14. 【異】第一章開幕

 姉を知るセネール、そしてクレイラの街の領主と夕食を共にしたキヨカ達。

 宿に戻り朝を迎えると、外が騒がしいことに気が付いた。


「なんだろうね、ポトフちゃん」

「……?」


 眠そうにふわぁと欠伸をするポトフ。目覚めの良いキヨカとは違い、ポトフは寝起きが弱い。起きられないことは無いのだが、しばらくはぼぉ~っとしており朝食を食べると元気が出る。


「外が騒がしいですけど、何かあったのですか?」


 宿の食堂で朝食を注文するときに店員さんに聞いてみた。


「今朝から鉱山で魔石が採れるようになったんだって。これからしばらくは騒がしくなるよ。もっとも、この元気の良さがクレイラの名物だけどね」


 昨日の別れ際に領主が言っていた通り、魔石が採れるようになり採掘がはじまったようだ。鉱山から離れている宿までも威勢の良い声が伝わって来るくらい、町全体が活気付いているということなのだろう。


「キヨちゃん、今日はどうするの?」

「う~ん、休みにしようかな。買い物したり、せっかくだから今の鉱山の雰囲気も見てみたいしね。美味しいものも食べようか」

「(こくこくこくこく)」


 賞金首を倒したことによりレベルが上がったのでまたブルークリスタルを集めて能力を底上げ出来るが、現状でも最低限の装備は整っているしお金もそこそこ余裕があるので、たまには休んでもバチは当たらないだろう。


 午前中はアパレルショップでウィンドウショッピングをしたり、アクセサリー屋で昨日ポトフが見つけた魔石の欠片をペンダントに加工してもらったりと、街の散策を楽しんだ。


「おお、大量の魔石がトロッコで運ばれてる。凄い量だね」

「(コクコクコクコク)」


 採掘したての大量の魔石を入れたいくつものトロッコが、街の入り口に向かって運ばれていた。


「それじゃあお昼食べたら鉱山の方に行ってみよっか」

「(コクコク)」


 ポトフと手を繋ぎ、目についたレストランに入る。


 二人は穏やかな休日を過ごしていた。


 この時までは。


――――――――


「うわああああああああああああああ!」


 昼食を食べ終えたキヨカの耳に、人々の叫び声が入って来た。


「な、なに!?」


 慌ててお会計を済ませて店の外に出たキヨカは、鉱山の方から人が大量に走ってくるのを目撃する。


「鉱山に邪獣が出たぞー!」

「騎士団に連絡を!」

「一般人は避難してください!」


 鉱山の中には邪気は無かったはず。ということは、モグラのようにはぐれ邪獣がやってきたということなのだろうか。


「取り残された人が居る!?」

「騎士団は?」

「鉱山に向かってるのを見たけど、まだ交易路からほとんど戻って来てないからあれじゃあ足りないよ!」


 邪獣が出たが人手が足りないらしい。


 キヨカは賞金首を討伐する時にセンターの人から聞いた話を思い出す。

 邪獣と戦える一般人は稀なのだと。


「ポトフちゃん、行くよ!」

「(コクコク!)」


 少しでも役立てるかもしれないと思ったキヨカは、鉱山に向かって走り出す。


――――――――


 鉱山前の広場に到着すると、そこはもう騎士団が揃っていてパニックは収まっていた。


「入口の監視だけは怠るな!」

『ハイ!』


 複数ある入口の前に、騎士団が2~3人の組み合わせで待機し、中から邪獣が出てきた際に食い止める役割を担っていた。


「あれって……邪気!?」


 鉱山の中が邪気で満ちている。

 はぐれ邪獣では無く、邪気により生み出された邪獣が鉱山から出て来るのを騎士団は防ごうとしているのだ。


 予想外のことではあるが、邪獣の強さ次第ではキヨカも役に立てるかもしれないと思い、近くにいた男性に声をかけた。


「あ、あのっ!」

「ん?ってあの時の嬢ちゃんか」

「ガンクさん!」


 鉱山組合の責任者で、指導者としてキヨカ達を鉱山内に案内してくれた人だった。


「何があったのですか?邪気が出ているように見えるのですが」

「俺も分からん。何故か突然邪気が発生して邪獣が出て来たんだよ」

「みなさんご無事でしょうか」

「ほとんどは逃げ切れたんだが、五人だけ中に残されちまって、騎士団が今救助活動を始めようとしてるところだ」

「さっき邪獣が出て来たばかりですよね?五人だけって分かるのですか?」

「ああ、緊急時の訓練はこまめにやってるからな。出入りした人間はちゃんとチェックしてある。間違いないぜ」


 非常時で慌てながらでもやるべきことが出来ているのは、訓練内容が正しく身についている証拠である。この世界の人々の真面目さゆえの結果であり、果たして地球人類なら緊急時でも訓練通りの行動を全員が実施出来るのだろうか。


 そして実施出来る貴重なタイプのキヨカは、騎士団が救助隊を鉱山内に入れようとしていないことに気がついた。


「もう救助隊は中に入っているのでしょうか?」

「いや、まだのはずだ。おそらく人が足りていないのだろう」


 良く見ると指揮官らしき人は辛そうな表情を浮かべている。助けに行きたいけれども、街の安全を考えると入口の守りを薄くするわけには行かない。そういう状況なのだろう。


「それなら私が行きます!」

「お、おい嬢ちゃん!」


 キヨカは指揮官の元へ走った。


「手が足りないのでしたら、私達が助けに行きます!」

「君は……?いやいや、流石に一般の方を危険に晒すわけには」

「いえ、私達はここ数日クレイラ平原の邪獣を狩っていましたので、戦えます」


 鉄の剣を鞘から抜いて、戦えるとアピールする。


「ただ、中の邪獣の強さによっては難しいのですが……どの程度の敵が出現するのでしょうか?」

「強さは平原の敵と変わらないが……いや……しかし……」


 戦えると言われてはいよろしく、とは言えない。

 相手は可愛らしい女の子で、しかも片方は幼女なのだ。


 ただ、正直なところ猫の手も借りたい状況。

 待てば騎士団の他のメンバーがやってくる手はずだが、それまでに取り残された者達が無事である保証もない。また、慌てて戻って来た騎士団のメンバーも疲れていて戦えるかどうかも分からない。


 だからといって、ここで少女達を危険に晒すというのは……


「それなら、僕も協力しよう」


 悩む指揮官の元に、更にもう一人の協力者がやってきた。


「セネールさん!」


 昨日と変わらず金ぴかレザージャケットを装備したセネールが、救助の協力を申し出て来た。


「あなたもですか……」


 若い男性が加わるのなら……

 いやいや、人数や性別の問題ではなく、一般人に命をかけさせるのが問題で……


 セネールの登場で救助を依頼すべきかどうか深く悩み出した指揮官にトドメを刺したのは、更に追加されるもう一人の男性だった。


「それならば、私が許可しよう」

「領主様!?」


 いつの間にか、鉄製の装備で身を固めた領主が近くに立っていた。


「彼らは賞金首を倒す実力者だ。君の不安も分かるが、実力は十分。迷う必要はないぞ」

「かしこまりました!それでは我々が突入する間、入り口の安全確保をお願いします!」

「いや、突入するのは我らだ」

「ですが!?」

「君たちは疲れていて万全の態勢では無いだろう。調子の悪いものは邪気の中に入るべからず。これは鉄則だ」


 交易路の方で発生した大量の邪獣との戦いを終え、ようやく戻って来た彼らは疲労困憊だ。緊急事態であるから無理をして現場に出ているが、それでは命を落としかねない。


 そもそも騎士団は一般人への協力依頼を推奨している。むしろ騎士団だからといって命をかけるのはご法度。ただ、今回は依頼相手が可愛らしい女の子だったから二の足を踏んでしまったのだ。


 幼女相手だったら誰だってそう思う。


「承知……致しました」

「なぁに、私も同行するから安心したまえ」

「はっ!」

「領主様は戦えるのですか?」

「もちろん。私も若い頃は沢山邪獣を倒していたんだよ」

「ほほう、その話はまた別途聞きたいですね」


 鉄装備とはいえ、この場にいる誰よりも立派な装備を身につけている領主は、それが単なる飾りでは無いことを示すかのように剣を振る。


「一つ心配なのは、今の中の構造を知らないことだな。大きく構造は変わってないとは思うが、今回は視察する余裕なく採掘が始まってしまったからな」


 普段は採掘が始まる前に、鉱山内の安全確認のチェックを領主自らが行っていた。採掘により多少なりとも鉱山内の地形が変わるため、崩壊の危険が無いことの確認は毎回必須なのだ。


 ただ今回は魔石の発生がいつもよりも速かったことと、交易路での邪獣大量発生の影響で急ぎ魔石を必要としていたことにより、チェックする時間が無かったのだ。


「それなら大丈夫ですぜ。この嬢ちゃんが最近中に入ったんで、構造は大体分かってるはず」

「はい、大丈夫です!それに地図もありますもんね!」


 ガンクがキヨカを連れて行けば大丈夫だと保証する。

 崩落の危険性がある場所などの注意もちゃんと受けてある。鉱山内には地図もあるし案内は可能だ。


「それは心強い。では早速行こうか。ポーション類の準備は大丈夫かい?」

「はい(こくこく)」

「僕も大丈夫だ」


 キヨカ達は取り残された鉱夫を救出するために、邪気が溢れる未知のダンジョンに変わり果てた鉱山へと足を踏み入れる。

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