8. 【地】邪獣戦線

 邪獣を生成する三角錐が近くに出現した都市は、一日と経たず壊滅した。


 日本では大阪が、スイスではチューリヒが、アルゼンチンではコルドバが、コンゴ共和国ではキンサシャが、そしてシンガポールでは国そのものが消え去った。


 三角錐の出現地点に法則は無く、人が居ない海上や山の上など場所の制約も無く、都市の近くに出現した国は運が悪かったとしか言いようがない。迎撃する準備を整えることすら出来ずに更地と化してしまったのだから。


 もっとも、上からの指示が無ければ軍隊が動かない国は被害が拡大する一方なのだが。


 世界は多大なる犠牲と引き換えに、邪獣の迎撃準備をする時間を手に入れた。

 そして今、陸海空それぞれの場所で邪獣を駆除すべく戦いが繰り広げられていた。




 ――ドイツとスイスの国境付近


 スイスのチューリヒを消滅させた邪獣の一部は北部へ侵攻し、ドイツへと足を踏み入れようとしていた。ドイツ軍は国境を封鎖し、軍隊を揃えて迎え撃つ。


「撃てええええええええ!」


 ドラゴンやベヒーモスなど十体の巨大な邪獣。

 ドイツ軍はそれらに戦車や大砲などを利用した威力の高い攻撃を浴びせ、侵攻を許さない。


 戦車の砲撃がドラゴンに直撃すると鱗が剥がれ落ち大量の血しぶきが辺りを染める。数発当てるだけでドラゴンは斃れ死に至るが、ドラゴンも何もせずにただ砲弾を浴びるわけではない。体を捻って避け、中にはシールドのようなものを使って防ぐ個体も居た。


「グオオオオ!」


 そして打ち漏らしてしまえばやられるのは軍隊の方だ。

 強力なブレスが戦車に降り注げばいとも簡単に溶けて無くなり、接近されれば手足を振るうだけであらゆる兵器が鉄くずと化す。


 やられる前にやれ。


 被害を少しでも軽減するにはそれが最も重要であった。


 そしてもう一つ大切なのは制空権を確保すること。

 地上の邪獣は対空攻撃を持たないため空からの攻撃が有効なのだ。だがワイバーン等の空を飛ぶ邪獣も居るため、上空では激しい空戦が行われていた。


「こりゃあまるで映画の世界だな」

「ドラゴンとドッグファイトってか?ドラゴンファイトに名前変えたらまずいかね」

「生き残ったら世界中に聞いてみな!」


 軽口を叩き合う戦闘機のパイロット達は、自らが特別な存在になったような高揚感を抱きながら、ワイバーンと交戦していた。


 ここで制空権を確保出来れば御の字、だが逆に制圧されたら地上部隊が対地攻撃の餌食となる。


 平和が続いていたとはいえ、厳しい訓練を続けていた各国の軍隊は気付いた。

 人同士の戦争と同じやり方が通じるのではないのかと。


 悲しいことに人類は戦争の『やり方』が洗練されてしまっている。

 それを応用することで、邪獣を撃破することが出来てしまった。




 ――アメリカ西海岸


 陸と空の対処がどうにかなりそうではあったが、海の邪獣に対してはそうはいかない。

 海を自在に潜り神出鬼没で攻撃してくる邪獣は艦隊にも潜水艦にも置き換えられない別種の脅威だったのだ。


 軍艦などは海面下からの攻撃で簡単に沈没させられ、魚雷を当てることすら難しい。海軍は海上での邪獣の撃破は諦め、海岸に軍隊を配備して陸に上がってくるところを倒すことに決めた。


「ひいいいいいい!悪魔だああああああ!」

「うろたえるな!」


 海からやってきた巨大なタコの邪獣。

 土地によっては悪魔とも呼ばれるその化け物は、何本もの足でまるでおもちゃのように戦車を叩き潰す。


 1匹であるため着実に攻撃を積み重ねれば撃破出来る。

 だが、海の中に何体の邪獣が潜んでいるのか把握できていない。

 そのため世界各地の海岸は封鎖されることとなった。




 ――某国


「本気ですか!?」

「当然だ。邪獣から国民を守るための手段なのだから何も問題は無いだろう」

「問題しかありませんよ!灰になりたいんですか!?」


 派手な装飾が施された豪華な調度品で占められている部屋にて、身なりも態度も偉そうな男が椅子にふんぞり返りながら激昂する男を相手にしていた。


「何を言ってるのかね。私は国民のために死力を尽くして戦っているのだよ。それなのに灰になるわけが無いだろうが」

「そんなわけ無いでしょう!?」


 何故相手の男が激昂するのか、その人物は全く理解出来ていなかった。自らの行いは間違いなく正当であり、それは神の視点からも至極当然のことと判断されるだろうと心の底から信じていたのだ。


「あなたは狂ってる!」

「ふぅむ、そのような不当な糾弾は灰になるものと思っていたが……何かまだ私が知らない条件でもあるのかもしれないな」

「私は絶対にその命令は出しませんからね」

「ふん、英雄となる機会を捨てるか。それならそれで私が自ら手を下すまでさ」


 常時であれば目の前の男を反逆者と断じて処分していたのだが、それをすれば灰になることは理解していた。他国の指導者が灰になったということを聞いていたからだ。ただし、支配者たる自分に反抗することは重罪であり、かつ処分するのは当然の行いであり灰にはならないとは思っているが念のため自重していた。


 そしてこの男が灰にならずにこれまで生きてこれたことこそが、この国にとって、そして世界にとって最大の不幸でもあった。


 軍隊の力を結集することで被害は出るものの撃破可能な邪獣達。

 それらを滅ぼすために、禁断の力に手を出してしまったのだ。


 その日、某国の某自治区は核の力で焦土と化した。


 そしてそれを引き起こした男も、止められなかった者達も、すべからく灰と化した。

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