2. 【異】謎の少女

「……ん」


 カーテンの隙間から射しこむ光と小鳥の囀りが朝の到来を告げている。

 自室のベッドの上でぐっすりと眠っていたキヨカは、今日もいつも通りの時間に目を覚ました。


「……私の部屋?」


 やや体が気怠い気がするものの、体調に概ね問題は無し。

 それは素晴らしい事なのだが、そもそも何故自分の体調のことを気にしたのだろうかとキヨカは訝しむ。


「……モグラの邪獣!」


 キヨカの記憶は、邪獣を撃破したところで途切れている。

 慌てて上半身を起こすが、先ほど確認したように体に異変は無いし、ここは間違いなく自分の部屋の中。


「誰かが連れて帰ってくれたのかな?」


 この時間なら両親も起きているだろうし、確認してみよう。


 そう思ってベッドから出ようとしたキヨカだったが、自分のすぐ隣に人の温もりを感じた。


 そこに目をやると、すやすやと眠るの姿があった。


「……………………だれ?」


――――――――


「それじゃあお父さんもお母さんも本当に知らないんだ」

「ああ、少なくとも俺は知らないな」

「お母さんも寝る前にキヨカの様子を見に行ったけど、居なかったわ」


 つまり、昨晩キヨカの両親が眠ってから朝になるまでの間に、幼女がキヨカのベッドにもぐりこんだことになる。


 肝心の幼女は今、キヨカ母が急遽仕立てた子供服を着て、キヨカの隣で一心不乱に野菜スープを口にしている。


「美味しい?」

「(コクリ)」


 幼女は無表情のため、感情が分からない。


 幼女が食べ終わるのを待ちながら、キヨカは両親から聞いた事件の顛末について頭の中で整理する。




 キヨカが邪獣を倒した翌朝。


 邪気の森から邪獣がやってくる気配が無いことからキヨカが討伐に成功したと分かり、村は喜びに沸いた。だが、肝心のキヨカが戻って来ない。


 森の中に探しに行きたいが、雑魚邪獣と戦える人はみな大怪我を負っている。


 何も出来ず、もどかしさが募る中、幸運にも隣村から魔動車に乗って人がやってきた。その人は村の惨状を知るとすぐさま先生を探しに引き返す。その結果、先生はその日のうちに村に戻って来て、村人の治療が行われたのだ。


 戦える人を優先して治療してもらい、急ぎ森の中へ突入したところ、奥でキヨカが倒れているのを発見。


 村に連れ帰って先生に治療してもらい、両親が家に運んでベッドで眠らせた。


 数日間寝込んだということもなく、キヨカは翌日目を覚まし、今に至る。


「(そっか……終わったんだ)」


 地球に居た頃では考えられないほどの大怪我を負いながら、それでもなお強大な邪獣に立ち向かった。異世界版に体が作り替わっているとはいえ、精神は普通の女子高生。結果として勝てたものの、PTSDになってもおかしくないくらいの出来事だ。


 だがキヨカは邪獣との戦いや、その時味わった痛みを思い出しても、パニックになることはない。

 強い精神の持ち主なのか、何らかの保護がかけられているのかは分からないが、一つだけ言えることがある。


 家族一緒に、笑って今日を迎えることが出来た。


 約束を守れたのだ。


「キヨカ、ありがとう」

「お父さん?」

「キヨカのおかげで、俺たちは救われた。本当にありがとう」

「……うん、どういたしまして」


 感謝の気持ちを素直に受け取る。

 これって案外難しいことだ。特に日本人の場合、『大したことでは無いです』と遠慮することが美徳とさえ思われている節がある。だがそれは、心からの感謝の気持ちを侮辱することにもつながりかねない。素直に受け取るからこそ、相手の心が軽くなる、キヨカはそれを知っているから、両親の感謝を素直に受け取った。


「ご飯食べたら、村のみんなにも顔を見せてあげなさい」

「うん、もちろん」

「ふふふ、村の英雄に会えるのをみんな待ってるわよ」

「うう~恥ずかしいなぁ」


 キヨカからすれば、あの凶悪な邪獣に立ち向かってあそこまでダメージを与えた村のみんなの方が英雄なのだ。自分は最後の美味しいところを譲ってもらったにすぎない。


 でも、だからこそ、思う。

 いつかは万全の状態のあの邪獣を倒せるくらいに強くなりたい、と。

 自分の為したことに誇りを抱き、自信をもって感謝を受け止められる自分になりたい、と。


「その前に、この子をどうにかしないとね」

「……?」


 野菜スープを食べ終えた幼女は、キヨカの方を見上げていた。口元にスープがついているのでハンカチで拭ってあげる。


「まだ何も思い出せない?」

「(コクリ)」


 幼女は何も記憶が無いと言う。

 キヨカのベッドで寝ていた理由どころか、自分が何者で、どんな名前なのかすら分からない。


「一応村の人にも聞いてみるが、十中八九アレだろうなぁ」

「やっぱりそう思う?」

「むしろ女神様関連じゃないって思う理由を探す方が難しいな」

「だよねー」


 江波一家をこの世界に転生させた女神様。

 両親も女神様から直接話を聞いており、キヨカに課せられた使命のことも知っている。

 そのため、明らかに不自然な現象は女神様関連の何かだと想像できるのだ。


「あなたは、何かやりたいってことある?」

「(コクリ)」


 これまで何を聞いても知らない一辺倒だった幼女から、初めて情報を引き出せそう。

 女神様がこの幼女を送り込んだ意図が、分かるかもしれない。


「お姉ちゃん」

「私?」


 幼女はキヨカを指さした。


「お姉ちゃんと一緒に居たい」

「かわいい」


 相変わらず表情が乏しいが、妹が欲しかったキヨカにとって、お姉ちゃん呼びはクリティカルヒットだった。しかも一緒に居たいなんて言われて反射的に抱きしめそうになる。何とか堪えることが出来たのは、地球で幼い子供達の面倒を見ていた経験によるものだ。


 言葉だけは少し漏れてしまったが。


「あはは、キヨちゃんに妹さんが出来たね」


 ふわり、と金ウサギが幼女の前に移動する。


「……?なにこれ?」

「ふぇ?」


 幼女は金ウサギを見つめ、こてんと首を傾げた。


「え?あなたレオナちゃんの事見えるの!?」

「れおな?」

「そう、この金色のウサギのこと!」

「うん、見える」


 金ウサギの額を指でつつく幼女。

 ウサギのおめめがばってんになる。


「マジか、本当に居るんだ」

「お母さんは信じてたわ」

「ちょっとお父さん!お母さん!」


 実はこの金ウサギ、キヨカにしか見えないし声もキヨカにしか聞こえない。

 両親にはレオナの存在を伝えてあるが、傍から見ていると虚空に話しかける怪しい人になってしまうので、村人の前では話をしないことにしていた。


 しかし不思議なことに、女神様に関係のある両親ですら見えないレオナの姿をこの幼女は見えるというのだ。これで女神様に関係が深いという予想に信ぴょう性が増した。


「よろしくね、ええと……キヨちゃん、この娘の名前どうするの?」

「名前か……どうしよっか」


 確かにこのまま「あなた」と呼ぶのは失礼だ。

 でも相手は同じ人間。犬や猫とは違う。

 すでについているだろう名前を無視して、仮にとはいえ勝手に名前を付けて良いものか。


「お姉ちゃんがつけて」

「いいの?」

「それがいい」


 他に方法は無いし、本人がそれを望むなら良いかと思い、キヨカは幼女の名前を考える。


 灰色に近い髪に、金色の瞳。

 つるつるのお肌はやや白人寄りか。

 他に特徴といえば、野菜スープを美味しそうに食べていたことくらいか。


「じゃあ『ポトフ』でどう?」

「「「えぇ」」」


 野菜スープから連想したのだろうが、人間に食べ物の名前をつけるのはいかがなものか。

 両親とレオナが思わず声を揃えてしまったのも仕方がない。


「分かった」

「「「えぇ」」」


 だが幼女は何ら問題が無いと受け入れた。

 むしろほんのりと嬉しそうだ。


「キヨカ、自分の子供に名前を付ける時は、私たちに相談するのよ」

「ちょっと!私はキラキラさせないよ!異世界だし、カタカナ風で可愛い響きだし良いじゃん!日本人だったら絶対つけないから!」


 ネーミングセンスの無さに思わずキヨカ母が突っ込んでしまったが、キヨカは異世界なら許されると反論する。許される……のだろうか?


「そうそう、キヨカがこど……も……だとぉ!?」


 一方、キヨカ父は違う所でひっかかってしまった。


「い、いやだがこの世界ではキヨカは準成人。結婚していてもおかしくは無い年齢だ。だがっ……ぐぅっ……!」

「お、おおお、お父さんっ!ななな、なにいってるの!」


 父親が何を考えているか察したキヨカは、真っ赤になって抗議する。


 キヨカはこれまた最近の若者にしては珍しく、性の話に耐性が無い。過激な少女漫画から知識そのものは得られているが、それでもなお昭和の女性のような(偏見)初々しい反応をするため、同級生から良く揶揄われていた。


「お姉ちゃん?」

「あ、ううん、なんでもないの。あ痛っ!」


 動揺して慌てて手を振っていたら、テーブルにぶつけてしまった。


「つぅーっ、地味に痛い」

「もうキヨカったら、早く冷やしてきなさい」

「うん」


 魔冷蔵庫から氷を出そうと立ち上がったキヨカを、ポトフが呼び止める。


「待って、お姉ちゃん」

「ポトフちゃん?」


 ポトフはキヨカが怪我をしたところに手をかざす。




「ヒール」




 たちまち痛みがひいて、打ち身が完全に治った。


「ポ、ポトフちゃん、回復魔法が使えるの!?」

「……そうみたい」


 自分の事なのに良く分かって無いような雰囲気だ。


「もっと使える?」

「わかんない」


 魔法は使い放題というわけにはいかない。

 キヨカが技を使うのにWPを必要としたように、魔法もMPが必要なのだ。

 もっとも、この世界の住人はパラメータを見えないため、経験で何回使えるかを判断している。

 今使えることを知ったポトフが、自分のMP量について分からないのは当然だ。


「キヨちゃん!ポトフちゃん、あと何回か回復魔法使えるよ!」

「分かるの?」

「うん!」


 だがレオナがそれをサポートする。

 地球側では、キヨカと同様にポトフのパラメータが見えるようになっていたのだ。


「ポトフちゃん、お願いがあるの!」

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