269.神速の戦乙女

 ──side Silvia──



「『剛力アームズ』!『疾風アクセル』!」

「へぇ、やるじゃない」



 自然な動作でスキルを複数同時に発動するエルドリッドに、私は評価を少しだけ改める。



「ふぅ……」



 呼吸を整え、視野を意図的に狭めて、エルドリッドのみに焦点を当てる。他の騎士達はリーゼが相手をしてくれているし、父様もエイムならなんとかできるはず。私は、この男だけに集中すればいい。



「……いくぞ」



 さっきまで比べ倍以上の速度を手に入れたエルドリッドは、一直線に私に襲い掛かる。恐らく、筋力も倍化しているはずだから、油断していると痛い目を見ることになるわね。



「そんなこと、するはずがないのだけど」

「はあああああああ!!」



 黒剣に魔力を流し、エルドリッドの渾身の一撃を、私は真正面から受け止める。そのまま互いに勢いを殺さず、私達は鍔迫り合いに発展した。



「ばか、な……!」

「どうしたの?私が受け止めたのがそんなに意外?」



 まぁ、そうでしょうね。以前の、三年前の私なら、エルドリッドの攻撃をこうも容易く受け切ることはできなかったでしょうから。



「速度だけじゃなく、力でも負けていると分かった気分はどう?」

「くっ!」

「例えスキルで強化したとしても、二倍や三倍程度じゃ、貴方は私に及ばない。これが、何よりの証拠よ!」



 強引にエルドリッドの体を前に倒し、一歩踏み込んだ私は、勢いそのままに連撃を開始する。鎧ごと切ってやっても良いけど、時間がかかるから関節部をひたすらに狙い続ける。



「させん!」

「いつまでもつかしらね、その虚勢が」



 エルドリッドは私の連撃を剣で捌き、姿勢をずらし、必死に抵抗を続ける。時間を稼げば増援がやってくるとでも思っているのかもしれないけど、そっちは期待しない方が良いわよ。



「そろそろかしら」

「……!」



 エルドリッドの剣筋が、目に見えて落ち始めている。なんとなくそんな気がしていたわ。



「複数スキルを同時に展開できるのは素直にすごいと思うわ。だけど、その強化した自分の身体能力を十全に扱うには、まだ至っていないみたいね」



 スキルで筋力や速度を強化しても、その強化に自分の体が振り回されてしまえば、完璧にスキルを使いこなしているとは言い難い。剛力アームズに代表される強化系スキルは、ただ使うだけでなく、強化した体も十全に扱えなければならない。



「お手本を見せましょうか……『迅速果敢クイックレゾルト』」



 私がそう呟いた次の瞬間、エルドリッドの頭を覆っていた兜が宙を舞う。



「良かったわね、兜が無かったら貴方、文字通りの意味で首がとんでたわよ」

「なっ……は!?」



 今更兜が無くなったことを認識したみたい。あともう私はそこにいないから。



「ほら、まだまだ行くわよ」

「やめっ……」



 初めて、エルドリッドの口から弱音が飛び出し、瞳に恐怖が映る。まぁ、だからと言ってやめてあげる理由なんて一つもないけど。



「『力戦奮闘ストレニアス』」

「!!」



 今度は剛力アームズの上位に当たる強化スキルを発動、これで一時的に筋力も強化された。このスキルは上位互換ではあるけど完全上位互換ではなく、強化幅が大きすぎるので、多用しすぎると後日筋肉痛に悩まされる。



「くそっ……おい、いつまで遊んでっ!?」

「あ、シルヴィ。そろそろ終わりそう?」

「……また随分と派手にやったわね」



 一対一では私に勝てないと悟ったエルドリッドが周囲に助けを求めるため視線をやると、そこに広がっていたのは氷に包まれた白い世界。騎士達は総じて倒れ、僅かに意識のある者達も、恐怖と寒さに体を震わせている。



「……そう?」

「あんまりやりすぎちゃだめよ、彼らはあれで王国の防衛の要なんだから」

「いざとなれば、勇者の出番」

「……それ、私達で言って大丈夫なのエイムだけだからね」



 王都在住じゃない部外者の私達が、無責任に放っていいセリフではないわ。私達の行いのしわ寄せを、彼らに押し付けるのは個人的にもあまり乗り気になれない。第一王子のユリウス殿下も、勇者達を国のための戦力に数えるのには難色を示していたし。



「まぁ、ここまでやっちゃったら仕方ないし、後のことは後で考えましょうか。とりあえず、私は私の仕事を終わらせるわ」

「うおおおおおおお!!」



 呑気にリーゼと話す私を見て油断しているとでも思ったのか、必死の形相のエルドリッドが、溢れんばかりの魔力を剣に纏わせながら突進してきた。



「……騎士としてのポテンシャルは、あるんだけどね」

「『斬影千撃サウザンドグロウ』!!」



 私も、エルドリッドもまだまだ発展途上。目の前で幾千の斬撃を繰り出すこの男も、いつか私の父を超え、歴代最強の騎士として名を馳せる可能性は十分にあると思う。私としても、是非超えて欲しい。



「だけど、足りない……『斬影千撃サウザンドグロウ』」



 両膝をつくエルドリッドを見下ろしながら、私は小さく呟く。



「私が目指すのは騎士団長でも、最強の称号でもない。その程度じゃ、私が愛するエイムの背中は追えないから」



 だって、彼は私より遅いのに、私より速く階段を登っちゃうんだもの。




 

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