271.双銃の死神 後編
「いくら鎧が固くとも、これは流石に堪えるだろ」
不安定な態勢でシャンデリアなんて重量のある物が高所から落下してくれば、人間なんてちっぽけな生物は下敷きになるしかない。
派手な音を鳴らしながら地面に散らばるシャンデリアの破片を躱しながら、俺は倒れるドレグを見つめる。
「くっ……!」
公爵家の当主である自分が、何の地位も持たない人間に見下ろされる。その事実が余程屈辱だったらしく、ドレグ小さく体を震わせた。まぁ、意図して見つめたわけだが。
「小癪な真似を……!この程度、我には痛くも痒くもないぞ」
「そうだろうな。だけど残念」
もう時間切れだ。
「やほ。もしかして苦戦してる?」
「どうせエイムのことだし、有効な手段は使えないとかそんなところでしょ」
「ご名答。お前のお父さん、ちょっと硬すぎるぞ」
騎士団達を倒したシルヴィアとリーゼの二人が俺の元へと合流してきた。後ろを見ると、見るも無残な光景が広がっている。
「なっ……!」
「……これやったのリーゼか?」
「ん」
俺もドレグも、互いに集中していたために気が付かなかったが、後ろには氷の世界が広がっていた。今までは気にしていなかったが、意識すると少し寒くなってきた気がする。
まぁ、リーゼも内心、それだけ腹を立てていたということだろう。大多数が気を失っているものの、見た感じ死者はいないようだ。あのまま放置するとまずそうではあるが。
「私の方も、しっかり倒して来たわよ。ほらあそこ」
シルヴィアが指さす方向に目を向けると、そこには気を失った傷だらけのエルドリッドの姿が。鎧を着ていたはずだが、周囲に散らばる金属片がその残骸なのか?
なんというか……二人とも、いつの間にか随分強くなってるな。俺もうかうかしてられない。
「……で、まだやるか?三対一だけど」
考えるのは後にしよう。そう判断して、俺は瓦礫となったシャンデリアから抜け出し、立ち上がったドレグに話しかける。
「……当然だ。どれだけ数が増えようと、貴様らでは我の防御を突破することはっ」
ドレグの続きの言葉は、真横を通り過ぎたフェスカの一撃によって遮られた。全力ではないにしろ、それなりの魔力が込められたその一撃は、屋敷に大きな風穴を開ける。
「勘違いするなよ。鎧だけをどうにかする手段がないだけで、あんたの生死を考えないのであれば、どうとでもなる」
いくら硬いと言っても、迷宮の壁より硬いわけではない。ただドレグを殺したことによる後々の影響を考えると、それは憚られるので使わなかっただけだ。
「………」
「じゃ、帰るか」
「ん」
「そうね」
シルヴィアの一件が解決……したわけではないが、話し合いで解決することが出来ないのなら、これ以上はここにいる意味がない。それに、『エルドリッドを倒す』という向こう側が提示した条件は既に達成している。
「……じゃあね、お父様」
ラル=フェスカをホルスターに収め、呆然と宙を見つめるドレグを一瞥し、俺達はグリードハイド邸を後にした。
♢ ♢ ♢
「………」
英夢達が屋敷から王城へと戻っている頃、屋敷のメイド達に騎士団の応急処置を指示したドレグは、一人執務室で目を瞑っていた。部屋には誰にも来るなと言っているので、余程の事案が発生しない限りノックの音が鳴ることは無い。
考えるのは、今日の一件。特に英夢のことである。
(見た目はただの青年、これまで目にしてきた日本人と大差なかった)
少し髪色は珍しいものだが、英夢の顔立ちは極々一般的、普遍的なものだ。
(だが……奴は何かが違う。極めて本質的な部分で)
自分達だけでなく、【
だが、そんなドレグからしても、天崎英夢という青年の姿は、異質に見えていた。
「あれは、何だったのだ」
英夢が放ったフェスカの一撃、それが兜を掠めた時、ドレグの瞳には、英夢の頭上に巨大な虚像が映っていた。
(見た目はレイスのようだった……だがそれならば、何故これほどまでに恐ろしく感じるのか)
虚像の姿は、レイスというアンデッド系の魔獣に酷似していた。ドレグは騎士団に所属していた頃に討伐をしたことがあるが、実体がないということで厄介ではあったものの、当時のドレグは既に上位職である【
だから、そんな姿に恐怖心があるわけでも、トラウマがあるわけでもない。
「シルヴィアよ……一体、何に手を出したのだ?」
もしドレグが英夢の本当の職業を知っていたのであれば、虚像の正体にも気付いただろう。
──あれこそが、死神の真なる姿だと。
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