16. 【異】闇のクリスタルとゴーレム 前編

「なに……あれ……」


 鉱山の最奥、そこには以前来たときには無かった謎の物体が浮いていた。


「まさかあれもクリスタルなのか?」


 セネールの言う通り、形はブルークリスタルにそっくりだ。

 ただ、高さが1メートルはあり、深い闇のような不快な色だが。


「……ぐっ」

「見つけた!」


 最後の鉱夫を発見し、負傷していた腕を領主のポーションで治療する。

 落ち着いたところで謎のクリスタルについて聞いてみる。


「あれは何なのですか?」

「分からん。魔石を掘っていたら突然地面が揺れて、気付いたらアレがあったんだ。しかもアレから邪気が発生したんだぜ。目を疑ったよ」

「そんな馬鹿な!邪気の発生源があるだと!?」


 驚く領主。

 何故ならこれまで邪気の発生理由は明らかにされていなかったからだ。

 クレイラ大平原の邪気フィールドも隅々まで何度も調査したが、このようなクリスタルがあるなんて話は聞いたことも無い。


「外の邪気溜まりとは違うということか……?」


 人が住んでいるところの近くに邪気が発生したということはこれまで起きたことが無かった。偶然かもしれないが、いずれも人の手があまり入っていない場所に発生していたので、そういうものだと考えられていた。


 だが今回は明らかに違う。場所も、クリスタルの存在も。


 謎は深まるが、まずは鉱夫を脱出させるのが優先だ。

 ついでに自分達もトロッコに乗って脱出し、後で騎士団と一緒にこのクリスタルを調査しようという話に決まったのだが。


「なんだ、何が起こっている!?」

「トロッコを出発させて!」

「分かった!」


 突如クリスタルが激しく明滅する。

 放置するわけにもいかず、鉱夫だけでも脱出させるべくトロッコを出発させた。


「みんな構えて!」


 何が起きても良いように警戒を怠らない。


 闇色のクリスタルが一際大きな闇の光を発すると大量の邪気が噴出し、それが収まった時にはクリスタルが消えていた。


 代わりに一匹の邪獣を残して。


「ゴーレムだって!?」

「セネール、どんな相手なの?」

「自立式の土人形だ!複雑な動きは出来ないから殴る蹴るが攻撃手段。あの大きさなら早さは無いが力は結構あるぞ」


 高さが二メートル少々の人型の土人形。

 表面はややデコボコしており、石も混じっている。

 かなり厚みがあり、巨腕での攻撃を受けたら大きなダメージを受けそうだ。


「来るよ!みんな守備重視で!」

『了解! (コクコク)』


 まずはセネールが先制、このメンバーの中では先制の確率が高い。


「サンダー!」


 コウモリとは比較にならないほど大きな巨体にも電撃が全身に纏わりつく。

 どうやら魔法の効果は敵の大きさに左右されないようだ。

 サンダーの効果で体の表面がボロボロと崩れ落ちる。


「効いてる?」

「それなりに、かな!」


 領主が追って一撃をゴーレムの右肩に叩きつけると、当たった箇所がまた少し崩れる。


「私もやるよ!」


『はじまりの技:断』


 最も攻撃力の高い上段斬りで畳みかける。

 今度は直撃した脳天が少し崩れる。


「ぐうぉおおおおおお!」


 どこに口があるのかも分からないゴーレムが唸り声を上げて反撃する。右腕を振りかぶり、キヨカに向けて上から力任せに振り下ろす。


「きゃああああああああっ!」


 盾で直撃は防いだものの後ろに大きく吹き飛ばされる。

 モグラの邪獣戦以来の強烈なダメージだ。


「(!)」


 ポトフはキヨカを回復したいが、このターンは防御を選択した扱いになっていて行動は出来ない。


「っつー、うわぁ久しぶりに真っ赤だ」


 肌が露出している部分が血だらけだ。

 地面にバウンドした際に傷ついたものなので、その傷自体は大したことは無い。

 それよりもまだ痺れるような痛みが全身を暴れ回っていて、久しぶりの激しい痛みに顔を顰める。


「レオナちゃん!どんな感じ?」

『?』


 セネールと領主にはレオナのことを伝えていなかったので、突然知らない名前が出て来たことを不思議に思う。事前に説明しておけば良かったと後悔するが、今はそんな時間は無い。


「まだ体力半分以上は残ってるけど……無理はしないでね!」

「りょーかい!危なかったらすぐ言ってね!」


 戦闘中はコメントを見ている余裕がない。レオナの指示が命綱だ。


「私は防御するから回復をっ……」


 ちらりとポトフに目をやる。


 もしここでポトフが回復魔法を使ったタイミングでゴーレムが攻撃したら。


 これまでのような雑魚相手とは違う、とてつもないダメージをポトフが味わうことになる。たった今自分が味わったこれと同じものを、だ。


 そう思うと指示が出来なかった。


「やっぱりセネールのアイテムで……」

「わたしがやるっ!」


 強い口調でキヨカの判断に異を唱えるポトフ。


「相手の体力分からない。攻撃ゆるめちゃダメ!」


 ポトフの主張は正しい。

 ここでセネールが回復を担当し、キヨカとポトフが防御し、領主が攻撃してくれなければ、このターンは誰も攻撃をしないことになる。


 安全ではあるが、相手にダメージを与えられずに回復アイテムだけ消費させられるのはまずい。次にセネールが攻撃を受けたら、今度は回復をキヨカが担当して、というようにジリ貧になるだけ。領主はあくまでもサポート担当なので、自分達で確実にダメージを与えるにはポトフに回復してもらうのが自然な流れだ。


「…………分かった。ポトフちゃんお願い!」


 ポトフをかばって全滅する、なんてことになったら目も当てられない。


 逡巡の末、ポトフの勇気を信じることにした。


 次のターンはキヨカとセネールが攻撃し、領主は様子を見ていて動きは無く、ポトフが回復魔法を使う。


「ヒール!」

「ありがとう!」


 だが、最悪の展開は回避出来なかった。

 回復魔法を使い、守りの態勢になっていなかったポトフにゴーレムの蹴りが直撃する。


「嫌あああああああっ!」


 蹴り上げられたポトフは三メートルほど浮き上がり、地面に叩きつけられる。


「ポトフちゃん!」

「ポトフくん!」


 焦るキヨカとセネール。


 今すぐにでも駆け寄って守りたい気持ちが生まれるが、ここで勝手な行動をするわけにはいかない。


「キヨちゃん!HPはまだ大丈夫!」


 レオナの声はポトフの無事を告げている。だが、体が無事だからと言って心が大丈夫とは限らない。


「いてて……だ、大丈夫!」


 ポトフは起き上がり、戦闘モードを継続中。キヨカと同じようにあちこちから血が流れているが、顔に怯えの色は無い。


「ポトフちゃんは防御、私がポーションで回復、セネールは大技お願い!」

「任された!」


 セネールは短い槍を強く握りしめ、ゴーレムに突撃する。


『多段突き』


 一・二・三・四・五


 五連続の突きがゴーレムの胴体に突き刺さり、ボロボロと大きく崩れ落ちる。


 多段突きは短槍用の技。

 攻撃回数は三回~五回の範囲でランダム。

 一撃は通常攻撃よりも劣るが、五回出来れば通常攻撃の二倍以上のダメージを与えられる。


 弱点は使用WPが多いため、連発には向いていないところか。


「よし、このペースで行くよ!」


 ゴーレムの攻撃は一撃のダメージが大きめだが単体攻撃しかない。

 しかも一体であるため回復を怠らなければHPが危険水域に近づくこともまずない。

 もちろんまだ見ていない特殊な攻撃を放ってくる可能性もあるから油断は出来ないが。


 そう思って慎重に戦闘を進めていたら、ゴーレムが攻撃をせずに両腕を前でクロスして集中し出す。


「キヨちゃん!全員防御!」

「っ全員防御!!」


 HPは全員満タンに近い。よほど理不尽な攻撃が来ない限りは耐えきれるはず。


「ぐおおおおおおおお!」


 ゴーレムは両腕を組んで頭上に振り上げると、それをキヨカに向かって振り下ろす。


「むうううううううううううううんっ!」


 盾を掲げて全力で受け止める。体全体の骨がミシミシと鳴っているような錯覚を覚える程の衝撃がキヨカの体を貫く。


「はぁっ……はぁっ……何今のっ!」


 ダメージ量は最大HPの4割ほど。

 ゴーレムの通常攻撃を防御せずに受けた時と同じくらいだ。

 もしこれを防御無しで受けていたらと思うと、背筋が凍るような思いだった。


「でも防御すれば十分耐えられる!」


 強力な攻撃の前には溜めアクションがある。

 その後に防御して耐えられるなら、そのアクションさえ見逃さなければ良いだけのこと。


「攻勢かけるよ!」


 戦略を攻め重視に変えてゴーレムに激しく攻撃を与えて行く。

 キヨカたちは有利な状況だった。

 



 しかし、ゲームとは時に信じられないほどの不運をもたらすことがある。




 たったの1%の命中率の敵の攻撃が当たるように。

 来てほしくないタイミングで来てほしくない攻撃が来るように。

 高確率で通じるはずのバフが肝心なところで無効になるように。


 まるで誰かに悪意を持って操作されているのではないかと疑いたくなるほどの不運が起きてしまうことがあるのだ。


 直前の攻撃がキヨカに向けられてダメージを負ったこと。

 キヨカだけはゴーレムの攻撃を2連続でも耐えられるため、途中から1撃喰らっても防御せずに攻撃するように戦略を変えていたこと。

 素早さが極端に低いゴーレムが超低確率を引き当てて回復役のポトフよりも先に行動したこと。


 そして、これまた低確率で発生するある攻撃が、HPが削られていたキヨカに向けられてしまったこと。


 油断、ではない。


 相手の残り体力が不明な以上、回復の残り回数を考えるとキヨカが攻めに出たのは正しい判断だ。

 敵の行動パターンは分析した。

 当然予期せぬ行動はまだあり得るが、それに怯えて倒しきれない可能性がある以上、この程度の低いリスクならば背負って攻めに出るのは当然のことだ。


 だからこれは不運。

 やるべきことをやった彼女達に降りかかってしまった、ただの不運なのだ。




「え?」




 ゴーレムの攻撃。


 右腕を前に突き出すだけの単調な攻撃。


 だがそれがキヨカに悪夢をもたらす一撃となった。


 キヨカはその攻撃を盾で受けることを失敗し、無防備な胴体にゴーレムの右腕が直撃する。




 クリティカルヒット




 キヨカのHPは0になった。

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