5. 【異】謁見1

 謁見の間ではなく最上階にあるやや狭い応接室に通されたキヨカ達。

 設置されているソファーやテーブルは質が良いものであるが過度な装飾はなされておらず、部屋全体の装飾も目立たないように部屋の隅に花が活けてある程度で、国王と会談する場所にしては質素すぎるとキヨカは感じた。


 出された飲み物を手にすることも出来ず緊張で心臓がバクバクしているキヨカだが、ポトフもセネールも自然体。国王側の立場に近い存在であろうセネールはともかく、ポトフが鋼の精神を持っているのを羨ましく感じていた。


 レオナはこの世界の人から見えないため緊張することは全くなく、むしろ観光気分でポトフの頭の上に座って足をブラブラさせ、キヨカが緊張している姿を楽しそうに見守っている。


 応接室の奥の扉は国王の執務室に繋がっており、その扉がガチャリと開く。

 キヨカは勢いよく立ち上がり跪こうとするが目の前には小机があって出来ない。慌ててソファーを周り込んで広い場所へ移動しようとするが、その前に国王から声がかかってしまった。


「君がキヨカちゃんね。チョー可愛いじゃん」


 腕を広げて妙に馴れ馴れしく話しかけてくる20代くらいの若い男性。国王らしい厳格な雰囲気は微塵もなく、胸元が広くV字に開いたラフなシャツを着て、全身に過度な量のアクセサリーを身につけているその男性の見た目は、チャラかった。


 しかしそんな怪しいチャラ男とはいえ、相手が国王なのは間違いない。

 あっけにとられ、その後襲ってきた僅かなイライラを抑えて跪こうとする。


「どう?今夜俺と一緒に二人の将来について語り合わない?」


 そんなキヨカの動きを制するかのように、更にイラっとする言葉を投げかけてくる国王。指輪たっぷりの右手を顔の近くに上げて見せつけながらキメ顔をしているのがイライラを増幅させる。


 正直なところ殴るか帰るかしたいところだが、国王相手にそれは出来ない。これが権力を盾にしたパワハラなのかとキヨカが感じ、こんな男に頭を垂れなければならないことを悔しく感じていたら、重い衝撃音が響いた。


 国王がお付きのメイドらしき人物に分厚い本で頭を思いっきり殴られたのだ。


「キヨカ様が困っております」

「いったーい!今本気で殴ったでしょ」

「当然です。我が国の恥を広めないで下さい」

「恥って!これでも俺は国王なんだよ!」

「誠に遺憾ですがその通りです。ですから国王らしくない行動を諫めているのです」

「もっと優しく諫めてよ。ほらベッドのな」

「ふんっ」


 今度は本の角でぶん殴った。


「いったああああ!角はダメっていつも言ってるでしょおおおお!?」

「これがダメなら刃物で刺すしかなくなりますが」

「おかしいな。俺、国王だよね」


 涙目で頭を抑えて蹲るチャラ男、もとい国王。

 彼を遠慮なく殴る女性はクラシックなメイド服を着こなす若いメイドさんであった。


「え、あ、あの?」


 突然始まったコントに、キヨカは跪こうと腰をかがめようとした変なポーズのまま固まっていた。


「この馬鹿のことはお気になさらずに。言葉遣いも態度も普通で構いません。むしろこんな馬鹿を敬わないで下さい。増長されても面倒臭いだけですので」

「は……はぁ」

「それともキヨカ様はこのようなタイプの男性がお好みですか?」

「あり得ません」


 真顔できっぱりと否定するキヨカ。

 キヨカにとってチャラ男はノーサンキューなのだ。


「その反応で構いません。後、この馬鹿が何かやらかしそうになったらお手持ちの武器で遠慮なく叩き斬って下さい。そうすれば新しい国王の誕生となりこの国が幸せになりますから」

「俺これでも選挙に勝ち抜いたんですけど!みんなに選んでもらったんですけど!」

「不正の内容を掴ませないところだけは優秀ですよね」

「酷い!あんなに頑張ったのに!」


 ブライツ王国は王国と名がついているが血の繋がりのある王家が存在しているわけでは無い。国民の選挙によって選ばれた国の代表として政治を行う人物を国王と呼んでいる。日本での総理大臣のようなものだ。

 遥か昔は王家による統治が行われていたが、政治的な能力に乏しい人物が何代か続いて生まれ、国の運営が上手く行かなかった時期があり、当時の国王が『国のトップは血に限らず優秀な人物がやるべきだ』と言い放ち王国制は失われた。だが国民はその英断を誇りに思い、王国という名前を残している。


 そんなわけで現国王も国民による選挙で選ばれた人物だ。

 スール村まで現国王の優秀さが伝わっていた。


 農業革命により飢饉の可能性を摘み取った。

 斬新な教育政策により子供たちの学力が大幅に向上した。

 福祉政策により高齢者の死亡率が低下して平均寿命が伸びた。


 他にも新しい娯楽の発案、騎士団の配置変更による邪獣対策の安全性向上、など数えきれないほどの成果を出してきた傑物だ。


 だが人となりまでは伝わっておらず、伝え聞いていた優秀さとのギャップでキヨカは混乱した。


 チャラ王はこれ以上殴られてはたまらないと矛先を変える。


「うお、この娘めっちゃ可愛いぞ。ポトフちゃんだっけ?」

「ぶい」


 国王に話しかけられても臆することなく堂々と指でVサインを決めるポトフ。


「撫でていいか?」

「ダメです」

「待った!今ので殴るのは無しだろ!ちゃんと確認しただろ!それにお前だって撫でたそうにしてるじゃないか!」

「……ダメです」


 幼女の可愛さには誰も勝てないのである。

 それを分かっていてポトフは煽っている節もあるが。


「セネール助けてくれよー」

「陛下、僕に教えてくれた女性の扱い方は間違いだったのでしょうか?」

「何それ!?」


 思わぬセネールの発言にキヨカが食いつく。

 セネールはキヨカに声をかけた時に芝居がかったテンプレナンパ台詞を使おうとしていたが、それはこの国王の入れ知恵だった。


「いや……その……陛下は女性の扱いが上手いと自負されてたので」

「ということは、セネールって女性の扱いが苦手?」

「な、なな、なにをいって」

「そうだよキヨカちゃん。彼は『どうやってスミカくんとお話すれば良いか分からないよー』って俺に泣きついて来たんだ」

「ちょおおおおっ!陛下それは内緒ってええええ!」


 遠慮なく暴露されてしまったセネールの秘密。

 セネールは女性との会話が苦手であり、キヨカに話しかけた時もテンプレ台詞を用意して心の中で何度か練習してから意を決して話しかけたのだ。あの時はそれが直ぐに破られたため、どうして良いか分からなくなってしまった。


「ふふっ」

「ちょおっ!キヨカくん、その笑みは何だいその笑みは!」

「べっつにー」


 セネールにとっては心痛い展開だが、情けないところを暴露されたことでキヨカの心が多少近づいたのだから結果的に悪い事では無かった。近づいたと言っても、残念に思われる意味ではあるが。


 また、キヨカにとっても緊張がほぐれるきっかけとなり、素が出るようになっていた。


「もしかして金ぴか装備も陛下に?」

「あれは僕の好みにも合っていたんだよ!」


 ということは唆したのはやはりこの国王と言うことだ。

 どうもこの国王、質の悪い性格をしているらしい。


「うう、そんな目で見ないでおくれよキヨカちゃん」

「そういう時はズバっと言って構いません。むしろ言い放ってください」

「キヨカちゃんは優しい娘だと信じてる!」

「そろそろ座っても良いですか」

「スルーは悲しいから止めてええええ!」

「そうそう、それです!」


 キヨカはため息をつきながらソファーに座り直した。

 緊張していたのは一体何だったのだと。

 これがキヨカの緊張を解くための国王の戦略だとしたら実に効果的ではあったが、鼻の下を伸ばしながらキヨカを見つめる姿からはその意図は全く感じられなかった。

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