5. 【地】絶望のはじまり
戦争、大災害、病気。
様々な要因により、今も昔も多くの命が失われてきた。
だが、どれだけ大規模な悲劇が生まれたとしても、ヒトの歴史は途絶えることなく続いて行く。
地球は将来的に大気汚染のせいで人が住めない星になるかもしれない。
生きるために必要な資源が枯渇するかもしれない。
世界最終戦争が勃発し、地表が強烈な放射線で覆われるかもしれない。
嘘か誠か、人類滅亡に関する噂は数知れない。これらを娯楽の一種として捉えている人すらいるだろう。
実際、人類が滅ぶ可能性を心の底から信じている人など、いないのではないだろうか。
仮にいたとしても、それは自分や家族が生きている間には直接関わることの無い、遥か未来のことであると考えているのではないだろうか。
大災害に襲われ、未知のウィルスが世界中を混乱させてなお、多くの人々は日常がこれからも続くのだと確信していた。
――――――――
日本時間 20xx年04月11日 16:32 世界の終わりの始まりの日
多くの人が新たな一歩を踏み出す時期、四月。
新入生や新入社員は新たな環境に慣れるべく奮闘している最中であり、環境が変わらない者もどことなく新しい一年を迎えて気持ちが切り替わった感覚を味わっている。
そんな始まりの時期に、『世界の終わり』も始まろうとしていた。
『愚かな者共よ』
それは突然のことだった。
世界中の全ての人々が、不思議な声を耳にする。
「お前今何か言った?」
「え、お前じゃねーの?」
パソコンでプレゼン用の資料作りに集中していたスーツ姿の男性は、隣の席の同僚が何か話しかけて来たのかと勘違いした。
「(……ん?風の音かな?)」
軽自動車を運転して家路を急ぐパート帰りの女性は、僅かに開けた窓から流れる風の音かと思った。
「(あれ?今の曲なんか変じゃなかった?)」
電車の席でイヤホンで音楽を聴いている大学生は、聞き慣れた曲にいつもは感じられない雑音が混じっていたような気がして不思議に思った。
謎の声について、気になったとしてもこの程度。殆どの人は単なる気のせいだと思い込み、気にしてはいなかった。
だが、謎の声はさらに続き、人々はソレが気のせいでは無かったことに気付き出す。
『ワレは、知恵ある生物の、存在価値を、審判する者』
とてもゆっくりと、丁寧に言葉を区切りながら話しかけてくる。声質にはまったくの雑味が無く、一言一句はっきりと聞こえて来るため、聞き間違いでは無く本当に聞こえているのだと実感せざるを得なかった。
「あれ、気のせいじゃないのか?おーい!ちょっと止めてくれ!」
工事監督が、重機の稼働を止めるように指示をする。爆音の中で聞こえて来たということは、相当大音量で流されている声なのだと判断したが、次の言葉を聞いてそれが勘違いであることが分かった。
重機の爆音あるなしに関わらず、耳に入る声の音量はまったく変わらなかったのだ。
「ねぇ、お母さん、綺麗なお姉さんの声が聞こえるよ」
この声は子供にも聞こえていた。
保育園から帰宅途中、不思議な出来事に気持ち悪さを感じていた母親だったが、屈託のない笑顔でこの声を褒める息子に何て返したら良いか分からず戸惑っていた。
謎の声は、明らかに女性のもの。
抑揚がやや無機質であるが、穏やかで優しい柔らかな声質であり、言葉が胸に染み渡るような心地良さを感じられる。だが内容は、優しさとは正反対のものであった。
『この世界の、ヒト種の、魂の、在り方は、あまりにも、醜悪だ』
テレビか何かの声が聞こえてきているのではないか。
誰かが動画をイヤホンせずに垂れ流しているのではないか。
近くで宗教団体が拡声器を使って叫んでいるのではないか。
人々は、謎の声が聞こえるという現実を、自分が理解できる範囲の事象に落としこんで無理矢理納得させ、元の日常に戻るように行動しかけていた。
だが、この声が人類を侮辱する言葉を吐いたことで雰囲気は一変。
こいつやべーやつだ。関わらないようにしないと。
多くの人が『無視』を決め込むことにしたのだ。
ちなみに、最初から注意して内容を聞いていた人はとっくに『やべーやつだ』と判断している。そうでない人は、気のせい、本当に何か聞こえる、というステップを経てようやくちゃんと内容を聞いたので、遅れて『やべーやつだ』と意識したのである。
だが、その声は『無視』などさせない爆弾を投げて来た。
『その醜さは、永遠に、変わることが無い』
『ゆえに、我は、ヒト種を、消去する』
この声は人を、自分を殺すと宣言したのだ。
何を馬鹿なことをと笑う人も居た。
子供の耳を塞ぎ、聞かせないように行動する親も居た。
早くこのくだらない動画の再生を止めるように騒ぎ立てる人も居た。
だが、実はかなり多くのヒトが、この声に恐怖を抱いた。
それはSNSの普及のせい。
地球では異常があればすぐにSNSに投稿する文化が根付いているため、この声のことをSNSに投稿する人が多かった。当然、それを見た人が自分も同じ声が聞こえていると投稿する。
そしてすぐに気付くのだ。
自分が、世界中が、同じ声を聞いているのだと。常識では考えられない異常事態が起きているのなら、本当に殺される可能性があるかもしれない、と。
謎の言葉が途切れ、何が起ころうとしているのか不安になる人々。自分に害を及ぼす何かが発生していないか周囲を確認しながら、同時にSNSを見てリアルタイムの情報を知ろうとする。
なんだよ、何も起きないじゃねーか。
中二病のセリフに世界中がビビってて草。
結局これ何なの?
俺死んだよ
成仏してクレメンス
何も起こらず、このまま謎のまま終わるのかと思われたが、声は続いた。
『だが、最後に、チャンスをやろう』
その声が告げた内容は、ごく一部のサブカル好きには馴染みのある、テンプレであった。
『ある人物を、別の世界に、転移させた』
『その者には、その世界を、救うよう、使命を与えた』
『その者が、使命を、果たすことが、出来た時、もう少しだけ、消去を、待つこととしよう」
ここに来て異世界モノの話が出て来て、今度はサブカル界隈が爆発的に盛り上がった。また、アンチの多い界隈でもあるため、批判的な意見が噴出しかけた。
どちらにしろあまりにも稚拙な内容に、大掛かりな誰かのいたずらなんだろう、と世界中の人が結論付けようとした。
『だが、それまで、何もせぬというわけには行かない』
それを許さぬとばかりに、声は何かが起こるということを匂わせる。
話の流れ上、その内容が次に来そうだが……
『彼の者が何らかの結末を迎えるまで自らの罪を贖うが良い』
謎の声は突如話のスピードを上げて、話を切り上げてしまった。
この謎の声は、日本人だけではなく、世界中の全ての人が理解できる言語で話をしており、深夜を向かえていた北南米地域の人は、強制的に叩き起こされ、寝ぼけ眼の中で聞かされることとなっていた。
そして、誰もがいたずらだと思ったこの声が、真実を告げていたということをすぐに思い知らされることとなる。
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