4. 【地】灰化2 コンビニ編

 佐久間さくま光喜こうきは都内に住む一人暮らしの大学生。

 住んでいるアパート近くのコンビニで一年以上アルバイトをしている。


 昨今は外国人を雇うことが多くなっているコンビニバイト。光喜が働いているコンビニのバイトは外国人と日本人が半々くらい。日本人バイトの中では一番のベテランである光喜は、バイトリーダーの立場で現場を回している。


 日本中のどこにでもあるコンビニ。


 そこは、多くの灰化が発生する場所となっていた。




 自動ドアが開くと同時に入ってきたのは小柄な初老の男性。髪はぐちゃぐちゃ、服装もお世辞にも綺麗とは言えないその男性は、コンビニ入口にあるスポーツ新聞を一つとると、そのままレジに向かう。


 光喜はバックヤードで飲み物の補充作業中。その男性のレジに対応しているのは、コンビニバイトの経験が浅い、光喜より一つ年下の女子大学生だった。


「マイセン二つ」


 男はレジに乱暴に新聞を置くと、タバコを注文する。


 タバコの銘柄を覚えていないバイト娘は、慌てて200種類近くあるタバコの中から「マイセン」と書かれたタバコを探すが見つからない。それもそのはず「マイセン」は昔の名前で今は「メビウス」という名前だ。


 バイト娘は諦めて、その男性に番号で指定するようお願いする。


「申し訳ございません。番号でお伺いしてもよろしいでしょうか」

「ああ!?マイセンっつったらマイセンだろうが!いつものだよ!」

「いえ……ですから番号でお願い致します」

「あのさぁ……ん、な、なんだ、なんで俺が!」


 悪態をつく男性は、バイト娘の前で灰になって消えてしまった。


「あ~間に合わなかったかぁ」

「せ、先輩!」

「このレジ止めといて。お待ちのお客様、こちらのレジへどうぞ!」


 騒ぎを聞きつけて慌ててバックヤードから戻って来た光喜は、レジ待ちの人を別のレジへと誘導する。


「それじゃあ俺がこの灰を袋に詰めておくから、『灰対』に連絡お願い」

「は、はい!」


 コンビニ内で灰化が起こった時のマニュアルがすでに用意されている。


 レジ待ちの客がいる場合は優先して対応。

 灰は指定の袋に急ぎ詰める。

 灰化の内容を灰化対策機構に連絡。すると灰の引き取りと詳細の確認のため現場に機構の人が来る。

 本部にも発生した事実のみ連絡。

 灰化が起きた旨の看板を入口に出し、来店中のお客様にもこまめに伝える。これは商品に灰がかかっている可能性があることを周知するため。灰化するたびに店を閉めて消毒していたらすぐに潰れてしまう、くらいの多い頻度で灰化が発生していたためこの対応となっている。

 すべての対応が終わったら本部へ詳細を報告すること。


 光喜達はマニュアルに沿って粛々と対応した。彼らはもう灰化が起こる日常に慣れ始めていたのだ。


「先輩、あの人ってどうしてこれまで無事だったのでしょうか?」

「もう二週間だもんなぁ。外だと本性を隠してたのかもね」


 灰化が始まってから二週間。

 あまりにも態度が悪いその男性は、とっくにトラブルを起こして灰化してもおかしく無いのではとバイト娘は思ったのだ。


「後、これまで俺がレジ対応してたからここでは灰化しなかったのかな。ごめんな、俺がちゃんとあの人のこと佐々木さんに教えておけば、面倒なことにはならなかったのに」

「そんな!先輩は悪く無いです!悪いのはあの人なんですから!だから私は無事であの人は灰化しちゃったんですもん!」

「ありがとう」


 バイト娘こと佐々木が慌てて光喜のフォローをする。

 自分の対応で灰化したからと言って落ち込んでなど居られない。今は日本中のどこに居ても、灰化現象が日常茶飯事となっているのだから。


――――――――


 さらにこのコンビニでの別の日。


「今日はこのコンビニの『悪』を明らかにしようと思います!」


 スマホ片手に入店して来た一人の若い男性。

 光喜と同じくらいの年齢に見える。


「みなさんが日常的に利用しているこのコンビニですが、その利便性により我々が手放せないのを良いことにやりたい放題。今日はその罪の一つを明らかにして、是非関係者に灰になってもらおうと思います」


 灰化が始まる前から数多く存在していた『正義マン』

 彼らの大部分は灰化を境に表に出なくなったものの、その一部が過激活動を始めていた。


 だが、何も考えずに正義を振りかざしたところで、社会に迷惑をかけた人物として逆に本人が灰となって消えてしまうのは目に見えている。そのリスクを抱いてまで正義マンを続けるのは、自らの行いにより悪と思い込んでいる対象が灰化したことがあり、その時に得られた快感が忘れられないからである。


 ビューチューバーであるこの男性は、他の客が居ない時を狙って入店して来た。もし居た場合は、その客に迷惑をかけるということで灰になるかもしれないからだ。


「今日確認するのはこちらのチャーハン弁当。みなさんご存じの通り、酷い上げ底と噂されているものです。実は私、リニューアル前のこちらのお弁当を購入し、その空き容器を家で保存してあります。それと比較して、実際どれだけ酷い上げ底になっているかを確認しようと思います」


 スマホに向けてそう告げた男性はそのチャーハン弁当を購入し、レジへと向かう。


「あなたも良くこんなところでバイトできますね。こんな上げ底弁当売るなんて、詐欺だと思わないんですか?」


 自分が間違いなく正しいと信じているが故の軽口だったのだろう。

 だが、それが彼の人生に終止符を打った。


「……え?なんでなんで?俺悪くないだろ!悪いのは詐欺やってるこいつらだr」


 心底信じられないと言った表情で、男は灰になってしまった。


「先輩、どうしてこの人、灰になっちゃったんですかね」

「佐々木さんを嫌な気持ちにさせたからじゃないかな?」

「確かにイラっとしましたけど……」


 実はこのチャーハン弁当。

 昨今の灰化に恐れたコンビニ本部が容器を改良して、以前よりも量が入るように変更されていたのだ。そのため男は相手を不当に糾弾したことが原因で灰になってしまった。家に帰って確認すれば上げ底が改良されていることに気付いたのだが、男は自分の正義を信じて疑わないがゆえに、自爆してしまったのだ。


――――――――


 さらに別の日。


 来店してきたのは若い男性。

 年齢はまたしても光喜と同じくらいだが、先日のビューチューバーのような陽キャではなく、暗い雰囲気で商品を物色する陰キャ風の男性。


 カップ麺と弁当とお菓子を選んだその男性は、レジに並ぶ。


「レジ袋はご入用ですか?」

「………………ん」

「?」

「………………チッ」


 佐々木が聞いているにも関わらず返事が返ってこないため、レジ袋が必要なのかどうか分からない。


「お弁当は温めますか?」

「………………ん」

「?」

「………………チッ」


 どちらか分からなかったので、ひとまずそのまま会計しようとしたら見るからに不機嫌になる。


「お会計は753円になります」

「………………」

「ピーピーを利用しての支払いでよろしいでしょうか?」

「………………チッ」


 無言でバーコードだけ見せてくる。

 バーコードを利用する支払方法が複数あるため、念のためその支払い方法で問題ないか確認するが返事が返ってこない。間違えたバーコードを見せてしまったと後々トラブルになることがあるのだ。


 レジを終えて不機嫌そうにその男性は店を出て行った。


「『灰対』と本部に電話してくるわ」

「先輩?」

「あれ、後でネットで文句言うタイプ。間違いなくその時に灰になるから今のうちに連絡しとく。運が良ければ間に合うかもしれないからな」


 灰化が確定したわけでは無いのに本部にも連絡するのは、灰化対策機構の人が来たときに監視カメラの映像を求められる可能性が高いからだ。もっとも、その男性が灰化する前に居住地が特定出来る可能性は限りなく低いのだが。


【悲報】コンビニ店員の態度が酷すぎる


1.名無しのニート

あいつらマジ灰化しろや


2.名無しのニート 

どした?


3.名無しのニート

レジ袋が必要とか見りゃわかんだろ!


弁当も普通温めるだろ!


4.名無しのニート


5.名無しのニート

……あーあ


6.名無しのニート


7.名無しのニート

これでまた一つ世界が平和になったな


8.名無しのニート

灰対に連絡してきたわ


9.名無しのニート


10.名無しのニート

んじゃこのスレ落とすか


――――――――


 またある日のこと。


 老人の男性が来店。安い日本酒とつまみを手にレジまでやってきた。


「年齢確認のボタンを押してください」

「見りゃ分かんだろ!なんで押さなきゃならねーんだよ!」

「……」

「なんd」


 自分が灰化していることすら気付かずに灰になって消えて行く。


「はぁ、またですか」


 ただでさえ忙しいコンビニバイト。連続する灰化の対応に佐々木は疲れを感じていた。いつでも毅然と対応する先輩のことがちょっと格好良くて気になるけれども、バイトの変え時かな、と。


「せんぱーい、灰対への連絡お願いします」

「……」

「せんぱい?」

「佐々木さん、俺ちょっとおかしくなっちゃったかも」


 普段は穏やかで優しく、何があっても動揺せずに対処する光喜が、珍しく真面目な顔になっている。


「どうしたんですか。先輩らしくないですよ」

「うん、なんかさ。こうやって灰化する人を見ると……」


 灰になったのは全て迷惑な客達。来店してくるだけで内心気が滅入る彼らが、次々と灰になって消えて行く。


「嬉しくなっちゃうんだ」


 その苦しみから解放されようとしていた光喜の顔には、悲しい笑みが浮かんでいた。

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