14. 【異】パワーレベリング

 王都を出て南に向かった先に、石造りの朽ちた古い遺跡がある。


 崩れかけの石壁が迷路のようになっており、最奥には巨大な柱が何本も立っている祭壇のようなものがある。屋根が無く野ざらしであるものの未だ建物らしき風貌を残しているこの遺跡、いつ誰が何のために作られたのか全く記録に残っていない。


 その理由の一つは、邪気で覆われてしまっており調査が難しいこと。


 王都に一番近い邪気溜まりはこの遺跡であり、キヨカ達は鍛えるためにやってきた。


「ケイ、重力魔法をお願い!」

「は、はい!」


 キヨカ達の目の前でふよふよと浮いているのは人の顔程の大きさがある巨大な蝶の邪獣。素早さがキヨカよりもやや早いため、ケイの重力魔法により蝶の素早さを低下させることでキヨカが先制出来るようになる。


「これで終わりっ!」


 キヨカは剣で蝶の羽を力任せにぶった切り、蝶はブルークリスタルとなって消える。


「ふぅ、流石にちょっと手ごたえあるね」


 ここの敵はクレイラ周辺の邪獣よりも一段階強い。クレイラ鉱山の敵は1回の攻撃で倒せていたのに、防御力が高くないと思われる蝶の邪獣でさえ2~3回の攻撃が必要になっている。イルバースを倒したことによりレベルが上がって基礎能力を向上させているにも関わらずだ。


 倒すのに時間がかかるということは、敵の攻撃を受ける回数が増えるということ。防具を一新したためある程度耐えられるが、長くここで狩るためには武器も強化して素早く敵を倒す必要がある。


 キヨカ達の今回の狩りの目的は二つ。


 一つは武器を買い替える分のお金を溜める(ブルークリスタルを集めて換金する)こと。

 もう一つはケイのパワーレベリング。


「ケイ、どんな感じ?」

「もう少しで何か掴めそうです!」


 この世界では戦闘による経験値はパーティーメンバーに均等に割り振られる。

 例え防御だけしていても戦闘に参加してさえいれば入手できるのだ。


 ケイのレベルは1。


 攻撃が貧弱過ぎてこれまで一匹も邪獣を倒せなかったのだから仕方がない。

 だが、重力の精霊と契約した今ならばレベルを上げることで何らかの攻撃技か魔法を覚えるかもしれない。キヨカが断や疾風を覚えたように。


 ということでケイを仲間に入れて狩りをしながらケイが強くなるのを待っている。

 残念ながらケイのステータスは力にほとんど振ることが出来ない魔法寄り。力の上昇がほとんど見込めないので、攻撃魔法的な何かを覚えて貰わなければ詰みである。


 使えないキャラクターを辛抱し続けて使えば最終的に最強キャラになるのはお約束だが、そんなマニアックなプレイをやる余裕はキヨカにはない。この先もパーティーメンバーとして普通に活躍してもらうためには何かしら覚えてくれないと困るのだ。


「また蝶か!面倒臭いぞ!」

「私は休憩してるから頑張ってね」

「キヨカくん!?」

「冗談冗談」


 蝶の嫌らしいところは仲間を呼ぶところだ。

 早く倒さないと次々と仲間を呼ばれてフルボッコになってしまう。


『沢山倒してもレベルが上がりやすくならないのが嫌だね。キヨちゃん、ケイちゃんにスロウを忘れずにかけてもらって仲間を呼ばれる前に先行で倒せるようにしてね』

「うん!」


 この相手には仲間を敢えて呼ばせて経験値を稼ぐ、という手法が使えない。

 経験値はあくまでも最初に登場した時の敵の数分だけというのがまた嫌らしい。


「うがー!痛い!痒い!キヨカくん、ポーション使ってはダメかね?」

「ダメ、まだ耐えて。私だって嫌なんだから」

「ボクはもうダメですぅー」

「こらー!逃げるな―!」


 蝶の攻撃方法は鱗粉を飛ばしてくる方法。

 この鱗粉が肌に触れると炎症を引き起こしチクチクした痛みと痒みに襲われる。それが装備の隙間から服の中にまで入り込んで全身が痛痒い地獄の状態と化すのである。HPは大きく減らないがとても辛い。


「よし、倒した」

「後生だキヨカくん、回復をさせてくれたまえ!」

「ダメ」

「ぬおおおおおおおお!」


 まだセネールのHPは余裕がある。

 一度の狩りでなるべく多くの経験を得るためにも、貴重な回復手段はギリギリまで残しておきたい。


「もっと探索して他の敵を探そう。そして殴られれば回復できるよ」

「キヨカくんは何故耐えられるんだああああ」

「もう嫌ですうううう」

「ふわぁあ」


 防御しているポトフはあまり被害が無いので余裕の表情。

 セネールはイケメン何処行ったと突っ込みたくなるくらい表情を歪めているし、ケイに至っては逃げ出さないようにキヨカに首根っこ掴んで引き摺られている。

 キヨカもかなり辛くてシャワーで全身洗い流したい気分であるが、男2人の情けない姿を見て自分はこうはなりたくないと鋼の精神で自制しているのである。


「ほら、違うの来たよ」


 次にキヨカ達の前に立ち塞がったのは地面の色と同化した亀。大きさは成長したウミガメよりやや小さいくらいで、甲羅から手足が伸びるノーマルな亀の姿だ。


「セネールサンダー」

「わがっだ!」


 見るからに硬そうな敵を前に、キヨカはレオナに言われる前に魔法での攻撃を判断した。徐々に戦闘に慣れてきている証である。


「サンダー!」


 バチバチっと亀の周囲に雷撃がまとわりつき、亀は大きくよろめいた。


「それじゃあ私は試しに殴ってみるよ」


 甲羅に向けて鉄の剣を適当に振り下ろす。


「かったーーーーい!」


 カーンと小気味よい音が響いて剣が弾かれる。


「キヨちゃん、でも少しは効いてるみたいだよ」


 手は痺れるがサンダーに頼り切りにならなくてもコツコツ攻撃を続ければ倒せるようだ。


「ポトフちゃんとケイは防御」


 亀は見た目の通り素早さが遅く、ターンの最後に攻撃を仕掛けて来る。


「甲羅が浮いた!?」


 亀の甲羅は六角形の模様が組み合わさっている。

 その六角形の一つが浮き上がるのを見て、飛んでくるのだろうと全員が想像した。


「僕のところに!」

「ボクにきて!」


 攻撃を受けたいドМというわけではない。

 早くダメージを受けてポーションを使い、体の痛痒さを治したいだけだ。


 だがその想いは実らず、攻撃はキヨカに向かう。


 甲羅はくるくると勢いよく回りながらキヨカの胴体に向かって飛び、鉄の盾を弾き腹部に激突する。


「ごうふっ!」


 キヨカの体は吹き飛ばされることは無かったものの、よろよろと数歩後ずさり体をクの字に折った。


「おえっ、おええええええっ」


 キヨカの体は鉄の鎧で守られていたにも関わらず、あまりにも強い衝撃で体の中が揺さぶられて嘔吐する。出すものが無かったから乙女の尊厳は辛うじて保たれたが、それでも苦悶に顔が歪むキヨカの姿は衝撃の強さを物語っていた。


 セネールもポトフも、ボス以外では順調に狩りが出来ていたため気が緩みかけていたことは否めない。キヨカが悶絶する姿を見て改めて気を引き締める。


 だが一人、キヨカが苦痛に顔を歪める姿を初めて見る人がいた。


「いやだ……いやだああああああああ」


 これまでまともに邪獣と戦ったことの無いケイが、恐怖により逃げ出そうとしてしまった。


 しかし回り込まれた。


 邪獣にではない、キヨカにだ。


 ケイは尻餅をついて後ずさるように逃げようとしていた為、痛みから復活した近くに居たキヨカに再び首根っこを掴まれてしまったのだ。


「だーめ、我慢しなさい。男の子でしょ」

「見た目は女の子です!」

「それ自分で言っちゃうの」

「ぴええええええん」


 しくしくと泣きだすケイだが、今は戦闘中である。


「泣いてて良いのかな。ちゃんと防御しないと痛いよ」

「ひいいいいい」


 キヨカはスパルタであった。

 そして運が良いのか悪いのか、次の亀の攻撃は防御しているケイに向かい、胴体を守るためにクロスしていた両腕にぶつかる。


「いったあああああい!」


 ミシミシと骨にヒビが入ったかのような音がして、ケイは蹲る。

 ぴええええええんと泣きたいが、両腕が痛くていつものように目尻に手を持っていくことが出来ない。


「サンダー!」


 亀の邪獣は次のターンのセネールのサンダーで駆逐完了。

 戦闘が終わり、キヨカはパーティーの状態を確認する。


「ポトフちゃん、ケイにヒールかけてあげて」

「うん」


 ずっと防御していたとはいえ、蝶の邪獣との戦いと合わせてHPがかなり減っていたので回復する。体中の痛痒みは消え去り、腕の骨のヒビも治り少しズキズキするだけ。


「じゃあ今度は防御しないで受けて見よっか」

「嫌です!」

「力強い良い返事だね。でもダメー」

「ぴええええええん」


 今はまだやることが無いから防御だけで済んでいるが、この先攻撃手段を手に入れたら攻撃中に攻撃を受けることがあるのだ。キヨカは今のうちに痛みに慣れさせておきたかった。


「ボクもう戦えなくて良いです……」


 あまりの戦闘の辛さに泣き言を漏らしてしまったケイに、キヨカは一つだけ質問する。


「本当に?」

「……」


 それがケイの本音であるならば、別にキヨカは無理強いしてケイを連れまわすつもりは無かった。ただ、それが一時の気の迷いであり、この痛みを知ってもなお邪獣と戦いたいと思えるのなら、諦めさせるわけにはいかない。


 キヨカは信じていた。

 ケイがこの先、戦いから目を逸らさないことを。


 ケイと出会ってからまだ数日であり、彼の人となりはまだ詳しくは分からない。

 でもケイは攻撃魔法を手に入れるために大陸を一周し、見つからなくても諦めきれずにギリギリまで粘って探索するほど、魔法での戦いに憧れを持っていたのだ。命の危険に晒されることだって覚悟の上で旅をしていたはず。


 それだけの行動をしてきたケイが、この程度の苦痛で簡単に目的を見失うとは思わなかったのだ。


「少し考えさせてください」

「うん」


 とはいえ、すぐに結論を出せと言うのも酷な話。

 ケイにも自分の内面と向き合う心の整理の時間が必要だ。


「それはそれとして、次の戦闘に行ってみよー」

「なんでですか!?今の一旦帰る流れだったじゃないですか!?」

「あははは、だってまだ今日の目的達成してないじゃん。攻撃技何か閃いた?」

「う゛……それはまだですけど」


 そもそもケイが攻撃系の技を覚えなければ、邪獣と戦うどころの話ではないのである。それくらいははっきりさせておかないと、これからのことを考えるネタが足りないだろう。


「そろそろだと思うんだけど……本当に何も無いの?」

「なんとなく感じていることはあるのですが、それをやるには何かが足りないような気がして」

「足りない……?」

『キヨちゃん、もしかして何か専用の道具が必要とか、そういうタイプの技かも』


 だとすると、一旦街に戻って武器屋や道具屋を見てまわれば何か分かるかもしれない。


「しょうがないなぁ。それじゃあ今日はギリギリまで狩りして帰ろっか」

「『それじゃあ』の意味が分からないんですけど!」


 キヨカ的に、このまま中途半端に狩りをして帰るなどとは絶対に言わないのである。


「キヨカくん、キヨカくん、話をしているところ申し訳ないのだが、僕も回復して良いだろうか」

「ダメー」

「のおおおおおおお!」


 セネールは亀の攻撃を喰らってないからまだHPに余裕があるはず。回復はまだまだお預けだ。


――――――――


 この遺跡には巨大なキノコの邪獣や鳥の邪獣など、蝶や亀以外にもいくつかの種類の邪獣が出現する。それらを撃破しながら慎重に進んだが、最奥まではたどり着けなかった。


「これ以上進むと回復が持ちそうにないから帰ろうか」

「やっと帰れる……」

「入口まで戻るんだからまだまだ戦闘はあるんだよ」


 ボロボロになったケイが死んだような虚ろな目でため息をついた。

 だが、なんだかんだいって途中からは逃げ出すことは無くなっていた。


「あれ、ここなんだろう」

「地下への入口のようだな」

「鎖で通れなくしてありますね」


 引き返そうと思った場所の脇道に、地下へ降りる階段のようなものを見つけたが、その入り口は鎖で厳重に封印されていた。


 気にはなったが体力的に探索する余裕はないので諦めてそのまま帰り、邪獣情報センターでブルークリスタルの売却をしている間に窓口の人に聞いてみた。


「遺跡の地下の事ですね。あの下は地上よりも遥かに強い邪獣が住み着いておりまして、迷い込まないようにしてあるのです」

「遥かに強い邪獣ですか?」

「ええ、今の皆様ですと手も足も出ないレベルの相手ですから決して中に入ろうとしないで下さいね」

「分かりました」


 入るなと言われれば入りたくなるのが人の性ではあるが、流石にキヨカは命がかかっているので無謀なことはしない。代わりに地球側ではあの場所についての激しい予想が行われることになるのだが。


「お待たせ致しました。こちらが引取り金額になります。ご確認ください」


 キヨカがブルークリスタルの売却金を受け取ったその時、隣の窓口に異様な人物が現れた。


「!?」


 頭のてっぺんからつま先まで覆われるフルプレートアーマーを装備し、背中に巨大な戦斧を背負っている。身長は2メートル近くはあり、鎧につけられた無数の傷が歴戦の戦士感を醸し出していた。


「(良いなぁ……)」


 大剣と戦斧の二刀?流を夢見ていたキヨカは、その巨漢の人物を羨ましく眺めていたが、その人物はお金を受け取ると足早に去って行った。


 セネールのようにキヨカに声をかけることはなかったのだ。


 その人物との絡みは、もう少し後のことになる。

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