異世界(あなた)と地球(わたし)は一蓮托生！？

13. 【異】孤児院

　キヨカ達は王城探索を終えて街に戻ると、大通りに出ている屋台の串焼きを昼食代わりにして、食べ歩きしながら王都を散策する。

「いいなぁー私も食べてみたいなぁ」

「このウサギは食べられないの？」

　試しにお肉をウサギの口元に当ててみる。

「はぐっ」

「食べた！」

「でも私は味を感じないんだよー」

　食べるモーションがあるだけでレオナに味覚が伝わって来るわけではない。

　美味しそうに肉にかぶりつくキヨカの姿は目に毒だ。

「いいもん、私は私で美味しいもの食べるか……キヨちゃんあれ！？」

「何々？あれって！？」

　レオナが見つけたのはとある屋台。

　その屋台からは独特の香りが漂っていた。タレが染み込んだお肉が炭で炙られ食欲をそそる香りではなく、ただひたすらに甘くて濃厚な香りが。

　キヨカは足早にその屋台に向かうとメニューを見て注文した。

「ベリー＆クリーム二つ下さい」

「はい、今から作りますので少々お待ちください」

　屋台の男の人は熱せられた鉄板の上に黄色い液体を流し込み、ヘラで薄く伸ばした。

　固まった生地の上にイチゴに似た赤いベリーと生クリープをたっぷり乗せてくるくる巻けば完成。

「出来ました」

「やっぱりこれって！」

　ブロウルと呼ばれるその食べ物は、日本でお馴染みのキヨカが大好きなあの食べ物にそっくりだった。

「あまーい！」

　巻き方や生地の味が多少違うが、紛れもなくそれはクレープ。

　もう食べられないかと思っていた好物を食べられて、キヨカの目じりにほんのりと何かが滲む。

「ポトフちゃんは……美味しいみたいだね」

「はぐはぐっ！」

　ポトフの様子を見ると夢中になってがっついている。

　これは一つじゃ足りないなと思ったキヨカは店員に別の味のものを注文しておいた。

「二人とも良いなー」

「レオナちゃんはそっちでいつでも食べられるでしょー」

「そっちのを食べてみたいんだもん」

　そう言われてもこればかりはどうしようもない。

　キヨカは次に来たときに何を注文しようかと屋台の方を見てメニューを考える。

「キヨちゃんあーいう爽やかな真面目系男子が好きだもんね」

「ち、違っそういうのじゃっ！」

　キヨカは別に店員を見ていたわけではないが、レオナは分かっていてキヨカを揶揄った。

「良かったねー大好きなクレープを作ってくれる人が好みのイケメンで」

「もーレオナちゃん！」

　キヨカは食べかけのクレープ片手に逃げるレオナを追いかける。

　キャッキャとふざけ合えるこの時間は、二人にとってとても大切なものだった。

「あれ？」

　キヨカはふと、はしゃいでいる自分達を見ている小さな女の子がいることに気付いた。

　レオナは他の人には見えないため、話をする時は小声でするか周りに人が居ない場所で話すようにしていたのだが、そばに女の子が来ていることに気付かずに普通に話をしてしまっていた。

「（変な人って思われちゃったかな）」

　虚空に向かってツッコミを入れるキヨカの姿は実際変な人にしか見えないのだが、女の子が注目していたのは違うものだった。

「劇の練習はこれくらいで良いかなー」

　などとしらを切ろうとしたキヨカだが、その女の子の目線がキヨカが手に持つ物に注がれていることに気がついた。

「……」

「お姉ちゃん」

「いいの？」

「うん」

　キヨカは屋台に戻り、ポトフ用に注文しておいたブロウル（クレープ）を受け取り、その女の子に差し出した。

「はい、どうぞ」

「……いいの？」

「うん、食べたかったんでしょ？」

　女の子は差し出されたブロウルをおずおずと受け取る。

「ありがとう！」

　笑顔になった女の子はブロウルを美味しそうに口いっぱい頬張って食べ始めた。

「（どうしてこんなところにこんな小さな子が）」

　日本では小学校に入るか入らないかくらいの年齢だ。

　成長前のポトフに近い。

「私はキヨカ。あなたのお名前は？」

「セグはセグって言うの」

「セグちゃんはどこから来たの？」

「こっち」

　セグは明確な足取りでキヨカ達を裏路地の方へ誘導する。

「（迷子ってわけじゃないみたいだね）」

　知っている道を歩いているような足取りだ。

　普段良く利用している道なのだろう。

「ここ」

　女の子に連れられてやってきたのは大きな寮のような建物だった。

「おかえりセグ」

「ただいま」

　玄関付近でセグより少し年上の男の子が出迎えた。

「もしかしてまた？」

「うん」

「もう、セル姉に怒られるよ」

「セル姉のお菓子食べるくらいだったら怒られる方が良いもん」

　怒られるという単語が出て来て、雲行きが怪しくなってきた。

「しょうがないなぁ。姉ちゃん、セグを連れて来てくれてありがとう。セグが誰かを連れてきたら呼んでってセル姉に言われてるから着いて来て欲しいんだけど」

「うん、いいよ」

　キヨカ達は男の子に食堂のような場所に案内させられた。

　そこには年齢がバラバラな沢山の子供たちが集まっていた。

　キヨカ達に気付いて子供達がざわざわと騒ぎ出し、キヨカと同じくらいの年齢の女性やってくる。

「マロン、その人は？」

「いつものだよ」

「セグ！またなの！？」

　その女性はキヨカ達に頭を下げ、この場所やセグについて詳しく説明してくれた。

　ここは児童養護施設。

　事故で両親を亡くした子供など、訳アリの子供達を育てる国営の施設だ。

　異世界モノ的には孤児院と呼ぶ方がしっくりくるかもしれない。

　セルと呼ばれた女性の名はセルティ。

　ここの年長組の一人である。

　ここでは子供達は家族のように一緒に過ごしており、年長組が年下の子供達の面倒を見るのがルールとなっていた。

「本当に申し訳ありません」

「あはは、まさかお菓子が美味しくないから逃げていたなんて思わなかったよ」

　お腹を空かせた女の子との出会いは、地球側では貧窮に喘ぐテンプレ展開を想像している人が多かった。だが実際には衣食住は保証され、人並みの教育を受けられ、本当の家族に負けないくらいの愛情を篭めて育てられていた。

　ちなみにキヨカは地球で問題を抱えた子供達を何人も見てきたため、セグの見た目から境遇に大きな問題は無さそうで迷子か何かなのかと考えていた。

　そして肝心のセグが外に一人で居た理由だが、おやつを食べるのが嫌で逃げ出していたのだ。

　おやつも持ち回りで子供達が作るルールになっているのだが、セルティが作るお菓子はとても個性的な味がする。セグだけでなく子供達はみな嫌がっていたのである。

　本人はもちろんその事を知っていて味を向上させようと努力しているのだがその成果はまだ出ていない。

「私が教えましょうか？」

「良いんですか！？」

「うん、それなりに作れるから」

　キヨカは母にお菓子作りを叩き込まれていた。料理も出来るし、裁縫だって得意。キヨカ母が何を思って娘にそれらを仕込んでいたのか本人は知らない。夜の技術以外はいつ花嫁に出しても問題ないのである。

「姉ちゃん無駄だよ」

「マロン！」

「マロンくんだっけか。どうして無駄なの？」

「これまで何回も教えてもらったけど上手くならないんだもん」

　となると根本的にセルティは料理が向いていないのかもしれない。

「セルティさんは料理が苦手なの？」

「セル姉のご飯は美味しいよ。お菓子だけがダメなんだよ」

「なるほど」

　地球でも似たような人と話をしたことのあるキヨカは、なんとなく理由が分かった気がする。

「それじゃあセルティさん、お菓子作りのやり方を見せて貰っても良いですか？」

「はい」

　キヨカはセルティの後を追ってキッチンへと移動する前に、ポトフに声をかけた。

「ポトフちゃんはどうする？ここで皆と遊ぶ？」

　ここには同年代の子供達が沢山いる。

　友達を作るチャンスだとキヨカは思った。

「ううん、お姉ちゃ」

「わーい遊ぼ遊ぼー！」

「え？え？」

「こっちこっち！」

「お姉ちゃっ」

「みんなポトフちゃんとあそぼー」

「助けっ」

『わー！』

　ポトフはキヨカに着いて行きたかったが、子供達に群がられて引き摺られていった。

「あはは、みんなポトフちゃんをよろしくね」

『はーい！』

　ポトフが子供達と遊ぶ様子を見ていたい気もしたが、ひとまずやることを終わらせてしまおうとキッチンへと向かった。

「マロンくんは向こうで遊ばないの？」

「料理好きだから見ていたいんです」

「あはは、時間があればマロンくんにも何か教えてあげるね」

「やった！」

　まずはセルティに今日作ったお菓子と同じものを作ってもらう。すでにセルティから実物を貰ってあり、よろしくない出来であることは理解していた。

　セルティのお菓子作りは、やはりキヨカの想像した通りであった。

　分量を正確に測らず肌感覚で作っていたのだ。

　おそらく普段の料理についてはセルティの感覚はとても優れているのだろう。だがお菓子作りに関しては分量通りに作ることが最重要。根本的に作り方を変えて貰わなければならない。

「セルティさん、キチンと分量を量ってやりませんか？」

「やはりそうですか……」

「セル姉、色んな人にそれ言われてるけど直さないんだよ」

「でもそれじゃあ上達しませんよ？」

「どうしても感覚的にこっちの方が良いかもって思っちゃうんです」

　その感覚に従うと他の料理は美味しくなっているのだから、それを信じないというのは不安なのだろう。

「なるほど、それじゃあ私が教えるべきなのはお菓子作りの方法じゃないみたいだね」

「？」

　キヨカは女子力が高い。

　それは間違いないのだが、時折そこに脳筋が混じってしまうのが玉に瑕。

「マロンくん、長い木の棒ってどこかにない？」

「長い木の棒？倉庫に行けばあるかもしれないけど、どうするの？」

「セルティさんがお菓子を作っている時に誰かが監視するの。そして分量を量ろうとしてないで適当にやろうとしたらその棒を思いっきり振り下ろして止めてあげて」

『ひえっ』

　あまりにも物理的な解決案にセルティとマロンがドン引きする。

「姉ちゃん可愛い顔して怖いこと言うのな」

「キヨカさん怖いです！」

「むぅ、これが一番の対処法なのに」

　決してキヨカは体罰を認めているわけではない。

　ただ、優しい言葉だけでは人は変われないということを知っているだけなのだ。

「それじゃあ試しにやってみましょうか。失敗したらこの剣で斬りますからねー」

『ひいいいっ』

「あはは、冗談ですよ」

　結局、技術的な問題では無いということが分かったのでこの件はここまで。

　この後マロンにお菓子作りのレクチャーをしていたら外が暗くなってきた。

「是非夕飯を食べていって下さい」

「う～ん、嬉しいんだけど仲間が待ってますので」

『え～』

　夕飯の誘いを受けたいキヨカだったが、今晩はセネール達と食べる話になっていて彼らは宿屋で待っているはずだ。一旦宿屋に戻って連絡すると、ここから遠いので子供達を待たせてしまう。そのため、仕方なく今回は諦めることにした。

「それじゃあお世話になりました」

「いえいえ、こちらこそ」

「姉ちゃん料理教えてくれてありがとう！」

「バイバイ」

『バイバーイ』

　子供達から解放されたポトフはヘトヘトな表情になっているが、どことなく寂しそうだ。

「ポトフちゃん、楽しかった？」

「うん」

「また来ようか」

「うん」

　偶然の出会いが、ポトフに良い影響をもたらしたかもしれないと、キヨカは少し嬉しくなった。