9. 【地】サポート部門
キヨカが第一章を戦っている間、遥の生活は非常に濃密であった。
決死の思いで小鬼を倒し、その時の想いを掲示板の同志に伝えて奮起を促し、キヨカが辛うじてボスを倒したことでようやく安心して気持ちを落ち着かせることが出来た。
エピローグを見逃したくなかったがあまりにも疲労困憊であったため、後で動画を見直すことにして諦めて就寝。精神的に疲れていたからか12時間以上も寝てしまったが、キヨカ達も同じくらい休んでいた為お祭りには間に合った。
キヨカが街の人に讃えられる姿を自分の事のように嬉しく思い、ドレス姿のあまりの可愛さに興奮したりと祭りを楽しんだ遥だったが、祭りが終わると彼の元に当然あの知らせが届いてしまう。
遥は邪獣を倒したため、残されたカプセルが飛び立つという『起こり』を観測することは出来ていなかった。そのため遥が事態に気付いたのはドラゴン達が侵攻を始めてからしばらく経ってのことだった。
ふとSNSを見た時、そこにアップロードされていた数多くの画像や動画。三角錐はもちろんのこと、巨大な邪獣の姿や遥か遠くで戦闘らしきものが行われている動画など、本当にこれが地球の映像なのかと疑うような光景が数多く見られた。
「何がどうなって……俺のとこは静かだから大丈夫なのか?」
自分の部屋の周辺から騒がしい声は聞こえてこない。邪獣が近づいていたならば避難のざわめきが聞こえて来るはずだ。
「レオナちゃん!それにあいつらも!」
ただし、自分は大丈夫かもしれないが他の人はそうではない。遥の頭をよぎったのはレオナと掲示板の仲間達。掲示板にレオナを心配する書き込みをしつつ、投稿者たちの無事も確認する。
521:れおな
私は関東に住んでいるので大丈夫です。
でも海の近くは危ないので避難しました。
遥はまだ知らなかったが海に邪獣が放たれて海岸から上陸してくる可能性があった。そのため海岸に近い場所に住んでいる人の多くは内陸部に避難していた。レオナの高級マンションは海に近い場所にあったため、念のため内陸の別の場所に避難することになったのだ。
「良かった、みんな大丈夫そうだ」
この日は知り合いが無事であったことを知り安心したが、日が経つにつれて徐々に不安が増してゆく。世界各地で邪獣は軍隊により討伐されつつあるが、自分は何もやらなくて良いのだろうかと。
別に遥に慈愛の精神が芽生えたわけではない。女神が他人を思いやることを重視している以上、何もせずに放置するのが正しいとは到底思えなかったのだ。だが、相手はドラゴン。ひ弱ゴブリンのような素人が立ち向かえる相手では無い。
掲示板の面々と相談しながらも何も出来ず悶々と日々を過ごす遥の元に、一通のメールが届いた。
『こんにちは 灰課金勢 です』
「マジ?」
そのメールの差出人は、あの掲示板で最初に邪獣を倒した勇敢な人物のコテハンを名乗っていた。
「何で?」
何故自分のメールアドレスを知っているのか。
何故自分にメールを送信してきたのか。
何故掲示板では無く直接話しかけて来たのか。
様々な何故が彼の頭を埋め尽くす。
今のご時世、偽メールを送信すれば即座に灰になる世の中。相手は本物だろうと確信していた遥はひとまず疑問は置いて用件を確認する。
灰課金勢はレオナの元にいる。
灰化対策機構の中にレオナのメンタルをサポートする部門を新設する。
灰課金勢はその部門の創設メンバーとなる。
そして、その部門に参加しないかと遥を誘っていた。
「俺が働ける!?」
コミュニケーションが苦手で大学を中退し就活に失敗し続けニートになってしまった遥に予期せぬチャンスが舞い込んできた。
だが遥は臆する。
灰化対策機構という現在世界で最も重責を負っている組織に自分がふさわしい人間だと思えなかったからだ。更には仮に就職出来たとしてもコミュニケーションの問題で失敗続きで厄介者扱いされるのではないかという不安もある。
遥は悩んだ結果、自分のその情けない不安を全て灰課金勢にぶちまけることにした。メールであれば自分の意図をそこそこ正確に伝えることが出来るし、それで幻滅されても顔も知らない相手だから精神的なダメージは大きくない。
遥は自分の境遇や性格について、いかにも情けなくて使えない人物であるという印象がマシマシになるような文章を書いて返信した。ネガティブな人間にはよくあることである。
だが灰課金勢からの返信は遥の予想とは大きく異なり、軽蔑や落胆するような内容では無かった。
『あなたは思った通り優しい方ですね』
「は?」
目を疑った。
一体あの文章の何処に優しさが篭められていたのかと。
まさか自虐が全て遠慮として受け取られてしまったのだろうか。
そしてその返信には、話を先に進めるための提案が書かれていた。
『私と一度お会いしませんか?』
それから話の流れで都内の喫茶店で一度会って話をすることが決まってしまい、遥は慌てた。相手は女性。もしかしたらそれなりに偉い人かもしれない。髪はぼさぼさ、服はよれよれ、決して人と会えるような格好では無い。
その日から遥は毎日風呂に入るようになった。自分の体が臭いのではないかと不安になったからだ。時には近くのスーパー銭湯に赴き、サウナに入るなどして徹底して体の垢を落とそうと努力した。
また、話すのが苦手な人でも大丈夫という美容院を探し、店員のオススメの髪型に切り揃えてもらう。
服は良く分からないので有名なアパレルチェーン店で、とりあえず『大人』が着ていそうなジャケット類を揃えた。
「スーツの方が楽だったのに」
私服で良いと言われて逆に困ってしまったのだ。ネットで調べても何が正解か分からなかったので、ひとまず無難そうな服を選んだ。
化粧品を使って肌を整えたり、顔の表情を作る練習をしたり、苦手な話をする練習をしたりと、本来やるべきことはまだまだ多かったが、人付き合いを避けていた遥はそこまで頭が回らない。
最低限の身だしなみをどうにか準備できた遥は指定された喫茶店へと向かった。
店内は心が落ち着くようなクラシック音楽が微かに流れていて、ほんのり漂うコーヒーの香りが鼻孔をくすぐる。平日の昼間だからか客は少ないが、騒がしくもなくかつ静かすぎでも無い絶妙な居心地の良さを感じられる。
ここならリラックスして普通に話が出来そうだ。
もしかしたら灰課金勢はコミュニケーションが苦手な遥のためにこういう店を選んでくれたのかもしれない。
遥が聞いていた灰課金勢の目印は、奥の方のテーブルに座っていて、向かって右側にピンク色の髪留めをしている女性。
遥がキョロキョロとその女性を探していると、向こうの方が先に遥に気付き声をかけて来た。
「遥さん」
「は、はい……え!?」
声がした方を振り向いた遥は驚いた。
そこに座っていたのは、ふんわり系の優しそうで美人なお姉さんだったからだ。
「どうぞお座りください。飲み物は何にしますか?」
「え、え、あ、はい」
コミュニケーションが苦手以前に、綺麗な女性と面と向かって話をする機会が唐突に訪れてしどろもどろになってしまうのは仕方ないこと。遥はキヨカのように顔を真っ赤にしてうまく言葉が出てこなくなる。
「こ、ここ、こーひーで」
「はい、分かりました」
灰課金勢は店員を呼ぶとブレンドコーヒーを注文する。コーヒーと言っても色々と種類があるが、遥の態度からあまり詳しくないのだろうと判断した灰課金勢は、その店で一番ポピュラーなものを注文した。気が利く女性のようだ。
メールではすでに自己紹介済みであるが、会ったのは初めてであるため改めて自己紹介する。遥はしどろもどろになりながら、なんとか必死に言葉を紡いで行く。
これが灰化前であったならば、壺でも買わされるのではないかと思えるような光景であった。
灰課金勢の名前は
レオナサポート部門の室長だ。
津島はメールでも説明したが、レオナサポート部門の業務内容についても改めて遥に説明した。
この部門はまだ津島しかおらず、人集めの最初の段階として遥に声をかけた。
キヨカを応援する掲示板の人を中心に集めようと思っている。
勇気を出して行動してコテハンを名乗った遥を誘うことを最初から決めていた。
やることはレオナの隣の部屋でこれまで通りキヨカの行動を鑑賞しながら掲示板に書き込むこと。
レオナと時々話をしたりご飯を食べたり普通の触れ合いをすること。
これを仕事と呼んで良いのかと思えるような内容だが、一人で作業しているレオナにとって人との触れ合いはとても大事なこと。決して一人にさせないための人員なのだ。
その話を真面目に聞いて、コミュニケーションが苦手な自分に務まるのだろうかと悩む遥の姿を見て津島はぼそりとつぶやいた。
「やはり遥さんは優しい方ですね」
「……?」
津島はふと、メールと同じことをつぶやいた。
その言葉の意図を説明せず、津島は全く別の言葉を遥に告げる。
「それでは遥さん、せっかくですからレオナのところに行きませんか?実はここのすぐ近くに新しい職場があるんですよ」
「はいぃ!?」
行きませんか?
と同意を求める言葉であったにもかかわらず、津島は遥の返答を聞かずに店員を呼んで会計を済ませる。
女性慣れしていないことを見破っている津島は遥の腕を取り強引に連れて行く。遥が津島の手を振りほどくことなど出来ないのである。
――――――――
「いいいいやああああああああ!」
遥の目の前で小柄な女の子が津島に羽交い絞めにされてバタバタと暴れている。ややブロンドがかった髪の色や幼さを感じられる顔立ちは、邪獣対策機構のウェブページに掲載されていたレオナの姿と一致した。
「キヨちゃんのとこにもーどーるー!」
「だーめーでーすー」
遥が連れてこられたのはマンションでは無く、様々な企業が入居している巨大なビルの一室であった。ただし、その部屋は会社の中と言うよりも会社とリビングが合わさったような形をしていた。数台のPCが置かれている執務フロアとテレビやゲーム機など置かれているリビングフロアがくっついていた。奥にはキッチンや風呂などもあり、ベッドルームも数部屋ある。
ただしレオナの部屋は独立しており、津島は遥を連れて来るとすぐにレオナの部屋に入り、彼女を中から引っ張り出してきた。
「お昼食べてないでしょ。一緒に食べましょう。新しい人も紹介するわ」
「一人で食べるもん!」
「だーめ、お昼はみんなで一緒に食べる約束だよ」
「やーだー!」
まるで駄々っ子だ。元高校生にはまったく見えない。
「あの……津島さん?」
「ごめんなさい、遥さん。実はこの子、人見知りなのよ」
遥は人と普通に話をすることが苦手なタイプの人見知りであり、レオナは人と接すると恥ずかしくなってしまうタイプの人見知りであった。
「私、お昼ご飯の準備するから
『え?』
人見知り同士だから相性が良い、わけが無い。
お互い初顔合わせの人見知りには酷な話である。
「そうそう、ここでは名前で呼ぶのがルールだから。私のこともレオナのことも名前で呼んでね」
津島は遥に強制的にここの環境に慣れさせようとする。
おっとりした雰囲気とは裏腹に強引な手を使ってでも目的を達成しようとする策士なのかもしれない。
そしてその策士の手により、遥はここで働くことを受け入れることになるのである。
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