6. 【異】配信とお買い物

「前に、キヨちゃんの生活がこっちで見られるって言ったよね。それが今日、コメント出来るようになったんだ」

「…………え、あれ本当だったの?」

「うん」


 キヨカは異世界転生直後にレオナから配信の存在を教えられていた。

 それはてっきりレオナの冗談だと思っていたが、真実であったことに気付かされてしまった。


「…………きゃああああああああ!」


 多くの人に自分が見られていることを意識し、両手で顔を抑え、真っ赤になって猛烈に照れる。


『悲鳴たすかる』

『悲鳴たすかる』

『たすかる』

『気にしない下さい』

『大丈夫、恥ずかしいところは映って無いから』

『たすかる』


 配信文化のあるなしコメントが入り乱れるカオス状態。

 キヨカはあまりにも照れ臭くてそのコメントを見ることが出来ない。


「キヨちゃん大丈夫だって、何も変なとこ映ってなかったから」

「じゃあレオナちゃんが自分の生活を世界中に見られるって言われたらどうする?」

「……キヨちゃん大丈夫だって、何も変なとこ映ってなかったから」


『草』

『レオナちゃんって時々アレよな』

『本当に気にしないで下さい』

『がんばって』

『世界中から見られてるの嫌だよねぇ』

『レオナちゃんも配信してええんやで』


 それから少し時間が経ち、キヨカが落ち着き出す。

 まだ顔は真っ赤だ。


「うう……恥ずかしいよぅ」

「キヨちゃん、そんなこと言わないで。ね?みんなに色々と教えてもらおう?」


 レオナが席を外している場合など、何らかの理由でアドバイス出来ない状況になっても、このコメントで皆が代わりに対応してくれるはず。そのためレオナはこの新機能をキヨカに伝えた。


 だがこの機能には大きな問題があった。


「うう……………………速すぎて読めない」

「やっぱり?」


 意を決してコメントに目をやるが、あまりにも流れが速すぎて何を書いてあるか理解するのが大変だ。自動翻訳の機能があり、世界中からコメントが来ているのだから仕方ない。


「それにずっと表示されてると気が散るよ。非表示にする方法って無いかな」


 キヨカがウィンドウを色々と触ってみた結果、コメントの表示非表示を切り替える場所を見つけた。


「ずっと非表示にしないでちゃんと見てあげてね」

「う゛っ……うん」

「もうっ!」


 必要で無い時にもコメントを読ませて慣れさせないとダメかもと思うレオナであった。


、キヨカは他に機能が無いかウィンドウまわりを調べる。すると、ウィンドウ上部に星マークのボタンがあることに気付いた。


「なんだろこれ……あ、分割された。オススメ?」


 そのボタンを押すとチャット欄が上下で分割される。上側にはオススメ、下側には一般と書かれていて、下側は変わらず爆速でチャットが流れるものの、上側は数が少なくゆっくりと見られそうだ。


「ねぇねぇレオナちゃん。これって見える?どういうことなのかな?」

「……なんだろう。ちょっと待ってて」


 レオナが離席したようで金ウサギが動きを停止する。戻ってくるまでウィンドウの操作感を確かめる。コメントは意識して見ないようにしているが、ときおり目に入り顔が熱くなる。


「私も見る」

「ポトフちゃん?」


 未だペロペロと飴を舐めているポトフがキヨカの隣に腰かけてコメントを眺める。


「やっぱりポトフちゃんも見えるんだ」

「うん」


 しばらく無言で飴を眺めながらウィンドウを眺めていたポトフが、言葉を発する。


「みんなお姉ちゃんのこと、好き?」

「ちょおおおおおおおおおおおっ!」


『好き』

『大好き』

『愛してる』

『大好き』

『すこ』

『大すこ』

『スコスコスコティッシュフォールド』

『人生の生きがい』

『人生』

『キヨカちゃんは人生』

『愛と書いてキヨカと読む』

『可愛くて大好き』


 とたん、コメント欄がキヨカに向けた愛の告白場と化して、キヨカの顔が燃えるように熱を発する。


「にやり」


 顔を両手で覆うキヨカには見えていないが、表情に乏しいポトフがほんのりと笑っている。


『ポトフちゃんが笑った!』

『え?え?見逃したあああああ!』

『めっちゃ可愛いんですが』

『やばい、めっちゃ甘やかしたい』

『それな。この気持ち父性か……』

『誰か保存してないの!?』

『天使だ』


 レアな表情を見られたため、視聴者側はちょっとした騒ぎになっている。


「おまたせーって何があったの?」

「うわあああん、レオナちゃあああん、心が折れそうだよー」

「え?え?」


 金ウサギはぎゅっと抱き締められ、しばらくの間動きを取れなくなってしまった。


 ちなみにコメント欄の分割については明確な理由は分からず、上の方が投稿スピードが遅いのでそっちを中心に見れば良いのではとレオナからのアドバイスだった。


――――――――


 落ち着いたところで本題に入る。


 装備とアイテムの買い出し。

 ブルークリスタルの能力上昇。

 レベルアップ計画。

 金策。


 これが激論に次ぐ激論で、まったく決まる気配が無い。


 ゲームのプレイスタイルですら千差万別だと言うのに、そこにさらに異世界モノの要素が加わるから尚更だ。


 力優先派。

 能力上昇は力が最優先で装備も武器を優先で揃えるべき。逆に防具は最低限で良いのでお金はなるべく貯めておいて次の街で高い武器の購入をすべき。


 ゲーム的な考えならば割とスタンダードなプレイスタイルだったりする。というのも、RPGは力重視のプレイでもバフやデバフを使いこなせば快適にクリア出来るよう設計されていることが多いからだ。レベルを上げて物理で殴るというネタもあるが、真理でもある。


 防御優先派。

 能力上昇は防御が優先で、装備も防具を優先で揃えるべき。武器は相手にそれなりにダメージを与えられるならそれで良い。回復魔法やアイテムも活用して万全の守りで敵と戦うべし。


 異世界モノでの定番である防御や回避への極振り。特に死が世界の滅亡につながっている状況で、守りを疎かにするなんてありえない。それ以外にもレオナのようにキヨカが感じる痛みを少しでも減らしたいという意味でこれを勧める人もいる。


 バランス優先派。

 攻撃も防御もバランス良く上昇させるべき。少しでも隙の無いパラメータにしていかなる状況にも対応できるようにすべき。


 この世界ではどのようなイベントが起きるか分からないのだから片方に寄せるのは危険。行動の選択肢を多くすることで、苦しい状況でも活路を見出せる可能性が高いため、生き残りにはバランス型以外考えられない。


 などなど、それぞれの趣味嗜好、ゲームの性質、この世界特有の事象など様々な要因がぐちゃぐちゃに混ざり合ってしまい、議論がまとまらず混沌としているのだ。


「じゃあとりあえず私は力でポトフちゃんは防御で……」

「キヨちゃん!」


 業を煮やしたキヨカが結論を出してしまおうとするが、レオナがそれを止める。キヨカの痛みを軽減させたいレオナにとって、脳筋ビルドは認めることが出来ないのだ。


 結果、答えは後回し。


 まずは店に行って装備の値段を確認すべきとなったのだ。


――――――――


「いらっしゃいませー」

「おー壮観だね」


 最初に向かったのは街の防具屋。


 小さな店舗ではあるが、様々な防具が所狭しと並べられているのを見るだけでどことなくワクワクする。


「分かってたけど高いなぁ……」


 キヨカは邪気の森に入った際に使っていた防具は全て村に置いて来た。あれは緊急時に着るための汎用品であり、キヨカの体にフィットしてはいなかったのだ。


「鉄の鎧には全く手が届かないね」


 キヨカの資金ではレザー装備を購入するのがやっとだ。しかも武器や道具、ポトフの装備も考えると一式買うことも出来ない。またしても議論の種が生まれてしまった。


「レザージャケットなんてのもあるんだ。上半身だけだからレザーアーマーよりちょっと安いんだね。それにしても、同じ装備品なのにかなり形が違うんだなぁ。あ、これ可愛い!」


 店内を物色していると、店員さんがフォローにやってきた。

 キヨカはアパレル店での店員とのやりとりが苦手ではないタイプだ。


「お客様の体形や好みに合わせてのカスタマイズや調整は無料ですので、是非遠慮なくお声かけください」

「え、そうなんですか!」

「はい、ちなみにお客様の好きな色は何でしょうか」

「う~ん、薄いブルーとかピンクかなぁ」

「でしたらこの辺りにそれらの色付けをした装備を置いてあります」

「うわぁ、可愛い!」


 武骨な汎用品とは大違い。

 性能だけではなくファッション性も考えられているデザインであり、しかもフィッティングに加えて好みの色や形に手直ししてくれるという大サービス。


 レオナと一緒にショッピングを楽しんでしまうキヨカであった。


『尊い……』

『これなら何時間待たされても良いわ』

『試着は無いの?』

『全部着よう』


 なお、非表示にしていたため、コメント欄が盛り上がっていたことに二人とも気付いていない。


「ふわぁあ」


 そして退屈そうなポトフは、この直ぐ後に彼女たちのショッピングに着せ替えまきこまれることになる。


――――――――


 翌日。

 防具屋で時間を使いすぎたので、日を跨いで今度は武器屋に向かう。


 武器は鉄の剣を持ってきているので、ポトフの分を探す。ポトフが装備できるのは杖。防具程の融通は利かなかったが、見た目が可愛く加工されている武器を選ぶ。


 そして道具屋。

 ポーション、毒消し丸薬、保存食などの消耗品、水筒や戦闘用では無い万能ナイフなど旅に必要な道具が販売されている。


 水筒類は村を出る時に貰ってあるので特に購入する必要は無い。今必要なのは消耗品だ。


「キヨちゃん、そのポーションはスール村のとは少し違うから気をつけてね」

「そうなの?」

「うん、今はまだあまり効果に差が無いから気にしなくて良いけど、もう少し強くなると分かると思う」

「ふ~ん」


 やはりスール村のポーションはチートポーションであり、しばらくは作れないというオチだった。


 回復量が変わらないなら良いやとキヨカは特に気にしない。

 むしろ気になったのは他の消耗品。


「毒消し丸薬が沢山売ってる……ということはこの辺りの邪獣は毒攻撃をしてくるのかな」


 毒と言ってもゲームによってその性質は様々だ。


 対処しないと何もしなくても時間経過でどんどん体力が減るもの。

 行動直後のタイミングで一定のダメージを受けるもの。

 ダメージ量は少量のものから体力の最大値に対する割合で減るものなど様々。

 特定の行動が制限されることもある。

 毒のダメージでHPがゼロになるか、ならないかも違いがある。


 いずれにしても、無視すると戦闘が厳しくなるため早めに治したいところ。

 いくつか購入は必須と思うのが当然ではあるが……


「ポトフちゃんが解毒の魔法を使えるよ?」

「そうなの?」

「?」


 本人も分かってない様子だが、地球側ではポトフのパラメータが見えている。ヒールとアンチドーテ(解毒魔法)の2つの魔法が使えるのだ。


 なお、キヨカは脳筋タイプであり、魔力を増加させることは出来ない。

 すなわち魔法を覚えられないのである。




 ひとまずこれで物価が分かったので改めて宿に戻り作戦会議。

 装備品とアイテムを購入し、能力を上昇させ、ようやくキヨカの冒険が始まろうとしていた。

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