第二章 王都騒乱

1. 【地】更なる試練

 灰化により愚かな人間は消去されるようになった。

 カプセル邪獣システムにより自らの手で人類滅亡を回避する可能性を上げられるようになった。


 だがそれでもなお、女神の試練を自分事として本気で考えられない人間は多い。

 更には幸か不幸かキヨカがイルバースを弱体化無しで倒してしまったため、カプセル邪獣を倒さなかった大半の人間が『自分が戦わなくても何とかなる』と思い込もうとしていた。


 だがもちろん命の危機に陥ろうとしているキヨカを無視するような人間の存在を女神は決して許してはくれない。


 キヨカが死闘の末にイルバースを倒し、世界中が安堵した翌朝(日本時間)。

 世界の破滅は次の段階に進んだ。




 まず、頂点を下にした巨大で透明な三角錐が世界各地で出現した。

 一辺が数十メートルもある大きさで、上空に浮いている。

 出現場所は国や気候に関係なく、山も平原も都市も海も関係ない。

 地球上に満遍なく出現し、日本でも大阪湾の上空に出現した。


 次に起こったのは使用されなかったカプセル邪獣の回収だ。

 それらは赤黒い光を放つと空に向かって飛んで行き、近くの三角錐の元へ吸い込まれた。


 三角錐に次々と光が吸い込まれ、多くの邪獣が中に出現する。

 それも小鬼のような弱々しい邪獣ではなく、ワイバーンやギガント系などの明らかに強そうな邪獣だらけ。


 彼らはただ生み出されただけではない。

 カプセルの回収が終了し、三角錐の下半分程度に邪獣が溜まった直後のこと。

 三角錐の下部が開き、凶悪な邪獣達が世界中に放たれた。 




 邪獣と言ってもキヨカのように戦い方にゲーム的な制限があるわけでも、異世界の武器でなければ攻撃が通じないわけでもない。防御力が弱い相手であれば銃弾で容易に倒せるし、鱗が硬くて防御力が高い場合も戦車による砲撃をぶち当てれば大ダメージを与えることが出来る。


 ただしそれは、頑張れば倒せるというだけのこと。

 世界が戦いの準備をする前に、一般人が蹂躙されて行く。


 大都市が襲われ密集した家屋が巨体に踏みつぶされ高熱のブレスによって消滅する。

 海の邪獣が漁船や輸送船を襲い為すすべなく沈没する。

 空飛ぶ邪獣が無防備な飛行機を撃墜する。


 単に大量の死者が出ただけではなく、社会インフラも壊滅状態。

 だからといって近くのスーパーやコンビニに買い占めに走ったら社会的混乱をもたらしたとして灰になってしまう。

 灰化とこの直接的な暴力のコンボにより、人々はようやく自分たちの置かれた立場が本当に死と隣り合わせだということを実感し始めていた。


 だがそれでもなお、人とは女神の言うように愚かである。

 まだどこかしら他人事のように感じている人も一定数いたのだ。


「こっちにはこなかったか……あっぶね」


 SNSで邪獣の侵攻方向を確認していたフランスの片田舎に住む男性は、邪獣達が自分の村に来ないことで安心していた。食料の不安はあるけれど、いずれ軍隊が奴らを倒して復旧するからそれまでちょっと我慢するだけだと考えている。


 その間に邪獣に襲われて命を失っている人がいることは気にしないフリをして。

 今は自分の命の方がずっと大事であり、他の人のことを考える余裕が無いのが当然であると自身を納得させて。


「ずっとSNS見てると気が滅入るな。散歩にでも行こうか」


 SNSは被害報告だらけ。

 そんな情報ばかりを見ていたら心がおかしくなってしまうと思った男性は気分転換に外に出ることにした。


 すると、隣の家に住むジェシーが同じく気分転換で庭の手入れをしていたので挨拶をする。


「エマさん。こんにちわ」

「ラファエルさん、こんにちわ。お散歩ですか?」

「はい。ちょっとそこら辺を。エマさんは庭を……というか頭のそれなんですか?」

「頭ですか?そういえばラファエルさんもついてますね」


 男性は彼女の頭の上に小さな数字が浮かんでいることに気付いた。

 どうやら男性の頭の上にも同じようなものが浮かんでいるらしい。


 慌てて家に戻り鏡で確認する。


「1061?いや増えてる」


 黒い星マークの隣に数字が書かれていて、そのカウントが徐々に増えている。これがカウントダウンであれば、0になったら死ぬなどという悪い想像が出来るのだが、カウントアップになっているため意味が分からない。


 とはいえ気持ち悪いことに変わりはない。

 男性は手でそれを取れないか触れてみた。




「きゃああああああああ!」


 そこは男性が見たことも無い街だった。

 フランスなのか海外なのかそれすらも分からない見知らぬ街。


 その街の住人は巨大な四つ足の獣の邪獣に襲われて必死に逃げ回っている。

 だが人間の足よりも遥かに素早い邪獣は瞬く間に追いつき、前足を一閃するだけで人間の体は木っ端みじんに弾け飛ぶ。人間の姿を僅かでも残していることすら邪獣にとって腹立たしいのか、人であったものを足で何度も強く踏みつけ地面にこすりつける。


「いやああああ死にたくなああああ!」

「誰かっ!誰かたすけぶっ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ!」


 どれだけ泣き叫んでも、どれだけ必死に逃げ回っても、邪獣に向けて謎の謝罪を繰り返しても、その全てを邪獣は容赦なく蹂躙する。


 執拗に人間だけを狙い殺戮の限りを尽くすその邪獣により街は壊滅状態となり、残されたのは血と肉辺がばらまかれている地獄のような土地であった。




「うええええええええ!」


 男性の脳裏に地獄の風景が浮かび、あまりのグロさに嘔吐した。

 人として存ることすら許されない程の無残な死を見せつけられたのだから当然だ。


「嫌だ、嫌だああああああああ。俺は悪くないいいいいいいい!」


 そして男性は残酷な事実を突き付けられた。

 人々を殺し尽くした邪獣の頭上には男と同じ黒い星マークと数字がカウントされていたのだ。

 その数字は人が肉片と化す度に増加する。


 つまり、男の頭上の数字の意味は、対応するマークの邪獣のキル数だったのだ。


 お前がカプセル邪獣を倒さなかったせいで、これだけの人が殺された。


 という女神からのメッセージ。


 女神は許さない。

 愚かであることを。

 命を懸けて努力している存在を無視して、自分は無関係であると、無関心であろうと居続けることを。


 世界は滅亡にまた一歩近づいた。

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