20. 【異】罠
「……ん……ちゃん!」
「……んん」
朦朧とする意識の中、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。
必死で、涙声で、馴染みのあるその声は、つい先ほどまで聞き続けていた声だ。
「キヨちゃん!」
「れおな……ちゃん?」
レオナの呼び声により、キヨカは目を覚ます。
「ここは……」
辺りは暗く、全く見えない。
「良かった……キヨちゃん……良かった……」
上体を起こしたキヨカの胸にレオナが飛び込んで来て泣きじゃくる。
彼女から何が起きたのかを確認するのは難しそうだ。
「そうだ!みんなは!」
ゴーレムとの戦いを終えて、足元が崩れ落ちて落下したのは覚えている。落下中に分岐していなければ、皆も近くに居るはずだ。怪我をしていないかどうかだけでも確認したいところ。
「みんな!大丈夫!?」
慌てて声を挙げて確認すると、足の付近からポトフの返事があり、少し遠くから領主の声が聞こる。
「ん」
「私は大丈夫。ちょっと待っててくれ、恐らくこれが……」
右足に温もりが感じられるのでポトフが傍にいるのだろう。
領主は何か作業をしているようで、しばらくすると灯りがついた。
「まぶしっ……」
「おっと申し訳ない」
眩しさに目を慣らしてから周囲を確認する。
どうやらここは鉱山のどこかで、領主は近くの魔灯を起動したようだ。
「う……なんだ……?」
「セネール!」
灯りがついたことに反応してセネールも気が付いた。
「皆大丈夫みたいだね」
「ぶじ」
「ああ、つつ……酷い目にあったな」
「どうやらここは廃鉱山のようだね」
領主は辺りを調べながら言う。
「廃鉱山ですか?」
「ああ、とある事情により放棄された鉱山だね。街から掘り進めている間に近づいてしまったんだろう」
それがゴーレムとの戦いの余波で地盤が弱いところが崩壊し、ここまで転がり落ちてしまったと。
「どうしましょうか?」
「落ちてきた穴は坂になってはいるがちょっと高すぎるか。先が見えない」
「相当長い間落ちましたもんね」
竪穴では無いが、傾斜がかなり急な個所もあるため、無理して登るのは危険だ。
「となると普通に出口を目指すしかない訳か……」
「何か不都合でもあるのでしょうか?」
元々鉱山であったというのなら、崩落などして無い限りは出口までの道があるはずだ。
「ここが廃鉱山になった原因なんだが……それ、なんだと思う?」
領主が指さした先にあったのは水溜り、いや、泉だ。
「回復の泉!?ということはまさか!」
「なんということだ……」
キヨカとセネールが周囲をよく観察すると、うっすらと邪気の存在が感じられる。
「この鉱山の入り口は元々交易路の近くにあってね。街からは遠いけど昔は良く使っていたのさ。でも交易路の付近で邪気が発生するようになって、危険だから放棄した。恐らくはその邪気が少しずつ時間をかけて拡大し、廃鉱山の中まで流れ込んでしまったっのだろう」
本来であれば邪気は人の手が入っていないところに発生する。そのため鉱山の中まで広がることは無かったのだが、鉱山を放置してしばらく人の手が入らなくなったことで、邪気が中まで入り込んでしまった。
「ということは、邪獣を倒しながら脱出ってことですね」
「そういうことだね。危なかったら籠城するしかないが」
「籠城するって言っても、助けが来ないですよ」
「いや、騎士団に連絡する方法があるのさ。ただそれだと助けが来るのがいつになるか分からないからね。自力で脱出出来るならそうするに越したことは無いかな」
これ以上騎士団に負担はかけられない、という領主としての思惑もある。
「君たちには苦労をかけてしまい申し訳ない」
「そんなことありませんよ」
「お気になさらずに」
「ぶい」
廃鉱山の脱出が決まった。
セネールと一緒に準備をする。
「問題はアイテムの数が心許ない事かなぁ」
「ゴーレム戦で結構使ってしまったからな」
「この泉までこまめに戻って回復するしか無いかな」
「ポトフくんの活躍に期待だね」
「まかせて」
そういえば、とキヨカはポケットに入れておいた魔石のことを思い出す。
「そういえばこれ、持ってきちゃったんけどポトフちゃんやセネールの魔力回復に使えない?」
「残念だが、それは出来ない」
「そうなの?」
「魔石から魔力を取り出して人間の体に取り込むには専用の道具が必要なんだ」
魔石単体では単なる燃料。それを取り出して他の何かに注入する際は、注入先に合わせた加工が必要だとのこと。
「ふ~ん、じゃあ使えないのか。もったいない」
「弱体化はするが魔石に魔法を溜めておいて好きな時に発動する、といった使い方もあるがこの純度と大きさだとどうだろうか……」
セネールは魔石を受け取り試しに魔力を篭めてみた。
「……ん、な、なんだ、何が起きてるんだ!?」
「セネールさん、ソレを捨てたまえ!」
突如猛烈に光り出した魔石を投げ捨てると、小さな爆発を起こして消滅した。
「おおーこれなら攻撃にも使えそうですね」
キヨカは呑気な感想を抱いたが、セネールと領主はそうではなかった。
「どういうことだ。魔石が爆発するなんて僕は聞いた事が無いよ」
「……まさか!」
「領主様?」
領主は慌てて内ポケットから紙とペンを取り出し、平らな石を探してその上で何かを殴り書きにする。そして小さなネズミの人形を取り出して紙を口に咥えさせると、ネズミはキヨカ達が落ちて来た穴を登って行く。
「何かの間違いだと良いのだが……」
領主が何かを気にしているため出発は取りやめ。30分ほど待って体を休めていると、穴からネズミが戻って来た。口には新たな紙が咥えられている。先ほど領主が言っていた騎士団とやりとりが出来る、というのはこういうことなのだろう。
邪気が消えた鉱山に騎士団が入り、最奥の穴を見つけ、人が入らないように監視する。そこにネズミがやってきて、やり取りするといった流れだ。
「なんということだ!まずい!」
帰って来た手紙を読んだ領主は頭を抱えて蹲ってしまう。
「何があったんですか!?」
キヨカの質問に、領主は青ざめた顔を上げて応える。
「先ほどセネールさんが魔石に魔力を篭めて爆発したのが気になって、騎士団の皆に他の魔石でも起こるかどうか確認してもらったんだ。そうしたらどの魔石も同じような反応をした。しかも魔力の注入だけでなく正しい魔力の取り出し方をしても、魔道具に装着しても必ず爆発する」
「つまり不良品だったってことですか?もしかして早く魔石が採れるようになったっていうのが理由だったりして?」
「おそらくキヨカさんの言う通りだろう。時間が無いからと言って確認を怠った私のミスだ」
となると今回の魔石は使えないということになる。
「それじゃあ騎士団の方に使わないように言った方が良いですね」
そのキヨカの当然の言葉に、領主は首を振った。
「もう遅い。すでに大量の魔石が街を出ている」
「え?」
「交易路で戦っている騎士団のために、数万個の魔石を運び出しているんだ!」
「それって!」
「まずいぞ!」
邪獣と戦っている彼らの元に届いた燃料が全て不良品。しかも爆発するとなれば怪我人続出で邪獣退治どころではなくなる。
「領主様!それはまさか!」
ようやくまずい事態だということが分かって来たキヨカとは違い、魔石に詳しいセネールはそれ以外の問題にも気付いていた。
「魔石は大きな荷台のある魔動車に詰めて運んであるはずです。それが騎士団の元に辿り着いた瞬間にどこからか魔法でも飛んで来たりしたら……」
「全ての魔石が誘爆して大爆発。騎士団は壊滅するだろう」
「……」
多くの人命が失われ、解き放たれた邪獣達は近くの街を襲い更に被害は広がるだろう。
「問題はクレイラ周辺や騎士団だけには収まらない。魔石が爆発するかもしれないと世界中に知れ渡ったら、今後魔石を自由に使うことを躊躇してしまう。今のこの世界は魔石を活用したエネルギーが必須だ。それが安全でないという噂が流れたら大混乱だ!」
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