3. 【異】精霊術士
そのはぐれ邪獣は賞金首というわけではないが、とある理由で倒しにくい邪獣であった。
だが、通常であれば休憩所に常駐している騎士団員や、街道を巡回している騎士団員の力を借りれば十分対処できる相手ではあった。
だが、その日に限ってその邪獣を倒せる騎士団員が休憩所を離れていた。
翌日には戻る予定であり、はぐれ邪獣もうろついているだけで攻めてくる気配は無いので待てば良かったのだが、その話を聞いたある人物が討伐に向かってしまったという。
しかもその人物は誰の目から見ても強そうには見えなかった。
キヨカ達は詳しい話を宿屋の女将さんから聞いて、その人物を探しに行くことにした。
強ければよし、弱ければフォローしようと。
幸いにもキヨカ達にはその邪獣を倒せる力がある。
その邪獣が厄介な理由。
それは回避率が高くて物理攻撃が当たらないということなのだから。
疾風とサンダーで楽勝だ、やったね!
――――――――
「邪獣が出没するのはこの辺りの畑かな」
「どうやらそのようだ。邪獣もいるし、件の人物は……あれかね」
少し小柄で黒いマントを羽織った人物が、鉄の剣を手に3体の小さな狼と対峙していた。
「や……やあ……ああ!」
気合が全然入っておらずへっぴり腰で狼を斬りつけている。
「当たってるよ?」
「ふむ……あの稚拙な剣捌きで当たるとは思えないのだが。情報が誤っていたのか?」
狼の動きはお世辞にも早いとは言えなかった。
これならキヨカ達も疾風などを使わずに普通に攻撃するだけで倒せそうだ。
だがその人物の攻撃は狼に当たるものの、倒せるには至らない。
逆にガジガジと体中を咬みつかれてダメージを負っていた。
「ひいいいいっ!た、助けて―っ!」
「いくよポトフちゃん!セネール!」
「うん(コク)」
「無論!」
キヨカ達は慌ててその人物に加勢し、狼を撃破する。
戦闘描写が不要なほどあっけなく倒せてしまった。
「大丈夫ですか?」
「ぴええええん!」
両手を目に当てて泣いているのはお肌ツルツル緑髪サラサラな可愛い子供だった。
子供と言ってもポトフのような幼女では無く、キヨカよりも年下で準成人の15歳にやや満たない程度の年齢に見える。
「キヨカくん、邪獣は他には居ないようだ」
「ありがとう」
セネールに辺りの警戒を頼んでもらっていた。
少なくとも見える範囲にはもう邪獣はいないらしい。
ポトフは泣いている子の怪我をヒールで回復中。
キヨカはその子の頭を撫でてあやしながら泣き止むのを待つことにする。
「ひっく……ひっく……迷惑かけてごめんなさい」
「全くだ。自分の実力を過信し過ぎでは無いか?」
厳しい言葉を投げかけるセネールだが、キヨカはそれを咎める気はしない。
キヨカ達が来ていなかったら死んでいたかもしれないのだ。
「ごめんなざいーーーー」
「ああもう泣かないで」
しかしその人物はセネールの言葉で再度泣き出してしまった。やれやれという表情でキヨカは再びあやす。どうにもこの人物からは精神的な幼さを感じられて、甘やかしてしまいそうになる。
キヨカ達は泣き止んだその人物を連れて宿に戻る。
無事に連れて帰って邪獣も倒したことを女将に伝えると大層喜んでくれた。今日の夕飯はサービスしてもらえるらしい。
ひとまず荷物を部屋に置き、宿併設のレストランで夕食を食べながらその人物の話を聞くことにした。あまりの弱々しさに、助けてこのまま放置するのがどうにも気が引けたのだ。
「改めてありがとうございます。ボクはケイと言います。ええと……」
「私はキヨカよ。この子がポトフ」
「セネールだ」
「キヨカさん、ポトフさん、セネールさん、助けてくれてありがとうございました」
申し訳なさそうな表情で俯きおどおどしているケイを見ると、どうにも保護欲が疼いてしまう。
「それでケイちゃんはどうして戦おうと思ったの?」
「ん?呼ぶならばケイくんだろう?さっきボクと言っていたじゃないか」
「女性でも自分のことをボクって呼ぶ人いるんだよ。こんなに可愛いんだから女の子でしょ。そもそもセネールは男女関係なく、くん呼びじゃん」
「こうすれば間違えても……ではなくそう呼ぶのに慣れているだけさ」
「ずるいー!」
「あ、あの、ボクは男ですから!」
「!?」
「ふふん」
勝ち誇るセネールだが、キヨカが勘違いするのも仕方ない。
単なる見た目の可愛らしさだけではなく、肌や髪の質や立ち居振る舞いなど、女の子にしか見えなかったのだ。確かに中性的な顔立ちと言われればそうかもしれないが、これで男と言うのは反則だろう。女性側から文句が出そうなほどだ。
『ボクっ娘きたああああああああ』
『こんな可愛い娘が女の子のはずがない』
ちなみに、コメント欄は大騒ぎになっていた。
「ごめんなさい!」
「い、いえ……よく間違われるので、むしろ先に言っておかなくてごめんなさい」
「抱きしめて良いかな(気にしないで)」
「おい、心の声が漏れてるぞ」
「あはは」
ドン引きするようなキヨカのセリフに大げさな反応をしない辺り、普段から性別に関して好き勝手言われているのだろう。
「話の腰を折っちゃったね。それでどうしてケイ君は戦おうと思ったの?」
「呼び捨てで大丈夫です。僕は相手の動きを遅くする特殊な術を使えることが出来るから、それで速いだけの相手なら倒せるかもって思ったんです」
「特殊な術?」
「はい、精霊術です」
精霊術は魔法とは似て非なるものである。
魔法は魔力というエネルギーを現象へと変換したもの。
精霊術は精霊の力を借りて現象を引き起こしてもらうもの。
魔法を使うには体内に魔力が宿っている必要があるが、精霊術は精霊と契約することで使用可能になり魔力は不要。ただし契約するにも資質が必要であり、もちろん脳筋キヨカにはその資質が無い。
「だがそんな精霊術聞いた事が無いぞ」
この世界に存在する精霊は火、水、風、土が基本であり、極稀に雷といった別の精霊と契約する人物が現れる。
「偶然レア精霊と契約することが出来たんです」
「レア精霊?」
「はい。最初は普通の精霊を探して旅してたのですが、どこに行っても契約することが出来ずに諦めて故郷に帰るところで出会ったんです」
精霊と契約するにはその精霊になじみ深い場所に訪れる必要がある。
例えば水の精霊なら海、川、湖など。
海の精霊は波を使った攻撃魔法が得意で、川の精霊は水流による攻撃魔法が得意で、澄んだ泉の精霊は回復魔法が得意。このように同じ属性の精霊であっても契約する場所によって使える術が異なる。そのため精霊術士は自分が必要とする術を使える精霊が居そうな場所を目指して旅をする。
だがケイは大陸中を旅しても精霊と契約することは出来なかった。失意のまま故郷である大陸西の小国の田舎へと帰ろうと移動していたところ、諦めきれずに小国内の街道を外れたところを散策し、小さな祠を見つけた。
「祠?」
「はい、山の麓にありまして、ボロボロで今にも朽ち果てそうな有様でした。なんとなくそれを修理したら、見たことの無い精霊と契約することが出来たんです」
「ふむ。非常に興味深い話だな。祠に祀られていた忘れられた精霊か」
「どんな精霊だったの?」
「重力です」
「重力?」
重さを操る精霊。
重力は強キャラが使用する能力のイメージがあるが、それはあくまでも強力な力を使いこなせるようになってから。火系のファイアや水系のヒールのように初期の技でも効果的な使い道があるかと言われると微妙なところ。晩成型の玄人向けの能力だ。
「やはり初めて聞いたな。どのような術が使えるんだ?」
「相手の行動を遅くする術です。あの狼は素早くて攻撃が当たらないって言ってたので、この術で遅くすれば僕でも攻撃を当てられるかと思ったんです。結局当たっても倒せなかったですけど……」
攻撃は当たるが、威力が弱すぎるのだからどうしようもなかったのだ。
「あの狼倒せないんじゃ、戦うのは厳しいと思うよ?」
「はい、なのでこれからは新しい精霊を探しにもう一度旅に出ようと思います」
「まだ頑張るの?」
「はい、魔法を使うのが小さなころからの憧れでしたので。残念なことにボクは魔法が使えませんでしたから、せめて精霊術を使ってみたいんです。普通の精霊は契約出来ませんでしたが、祠を探すっていう観点でもう一度世界を旅すれば、今度は攻撃術を使える精霊と契約出来るかもしれませんし!」
キラキラした目で子供が夢を語るように饒舌となるケイの姿がキヨカには微笑ましかった。
「ケイはこれからどこに行くの?」
「王都に向かおうと思ってます」
クレイラの街の近くの交易路の封鎖が解けたため、ケイは再度大陸一周の旅に出ていたところ、ここでキヨカ達に出会ったのだ。
「よし、分かった。それじゃあケイ君私たちと一緒に行かない?」
「え?」
「私が鍛えてあげる!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます