268.黒衣の暗霊術師

──side Irise──



「さて、と」



 私の相手は、あの団長を除く騎士団の有象無象。数は他の二人と比べて断トツで多いけど、多分二人よりも楽な仕事になりそう。



「……させないよ?」

「うぐっ!」



 シルヴィに斬りかかろうとした騎士の頭に土礫クレストをぶつけて兜を吹き飛ばし、そのまま昏倒させ、そのまま騎士団の方へと視線を向ける。


 あの騎士団、団長のサポートをしようと躍起になっているから、全然こっちに集中していない。それにそもそも、向こうには遠距離の魔術を使える団員を用意していないらしい。【騎士ナイト】にそんなスキルはないのかもしれないけど、流石にバランスが悪いんじゃないかな。



「ええい!向こうだ、まずはあの魔術師から対処するぞ!」

「「「応!!」」」

「ようやく?いいよ、おいで」



 生憎、正面から挑んであげる気はさらさらないけど。



昇突風ストマーレ

「うぐおおおおお!!」

「何かに掴まれ、吹き飛ばされるぞ!」



 地面を這うようにして騎士団に襲い掛かる突風は、重い鎧を意に介さぬかのように次々と空高く突き飛ばしていく。これには大した攻撃性能はないけど、空中では向こうも手の施しようがない。このまま術を解除して、地面に落とすだけでも大半が脱落しそうだけど……。



「念のため、重落ラーレ

「うあ!?」

「やめっ」



 周囲の重力を強くしてから術を解除することによって、落下の勢いを強くしておく。騎士達は元々重い鎧に加え、突如としてのしかかった凄まじい重圧により、着地の姿勢を取るまでもなく落ちていき、地面にヒビを作って気絶していく。



「やりすぎたかな……ま、いっか」

「……!」



 一度の攻撃で全ての騎士を無力化できたわけではなく、まだまだ私の敵は残っている。だけど、今の技を見て怖気づいたのか、さっきまでの勢いがない。



「私一人に良いようにされてるのが、王国のエリート、ね」

「……」

「そんなに偉いのかな、【騎士ナイト】になるのが」



 種族の価値観の違いなのかもしれなけど……特定の職業が優遇されるというのが、私にはよく分からない。


 勿論、職業によって得られる固有のスキルは強力かつ有用なものが多いのは事実。だけど、色々な職業を合わせた方が、互いの弱点を補えるんじゃないかと思う。事実今私の前で尻込みしている面々も、【魔術師マジシャン】が数人いるだけでかなり厄介な集団になっていたはず。



「まぁ、それでも負けはなかっただろうけど」

「はああああああ!!」

「……それじゃ私には届かない」



 盾を持たない細剣を持った数人の騎士が、次の魔術を行使する前に突貫してきた。その行動自体は悪い選択じゃないけど、普段から目で追えないほどの剣士を見慣れている私にとって、対処は容易い。


 攻撃の直前で半歩体を後ろに倒し、相手の波長を狂わせる。騎士はすぐに追撃のために態勢を整えようとしているみたいだけど、遅すぎるね。



「それを敵に悟らせている時点で、三流以下だよ」



 万全の態勢からなら取れる手段は多いけど、今の彼の状態だと選択肢がどうしても限られる。懐のナイフを取り出して魔力を流し、今度は姿勢を前に倒して斬りかかる。



「ぐあっ!!」

「……む、腕ごと切り落とすつもりだったんだけど」



 どうやら、鎧の下に鎖帷子を装着していたらしい。結果的に助かったわけだけど、速度を重視するスタイルなら、できる限り装備の重量は抑えるべきじゃないかな。


 騎士はまさか鎧が斬られるとは思っていなかったらしく、予想外の事態に思わず剣を落としてしまった。慌てて拾おうと姿勢を低くした男を見逃さず、蹴りを入れてそのまま昏倒させる。



「だから、それを悟らせちゃダメなんだって」



 鎧は斬撃系の攻撃には強いけど、単純な衝撃はむしろ貫通しやすい。こっちもちょっと足が痛いけど。



「……君達も、唯一の優位点を生かさないでどうするの」



 折角数では上回っているのだから、今の内に一斉に私に斬りかかるべきだった。エリート部隊が聞いて呆れる。



「と、とにかく囲め!数ではこちらが勝っている!」

「呼吸を合わせるぞ!」

「……はぁ」



 一々会話でコミュケーションを取るから、作戦がこちらにバレバレ。一周回って、何かの罠なんじゃないかと思えてくる。


 戦闘に楽しみを覚えるタイプではなかったはずだけど……彼らの相手は、全く面白みがない。これなら、一人で訓練している方が有意義。



「……もういいや、昇突風ストマーレ

「な!?」

「と、飛んだ?」



 自身の周囲にのみ昇突風ストマーレを発動し、私自身を空高くに舞い上がらせる。といっても、天井があるからそんなに高くないけどね。



雹氷雨フロスト・ヘイル



 でも、これだけ高ければ向こうは手出しできない。私は時間を存分に使い、周囲に氷の豪雨を降らせる。勿論、私達を蚊帳の外に戦っている二か所を除いて。



「う、うあああああああああ!!」

「くっ、鎧が……!」

「くそっ、あんなのどうしようもないぞ!」

「こ、これが……精霊術」



 彼らは知らない。目の前の少女が、世界で唯一の暗霊を操る存在であることを。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る