26. 【異】ボス戦(邪人イルバース) 後編
イルバースとの戦いは厳しい状況になっていた。
イルバースの攻撃は対処可能なものが多く、ゴーレムのような一撃必殺があるわけでもない。
だが、雑魚邪獣と偽魔石攻撃による手数が多く、キヨカ達は防戦一方となっていた。
守り重視でも辛うじて攻撃するタイミングはあるが、命中率60%が悪い方に働き中々攻撃があたらない。
「(まずい、まずい、まずい、まずい、このままじゃ押し切られちゃう!)」
焦るキヨカだが、出来る手段は限られている。
厄介な雑魚を優先して倒し、大技は防御し、なんとか合間に攻撃するしかない。
「ヒール!」
「領主様ありがとうございます!」
領主が的確にヒールをしていなかったならばすでに回復手段は尽きていたかもしれない。
そのくらいギリギリの状態だった。
「キヨカくん!そろそろサンダーのMPが尽きそうだ!」
「っ!仕方ない、私はまだWPが残っているから大技でスライムをたお」
「キヨちゃん!そうじゃないよ!」
サンダーが尽きたら物理攻撃でスライムを倒すしかない。幸いにもイルバースには攻撃が当たりにくいので『はじまりの技:断』は一度も使っておらず、WPは残っている。そのため強引に技をあててスライムを倒すよう方針変更をしようと思ったが、レオナが制止した。
「レオナちゃん!」
「ごめんね、もう大丈夫。体力の確認は任せて」
「うん!」
これで不安を抱えながら攻守を選択する必要は無くなった。
無駄な行動が減るためとても重要な変化だ。
「あと、セネールさんには通常攻撃を指示して。キヨちゃんは疾風を使うの」
「疾風!?あれって威力が小さいよ?」
「うん、でも当たらないよりはマシだよ!」
「……分かった!」
誰よりも速く行動するがゆえに威力が小さい技、疾風。
ここでそれを使う意図がキヨカには分からなかったが、信頼するレオナの言うことなら間違いない。
「あと、今の状況だとポトフちゃんにもある程度危険を犯してもらわなきゃダメだから覚悟して!」
「…………分かった!」
もしかしたら戦闘不能になるかもしれない。
そのニュアンスがこめられているが、それを否定できる状況ではない。
心優しいレオナがポトフを危険に晒す覚悟を決めたのなら、キヨカもその覚悟を受け止めるのみ。
「セネールさんは攻撃、ポトフちゃんはセネールさんを回復、私は疾風を使う」
「良いのか?ポトフくんはまだ体力が全快ではない。攻撃が向かったら……」
大ダメージという痛みを与えることになるかもしれない。
だがHPの量を考えると正しい選択だ。
仮にイルバースの攻撃が防御していないポトフに向かったとしても耐えられるHP量であり、次のターンに防御して素早さの高いセネールで回復すれば良い。この攻撃のチャンスでポトフの守りを優先してセネールを回復に回すのは勿体ないのだ。
後はポトフがダメージを受けるということをどう考えるかだ。
「信じる!」
レオナを、ポトフを、そして自分自身を。
「疾風!」
キヨカはイルバースに向かって素早く踏み込む。
疾風を放つのに必要なのは技術ではなく勇気だ。
迷いなく全力で踏み込み前進し、相手に攻撃をあてることだけを考えて動く。
イルバースが転移しようと構えるが、キヨカの強い意思が篭められた踏み込みに、転移の発動が間に合わない。
「ぬおおおおっ!」
剣を振り抜き、イルバースの脇腹に傷がつく。
「当たった……」
これまで何度も外していた攻撃が、綺麗に決まった。
というよりも、外す気配が感じられなかった。
「速さのわざ:疾風」
この技の威力は弱いが、誰よりも速く行動する
ステータス欄を見られる地球側ではその効果を把握できていたが、それをキヨカに直接伝えることはルール違反で出来ていなかった。
「やるじゃないかキヨカくん。僕も負けてられないな!」
「ぬううううっ!」
続くセネールの突きがイルバースの左肩にヒットする。
セネールは廃鉱山で手に入れた「命中の鉢巻き」を装備している。
キヨカ達のパラメータには「命中率」という項目は無い。
そのためこの装備の意味が入手時点では地球側でも分からなかった。
キヨカには必中攻撃があるからとりあえずセネールに装備させておこう、くらいの感覚だったのだ。
実はこの装備には二つの効果がある。
一つは、通常の邪獣相手の物理攻撃が必中となること。基本的にキヨカ達の攻撃は当たるのだが、極稀に回避されることがある。それを防ぐ効果だ。
そしてもう一つは、回避型の敵への物理攻撃命中率が上昇すること。イルバースのような命中率が低い相手と戦う場合、その命中率を補うことが出来るのだ。
地球側でも見えないイルバースへの命中率は、この装備により60%から80%へと上昇していた。
実際、レオナが復活する前もキヨカよりもセネールの方が多く攻撃を当てていた。だが、僅かな試行回数なのと80%にもかかわらず複数回外したことにより、装備の効果が気付かなかったのだ。
「ヒール!」
さらにポトフの積極的な活用も良い結果を生み出した。
レオナ復活前は回復役が落ちないようにという意味だけではなく、痛みを与えたくなくて大きなダメージが当たらないように調整していたが、それを諦めて積極的に回復行動をさせることで、キヨカ達の攻撃の回数が増えた。
結果、これまでとは比べ物にならないほどのダメージを積み重ねて行く。
「き、貴様らあああああああああ!」
余裕のあったイルバースの表情も、徐々に厳しいものへと変わって行く。
「疾風!」
そしてキヨカが何度目かの疾風を当てて額がざっくりと割れた時、イルバースに変化が訪れる。
「ぬぉおおおおおおおお!やられてなるものかああああああああ!」
キヨカ達の攻撃によりイルバースは全身が傷だらけで片方の羽がもげそうになっている。
その体を震わせて、イルバースが最後の手段に出る。
「キヨちゃん!瀕死状態だよ!気をつけて!」
「うん!」
強い邪獣は瀕死になるとパワーアップする。
イルバースはルール通りに最後の力を振り絞ってキヨカ達を倒さんと立ち向かってくる。
「来いいいいっ!」
雑魚邪獣が召喚される。
今回は四体。ベノムバットが二体いる。
「めんどくさいっ!」
「キヨちゃん!今までと同じようにまずは邪獣から処理だよ!」
雑魚は無視して本体を狙って速攻撃破を目指すか。
それとも猛攻を耐えながらチャンスをうかがうか。
おそらくはどちらも正しい。
今回は相手の出方を伺う方を選択した。
「これでどうだあああああああああ!」
偽魔石の数が2個増えて6個になっている。
このターン、領主が攻撃を選択したことで雑魚はレッドスライムのみになっているが、そいつと偽魔石を合わせると次のターンは7回攻撃となる。
「やることは変わらないよ!キヨちゃん!」
総ダメージは確かに増える。
だが、防御する以外に選択肢は無いのだ。
「死ねええええええええ!」
「きゃああああ!」
「うぬうううう!」
「っ!」
偽魔石の爆発により吹き飛ばされる三人。
「むううううっ!」
運が良いことに3個の偽魔石が領主に向かったため、キヨカたちはそれぞれ1撃だけで済んだ。
攻撃運は悪いが防御運は良いようだ。
「今度はこっちの番だよ!疾風!」
「ぐはああああっ!」
疾風でキヨカがイルバースに近づき、転移の隙など与えず残った羽を斬り落とす。
「サンダー!」
セネールは残っていたスライムを撃破。
「燃えろおおおおおおおお!」
怒り狂ったイルバースからファイアが飛んでくるが、威力がこれまでとは桁違いだ。
「きゃああああっ!」
先ほどの偽魔石の攻撃と合わせて、キヨカのHPが7割近く削られてしまう。
それならば次のターンのイルバースの攻撃を防ぐために防御して回復をと思ったが、イルバースの攻撃サイクルも変化していた。
「来いいいいいいいい!」
「そんな、もう!?」
これまでなら偽魔石攻撃の間に何回か単体攻撃が挟まれていたのだが、すぐさま雑魚邪獣を召喚してきたのだ。
今度はイモムシが2体。無視して糸を吐きかけられたらスタンして次のターンで偽魔石攻撃をもろに喰らってしまう。
「キヨちゃん、毒は無視するしかないよ。イモムシ優先撃破でポトフちゃんに回復してもらって。運が悪いとキヨちゃん死んじゃうから覚悟してね!」
HPが減っているキヨカに雑魚の攻撃が集中すると落ちる可能性はある。ただ、ベノムバット以外はキヨカの方が行動が早いので余程運が悪くなければ大丈夫だ。ゴーレムの時のような不運がなければ、だが。
「そんな覚悟はとっくに出来てるよ!」
「本当に死んじゃダメだよ?」
死ぬ覚悟は必要だが、だからといって死んで良いというわけではない。
「うん、そうだね。絶対に生き延びるよ!」
生きたいという気持ちを強く想ったからか、不運は起こらず回復は間に合った。
ただし領主が攻撃せずにヒールを選択したため、バットとスライムが残される。
「死いいいいねええええええええ!」
「きゃああああ」
「っ!」
「ぬううううう」
次のターン、再び6個の偽魔石が飛んでくる。
今度はキヨカ1、ポトフ3、セネール1、領主1と運が悪い。
バットの攻撃はキヨカ、スライムの攻撃は領主と分散した。
ポトフは防御していたにも関わらず、連続爆破により大きく後ろに吹き飛ばされた。
柔肌は血だらけで、可愛らしい顔は火傷と擦り傷だらけだ。
キヨカは奥歯を噛みしめて耐える。
ポトフが根を上げていないのに、ここで自分が取り乱してどうする、と。
三人ともHPが50%を切っている。
次のファイアで誰かが落ちてもおかしくない。
「キヨちゃん、ここで決めるよ!」
回復が間に合っていない。
このターンで全力で回復してもイルバースと雑魚に攻撃されHPが減った状態で次の雑魚召喚になる。そして新たな雑魚を処理しきれずにダメージが蓄積されてその次の偽魔石攻撃で全滅。
それを防ぐためには攻撃に出るしかない。
幸いにもイルバースは回避率が高い設定であるが故HPは少な目だ。瀕死状態になるまでに必要だったダメージ量を考えるとそれは明らか。それならばあと僅かで倒せるはずなのだ。
「ポトフちゃんに防御させて二人は攻撃ね」
「ポトフちゃんは回復じゃなくて良いの?」
「うん、防御!」
三人の誰かが防御無しで高威力ファイアを喰らったらHPが0になる可能性が高い。
また、素早さはイルバースよりもポトフの方が遅いため、ポトフに回復させようとすると誰かのHPが0になってしまう。
だがポトフを防御させ、そこに攻撃が飛んでくれば生き延びるかもしれない。
そうすれば次のターンに雑魚の攻撃の的としての役割がある。
当然ポトフは瀕死状態でボロボロになってしまうが。
「雑魚は無視してキヨちゃんは疾風、セネールさんにはサンダーを指示して!」
「多段突きとかじゃなくて良いの?」
「ダメ、多分さらに避けやすくなってる」
その予測は正しかった。
イルバースの短距離転移の速度が上昇しており、これまで60%だった命中率が20%にまで低下していた。装備補正があったとしても40%だ。この場面では確実に命中するサンダーの方が良いだろう。
「疾風!」
「サンダー!」
速攻2連撃。
キヨカの剣がイルバースの左腕を斬り落とし、セネールの雷撃がイルバースの体を貫いた。
だがまだイルバースは斃れない。
「まだだ!燃えつきろおおおおおおおお!」
「嫌っっっっ!」
ファイアは幸か不幸か防御していたポトフに命中する。
辛うじて耐えきったが、その後のベノムバットの攻撃を喰らったキヨカが毒に犯される。
壊滅間近、パーティーはボロボロだ。
「キヨカくん!」
「ぎぼじわるいげど大丈夫!」
もちろん回復などしている暇は無い。
「来おおおおおおおおい!これでトドメだああああああああ!」
そして補充される邪獣。
合計で4体を越えることが無かったのは幸いだが、4体だろうが6体だろうがここで倒さなければ負けがほぼ確定だ。
「キヨちゃん、決めて!」
「分かった!」
この技が無ければ手も足も出なかったであろう。
イルバースにとって相性が最悪だったその技で、止めを刺す!
「速さのわざ:疾風」
大量に並ぶ雑魚を無視して、体内の毒素も気にせずに力強くイルバースに向けて踏み込んだ。慌てて短距離転移をしようとするイルバースよりも早く、その剣を威力度外視でただ当てるだけに専念してコンパクトに振り下ろす。
そしてそれはまたしても必中の効果通りに命中し、イルバースの胴体から大量の血が溢れ出る。
「ぬおおおおおおおお!」
叫び、よがり、苦しみだすイルバース。
「そんな馬鹿なああああ!こんなひよっこどもにいいいい!」
モグラの邪獣を倒した時と同様に、イルバースの体から四方八方に光が漏れる。
「デドーさまああああああああ、申しわけええええええええ!」
ひときわ強烈な光を放ち、イルバースは雑魚邪獣ともども消え去った。
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