15. 【異】フラグ3.食中毒

「海鮮料理?」

「ああ。王都と言えば新鮮な魚介類を使用した海鮮料理が有名だな」

「生で食べたりなんか……流石に無いよね」

「あるぞ。前に来た時に食べたが美味かったな」

「行くよ、ほら何してるのみんな、今すぐ行くよ!」


 宿屋で王都のグルメについて雑談していた時のこと。

 セネールからもたらされた刺身の情報にキヨカが食いつき、すぐさま食べに行こうと宿屋を出ようとする。

 元日本人としては新鮮な海鮮料理と言われたら食べざるを得ないのだ。


 ちなみにこの世界の料理はとてもレベルが高い。

 異世界お約束の食べ物チートが出来る要素はほとんどなく、あらゆるジャンルで地球に匹敵する料理が日常的に食されている。


 ただし、キヨカがずっと暮らしていたのは海鮮素材の取れない辺境のスール村だ。

 魔道具を使って冷凍された魚を運ぶことは出来るには出来るが輸送費分だけ値段が高くなってしまうため人気が無い。そのためキヨカがこの世界で食べたことのある魚は全て川魚であり、刺身などもちろん食べたことが無かった。


「もうみんな遅いよ、先に行っちゃうからね!」

「うん(こくこく)」


 食いしん坊のポトフはキヨカより先に宿を出そうな勢いだが、セネールとケイはキヨカ達の勢いに戸惑いがち。これほど大きく反応するとは思ってなかったのだ。


「はーやーくー!」

「うんうん(こくこくこく)」

「おいおい引っ張るなよ」

「わわっ、ボクもですか?」


 業を煮やしたキヨカ達はセネールとケイを強引に引っ張り出して宿を出発した。


――――――――


 新鮮な魚介料理を食べられる場所と言えば港である。

 王都の北部、港と工場地帯の区画であるその場所は、本来であれば一般人が足を踏み入れる場所ではない。ただし、港にある数多くの漁師食堂だけは別であり、多くの人が食を楽しむために足を運んでいた。


「オススメのお店はある?」

「ふぅむ、お勧めか。僕はあの『カサール食堂』に行ったが美味しかったな」

「ボクは『レビギンス』と『ミルラレート』に行きました。安いけど美味しいんです」

「ケイが行ったところも生のお魚あるの?」

「ありましたよ」

「ううーん悩むなぁ」


 漁師食堂が並ぶ所でどのお店に入ろうか悩むキヨカ。食べたいのは刺身だけれども、どうやら多くのお店で提供しているらしい。


 キヨカ達が店頭でメニューを確認していたら、話しかけてくる人物が現れた。


「おや、キヨカさんじゃないですか。昼食ですか?」

「ブレイザーさん!」


 クレイラの街に応援に来てくれた王都騎士団のブレイザーだった。

 私服姿なのでおそらく休日なのだろう。

 キヨカはどの店に入るか迷っている旨を彼に伝えた。


「それなら私のお勧めの店を紹介致しましょう。是非、英雄の皆さんに我が国の料理を堪能して頂きたい」

「……英雄?」


 クレイラの街でのキヨカ達の活躍を知らないケイが、英雄と言う言葉に疑問を持った。


「おや、見かけない方がいらっしゃいますね。はじめまして、騎士団に所属しているブレイザーと申します」

「ご、ご、ご丁寧にありがとうございます!ケイです!」

「可愛らし……いや、ケイ殿ですね。よろしくお願い致します」


 ブレイザーは一瞬勘違いして『可愛らしいお嬢さん』と言いそうになったものの、ケイが男性であることを見抜いた。キヨカの手によって女の子らしい服装になっているにも関わらず。


「それでキヨカさん達が英雄って?」

「その話は後で後で!」


 早くご飯を食べたいのと、照れ臭くて知られたくないのもあり、キヨカはご飯を食べるのを優先しようと急かした。


「そうですね、その話は料理が来るのを待つ間にも出来ますし」


 だがそのキヨカの狙いの一つはブレイザーが店の中まで着いて来ることで防がれてしまった。


「こちらのシャビィ食堂が私の一押しです。味はもちろんですが種類も多いですから、みなさんが興味を抱かれる料理が一つは見つかるかと」


 地元の人がお勧めするなら間違いないと、キヨカは早速シャビィ食堂に入ろうと入口の扉を開ける。


「あっ、ごめんなさい」

「……いえ」


 中から出て来る人とタイミングが被り、ぶつかりそうになってしまい慌ててキヨカは謝った。相手の人物は全身を覆うコートを着てフードを深くかぶり顔が良く見えない。キヨカに対して小さく答えたその人物は足早に店を離れていく。


 明らかに怪しい人物であったが、キヨカの頭の中は海鮮料理でいっぱいだ。すぐにそのことを忘れて中に入った。


「……」


 一方、もう一人の食いしん坊であるポトフは、その人物が去って行く方向をずっと眺めていた。


――――――――


「おいしー!」

「キヨカさん達がそんな凄い人だったなんて……」


 キヨカは赤白様々な色合いのお刺身を醤油に似たソースをつけて口に放り込み、幸せそうな表情を浮かべている。


 一方で斜め向かいに座っているケイは自分がとんでもない人物達と一緒に行動していることを知り今更ながら緊張して来た。


「こちらのお店は今度の王都創立記念祭でも特別メニューを王城で提供するようですので、お時間がございましたら立ち寄ってみてください」

「王城で?」

「はい、大ホールで立食パーティーが催される予定です。是非ドレス姿で参加してくださいね」

「もー!」


 ブレイザーはクレイラの街での人々を魅了したキヨカの姿を思い出す。恥ずかしさ故、そのことは触れないで欲しいと思うキヨカであったが。


「でもキヨカくん、参加すれば美味しい海鮮料理が楽しめるのだよ」

「はぁ……セネールはパーティーとか慣れてて良いよね」

「そ、そそ、そんなことはないさ」

「パーティーに参加して女の子を口説きに行くんでしょ」

「やらないよ!」


 哀れセネール、ナンパ男のレッテルは簡単には消えやしない。


「王都創立記念祭かぁ。王城でのイベントも多いんですね」

「ええ、王城は王都を象徴するシンボルですから」

「昔、国王様を称えて国民が建造したからですよね」

「それもそうですが、当時の国民たちの想いを尊重し、今に至るまで大切に守り続けていることが、我ら王国民の誇りになっているのです」


 異世界に限らず、地球でも歴史が『続く』ことに価値を見出すことは多い。日本で天皇家が代々続いていることを世界的にも重要視されているように、あるいは多くの自然や建物などが世界遺産として保護されているように。


 そしてクレイラ王国の王城は、過去の国民の想いの結晶という歴史的な意味と、当時の感謝の気持ちを現在に至るまで忘れずに保ち続けていた自身達の誇りという2点において、大切なものと考えられている。


「素敵」


 キヨカが国民達の美しい在り方についてうっとりとしていたその時、突然何かが倒れる大きな音がした。


「何!?」


 少し離れたテーブル席の近くで人が倒れていた。キヨカの位置からはその人物の様子ははっきりとは見えないが、ただ事では無いのは間違いないであろう。


「みなさん、申し訳ございませんが、食べるのを止めてそのままお待ちください」


 ブレイザーは厳しい顔に変わり、騒ぎの中心へと進んで行く。


「王都騎士団の者です!」


 ブレイザーが事態の内容を確認している間、キヨカ達の耳に不穏な単語が入って来る。


「また……」

「……食中毒」

「……ここも」

「一体何が……」


 飲食店で聞こえたらまずい単語に反応して、キヨカ達は思わず食べかけの料理を凝視してしまった。不安で店内のざわめきが徐々に大きくなってくる。ブレイザーはそれを抑えるために全員に聞こえるようにはっきりと宣言する。


「皆様申し訳ございません。しばらくこのままお待ちください。直に騎士団から応援が来ますので、それまで待機して頂くようお願い致します。その間に念のため浄化の魔法をおかけ致します」


 浄化魔法をかけてもらえると分かり、店内には安堵の雰囲気が流れた。

 ブレイザーは店員に騎士団を呼ぶように指示すると、各席に回って一人一人丁寧に浄化魔法をかけて行く。知り合いを優先していると思われないように、キヨカ達の元へは最後にやってきた。


「ブレイザーさん」

「みなさんも申し訳ございません。まずは浄化をかけさせて頂きますね」


 ブレイザーの手から淡い光が生まれ、キヨカの全身を包み込んだ。


「私がお誘いしたお店でこのような事態に巻き込んでしまい、大変申し訳ございません」

「ブレイザーさんの所為じゃないから気にしないで下さい。でも一体何があったんですか?」

「隠しても直ぐに分かる事ですからお伝えしますが、実は最近王都の料理店で謎の食中毒事件が頻発しているのです」

「頻発?」

「誤解しないで欲しいのですが、誓って王都内の料理店は安全です。料理人は必ず提供する料理に浄化魔法をかけることが義務付けられておりますし、この事件が起きた頃からは特に徹底して魔法のかけ忘れミスが無いようにと指導して参りました」

「となると原因は食中毒じゃないってことなんですかね?」

「騎士団も私個人としてもそう考えてはいるのですが、どうにも原因が分からないのです。症状は体が痺れるということで決まっているのですが」


 お腹を壊してトイレに籠る事にはならないようだと知り、更に安心するキヨカ達。特にキヨカは父親が牡蠣にあたって酷い目にあったところを目の当たりにしたことがあるため、自分があのような乙女の尊厳が損なわれる目に合うのではと不安であったのだ。


「じゃあアンチパラライズをかければ治るんですかね」

「それが、マヒの解除を試みても治らないのです。時間が経てば良くなるのですが」

「う~ん、謎だね」


 マヒに似ているが、マヒでは無い謎の症状。

 それが王都を悩ませている謎の食中毒事件だった。


「おや、騎士団の応援が来たようです。申し訳ございませんが、私は入れ替わりに同僚を病院に連れて行こうと思います」

「同僚?」

「はい、倒れた人物は私の仲の良い騎士団の同僚でして。本来なら私は非番なので後は応援の方に任せるのですが、今回は私が彼を病院に連れて行きたいのです」

「分かりました。美味しいお店を紹介してくれてありがとうございます。また今度来ますね」

「それではみなさん、お手数ですが後は騎士団の指示に従ってください」

「はい」


 その後、キヨカ達は応援に来た騎士団から簡単な事情聴取を受けて解放された。

 散々な目にあったが、魚料理が美味しかったのでめげずに来たいと思うキヨカであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る