22. 【地】ガチャガチャ2

 日本で人が死ぬ瞬間を目撃する可能性はどれだけあるだろうか。


 不慮の事故への遭遇はもちろんのこと、余命僅かな老人が家族に看取られて死を迎えることすら多忙な現代社会では多くないのかもしれない。


 一方、ドラマやアニメによる疑似的な死の演出は山ほど溢れかえっているが。


 キヨカの戦闘不能。


 それは世界的な大混乱を引き起こした。

 人類が全て灰になるのだと恐怖し、錯乱した者も多かった。

 また、可愛らしい女の子が死に絶えようとしている瞬間を目の当たりにして単に思考がフリーズした人も多かった。


 画面に映る赤文字と化したHP0の表記。

 そのおどろおどろしさが、死という概念を端的に物語り、途轍もない恐怖感を演出していた。


 それでもなお、殆どの人間は変わることが出来ない。

 それが人間が抱えた業であり、女神が指摘した愚かさの一端でもある。


 だが、人は変われないが、環境によって隠されていた性質が表に出ることはある。

 

 キヨカちゃん見守り隊 No.1、里見遥はそのタイプの人間であった。


――――――――


 配信画面の向こうでキヨカが死にかけている姿を見て、遥の思考は長い間フリーズしていた。


 気が付いたらキヨカ達は廃鉱山の中を探索しており、それまでの記憶がすっぽりと抜け落ちていた。


 それほどまでにショックだったのだ。

 いつも明るくて楽しそうに異世界生活を楽しんでいるキヨカが、辛い戦闘でも決して挫けずに前を向き続けるキヨカが、直ぐに照れて真っ赤になる年頃の女の子のキヨカが、物言わぬ躯と化そうとしていた。


 何故、彼女が酷い目に合わなければならないのか。

 何故、自分は彼女を手助けすることが出来ないのか。


 時間をかけて冷静になった遥は、キッチンの方を振り返る。

 そこに放置してあるカプセルを意識して。


 掲示板を確認すると、遥と同じようにキヨカのためにカプセル邪獣と戦うことを決意した人が多かった。自分が書き込みをしていない間に、スレ住民が順番に戦うと決めていた。


 だが――――


340:330

 ごめん、やっぱり怖くて開けられない。

 まだ時間がかかりそうだわ

 先に出来る人居たらやってくれ


 決意したものの、行動出来ている人はいなかった。


「キヨカちゃん……」


 遥は決意する。

 この汚らわしい命をキヨカのために使おうと。


 だが無策のままでは恐らくスレ住民と同じで恐怖に支配されて戦うことなど出来ないだろう。


 遥は考えた。


 何が自分を突き動かそうとしているのか、その原動力となるものを。

 邪獣の恐怖を打ち破りたいと思える程の理由となるものを。


「くっ……でもやるしかない!」


 遥は準備をして外に出る。


――――――――


 遥が向かったのは近所にある大きな公園。

 木々が多く植えられており、近隣の住民の散歩コースや子供の遊び場として親しまれていた。灰化前は老害とのいざこざもあったが、一般住民の声が大きかったため平和な公園であった。

 しかしこの公園も人との出会いの危険性が高いということで、今では閑散としていた。引きこもって楽しいことが全く無い現状に心が耐えられなくなった人が、時々気分転換に散歩に来るくらいだ。


 そんな公園に遥がやってきたのは、ネット上のVSガチャ邪獣アドバイスを参考にしたからだ。


 ガチャ邪獣と戦う際は、自分を中心とした半径5メートルくらいにドーム状の透明なシールドが張られて誰も入れなくなる。近くに人が居た場合は押し出される。自分が今立っている場所がバトルフィールドになるので、足場が悪いところは避けること。

 遥の部屋は片付いておらず足場が悪いため公園に向かったのだ。


 服装は動きやすいジャージ姿。

 手には金属バット。


 防御力が皆無だが、プロテクターなど買える場所も分からないし揃えている時間が無い。

 廃鉱山を探索中のキヨカ達がいつボスに出会うか分からないのだから。


 ネット民いわく、先制してバットで殴り続ければ被ダメ〇で簡単に勝てる相手らしいので、それを信じることにした。


 遥が公園に入ると、不運にも散歩している30代くらいの女性と出会ってしまった。このご時世でも散歩しなければならないほど追い詰められていた人なのだろう。


「こんにちわ」


 女性が遥に向けて挨拶して来た。

 ジャージでバットを持っている明らかな不審人物相手ではあるが、挨拶しなければマナー違反として灰になるとでも思ったのかもしれない。


「こ、ここ、こんにちわ」


 どもりながらも遥はなんとか言葉を返す。


 そのまますれ違うところだったが、遥は思った。


 これからここで邪獣と戦うけれど、もし自分が負けたらその邪獣はどうなるのだろうか、と。

 消えて無くなるのなら良いけれど、そうでなくて解き放たれるのだとしたらこの女性が危険かもしれない。

 だから離れるように言わなければならない。


 命にかかわること故、男は勇気を出してその女性に話しかけた。


「あ、あああのっ、ここ危険になるから離れて下さい」

「え?わ、分かりました」


 女性は遥の言葉を不思議に思ったが、手にしていた金属バットとポケットから取り出したカプセルを見て状況を把握した。


「が、頑張ってくださいね!」

「あ、ああ、ありがとう」


 女性はそそくさとその場を後にする。

 姿が見えなくなってから、遥は公園内の広場に向かう。

 平日であっても母子の声が多少なりともするはずのその広場は、誰もいなかった。


「よ、よしっ……やるぞっ!」


 手が震える。

 カプセルから感じられる禍々しさが、自分の本能に命の危機を訴えかけてくる。

 遥はその場で立ち尽くし、カプセルを開けることが出来なくなってしまう。


 そうなることは分かっていた。

 だからこそ、前に進むための武器を用意してきたのだ。


 ポケットから1枚の紙を取り出す。

 コンビニで印刷して来たある画像だ。


「うっ……キヨカちゃんっ……」


 そこに映されていたのは、戦闘不能になったキヨカの姿。

 配信は過去の場面も見られるようになっているため、該当場所まで戻って画面をキャプチャしたのだ。


 自分が恐怖に負けそうになった時、それを塗りつぶす意思の力を手にするために。

 キヨカの死の回避のためにやるべきことをやりたいと強く願うために。


「うおおおおおおおお!」


 遥はキヨカの幸せを願う強い想いを勇気と変えて、カプセルを開けた。


 情報通りに自分を中心にドーム状の透明な壁が作られ、自分より3メートルほど前方に邪獣が出現する。


 緑色の肌に醜悪な瞳、額に生えている小さな角。

 サイズは小学校低学年くらいで、体つきはやや貧相。

 手にはこん棒のようなものを持っている。


 弱そうな見た目に反して、邪獣から感じられる禍々しさはカプセルに閉じ込められていた時の上を行く。足が竦み、動けない間にこん棒で殴り殺されてしまいそうだ。


 遥はネット上での意見をちゃんと覚えていた。


『カプセルを開ける勇気があるなら、それが消える前にその手に持つものをぶつけろ。躊躇したら終わりだ』


 心に熱が残っている今のうちに、遥は手に持つ金属バットを振りかぶった。


「うわああああああああ!」


 ぐしゃり


 嫌な感触がバットを通じて伝わって来る。

 だが手を止めてはならない。

 止まったら恐らく再起動できない。


 余計なことは考えず、ただバットを振り下ろすことだけを考えろ。


「うわああああああああ!」


 ぐしゃり


「うわああああああああ!」


 ぐしゃ


「うわああああああああ!」


 ぐしゃ


「うわああああああああ!」


 カツン


 何度か殴ると手ごたえが変わる。

 どうやら地面を叩いてしまったようだ。


 邪獣が避けたのか、それとも自分が外してしまったのか。


 怖くてまともに邪獣を見ることが出来ない遥は、目を瞑りながらバットを横に縦に斜めに振り続ける


「うわああああああああ!」

「うわああああああああ!」

「うわああああああああ!」

「うわああああああああ!」


 不気味な感触が感じられない。

 小鬼は離れてしまったのか。


「もう止めて!倒したから!」


 ふと、女性の声が聞こえてくる。

 もう小鬼は倒されたのだとその声は言うが、興奮中の遥は止まらない。


「お願い!止めて!」


 止まらない遥に、女性は何度も何度も声をかけてくれる。

 その甲斐あってか、それとも遥の体力が尽きたのか、ついに遥の動きが止まる。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 地面に膝をつき興奮を抑えるように息を整える。

 落ち着いてくると、邪獣もドームも消えていることを理解すると同時に、生物を殴り殺した感触が蘇って来た。


「うえっおええええええええ!」

「大丈夫!?」


 離れて見ていた女性が慌てて遥に駆け寄り介抱する。

 辛そうにしている遥を放置したら灰になると思ったから、ではない。純粋に遥のことをなんとかしなくてはと感じたからだ。


 この女性、遥が公園に入る時にすれ違った人。

 遥のことが気になり引き返してきたのだ。


 遥の戦いは最初から見ていた。


 酷い見た目で最底辺の雰囲気を醸し出している遥を、この女性は本能的に下に見ていた。平時であれば近寄りたくなり種類の人間だろう。

 だがそんな最底辺と見下していた男性が心から辛そうな表情を浮かべて邪獣との戦いに挑んでいた。自分はやろうとすら思えなかった命をかけた戦いをやっていた。


 クズ人間と見下してしまった人間がどうしてこんなことが出来るのか、分からなかった。

 ゆえに聞いた。


「なんでこんなことを……」


 答えが欲しかったわけでは無い。

 純粋に疑問に思いつい口から零れてしまったのだ。


「だって……キヨカちゃんっ……死んで欲しくないっ……あんなの可哀想だっ……」

「えっ!あなた彼女の知り合いなの?」


 遥は弱々しく首を横に振る。


 女性は衝撃に打ちのめされた。


 遥は見ず知らずの女の子相手に命をかけていたのだ。

 自分が灰になるのが嫌だからではなく、キヨカが死ぬのが嫌だからと、遥はそう言ったのだ。


 これを重すぎる愛と捉えるだろうか。

 悪質なストーカーの一種だと捉えるだろうか。


 平時であればこの女性もそう思ったかもしれない。遥の強い想いを気持ち悪いと断罪していたかもしれない。


 だが彼女は知っている。

 人類は愚かであると女神から指摘されていることを。

 他人を想えない人間が灰になっているという事実を。


 ゆえに、遥の他人を想う心を決してマイナスの意味で捉えてはならないのだと、知っていた。


 人を想うことの強さを知ったこの女性は、この絶望的な世界でも灰にならずに生き抜くことが出来るかもしれない。




364:キヨカちゃん見守り隊 No.1

 倒した

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