3. 【異】旅立ち

 スール村は100人くらいが定住する小規模な集落だ。


 モグラの邪獣の襲撃により、その半分近くが大怪我を負っている。


 先生と呼ばれる回復魔法の使い手が村に戻って来たが、彼のMP量では全ての怪我人を治療するには不足している。MPを回復するアイテムも先の戦いで尽きていて、先生がMP回復のために休んでいる間に、先に回復した人が近隣の街や村へアイテムを補充しに行っている。


 そこで突然現れたのが回復魔法を使えるポトフだ。


 ヒールを使える回数は数回だったが、先生の補助が出来る非常に貴重な人材だ。人手が増えて早く怪我を治せるのはもちろんのこと、補充したアイテムを節約出来るということも大きかった。これから村の復興のため、消耗品は何かと必要なのだ。


「ありがとう、ポトフちゃん、キヨカちゃん」

「(こくり)」

「困ったときはお互い様ですよ」


 キヨカはポトフと一緒に村人の治療に回っている。


 大怪我を負った人が相手ではヒールでは全快しない。パラメータ的に言うと、HPが最大まで回復していない状態だ。複数回ヒールをかければ全快するのだが、回数に制限があるため優先すべきは大怪我の状態の人を無くすこと。よって、一度だけヒールをかけて中途半端に治し、残った傷の再手当てをキヨカが担当しているのだ。


「ありがとな、キヨカちゃんと……ポトフちゃんだっけ?」

「(こくり)」

「ちょっと、まだ激しい動きは禁止ですよ」

「ははは、分かってらぁ。無茶せず手伝ってくるさ」

「もうっ!分かってない!」

「大丈夫大丈夫」

「あ、ちょっと……もー!」


 治したとたんに、キヨカの忠告を無視して村の復興の手伝いに向かう男性。本来であれば後一週間は安静にして欲しいレベルの怪我なのに、無茶して動いたら怪我が悪化して治りが遅くなってしまう。それもヒールで治るとはいえ、先生の負担がまた増えてしまう。


 この男性のように、完治していないにも関わらず『大丈夫だ』といって復興に参加する人が多かった。最初は村のことを心配して無茶しているのかと思っていたキヨカだが、相手の目を良く見ると、その言葉はキヨカに向けて言っているように感じられた。


「ってことなんだけど、どういうことなんだろう。お父さん」

「……そうか、あいつら」

「お父さん?」


 その日の晩、キヨカは両親に村人の奇妙な振る舞いや言動について相談した。両親の口からも無茶はしないように止めて欲しかったのだ。


 キヨカ父は母と一瞬アイコンタクトすると、何かを考えるように目を閉じる。そしてしばらくした後、真剣な表情でキヨカにお願いをする。


「キヨカ、邪獣情報センターに報告に行ってくれないか」

「報告?」

「そうだ。新種の邪獣を発見した時は、邪獣情報センターへの報告が義務付けられている」


 邪獣情報センター

 その名の通り邪獣に関する情報を取りまとめる組織の事。

 出現場所、出現位置、数、強さ、大きさ、色など、あらゆる特徴を収集し、公式に公開されている。街の外での移動の安全確保に加え、強い邪獣からの襲撃を事前に察知するなど、国民の安全確保に重要であるため、世界各国でこの組織への情報提供が義務付けられている。


「でも私、弱ってるあいつしか知らないよ?」

「その点は大丈夫だ。本来のあいつの強さについては、実際に戦った村の誰かが報告することになっている。キヨカにやってもらいたいのは、誰も知らない弱っている状態でのあいつの情報を説明することだ」

「分かった。じゃあ村がある程度復興したら行ってくるよ」

「いや、すぐに出て欲しい」

「え!?」


 まだ村は復興を始めたばかり。大怪我の状態の人はもう居ないが、まだ回復魔法は必要であるし、何よりも壊れた建物や畑の修復などやるべきことは山ほどある。


 確かに邪獣の報告は大事だけど、撃破済みであることを考えると復興を優先しても咎められることはない。


「急ぐ必要あるの?」

「ある。今この村で起こったら困る事って何だと思うか?」

「今……飢饉とか疫病とか?」

「それも困るが、別にそれは今じゃなくても問題だよ」


 家屋が崩壊し、怪我人が多く、物資も足りていない。

 普段は大丈夫でも、この状況だと危ないこと。


「邪獣の襲撃?」

「そうだ。邪気の森程度の敵なら、先に回復した村の大人たちで大丈夫だろう。だが、あのモグラの邪獣レベルの敵が襲ってきたら、今の俺たちじゃ逃げ切ることも難しい」


 そして、そのレベルの相手ではキヨカはまだ大して役に立たないだろう。


「だから早めにセンターに報告して欲しい。あそこは地域の邪気や邪獣の情報を管理しているから、あの邪獣がどこで生まれてどこからやってきたのか、そしてすぐにまた襲撃があるかどうかも予想できるだろう。そして必要であれば騎士団を急ぎ派遣してくれるはずだ。まぁ、必要でなくとも復興のためにいくらかは派遣してくれるだろうがな」

「確かにそれは急ぎやるべきだね。でも、私の情報って要るのかな?」


 本気の邪獣と戦った人の意見だけで十分ではないのか。死にかけ状態での動きなど、詳細を伝える必要があるのだろうか。


「それは分からん。だが、俺たちが要らないと思ったことが実は重要な情報で、それが漏れていたから大惨事、なんてことになったら目も当てられないだろう?」

「……うん」


 思い込みは時に大惨事を引き起こす。

 だから、不確実な妄想で物事を考えてはならないと、両親はキヨカに教えようとしている。


「分かった。それじゃあ行ってくるね。一緒に行く人って決まってるの?」

「今日中に決めると言ってたから、流石にそろそろ報告が来るとは思うんだが……」


 モグラの邪獣と戦った人と一緒に街へ行き、邪獣情報センターに報告。

 ついでに物資を補給して村に戻る予定とのこと。


「了解、お父さんやお母さんは何か買っておいて欲しいものある?」


 村としての買い物の他に、両親が欲しいものがあるかどうか聞いておこうとしたキヨカだったが、予想外の答えが返って来る。


「いや、報告したら、街の周辺で力をつけてから王都に向かうと良い。あそこなら人が多いから情報も集まるはずだ」

「お父さん!?」

「内海を渡った先の国では音楽が流行っているそうだ。キヨカも音楽好きだろう」

「何言って……」

「そうそう、大陸の外にも国があるんだってな。どうやって外に出るのか分からないが、いずれ強くなったら目指して見ると良い」

「お父さん!」


 キヨカが制止するのを無視して、架空の旅の行程を告げるキヨカの父親。報告や復興という話から大きくかけ離れている。




「スミカを探しに行きたいんだろう?」




 突然の言葉に、息が詰まった。


 江波えなみ澄香すみか


 江波家の長女にして、大学二年生。

 清香とは仲が良く、どちらも周囲からシスコンだと言われる程。

 異世界に転生させられた時点で旅に出ているという設定であり、スール村には居なかった。しかも一年前から旅先からの手紙が途切れているという意味深な状態。


 直ぐにでもスミカを探しに行きたい父と母であったが、様々なしがらみのせいでスール村を離れることが出来ない。かといって、一人前では無いキヨカだけ見知らぬ世界に旅立たせるというわけにもいかず、手をこまねいている状況だった。


 だからこそ、キヨカは毎日のように主様に挑んでいた。

 早く一人前だと認められて、邪気の森で力をつけ、安心して村の人に送り出してもらいたかった。


「村の皆は、キヨカがスミカを探しに行きたがってることに、ちゃんと気付いてるんだよ」

「で、でも、流石に今の状況で行きたいなんて思わないよ!村の復興の方が優先に決まってるじゃん!お世話になったみんなを放っておいて旅になんて行けないよ!」


 村の人たちがどれほど良い人達なのか、知識として知っていた。


 村長はいつも笑顔でキヨカのことを孫のように扱ってくれる。

 宿屋のケスリーさんはいつも村人たちの健康を気にしてくれていた。

 雑貨屋のミルフィーさんは美味しいお菓子をこっそり食べさせてくれる。

 隣のマルタおばさんはキヨカの特訓を毎日応援してくれる。

 先生は怪我人が出ると凄い心配して慌てて治療をしてくれる。

 村一番の戦士のガフさんは、強くなれよと温かな手で頭を撫でてくれる。


 転生後の一か月で、これらを実感した。


 知識が感情に結び付いた。


 すでにキヨカにとってこの村は、第二の故郷なのだ。


「我々のことは気にしないで下され」


 玄関から村長とケスリーさんが入って来た。


「盗み聞きするつもりは無かったんじゃ、すまぬ」

「いえいえ、お気になさらずに。それで例の報告でしょうか?」

「ええ、ですがその前に言っておきたいことがある」



「キヨカちゃん、この村のことは気にせず、行きなさい」



「みんな無事だったし、他の村から助けも来る。人手は十分足りとるよ。それよりも、キヨカちゃんが儂らのことを気遣ってやりたいことを我慢する方が辛いんじゃよ」

「そうそう、若い娘は遠慮なんかせずにやりたいことやれば良いんだよ」、

「村長……ケスリーさん……」


 人手は足りていると言われると、反論しにくい。だが、それでも村のことが心配なキヨカには簡単に受け入れることが出来ない話だった。


「でも私、邪気の森で鍛えてから出発するつもりですよ?」


 だからまだ、この村に残る理由があると。 

 仮に復興には必要無いと言われても、訓練の合間に手伝うくらいなら問題ないだろう。


「いや、その必要無いぞ」

「お父さん?」

「あの街の近くに邪気が溜まっている平野がある。あそこは邪気の森と同じくらいの強さの邪獣が出る。しかも種類が豊富だからあっちの方がよっぽど訓練になる」


 キヨカの反論は簡単に潰されてしまう。

 このままでは本当に明日から旅に出ることになってしまう。


 大切な村の復興に力を貸すことも出来ずに。

 そして、大切な村のみんなと家族と別れることになる。




「……ぐすっ……うわああああああああああん!」




 自分が大切に想われていることを改めて自覚し、そんな大好きな人達との別れが悲しくなり、キヨカは数年ぶりの涙を流した。


「ありがとう、キヨカちゃん。儂らのことを想ってくれて」

「キヨカちゃんがスミカちゃんと一緒に村に戻ってくるのを、楽しみにしてるよ」


 姉に会いたい。

 キヨカは村の皆の想いを受けて、自らの一番の気持ちを優先することに決めた。


――――――――


 だが、ここで大きな問題が残っている。


 ポトフをどうすべきか、だ。


「いく」


 姉を探す危険な旅路。

 単なる街や村の観光ではなく、時には邪気が渦巻く土地を探索することもあるだろう。


 そのためにキヨカは腕を磨こうとしていたのだ。


「いく」


 邪獣との戦いでは、耐えがたい肉体的苦痛を味わうことをキヨカは身をもって知っている。キヨカに着いて行くということは、その戦いに少なからず関わるということだ。


 幼女の身がもがれ、骨が見えるようなことがあってはならない。


「いく」


 だが、ポトフは絶対にキヨカに着いて行くと譲らない。


 これが普通の幼女であれば、どんな手を使ってでも村に置いて行く。それこそ、児童養護施設で子供たちと触れ合った経験を駆使して説得するだろう。


 しかしポトフは普通では無い。


 女神様が寄こしたと思われる人物であり、彼女の意思を無視することが出来ないのだ。


「いく」


 悩みに悩んだキヨカにトドメを指したのは、レオナだった。


「キヨちゃん……もうポトフちゃん仲間に入ってる。多分外せないよ」


 その子を外すなんてとんでもない!

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