4. 【異】ボス戦(グレイグヴィーク)
村を襲ったモグラの邪獣。
その名はグレイグヴィーク。
穴から出ている時は両前足で地面を掴んで上半身を支えており、地上に出ている部分だけでも体長四メートルはある。三本の指先には鋼鉄すら斬り裂く長く鋭い爪があり、敵対する相手を容赦なく斬り刻む。
体表は硬い鱗で覆われ、武器も魔法も簡単には通さない。
土竜。
その名の通り、竜の一種なのだ。
「あなたがみんなを苦しめたモグラの邪獣ですか。ずいぶん酷い有様だね」
匂いに連れられて洞窟の中から現れたモグラは、聞いていた通りに満身創痍。鱗は剥がれ落ち、体の至る所から血が流れ出ている。片目は潰され、三本ずつあったはずの爪も右手に一本残るだけ。その残った爪も、半ばから折れている。
「あははっ、こんなに弱ってるのに、勝てそうな気が全くしないよ。困ったなぁ」
「キヨちゃんっ……」
逃げて、と言いたいレオナ。
だが、逃げたところで回復した邪獣による死が待っていることは確実なため意味はない。それゆえ、ただひたすらに無事を祈ることしかできない。
レオナ自体には戦闘能力が皆無なのだ。
「それでもね、私は退けないんだよ」
勝てるかどうか分からないけど頑張る、などという次元の話では無い。勝たなければ全てが終わってしまうのだ。
「ううん、違う。退きたくないんだよ。私の大切な人たちを傷つけたあなたを、許せるわけが無いじゃない!」
恐怖を上回るほどの怒り。
村人達が倒れ苦しむ中、冷静に対処していたキヨカだったが、それは自分がやるべきことがあったから。怒っている暇があるくらいなら、少しでも彼らの助けになるよう行動することが、キヨカにとっては当たり前のこと。
ここに来て、その制限から解除されたキヨカの心は、純粋な怒りに満ち溢れていた。
「それじゃあ、行くよ」
キヨカが剣と盾を構えると、邪獣も目の前の敵を排除すべく唸り声を上げる。
これからはじまるのは、人生で初めての死闘。
生と死をかけた戦いとは無縁の世界にいたキヨカが体験する、本物の戦い。
ふと、父親との約束がキヨカの頭に浮かぶ。
『もしキヨカが自分の使命を果たしたいと思うのなら、お父さんもお母さんも止めはしない。でも、一つだけ約束して欲しいことがある。それさえ守ってくれるなら、キヨカがこの先どんな道を選択したとしても俺たちは全力で応援するよ』
キヨカが戦いたいと思ったならば、どんな危険なことだってやっても良い。
命をかけたってかまわない。
怒ったって、復讐心に駆られたってかまわない。
逆に諦めて逃げてしまっても絶対に否定しない。
これらを認めるために必要な、簡単で、とても難しい約束事。
『皆で必ず明日を笑顔で迎えること』
これがキヨカが両親と結んだ約束。
ここで邪獣から逃げだしたら、明日には全滅して笑顔は潰えてしまう。
ここで邪獣に敗北したとしても、同じこと。
邪獣と相打ちになったら、村の人たちが笑顔で迎えられない。
父との約束を果たすには、勝って無事に帰る以外の選択肢は残されていない!
「明日を笑顔で迎えるために、村のみんなのやり残しを終わらせます」
モグラ退治が始まった。
――――――――
「まずは一撃っ!」
戦闘の最初の一撃はキヨカだ。
モグラの懐まで入り込み、右斜め上から剣を振り下ろす。
傷ついた箇所に沿ってえぐるように振り切った剣から、肉を断つ感触が伝わってくる。
だが、それだけでは瀕死のモグラへのトドメとしては弱い。駆け出しの戦士であるキヨカの力では、何度か攻撃を当てなければ倒すことは出来ないようだ。
痛みに体を捩るモグラの手が当たることを嫌がり、一旦元の場所まで退避するキヨカ。そのキヨカに向けて、今度はモグラの右手が振り下ろされる。
「きゃああああっ!」
避けること叶わず、折れた爪が直撃し、盾ごと後ろに吹き飛ばされて地面に二度バウンドする。
その威力は、道中のねずみやチューリップ達の攻撃の比では無く、全身が砕かれたかのような痛みに意識が飛びそうになる。地面に触れた際に怪我をしたのか、頭部から血が流れ右目に入ってくる。
「はぁっ……はぁっ……」
常人では耐えることも難しい痛みにのたうち回る時間がキヨカには残されていない。どれだけ辛くとも、素早く立ち上がって次の行動に移らなければならないのだ。
「回復はっ……まだ大丈夫っ!」
激痛が走るが、まだポーションを使うには早い。ねずみ達との戦闘経験により、自分がどれだけまで耐えられるのか感覚的に理解していた。後三発程度なら耐えられる。
「こ……今度はこっちの番っ!」
木の盾をその場に置き、剣を両手持ちにしながら再度モグラの懐に潜り込む。
走りながら上段の構えになり、集中して両腕に力を篭める。
『はじまりの技:断』
上段からの振り下ろし。
キヨカが最も好きな攻撃方法。邪気の森での訓練により、より効果的に相手にダメージを与える体の動かし方が身に着いた。レオナが邪獣との戦いに慣れるようアドバイスしてくれたおかげだ。
ちなみに技名はその際に思い浮かんだものである。
「ぐおおおおおおっ!」
初撃よりも大きなダメージを与えたものの、まだ斃れる気配はない。
再度退いて、地面に置いた木の盾を再度装着すると、今度はモグラから右手で地面スレスレを払う攻撃がやってきた。
「ぐうっ!」
体の真横からの衝撃を受け、またしても盾ごと吹き飛ばされて地面に転がる。
左膝近くの僅かに剥き出しになっている箇所の肉がえぐられ、骨が見えている。
「キヨちゃん!」
たった二撃。
それだけでキヨカの全身は血だらけで、骨はひびだらけだ。
「ま、まだ……まだぁっ!」
気を失いそうなほどの激痛が襲っているはずだが、それでもまだ立ち上がるキヨカ。
「ポーション使って回復して!」
「まだ……耐えられる!」
「ダメ!相手が連続で攻撃してこないとは限らないから!」
これまでと同じくらいのダメージならまだ耐えられる。そう思っていたキヨカだが、連続で攻撃されることを考えると確かにここはレオナの言う通りにした方が良いと判断する。
「んっ……ふぅ」
傷が塞ぎ、骨が見えていた場所も修復され、全身の痛みも大分軽減された。ポーションの効果の素晴らしさを堪能したいところだが、モグラはその暇を与えてはくれない。
「ぐうううっ!」
今度は逆側からの払い攻撃。
上手く飛んだので骨が見えるような大怪我はしなかったが、全身の激痛は復活した。どこか骨が折れていてもおかしくない。
「でもここは攻めるチャンスだ!」
先ほどポーションで回復したおかげで、まだ体力には余裕がある。
モグラが一番怪我をしていてダメージを与えられる場所は、モグラのお腹の部分。そのため、同じことの繰り返しになるが、キヨカは何度もモグラの懐に潜り込み、上段攻撃をする。
『はじまりの技:断』
攻撃を当てたら退避して相手の攻撃を受け、苦しくなったらポーションを使って回復する。
この繰り返しだ。
単調になってしまうのは、キヨカ側だけではなくモグラ側にも理由がある。
キヨカの母親が言うには、当初モグラは地中に潜り込んでから突き上げるような攻撃や、土魔法を使って岩石を飛ばしてくる攻撃など、多彩な手段で攻めて来たとのこと。でも、今のモグラは魔力が尽き、体がボロボロで地面を素早く掘ることも出来ず、攻撃手段が限られてしまっていた。
ゆえに、お互いに死と隣り合わせの単純な殴り合いを続けるしか無かった。
「もうダメっ……断は使えないっ!」
上段に構えても、力が入らない。
この先は普通に斬るしかない。
「くふっ……」
モグラの払いがみぞおちにあたり、一瞬息が出来なくなった。
「かぁっ……はぁっ……あう゛っ……」
地面にバウンドしながら吹き飛ばされたキヨカの肋骨は、間違いなく数本折れていた。
「ぽー……しょ……ん」
動けなくなるギリギリの状態から、辛うじてポーションを摂取して回復する。
「これで最後……」
全てのポーションを使い切り、威力のある断も使うことができず、後は死ぬまで通常攻撃を続けるしかない。
「かなり攻撃あててるのにっ……どんだけしぶといのっ!?」
どこが瀕死だと、どこが一撃で倒せるのだと、思わず文句を言いたくなる。
断を五発、通常攻撃は数えてはいないがおそらく五発以上は当てている。いくらキヨカが初心者とはいえ、そろそろ倒せなければおかしい。
だが、いつまでも終わらない戦いと、痛みと、回復アイテムが尽きたことにより、キヨカの心は折れかけ始めていた。
もしかしたらダメかもしれない。
笑って明日を迎えられないかもしれない。
「……キヨちゃんっ……死んじゃやだぁっ!」
「レ……オナ……ちゃ……」
「もうあんな思いをするのはやだよぉっ!」
「……!!」
キヨカは自分のせいではないが、親友を笑顔の明日に連れて行けなかったことがある。
そんな不幸者の自分が、こうしてやり直しのチャンスを与えられたっていうのに、この程度の困難で諦めるなんて、出来るわけが無い。
まだみんなが笑う未来は、潰えたわけでは無い。
全てが終わるその時まで、諦めてなるものか。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
上からの叩きつけで後ろに吹き飛ばされ、額がぱっくりと割れて血が噴きでてくる。
すでに回復手段は尽きている。痛みとかそんなものはもう感じるだけ無駄なこと。
再度モグラの懐に潜り込み、力のほとんど入らない右手で握った剣を、気合だけで振り下ろす。
「これで……終わりだあああああああああ!」
モグラの傷口から噴き出る大量の血液をその身に浴びながら、剣を支えに辛うじて立ち続けるキヨカ。
そのキヨカに向けて再度反撃の一撃を与えるべくモグラの右腕が上が……らなかった。
「ぐぅおおおおおおおおおおおおお!」
天に向けての咆哮と共にモグラの体内からいくつもの光が外に漏れ出し、光の粒子となって消えていく。
「キヨちゃん!」
「ぶいっ!」
笑顔まま、キヨカはその場に倒れた。
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