27. 【異】エピローグ

「街の英雄に乾杯!」

『かんぱーい!』


 クレイラの街の鉱山前の大広場。


 そこは多くの人と酒と料理で埋め尽くされていた。人々は何度もジョッキを鳴らし合いながら酒を飲み、奪い合うかの勢いで料理にがっついた。

 演奏家により、ド派手で元気になるような音楽が鳴り響き、魔石を活用した色とりどりの飾りがお祭り感を演出している。

 大通りでは数多くの出店がひしめき合うように出店しており、大道芸などの見世物もところかしこで見られる。


 街をあげての大宴会に人々は笑い、楽しみ、酔い、そして街の英雄を称え合った。


「楽しんでいるかい。キヨカさん、ポトフさん、セネールさん」

「領主様ああああ!助けてええええ!人がいつまで経っても途切れないのおおおお!」

「(もぐもぐ)」

「キヨカくん。これくらいで根を上げちゃあダメだよ。僕達は街の英雄なのだから」

「セネールはこういうの慣れてるでしょ!?」

「な、なな、なんのことかね……」


 街を救った英雄を見たい、話がしたい。

 そう思った人々が列を為して主役席にいる彼らのところに押し寄せてきていたのだ。


 可愛い可愛いと連呼されながら何も気にせず料理を食べ続けるポトフのような鋼メンタルがあるか、セネールのように似たような経験があれば捌くのは難しくは無いだろうが、キヨカは生真面目なタイプなので一人一人丁寧に対応しようとしてしまう。


 そのためいつまで経っても人が途切れず、料理を食べる時間も無く、精神的に疲労困憊となっていたのだ。


「はっはっはっ、キヨカさんは本当に良い娘だね。皆さんもうちょっと遠慮してあげなさい。このままじゃ英雄が倒れてしまうよ。邪人よりもクレイラの街の住人の方が怖いなんて思われたら嫌だろう?」

『あははははは』


 街の人もキヨカが困っているのを知っていて揶揄い半分で押し寄せ続けていた面もある。領主の言葉が良いきっかけとなり人の列が途切れ、ようやくキヨカはゆとりを持てるようになった。


「はぁ~疲れたぁ」

「ふふふ、お疲れキヨちゃん」

「レオナちゃ~ん、もふもふぅ」

「わっわっ」


 傍から見ていると空気に頬ずりしているような奇妙な光景だが、今のキヨカはそのことに気付かないくらい気疲れしていた。


「お姉ちゃん、あ~ん」

「ポトフちゃんありがとう!あ~ん!…………んーおいしい!それじゃあ私からもはい、あ~ん」

「あ~ん(もぐもぐ)」


 可愛いものを愛でて心を安らげる。


「よう、お嬢ちゃん楽しんでるかい」

「ゲンクさん!」


 鉱山組合のゲンクが挨拶にやってきた。

 これまではキヨカが人に囲まれていたので遠慮していたのだ。


 顔見知りで話をしても気疲れしない相手なのでキヨカはほっとする。


「ゲンクさんは楽しんで……いるようですね」

「おう、やっぱり祭りは最高だな!」


 すでに顔は真っ赤で気持ち良く酔いが回っているようだった。


「それにしても嬢ちゃん達がまさか街を救うことになるなんてなぁ。本当に助かったぜ。例のアレとかマジでヤバかったからな」

「どういたしまして。採掘は3日後から再開なんでしたっけ?」

「おう、念入りに安全確認するからな。再開したら今度こそ見に来てくれよ」

「はい、もちろんです!」


 ゲンクは鉱山組合の責任者であるため偽魔石の存在を知らされている。

 また、その偽魔石であるがイルバースを倒したためか全て消え去っていた。

 本来の魔石の出現予定は2日後。

 明日は鉱山内の安全確認、2日後の初日は魔石の安全確認、そして問題が無ければ3日後に採掘開始のスケジュールとなっている。


「特別に本物の魔石を採らせてやるから楽しみにしてな」

「一般人を中に入れて良いのですか?」


 採掘期間中は一般人を入れてはダメだったはずだ。


「そんなの責任者権限でどうとでもなるさ。むしろ街の英雄を案内したいって奴が多すぎるだろうから、どうやってあいつらを黙らせるかの方が大変だわ」

「もう、悪いことはダメですよ」

「おっとっと、これ以上ここに居たら叱られそうだぜ。というわけでまたな」

「はい、楽しんでくださいね」


 一歩間違えれば鉱山が閉山となってもおかしくなかった事態だ。そうしたらクレイラの街の主産業が死滅し、街の衰退は確実だった。言葉通りゲンクにとってキヨカ達は英雄なのだ。


 ゲンクが去った後、街の住人のお祭り騒ぎを眺めながらまったり食事をしていたら、見たことのある人物がやってきた。


「楽しんでいますか?」

「あなたは騎士団の……ええと……」

「ブレイザーと申します」


 イルバースを無事倒し、疲労により座り込んでいたキヨカ達を探しに来てくれたのが、このブレイザーという王都から来た騎士団の指揮官だ。領主と同い年くらいに見える渋い中年男性。この場の警備も兼ねて祭りに参加しているので戦闘装備姿であり、歴戦の戦士と言った風格がある。


 イルバース撃破時、騎士団が交戦していた交易路の邪獣の大半が突如消え去ったため、ブレイザーは無事な人員を集めて不自然な爆発が起きていたキヨカ達の方へ調査に来てくれた。へたり込んでいた4人を回収してキャンプまで連れて帰ってくれて、精神的にも肉体的にも疲れきっていたキヨカ達がぐっすり休んでいる間に魔動車で街まで運んでくれたのも彼らだった。


「騎士団を代表して挨拶に参りました」

「ご丁寧にありがとうございます。あの時探しに来てくれて助かりました」

「いえいえ、お礼を言うのはむしろこちらの方でございます。お陰様でこの街の住民を失わずに済みました」


 鉱山を、街を、ではなく『住民を』失わずに済んだ。

 それが一番であると、ブレイザーは言う。

 彼らが守るべきは政治でも経済でもなく、人である。

 彼の言葉はその信条が心の底まで根付いている証拠であろう。


「我々だけではなくクレイラの街在住の騎士団も大変感謝しております。お会いして頂けると彼らも喜びますので、お時間があるときにでもお願いできないでしょうか」

「こちらこそ!私達が安心して戦えたのは後ろに彼らが居てくれたからです。是非感謝の意を伝えたいと思います」


 お互いに感謝を伝え合い、ブレイザーはキヨカの元を離れる。


 すると領主が一つ気になったことをキヨカに質問する。


「キヨカさんは言葉遣いがとても丁寧ですがどこで覚えたのですか?」


 キヨカはこの世界ではスール村でずっと過ごしていた設定だ。

 村暮らしとは言え簡単な敬語くらいなら覚えていてもおかしくはないが、領主は話慣れている感じがしたのだ。


「う~ん、秘密です」


 地球での経験によるものなのだが、それを説明することは出来ないので誤魔化すしかなかった。


――――――


 料理を食べ終えて、ポトフやセネールと雑談したり、レオナやコメント欄から地球側の感想を教えて貰ったりと、穏やかな時間を過ごしていたら領主が再度話しかけて来た。


「キヨカさん、そろそろ装備を外しませんか?」

「装備をですか?別にこのままでも不自由してないですけど」


 キヨカ達はイルバースを倒した時の装備を着用して宴に参加している。それは彼女達が戦士であるということを強調するためであったが、街の多くの住人にその姿を見てもらい、すでにその役割は果たし終えていると言っても良い。


「まぁまぁそんなこと言わずに。実はキヨカさんのためにドレスを用意してあるんですよ。せっかくだから着てみたらどうですか?」

「ど、どど、ドレスぅ!?」

「キヨカさんは可愛いからきっと似合うと思うよ。街の人も可愛いキヨカさんの姿を見て大喜びするはず」

「な、ないないないない、私がそんなドレスだなんて可愛いだなんてないですう!」


 真っ赤になって断ろうとするキヨカ。

 その態度がセネールにとってどうにも気に入らない。


「キヨカくん!僕が美しいって褒めた時はそんなに動揺してなかったじゃないか!」


 出会った時に軽くあしらわれたことをセネールはまだ根に持っていた。

 小さい男である。


「だってセネールの言葉は嘘くさいし」

「嘘くさっ……!僕は本気で」

「ああうん、ありがとう」

「ぬおおおおおおおお!何故だああああああああ!」


 真っ赤であたふたしていたのに真顔になって否定するキヨカ。

 まさかの強烈な否定に頭を抱えるセネールだが、出会い時にチャラ男を演じようとしたのが運の尽きだった。この先どれだけキヨカを褒めても信じてもらえないかもしれない。


 一方、このままだと照れ屋なキヨカがドレスを着てくれないと思った領主は改めてキヨカの装備姿を眺める。


 顔立ちが可愛くて整っているキヨカは間違いなくドレスが似合う。

 そして装備の加工具合を見るからにおしゃれには拘りがあるタイプに見える。

 となると、口では断ろうとしているが、本当はドレスを着てみたい可能性が高い。


 キヨカのそのドレスへの憧れの気持ちを一押しする何かを領主は考えた。


「キヨカさん、実はあのドレス、スミカさんも着たことがあるんですよ」

「おね……姉がですか!」

「スミカさんがギガントトードを倒した時も今日と同じように宴会になってね。その時に今と同じように着てもらったんですよ。スミカさんはとっても似合っていたなぁ」

「(お姉ちゃんが……)」

「どうだろうか、そのドレスをキヨカさんも着てみないかい?」


 姉の話を使ってキヨカをその気にさせようと試みる領主。

 大好きな相手と同じことをやってみないかと言われれば、心がぐらついてもおかしくない。


 そしてキヨカはその領主の策略にハマってしまった。


「じゃ……じゃあちょっとだけなら」


 近くの鉱山組合の建物の中で既に着替えのスペースが用意されており、メイドさんに連れられてキヨカは一旦退場する。


 その後ろ姿を見ながらセネールが領主に尋ねる。


「領主様、スミカくんがドレスを着たというのは本当なのかい?」

「ああ本当だよ。ドレスを着たということはね」

「?」

「スミカさんはドレスに着替えた後、『これじゃあどこか心許ない』と言ってドレスの上から装備を着用しようとしたんだ。慌てて止めさせたけど、それなら嫌だってすぐにドレスを脱いでしまったよ」

「スミカくん……あなたと言う人は」


 つまりスミカはドレスを着たものの、それで人前に出たわけではないということだ。

 その事実を伝えずに半ば騙したような感じでキヨカにドレスを着させようとした領主の行動をセネールは疑問に思った。


「どうしてそこまでしてキヨカくんにドレスを着させようと?似合うのは間違いないが」

「キヨカさんは間違いなくこれから多くの人や国を助ける人物になるだろう。そうなれば今日のようなざっくばらんな騒ぐだけの宴会では無くて格式高い宴に招待されることもあるだろう」


 例えば舞踏会などもあり得る。


「あそこまで恥ずかしがるとその時に大変かと思ってね。少しでも慣れてもらいたかったのさ。もちろんドレス姿を見たいという気もあるけどね」


 領主が本当にキヨカのためを思っていたのか、それとも男の性で可愛い女の子の姿を見たかったのが本音なのか、それは分からない。




 街の人に甘やかされ続けているポトフをセネールが眺めていると、ざわりと群衆がどよめく声が聞こえた。その原因はもちろん鉱山組合から出て来たキヨカだ。


 薄いピンク色の布生地が幾重にも層を為し、嫌らしくない程度にレースが編み込まれており、全体が多少ふんわりとした印象があるドレスを纏っていた。外に出るからかドレスは裾を地面に引き摺るようなことはなく足首程度までの長さ。靴も純白のミュールに履き替えられており、指輪やネックレスや髪飾り、更にはドレスに合わせた化粧やネイルなど隅々まで手を抜かない完璧なコーディネートが為されていた。


 そして何よりも強烈なのが、その完璧なコーディネートにより可愛さが激増したキヨカが羞恥で真っ赤になってやや俯いているところ。


『(抱きしめてええええええええ!)』


 その場にいた男性諸君はあまりの可愛さに胸がドキドキしっぱなしであった。

 領主など舞踏会をやれば良かったと内心思っていた。領主はもちろん既婚である。


「あっ、あっ……あのっ……ど、どどっ、どうでしょう……か?」


 極めつけは、照れながら舌っ足らずで上目遣い。


「可愛いいいいいいいい!」

「かわっっっっっっっっ!」

「キヨカちゃああああああああん!」

「天使だ、天使がいるっ!」

「めちゃくちゃ甘やかしたーい!」

「撫でたい、めっちゃ撫でたいっ!」

「お姉ちゃんかわいい」

「キヨちゃん可愛い!キヨちゃん可愛い!キヨちゃん可愛い!」

『●REC』

『たすかる』

『人類の至宝』

『可愛すぎてマジヤバくね?』


 大広場もコメント欄もキヨカのあまりのあざとらし……可愛らしさに大混乱になった。


「ふえっ……ふええええええええ!」


 当然キヨカは四方八方から褒められまくり、すでに真っ赤な顔がさらに羞恥で染まるのであるが。


「うんうん、やっぱり想像してた通りキヨカさんはそのドレスが似合うよ。これなら呼んで正解だったかな」


 領主が仕掛けた罠はドレスを着せてキヨカを照れさせるだけではなく、まだ続きがあった。


「あらあら、あのキヨちゃんがこんなにおしとやかになるなんて」

「へぇ~馬子にも衣裳とは言ったもんだなぁ」

「この姿を見たら村の男共は放っておかなかっただろうねぇ」

「へ!?」


 大騒ぎになっている群衆の声の中に、キヨカが聞き慣れた声が混ざっていた。


「サリーさん!ガフさん!ケスリーさん!」


 その声の方を向くと、何名かのスール村の住人がキヨカを眺めていた。

 そしてその中には……


「やっぱり私達の娘は最高だわ!」

「流石俺達の娘だな。だが変な男にひっかからないと良いが……」


 キヨカの両親も含まれていた。

 スール村からクレイラの街まで魔動車で2時間。

 キヨカの晴れ舞台を故郷の人に見せるべく、領主が呼んだのである。


「い……いやああああああああ!」


 キヨカは羞恥に耐えきれずに鉱山組合の建物の中に戻ってしまった。


――――――――


 日が暮れたが宴は終わらない。

 だが主役のキヨカ達の拘束は終わっており、広場で騒いでいた人達は街中に分散する。そのため、広場が多少静かになった分、町全体の活気が更に上昇した感じになっている。


 キヨカは元の冒険スタイルの服装に戻り、ポトフ達と別れ、両親と一緒に広場の階段上から街を見下ろしていた。


 暗闇を照らす魔灯の元には、飽きることなく笑顔を浮かべて騒ぎ続ける人々の姿。


「みんなの笑顔を守れたようだな」

「うん」


 夜通し続けられた宴。

 これこそが、キヨカが父親との約束を守り切った証であった。

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