21. 【異】廃鉱山
「領主様、私達に出来ることはありますか?」
「キヨカさん……」
街と世界のピンチで錯乱しそうな領主を宥めるべく、キヨカは穏やかな声で自分に出来ることは無いかと確認する。緊急時だからこそ慌てず為すべきことをすべき。そのキヨカの心の強さを目の当たりにした領主は、冷静さを取り戻す。
「第一陣以外の魔石はまだ鉱山から持ち出されていないはず。騎士団に命じて採掘と持ち出しを禁止すれば、この出来損ないの偽魔石の存在が直ぐに明るみに出ることはないはずだ」
まだ時間は残されている。
領主から現状を聞いたキヨカとセネールは意見を出し合う。
「つまり今一番重要なのは、運び出された魔石が交易路で戦っている騎士団の元に辿り着く前に処分すること、だね」
「街の騎士団に早馬を出してもらうか?」
「う~ん、どうだろう。魔石を運んでいる人達も急いでるだろうし追いつくかな」
「……微妙なところだ。それはそれで念のため依頼しておくとして、僕達も動いた方が良さそうだな」
「私達が今居る場所は廃鉱山。ここは山脈をショートカットして交易路まで繋がっている」
「そして魔石を運ぶ魔動車は山脈を大きく迂回しなければならないから到着までまだ時間がかかるはずだ」
「急げば回り込める?」
「可能性はある」
「それならやるべきことは決まったね」
『廃鉱山を急いで脱出して私(僕)達が魔石を回収する』
声を揃えて自分のやるべきことを見極めたキヨカとセネール。
若者達の諦めない姿勢に領主は感激した。
「君たち……」
自分も負けてはいられないと、領主の目に活力が戻る。
「よし、街の騎士団にはその旨を連絡しておこう」
手紙を出していざ出発。
「私達が死んだら元も子もないから、急ぎながらも回復を怠らずに着実に進もう」
「(コクコク)」
「もちろんだ」
「うむ、肝に銘じよう」
廃鉱山の構造を知っている人はおらず、地図も無いためマッピングしながら慎重に進む。停止している魔灯は幸いにも魔石がまだ生きているらしく、稼働しながら先へ進んで行く。
ほどなくして、邪獣と遭遇する。
「コウモリ?クレイラの鉱山と同じのかな」
「いや、色が違う。注意して戦おう」
見た目は同じだが、言われてみるとほんのりと緑色だ。クレイラの鉱山のコウモリは灰色だった。
「はっ!」
セネールの短槍の一撃でコウモリは消滅する。
HPは灰色コウモリと同じくらいだ。
「相変わらず動きが早いっ!ってう゛え゛え゛え゛え゛」
素早さも攻撃力も同じ。
ただ一つ違っていたのは毒攻撃持ちだということ。
「ぎぼぢわるい。ポトフちゃん回復おねー」
「アンチドート!」
毒によるダメージは直接的な攻撃とは違って猛烈な気持ち悪さに襲われる。痛いのとは全く違った意味で辛いのだ。
「でもこれなら対処できない相手じゃないね」
「ああ。ポトフくんのMPに注意しながら進もう」
クレイラ鉱山では毒を使う敵がいなかったので毒消しアイテムが手持ちに残っているが、ここがどれほど広いのか分からない以上無駄には出来ない。回復の泉は毒すら治すため、いざとなったら回復せずに引き返すのも手だ。
「見たこと無い敵だ」
次に現れたのは赤いなめくじのような生物。なめくじといっても、キヨカの脛丈くらいまである大きさだが。
「スライムか!」
「かわいくな~い」
「(コクコク)」
キヨカはゲームのことを全く知らないが、それでも知っている地球では有名な敵、スライム。ゲームによっては凶悪な性能を誇るというかそれが普通。しかし、あるゲームの影響で序盤の雑魚としての印象がつけられてしまった敵である。その原因となった可愛らしい風貌のスライムのクッションをキヨカは持っている。
「スライムは魔法に弱い。サンダーを使うが良いか?」
「うん、お願い」
セネールのサンダーの一撃でスライムは消滅する。
「やあっ!」
一方、キヨカの斬りつけにはあまり手ごたえが感じられない。
「斬ったところが元に戻ってる。これ効いてるのかな?」
「斬撃でも繰り返せば倒せるが、効きが悪いから回数が必要だな」
スライムの攻撃は体当たりでは無く、地面から土を吸収して固めたものを勢い良く飛ばしてくる方法であった。こちらもダメージは大きくない。
「う~ん、セネールのMP管理もしなきゃだね。結構めんどくさい」
本来であればそのあたりの細かい管理とアドバイスをしてくれるのはレオナだ。だがそのレオナは続けざまのキヨカのピンチに心が折れ、背中に抱き着いたままシクシクと泣き続けている。
「(レオナはまだ時間が必要だよね。移動中だけしか見る余裕無いけどコメント見るかな)」
そのため、邪気の中では安全のため見ないようにしていた配信コメントからアドバイスを貰うことにした。
「私、しばらくの間索敵するの難しいから二人ともお願いできる?」
「うん?分かった」
「(コクコク)」
二人とも、キヨカの奇妙なお願いを深く突っ込まずに受け入れてくれた。
キヨカはオススメコメントを見ながら小声で探索方針を相談する。
マッピングの重要性、宝箱を見落とさないように気をつけること、何故か領主のダメージは無視して良いことなど様々な情報が得られる。
「ここは行き止まりか……引き返そう」
「待って!」
通路が行き止まりで引き返そうとするセネールをキヨカが引き留める。
「宝箱があるよ」
「宝箱?なんだいそれは」
「ほら、そこに置いてある大きな箱」
「箱?どこにあるのかい?」
「え?」
目に入らなくすることの方が難しいくらい堂々とど真ん中に置いてある存在感のある箱。それが見えないわけが無い。
「ほら、これだよ、これ」
「僕にはキヨカくんが何もないところを叩いているようにしか見えないが……」
宝箱の上部を手で軽く叩いているが、本当にセネールには見えていないようだ。
領主にも確認するが同じだった。
「ポトフちゃんは?」
「(コクコク)」
どうやらポトフには見えているようだ。
「(私とポトフちゃんにしか見えない?これも女神様関連なのかな)」
宝箱もレオナと似たような存在なのかと想像する。
配信コメントを見ると、キヨカと同意見で占められていた。
「まぁいいや。開けよう」
宝箱を開けて中に入っている物を取り出す。
「短剣?」
「それ今どこから出したのかい?」
セネールの目には、短剣が突然キヨカの手の上に出現したように見えていた。
「だからここに宝箱があってその中から取り出したの。どうも私にしか見えないらしいけど」
「なんということだ……」
信じがたいことだが、実際に目の前で突然物体が出現したのだから、信じざるを得ない。
「そうだ!このタイミングなら信じてもらえるかな」
「まだ何かあるのかい!?」
見えないモノが存在する、ということを理解して貰えたならレオナの存在を話しても変に思われないかもしれない。
「実は私の近くに、レオナっていう親友がいるの。金色のウサギなんだけど、実はこれまでも彼女にアドバイス貰ってたんだ」
「…………つまりそのレオナくんも、僕達には見えないということなんだね?」
「うん、スール村の人も見えてなかったし父も母も見えてなかったから、多分私とポトフちゃん以外は見えないんじゃないかな」
「ポトフくんも見えるのかい?」
「う~ん、まぁ、何故か」
ポトフをこんな危険なところまで連れてくるのだから普通では無い何かがあるとセネールは思っていたが、どうやらその想像は正しく、キヨカやポトフにはセネールの知らない何か重要な秘密が隠されていると確信した。ぼかしているのでそれを説明する気は無いようだが、セネールも隠していることがあるので無理に聞き出そうとはしない。
「そっか……うん、レオナくん、見えないけどよろしくな」
「今はちょっと返事出来ないから、後でまた挨拶してあげてね」
「何かあったのかい?」
「私が色々アレになっちゃてショックで……」
「ああ、それは私も気になってたところだよ。『大丈夫』なのかい?」
それは戦闘不能になった時のこと。
死に近い状態になったにもかかわらず、こうして普通に活動出来ていることがセネールには不思議であった。
「戦闘不能になったショックで心に傷を負って戦えなくなる人が多いんだ。キヨカくんもそうなるんじゃないかと心配していたんだが」
むしろあの死体同然の姿を見たセネールの方がトラウマになりそうなくらいだった。
「う~ん……あの状態よりもむしろあの攻撃を喰らった時のことを思い出す方がちょっと怖いかな。凄い痛かったから」
凄い痛かった、で済むレベルでは無いとは思うが、キヨカは普段のダメージの延長線上で考えているようだ。
「あの状態の時はあまり不安に感じなかったよ。体の痛みとか無くて、意識が天井近くにあって皆を見下ろすような感じ。倒れている私の所にセネールが走って来るのと、ポトフちゃんが回復魔法を詠唱するのが見えたから、すぐに治るって思えて安心してた。あれが絶望的な状況だったらまた違った風に感じたのかな」
半分夢を見ているような感じだった。
「むしろ復活した直後の方が大変だったよ。全然体が動かないんだもん。でもあの状況でもすぐに動けるようにならないとだね。自分で回復しなきゃダメな時が来るかもだし」
復活直後は本来はまともに体を動かせるような状態では無いだろうが、キヨカには分からないHP1という表現上、まだ戦えるということでもある。あの時は同一ターン内に回復していたが、もしかしたらHP1でも次のターンになると動けるのかもしれない。もちろん、全身が尋常ではない痛みに苛まれているだろうが。
「ーー!ーー!ーー!ーー!」
レオナがばんばんと背中を叩いている。無茶するキヨカに抗議しているのだろう。だが、やらなければならないことだと覚悟しているキヨカはその抗議をスルーする。
「暗い話はこのくらいにしよ。それよりこの短剣だけど誰か装備できる?」
宝箱から入手した短剣をセネールに手渡す。キヨカは短剣の扱いは苦手なのだ。
「僕も短剣は装備できない。だがこれはそもそも装飾品のようだよ。刃も潰されているし」
「そうなの?」
確かに戦闘用とは違って持ち手や鞘の部分に過度な装飾がなされている。
「店に売ればそれなりの金額で引き取ってくれそうだね」
「なら持ち帰ろっか」
短剣を金策に活用することにしたキヨカ達は廃鉱山の探索を再開する。
その後見つけた宝箱からは、ポーション3個、リバイブの石1個、毒消し2個、命中の鉢巻き1個を発見。命中の鉢巻きは命中率を上げるアクセサリー扱いの装備だが、そもそもこのゲームには命中率の項目が無いのに何故こんな装備があるのかコメント欄は不思議がっていた。
そして、何度か回復の泉に戻り探索した結果、ついに出口に辿り着いた。
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