずかしかったようだ。


「むぅ、お姉ちゃんの焦がしちゃおう」

「ダメだよポトフちゃん!」

「あう、ごめんなさい」


 冗談だったのだが、セグに怒られて慌てるポトフ。普段は見られないレアな表情だ。


「ふふふ、仲良くやっているようだね」

「ポトフちゃん、メリクス焼くのとても上手なんです。助かっちゃってます。本当にありがとう、ポトフちゃん!」

「……うん」


 ほんのりと顔を赤らめるポトフの顔を、キヨカは脳内で激写してフォルダーに格納した。

 地球側ではリアルにやられているが。


「他のみんなは?」


 マロンやセルティなど、以前孤児院に訪れた時に特に仲良くなった他の人は居なかった。


「マロンは昨日が当番だったので今日は遊びに行ってます。セル姉は後ろのテントで休憩中です」

「じゃあ後でまたこようかな。セルティさんともお話がしたいし」

「はい、喜ぶと思います。それとこれ、スープを先にお渡ししておきますね」

「はーい、このスープは皆が普段飲んでるもの?」

「ううん、お祭り用に少し変えたってセル姉が言ってました」

「おお、セルティさんが作ったんだ」


 根菜がたっぷりと入った透明なスープが紙の器に入っている。

 ちなみに、ポトフが作っている焼きメリクスは、地球での焼きトウモロコシに近い料理。一般的なトウモロコシよりも粒が大きくて不揃いであり、赤みがかっているのが特徴だ。


「それじゃあいただきまーす。うんまぁ!?なにこれ!?」


 たかが野菜スープと侮るなかれ。

 しっかりと時間をかけて煮込むことで野菜の旨味がたっぷりと抽出され、そこにほんのわずかな塩気を加えることで本来の旨味が何倍にも膨れ上がっている。


「(これだけ出汁が出てるってことは、少なくとも数時間は煮込んでいる。でも具の野菜は柔らかいけど程よく食感が残っている。後から入れたのかな。しかも食べやすいように食感が悪くなるところを丁寧に処理してある。うわ、この野菜とか処理めんどくさいのに綺麗に筋取り除いてる)」


 キヨカはその野菜スープにかけられたとてつもない手間に気付き戦慄する。

 これがセルティの本来の実力なのだ。


「びっくりした。こんなに美味しいんだ」

「セル姉は普通の料理はすっごい美味しいんだよ」


 キヨカは他の料理も食べてみたいと思った。


「お姉ちゃん、はい」

「ポトフちゃんありがとう」


 焼きメリクスを受け取ってがぶりとかじりつく。作り方は焼きトウモロコシと同じなので、香ばしいソースの香りとメリクスの濃厚な甘みが口の中に広がった。そして口の中に残った旨味を、スープで奥に流し込む。


「あれ、これって……?」

「流石姉ちゃん、分かるんだ」

「マロンくん」


 後ろからマロンに声をかけられて驚くキヨカ。

 屋台の近くに来たらキヨカが居たので立ち寄ったらしい。


「このスープ、かなり濃厚でそのまま飲んだ時は口の中に味が残ってたんだけど、焼きメリクス食べた後に飲んだら後味が凄いスッキリするんだよね。もしかして、そうなるように調整してる?」

「そうそう。お祭りバージョンだからそうしてるんだって」

「お祭りバージョン?」


 焼きメリクスと合うように調整しているという意味だろうか。


「例えばほら、向かいの串焼き屋。あまーい濃厚なタレがたっぷりとかかったあの串焼きをガブリと噛みついたら口の中が肉とタレの旨味でいっぱいになるだろ。隣の粉物屋も少し離れたとこにある焼き麺屋も濃いソースがたっぷりかかってて、食べ終わった時に飲み物が欲しくなる」

「そこでこのスープを飲めば、別方面の旨味の力で洗い流してくれて、しかも後味スッキリに感じさせてくれるってことか」


 つまりセルティは、メリクスとの相性だけではなく、周囲の屋台との相性も考えてこのスープを用意したのだ。


 そして、マロンの自慢気な大きな声が、周囲を歩いていた人達の胃を刺激する。


「すいません、スープ一杯下さい!」

「私も!」

「俺も!」

「わっわっ、い、いらっしゃいませー!」


 たちまち孤児院の屋台は大盛況となり、孤児達は慌ただしく接客することとなった。


「忙しそうだね。私も何か手伝おうか?」

「いいって、これが俺たちの仕事なんだしさ」

「う~ん、でもポトフちゃんも手伝ってるし、少しくらいは良いんじゃない?なんでもやるよ?」

「そうは言ってもなぁ。スープはよそうだけだし、メリクスだって焼く場所が限られてるからこれ以上人はいらないよ。それに、どうせこの混雑もこの辺りの人が来ただけですぐに落ち着くし」

「そっかぁ」


 説得されて、逆に邪魔になるだけだと感じたキヨカは手伝いを諦めることにした。

 だが、お客が減ったので最後に挨拶して次の所に行こうと思い屋台に近づいたその時、ポトフがお手伝いの提案をしてきた。


「お姉ちゃん、他の所に行くなら宣伝してきて」

「宣伝?」

「そんな、悪いですよ!」


 孤児達が申し訳なさそうにしている。

 そもそも売り上げが欲しくてやっているわけではないので、宣伝してまで人を呼ぶ必要も無いのだ。


「ううん、この美味しいスープ。多くの人に食べてもらいたい。そうしたら喜んでもらえる」

「あはは、ポトフちゃんの言う通りだよ。分かった、宣伝して来るね」


 とはいえ、闇雲に叫ぶのも品が悪い。

 紙か何かに書いて持ち歩く程度で良いかな、などと考えていたキヨカに、ポトフが悪い顔をして攻める。


「お姉ちゃん、良い宣伝方法がある」

「なに?」

「この公園でも歌唱大会やってる。その近くに貸衣装屋がある」

「……」


 ぞくり、とキヨカは悪寒が走る。

 これはもしかしてとてつもなくまずい展開なのではないかと。


「アイドル衣装着て歩けば、それだけで注目の的」


 ドヤ顔で親指を立てるポトフだが、キヨカはそんな照れくさいことを許可するわけにはいかない。


「べ、別にそれ着なくても」

「お姉ちゃん絶対似合う。人だかりになるくらい注目される。みんなもそう思うよね」

「はい、お姉ちゃん凄いキレイだからアイドル衣装似合うと思います」

「俺も見てみたい」

「私も―」

「ぜったい似合う!」

「なになに、お姉ちゃんアイドルになるの?」

「え、お姉ちゃんってアイドルだったの?」


 たちまちカオスになる孤児院屋台。

 アイドルという言葉に周囲の屋台や歩いている人の視線も感じるようになってきた。


「ち、違うから。アイドルじゃないから。着ないから」


 慌てるキヨカにポトフが止めを刺す。


「でもお姉ちゃん、なんでもするって言った……」

「う゛っ!」


 たしかに言った。

 なんでもする、とはっきりと言ったのだ。

 自分の都合で今更それを撤回するのは、子供達の教育上よろしくない。


「なんでもするって言った……」


 大事なことなので何度も繰り返すポトフ。


『キヨちゃん、やるしかないよね。ないよね。ないから。ないよ。ないったら。やろう!』


 大興奮でキヨカの周囲を飛びながらレオナも煽る。


 逃げ道は無かった。




「おいおい、あの娘みてみろよ」

「うわ、めっちゃ可愛い」

「本物のアイドル?」

「初めて見るわ。握手してもらいに行こうかな」


 孤児院の屋台から貸衣装まではかなり距離があった。

 そこで着替えて屋台に戻って来るだけで、キヨカは大量の人を引き連れてしまった。


 キヨカは普段から可愛い系の服を着るのは大好きだ。ただしそれは、あくまでも目立ち過ぎないのと自分に合ったもの、という観点で選んでいる。

 だがアイドル衣装は全く別のベクトルだ。目立つのは当然のこと、着ている本人の可愛さを極限まで高めるために作られた服装といっても過言ではない。クレイラの街のドレスと同じように、元からレベルがかなり高いキヨカが着たら大騒ぎになるのは当然のことなのである。


「うう……どうしてこんなことに……」


 真っ赤になって御淑やかそうに縮こまるキヨカが放つ守ってあげたいオーラが、更に人を惹きつけていることにキヨカは気付いていない。


「お姉ちゃん、宣伝」


 せっかく人が来たのだから当初の目的通り宣伝しなければ。

 キヨカは頑張ってここのスープの良さを伝え、孤児院のメニューはあっと言う間に完売した。他の食べ物とのセットの良さをアピールしたので、周囲の屋台もほぼ完売。結果的にこの一帯はキヨカのおかげでとんでもない売り上げとなってしまった。


「お姉ちゃん、せっかくだから歌おう」

「まって、もう完売したよね。私の仕事終わりだよね」

「こんなに集まってもらったのに何もしないなんてありえない」

「いやいや、私みんなのお手伝いのために頑張ったんだよ。このままじゃ人が集まりすぎて大迷惑になっちゃうよ」

「大丈夫、みんな整理するよ」

『はーい』

「え゛」


 なんと孤児達は集まって来た人達を広いスペースに移動させて、他の人が通るスペースを確保出来るように並べたのだ。そして自分達もその観客の中に入り、キヨカが歌うのを待っている。


「どうしてこうなったー!」

「お姉ちゃん、曲持って来たよ。これ知ってるよね」

「なんでポトフちゃん、私が好きな曲知ってるのかな!?」

「鼻歌」

「ぐっ……」


 突発イベントはお祭りの華。

 大混乱にならなければ、少しくらい他人に迷惑をかけたところで文句を言うような無粋な人はこの世界には居ないのである。


 そしてそれは、キヨカが逃げられないことを意味していた。


「いやああああああああ!なんでこうなっちゃったのおおおおおおおあ!?」

『キヨちゃああああん!ちゃんと録画するからね!地球のみんなも見てるからね!』


 キヨカが更に羞恥に悶えるよう更に煽る鬼畜レオナ。


 後に伝説と言われるようになるシークレットライブが強制的に始まった。

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