6. 【地】灰化1

 世界は大混乱に陥った。


「はい、110番です。事件ですか、事故ですか。何がありましたか?」

「じ、事件です!」


 日本中の110番はパンク状態で、ほぼすべての警察官が外に出払っており、こうやって受け付けたとしても直ぐには対応できない状況になっていた。


「人がっ……人が灰になっちゃったんです!」


 人間灰化現象。


 それが、世界中の至る所で発生した。


 街中で、社内で、校内で、公園で、家で、電車内で、時と場所を選ばず、人が次々と灰になって消えて行く。


 灰化を目撃した人はそれをSNSに投稿し、それを見た人々は悪質なデマだと思い乾いた笑いを浮かべるが、直ぐに自分も灰化を目撃して真実だと理解する。


 SNSのトレンドは『灰化』一色となり、瞬く間に世界中がその現象を知ることとなる。


 人々は謎の声が言う『人類の消去』と『人間灰化』に繋がりがあると想像し、強い恐怖を抱き始める。次は自分が消されるのではないか、と。


 一月。


 たった一月で、世界人口の三割が灰になったと噂が広まった。


 ただ、あくまでも噂であり事実であるかは分からない。国が目安として公開した数値から誰かが想像した値だからだ。


 その国が公開した値でさえも、決して正解に近いとは限らない。


 その理由は、誰が亡くなったの分からないこと。身につけている物どころか、運転している車ごと灰になるため遺留品が残らないのだ。そのため、国は見つけた灰の数を死者数として仮で公開していた。


 だが、一人暮らしなど灰化していても見つかっていないケースが山ほどあり、実際の死者数との乖離は大きいとされている。


 更には国によっては灰の数を真面目に数えていないところも多い。


 そのため、世界全体でどれほどの人命が失われたのか、正確なところは誰も把握できていなかった。 


 ただ、周囲で起きている灰化の数があまりにも多く、本当に三割近くの人間が灰になったのではという強い予感だけはあった。




 とはいえ、人々は愚かであるかもしれないが、馬鹿では無い。


 謎の声の言葉と、SNSで拡散された灰化した人の状況を合わせて、大まかな灰化の条件を見つけ、死者の爆発的な増加を防ぐことに成功していたのだ。


『もしかして、悪い奴が灰になってんじゃね?』


――――――――


 最初に甚大な被害を受け、灰化を一般に広く周知させたのは、テレビ業界だ。


 謎の声が流れた時間帯は平日の夕方であり、各局ニュース番組を放送していた。中継で街の人に話を聞くコーナーや、美味しいグルメを紹介するコーナー、与党の不祥事について糾弾するコーナーなど、それぞれ放送内容はバラバラだ。


 声が流れた時も、プロ意識のたまものか、テレビの出演者達は反応せずに自分の仕事を全うしようと番組の継続を試みた。だが、声の異常さにいち早く気付き、『特ダネ』の気配を感じた関係者の手腕により急遽触れることになる。


「なんでしょうね、コレ。日本中で聞こえてるらしいですよ」

「まっさかーどうせ誰かのいたずらなんでしょ」


 なんて呑気なコメントをしている局もあれば、


「まるで中学生のポエムを聞いているようですね。これを考えた人は絶対子供ですよ」


 なんて訳知り顔で犯人像を予想する教授がいれば、


「みなさん、何が起きているか分かりませんが、決して慌てず恐れず、普段通りの行動をしてください」


 などと、災害時のテンプレを流用して注意を促す局など、その反応も様々だ。


 謎の声が途切れた後、しばらく時間をつないで何も起きないことが分かってから、番組は元に戻り当初の予定通りのコーナーに戻る。


「次は先日行われた記者会見での、総理の問題発言について……えっ……うわああああああ!」

「ミルノさん、あなたの手が……って私もっ!」

「だ、誰か助けっ!」


 番組の出演者が突如全員灰化した。


「次は今流行している〇〇につい……きゃあああああ!」

「何が起きてっ……!」

「はぁっ!?!?」


 全く趣旨が違うコーナーを放送しようとした他の番組でも同様だ。


 他の局も次々と出演者が灰になってゆく。


 明らかな放送事故。普通ならばすぐに事故用の画面に切り替わるはずが、しばらくの間なんら音沙汰もなく誰もいなくなったスタジオが映され続け、見ている人を困惑させた。まだその時はそれが本当の人の死であることなど知らない視聴者は、面白いことが起きたと喜び勇んでSNSに投稿し、侮辱の意味をこめた言葉をセットで投稿した者の一部は、灰になった。


 実はその放送中の番組制作に関わっているすべての人が灰となり、それ以外のテレビ局関係者も次々と灰化し、誰も事故に対応することが出来なくなっていたのだ。


 灰化が始まってから一週間、テレビ局関係者の九割が灰化し、テレビが復旧することは無かった。


――――――――


 後に灰化は自衛隊を中心とした専門部隊によって対応することになるのだが、灰化現象の開始直後に直接立ち向かったのは警察官。


「みなさん下がってください」


 灰が積もった場所が外から見えなくなるようにブルーシートを張る。


「シート張ったとこで、別に見せられないもんがあるわけでもねーんだがな」

「そんなこと言わないで下さいよせんぱ~い」

「だってよ、この灰なんてスマホでちょろっと調べれば山ほど出て来るぜ。個人情報が分かるわけでもないし、タダの灰だよ」


 灰化が始まってから数時間。

 すっかり陽の暮れた街を駆けまわる警察官の役目は、灰を集めることだ。最初のころは周辺の人への聞き込みや監視などを行っていたが、街中で発生する灰化の一つ一つに対応しきれなくなり、灰を大きな袋に集めて時間と場所と書いて次の現場に行くのを繰り返すだけの作業となっていた。


「ブルーシートわざわざ設置する時間が無駄だよ。さっさと集めて次の現場にいかねーと、一晩経っても終わらねーぜ、こりゃ」

「応援は来ないんですか?」

「無理だな。どうも上の方でコレになった連中が多いらしくて、人員割く余裕が無いんだと」

「そっちは一件につき何人使ってるんでしょうかねぇ」

「さぁな」


 スコップで灰をすくい袋に入れるだけの単純作業。グログロしぃ遺体を見るのは精神的にクるが、こっちはこっちで肉体労働感が半端ない。


「流石にちょっと疲れたっすね。そこの自販機でコーヒー買ってきます。先輩はいつものでいっすか」

「おぅ、サンキュな」


 ブルーシートを取り外し、詰め込んだ灰をパトカーにぶち込んだら、その灰を署に戻してから次の現場へ直行する。肉体労働の連続で体が悲鳴を上げかけていたので、署に戻る前に近くの自販機でコーヒーを買うことにした。


「朝までには終わるっすかねぇ……」


 後輩と思われる警察官が、先輩の分までコーヒーを買い、取り出し口から手に取ったその時、彼に心無い言葉を投げかける輩が現れる。


「ジュースなんか飲んでんじゃねーよ!この税金泥棒!」


 警官がため息をつきながら後ろを振り向くと、男の体が灰になるところだった。


「な、なんだこれ、手が灰にっ……うわああああああああああああああ!」


 この数時間で何件もの灰を処理してきた警察官だったが、灰になるところを目撃したのはそれが初めてだった。これまで事務的に作業を進めて来たが、今はじめて自分が扱っているものが『人間』だったのだと実感させられる出来事だった。


「マジかよ……」

「マジらしいな」

「先輩」


 いつの間にか先輩がそばにやって来ていた。


「ついでだ、予備の袋に詰めんぞ。またブルーシートの準備頼むわ」

「は、はい!」


 後輩がパトカーに仕舞ったブルーシートを取りに行く間、先輩警察官は署に戻った時に同僚から聞いた話を思い出した。


『さっき俺、灰になるところを目撃しちまったんだよ』

『へぇ、マジか』

『ああ、灰を集めてたら突然変なのに絡まれてさ、【お前らがちゃんとしないからこんなことになってるんだ!】って詰め寄られたんだ。そしたらそいつ、その場で手からさぁ~って灰になっちまった』


 その話も、今回も、相手を罵倒する人が被害者だ。もしかするとそれが条件かも知れない。警察官は署に急ぎ一報を入れた。


――――――――


 現場で努力するのが警官ならば、国民に全体の対応指針を示すのは政治家だ。


 だが、それをどうでも良いと考える政治家も少なからずいた。


「何か、人間が灰化するらしいですよ」

「何を馬鹿なこと言ってんの。そんなことより次のネタはまだなの!?」


 与党の不祥事を追求することのみに苦心し、政策についても否定のみで自らの意見を述べようともしないことで有名な女政治家。今期の国会でも与党の重鎮の失言を苛烈に攻め続けて本来やるべき政策についての議論を中止に追い込んだ彼女は、部下に命じて与党をさらに追い込むためのネタを探させていた。


「無いなら無いで作りなさい!二週間は失言追及で持たせるから、その後に使……え?」


 部下に不祥事の捏造を指示していた彼女の最後は、普段の苛烈さとはうってかわって静かなものだった。




 とまぁこのようにすぐに灰になるものもいれば、状況を正確に判断して生き残る政治家もいる。


「総理、人々が灰になっているというのは、間違いないようです」

「そんなことは分かっている。原因を早く突き止めるんだ!」


 知っているに決まっている。総理大臣の目の前で、すでに何人もの政治家が灰になっているのだから。国会で毎回パフォーマンスじみた質疑を繰り返してくる野党の女性政治家も、先ほど灰になったと連絡があった。


 ありもしない不祥事をでっちあげる相談をしていたら灰になった、とは聞いたがで灰になるのだとしたら政治家は全滅するのではないか。


 事実、半分以上の政治家が灰化しており、その中には上層部も多く含まれている。


「(まったくもって情けない。本気で政争が出来る人物ならば、くたばるはずがないだろうに。それほどまでに、政治家としての質が落ち切っていたということか。それとも案外元からこんなもんだったのかもな)」


 政治家になりたてのころから、人脈を作り、派閥を見極め、コツコツコツコツと自分の立ち位置を強化していった。作るべき敵を作り、作るべき仲間を作り、欲望渦巻く政界の中で、時に荒波に呑まれながらも僅かなチャンスを逃さずモノにし続けて来た。


 その結果が総理大臣というポストなのだ。


 ここに辿り着くために、国民のことなど何一つ考えたことが無い。国民感情など、自分が政界で生きていくために利用する道具の一つに過ぎない。その割り切りが出来ない人物は、政治家として長生きは出来ないだろう。


 そんな生き方をしてきた彼だからこそ、分かることがある。自分が何を求められていて、生き残るためには何をすべきなのか。


「(あの声は人間を『愚か』と呼んだ。ならば『愚か』でない行動をすれば良い)」


 誰から見ても真っ当だと思える行動をする。たとえそれが陳腐で当たり障りのない内容であったとしても、『愚か』でなければ良いのだ。


 これまでは国民のことを考えていなかったから、庶民感覚が無いと無駄に叩かれた。それすらも話題作りに利用出来、野党が無駄に質疑に時間を使ってくれるからありがたかった。


「(これからは国民に忖度するか。いや、それは『愚か』な扱いになるかもしれん。それよりも第三者から見た『真っ当』を意識するべきだ。それで叩くような輩は、きっと灰になるだろう)」


 むしろこれまで以上にやりやすくなるかもしれない。

 『愚か』な行為で政争を仕掛ける政治家や、不当な理由で政治に批判の声を上げる国民は、灰になってしまうのだ。それならば、自分が失脚することはあり得ない。 


 就任後、最大のピンチを迎えた総理は、豪華な椅子に座りながら不適の笑みを浮かべていた。

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