5. 【異】鉱山の街
「報告ありがとうございます。ご無事で何よりです」
「それで、この先また村が襲われる可能性は……?」
「検討しますので少々お待ちいただけますか?一時間程度で分かると思います」
「分かりました。それでは後程また伺います」
邪獣情報センターにてモグラの邪獣についての報告が終わった。肝心のこの先の予測については少しだけ時間がかかるようだ。
「それじゃあ今のうちにキヨカちゃんはブルークリスタルを使えるようにしたら?」
「それもここで良いんだっけ?」
「うん、あそこの窓口で対応してもらえるよ」
「じゃあ行ってくるね。ゼフさんはどうします?」
「う~ん、ミレイのとこ言っても邪魔だって追い返されそうだしな。適当にぶらついてくるよ」
「もう、そういうときはプレゼントでも探すんですよ」
「そ、そういうものか?」
「そういうものです」
今朝、キヨカは涙涙の盛大な見送りを受けてスール村を後にした。
スール村からは魔動車を使っての移動。
運転手は村の戦士ガフの弟、ゼフ。モグラの邪獣についての報告役。
助手席には雑貨屋ミルフィーさんの娘、ミレイ。物資の調達役。
この二人の組み合わせは偶然ではない。
お互いを意識して恋人になりかけている彼らの仲を取り持つため、村の人が仕組んだのだ。
そしてその恋路の邪魔になるキヨカとポトフが後部座席に座っている。キヨカはふとした拍子に甘酸っぱい雰囲気になる二人をドキドキしながら観察していた。エッチなことは苦手だが恋愛モノは大好きなのだ。
「(もぐもぐ)」
ポトフは特に興味が無いようで無言で干し芋を食べている。この娘、結構な食いしん坊である。
スール村から目的の街までは魔動車でおよそ二時間。
まっすぐ北に向かったところにある。
道中は特にトラブルもなく平穏無事であった。
「うわぁ、ここがクレイラの街かぁ」
「あれ、キヨカちゃん何回も来たことあるよね?」
「あ、えと、久しぶりだなぁ~って思っただけだよ」
「??」
「さ、行こ行こ」
記憶にはあるけれども、実際に体験するのはこれが初めてのこと。思わず漏れてしまった本音をごまかすべく、小走りで街に入って行く。
鉱山の街 クレイラ
ブライツ王国西部に位置するクレイラは、人口約三万人でクレイラ地方の中心となる街。街の西部には巨大な山脈があり、その先端が街を囲うように北側から東側まで伸びている。そのため入口は街の南側にあり、他の街へ移動するには一旦南下してから東に向かい、山脈を迂回する必要がある。
街の主産業はその山での魔石採掘。
ここで採掘された魔石が世界中へと運ばれている。
街並みは中世ヨーロッパ……などではなく、むしろ現代ヨーロッパに近い。中には古い石造りの建物もあるが、家屋は全体的に頑丈な作りと洗練されたデザインで住み心地が良さそうだ。街中も清掃が行き届いている上に街路樹や花壇も多く見かけられる美しい町である。
また、土煙が舞っていたり、昼夜問わず黒煙が噴き上げていたり、数多の鍛冶屋の音が路上まで鳴り響く、といった鉱山の街のあるあるなイメージは無い。ただし、煙突が多く白煙が吹きあがっているところは、やや鉱山街らしさを感じさせる。
キヨカ達は買い出しに向かうミレイと別れ、邪獣情報センターへと向かい、モグラの邪獣の報告が終わったところだ。
「すいませーん」
「はい、どのようなご用件でしょうか」
「私とこの娘、ブルークリスタルを使えるようになりたいのですが」
「かしこまりました。それでは準備致しますので、その間にこちらに必要事項を記入してください」
ブルークリスタル関連の窓口に向かったキヨカは、窓口の女性に指示された通りに書類に記入する。書類といっても、名前、年齢、性別、住所、ブルークリスタルを使う理由、程度の簡単な内容だ。
「お待たせ致しました」
窓口の人が持って来たのは指先サイズの小さな球と小さな筆ペンのようなもの。
「こちらの飴を食べることで、ブルークリスタルを使用可能になります」
「……噛んでも大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。お急ぎの方は良くそうされますね」
やや青みがかった色から察するに、ブルークリスタルに関する何かが入っているのだろう。青は食欲減退色と言われることもあるが、ブルーハワイを喜んで食する元日本人に抵抗感など無い。
「ほんのり甘くて美味しい」
「(コクコク)」
ふんわりとした甘さが口の中に広がった。
美味しい。
ポトフもどことなく満足そうだ。
「それでは能力値の上げ方を説明します」
ブルークリスタルを使って上昇できる能力は六つ。
力、魔力、HP、WP(MP)、守備力、素早さ
筆ペン型魔道具を使って、手のひらに能力に対応する形を描く。
するとその形が青く浮かび上がってくるので、その状態で手のひらに筆を触れさせる度に能力が上昇する仕組みだ。キャンセルしたい場合は手を振ることで手のひらが元に戻る。
「気をつけて頂きたいことが四点ございます。一つは、一度能力を上昇させると取り消せない点。次に、それぞれの各能力の上限が人によって異なる点。そして、能力を上昇させる度に必要なブルークリスタルの量が増加すること。最後に、上昇する量には限度があり、その制限は経験を積むことによって上昇する点です」
一点目
能力を取り消せないため、しっかりと育成戦略を立てる必要がある。
二点目
各能力の上限の制限だが、例えば戦士型なら力を大きく伸ばすことが出来るが魔力はほとんど伸ばせない、といった制限のこと。これは生まれつき個人単位で決められているので変更は出来ない。チートモノのような裏技も無い。
三点目
能力を1から2に上げるのと50から51に上げるのでは必要クリスタルの量が大きく異なるということ。強くなるにつれて、沢山のブルークリスタルを集めないと能力の上昇は見込めない。
四点目
経験を積む、つまりレベルが上がるとブルークリスタルをより多く吸収できて能力を更に上昇させられるということ。
「う~ん……よく分かんない」
ゲーム知識があるならばそれほど難しくはない設定なのだが、まったく知識の無いキヨカは困ってしまった。
「キヨちゃん、後で宿屋でじっくり考えよう」
「うん」
だがキヨカには頼れるレオナと、その背後のゲーマーたちがいる。
このままでは良く分からず力全振りしてしまいそうなキヨカの行動を上手く誘導で来たレオナは内心ほっとしていた。
「ブルークリスタルは購入可能ですが、いかが致しますか?」
「え、買えるの?」
「はい、引き取りもやっておりますので、余剰分がございましたら是非お売りください」
「じゃあこれで買えるだk」
「キヨちゃん!」
有り金全部をブルークリスタルに変えようとするキヨカをレオナが慌てて止める。
「宿屋に泊まるお金が無くなっちゃうでしょ!装備も買わなきゃいけないし、ちゃんと考えなさい!」
珍しくレオナに強く怒られてしまいシュンとなるキヨカ。
まだブルークリスタルを吸収してないポトフのために購入するつもりだったのだ。
「やっぱり考えてからまた後で来ます」
「はい、その方が良いと思いますよ」
受付の女性からもやんわりと窘められてしまった。
「まだ時間余ってるけどポトフちゃんどうしよっか」
「……ん」
食べること以外何にも興味が無さそうなポトフ相手なので反応は期待していなかったのだが、予想外に掲示板のところを指さした。
「これは……賞金首?」
そこに書かれていたのは邪獣の絵と特徴、そして倒した際に貰える賞金。
「へぇ~世の中にはこんな強そうな邪獣がいっぱいいるんだ。いつかは倒せるようになりたいなぁ」
もちろんそれらは簡単には倒せない厄介な存在だからこそ賞金がかけられていて、ほとんどは駆け出しの戦士であるキヨカがサクっと倒せるような相手では無い。モグラの邪獣も、もし倒せていなかったならばここに掲示されていただろう。
ふと撃破済の邪獣の方にも目をやった。そこにはいつ誰が倒したのかが書かれている。
「……え?」
ギガントベヒーモス
ギガントアルラウネ
ギガントトード
ギガントレックス
ギガントビートル
『ギガント』と名前がつけられている騎士団レベルでは太刀打ちできない凶悪な邪獣を、全て同じ人が倒していた。
スミカ。
キヨカの姉は、ギガントハンターとして世界中に名を轟かせていた。
「はぁ~お姉ちゃんすっごいなぁ」
村にこれ以上の襲撃が無いことが分かり、キヨカはゼフ達と別れて宿屋に向かった。何よりも先に泊まる場所の確保が大事だとゼフに強く言われたからだ。
「私もびっくりだよ~」
そしてここならばレオナと話をしていても変な目で見られることが無い。今後の相談をするためにも、宿の確保は最優先であった。
「ぺろぺろ」
ポトフは飴が気に入ったのか、露店で売っていたペロペロキャンディを買ってもらい椅子に座りながら一心不乱に舐めている。ポトフの顔くらいある巨大な飴なので、食べ終わるまで時間がかかるだろう。
「それじゃあ今後の予定を決めよっか」
「その前にちょっと良い?」
「なに?」
金ウサギがベッドに腰かけているキヨカの前に移動する。
「レオナちゃんの動き、滑らかになったね」
村にいたころは肩のところでふよふよと浮いているか、移動するにしてもゆっくりと直線的な移動をするくらいしかしていなかった。だが村を出てからは自由に動き回り、しかも色々なポーズを取るようにもなった。
「うん、実は細かく動かせるようになったんだ。それと、もう一個新しく出来るようになったことがあって……」
それが、レオナが今からやろうとしていること。
「配信オープン!」
その言葉を切っ掛けに、キヨカの目の前にウィンドウが表示される。
『こんにちわー』
『お、見てる』
『見えてる?』
『キヨカちゃーん!』
『こんにちわー』
『配信オープンたすかる』
『見えてるっぽいな』
『こんにちわー』
『こんにちわー』
『よろしくー』
『こんにちわー』
『よろしくー』
『よろしくー』
『こんにちわー』
『よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
「……は?」
沢山の文字が怒涛の勢いで流れていた。
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