266.私は、シルヴィア・アイゼンハイド 後編

 私は黒剣を抜き、自然体で切っ先をエルドリッドに向ける。



「団長!頑張ってください!」

「団長なら勝てます!」



 決闘の部隊は、騎士団が取り囲む謁見の間。応援の声は皆エルドリッドの名前を呼び、こちらの耳の届く応援の声は一人もいない。



「意外と慕われているのね」

「組織の長として、当然のことだ」



 まぁ、彼らの内心は分からないけど。でも彼らが本心からエルドリッドのことを応援しているなら、案外人の上に立つ素質はあるのかもしれない。でもそれなら、尚更私との縁談でのし上がるのではなく、自力で上を目指してほしいものだわ。



「どうした?この雰囲気に気圧されでもしたか?」



 そんなことを考える私の内心を知らないエルドリッドは、そう言って私を挑発してくる。本気でそう思っているのかしら。



「はぁ……そんなわけないでしょ。こんな茶番に付き合わされる状況に、辟易としているだけよ」

「茶番、だと?」

「だって、そうでしょう?結果の視えている決闘なんて、茶番以外の何物でもないわ」

「……貴様」



 逆にこちらから挑発してみたけど、面白いくらい簡単に嵌まってくれた。分かりやすく青筋を浮かべたエルドリッドは、その感情を露わにするように抜剣する。やっぱり組織のリーダーには向いてないかもしれないわね。


 かなりの名匠によって作られたことが窺えるその剣に魔力を纏わせたエルドリッドは、力任せに突進して私に肉薄する。



「思ったより速いじゃない、ちょっと見直したわよ」

「当然だ!」



 彼も彼なりに、この三年間で剣を鍛えてきたんだと思う。彼の足運びや剣捌きは、三年前と比べて明らかに質が上がっていて、当時の私しか知らないエルドリッドが、自信満々なことにも頷ける。



「でも、それだけね」

「は!?」



 剣の腕も、その威力も、魔力も。今の私を超えるものじゃない。迫りくる剣戟を全て見切り、躱すことなく敢えて捌く。



「な、何故、こうも容易く」

「努力したのも、強くなったのも認めるわ。だけどね……三年という月日は、あなただけ経過したわけじゃないのよ」



 四方を海に囲まれた王国は、強力な魔獣の脅威に晒されているとはいえ、遠距離での攻撃手段に乏しい【騎士ナイト】にできることは少ない。つまり、どうしても実戦経験が不足してしまう。


 それに対して私は、当然豊富な実戦経験を積む機会があり、特にエイムやリーゼと出会ったからは命がいくつあっても足りないような相手との戦闘を繰り返して来た。



「言ったでしょ、茶番だって」



 圧倒的な実戦経験の差。それが対人戦の経験で言えば私を上回るエルドリッドとの実力差を、誰が見ても明らかなものにしていた。



「お、おい……」

「な、何か不味くないか?」

「ああ、多分そろそろ」

「くそっ!くそっ!」



 焦りは剣筋を鈍らせ、攻撃を単調にさせる。団長様も、それは分かっているはずなのにね。



「おい、お前ら!!」

「……プライドとかないわけ?」



 後ろから襲いかかって来た斬撃を、手首を捻って受け止めた私は、攻撃の主に視線をやらないままエルドリッドとドレグ睨みつける。念のため『気配察知』を使っていて良かったわ。



「私は『エルドリッドを下して見せろ』と言っただけで、決闘をしろと言ったわけではない」

「私は騎士団長、当然その権力も実力のうちだ」

「……あ、そう」



 なんというか、呆れて何も言えない。勝利を確信し、下卑た表情で笑顔を見せるエルドリッドに嘆息しながら、思考を一段沈ませる。



「そういうことなら、私も手加減しないわよ」



 黒剣に魔力を纏わせ、全身を流れるようにしならせながら、背後の騎士達の剣と盾を次から次へと切り落とす。



「なっ」

「は!?」

「腕を切り落とさないのはせめてもの慈悲よ」



 私が倒すべきなのはエルドリッドただ一人。彼らに慈悲を与える必要なんて微塵もないけど、それと同時にいたずらに傷つける理由もない。



「ぬぅん!!」

「甘いわよ」



 私の意識の隙をついたエルドリッドは、いつの間にか取り出した盾で強引に突進を繰り出して来た。さっきまでは私の速度に対応するために持っていなかったけど、状況が変わって部下から受け取ったってところかしらね?


 突進の流れに逆らわず、ギリギリまで引き付けてから後ろに跳躍して攻撃を躱す。途中で騎士団の面々が邪魔になるけど、踏み付けて逆に足場にすることによって大きく距離を取る。



「借りるわよ」

「……え?」



 途中、騎士の腰から剣を拝借しておいた。特に狙ったわけじゃないけど、盗った彼は部屋の見張りをしていた騎士だったみたい。


 正直騎士団に支給されている剣は、私の黒剣に比べると性能は数段劣る。だけど、そっちの方が手加減をしなくて良いから都合がいい。



「ふん、通路に逃げ込んで数を絞る算段なのだろう。だが最初に言っていたはずだ、『この場で私を制して見せよ』とな」

「………」

「勝利への算段を付けていたのかもしれないが……逆に窮地に立たされているようだなぁ?シルヴィア!!」

「気安く名前を呼ばないで頂戴。それに、見当違いも甚だしいわ」



 まさかあの一言にここまで布石が仕込まれていたとは思わなかったけど、別に問題はない。さっきから使用しているスキルが、ある反応を捕捉しているから。



「……確認するけど、私がここでエルドリッドに勝てれば、こっちの勝ちで良いのよね?」

「そうだが……ああなるほど。今度は部下達を無視し、私を倒すことに全力を注ぐつもりか。だが、そう簡単に行くわけがないだろう」

「すごいわね、予想全部外すじゃない。今のはただの、認識の共有よ」



 私がそう言った瞬間、両開きの大扉が、轟音と共に吹き飛ぶ。



「つまり俺達の仕事は、取り巻きを潰すことで良いんだな?」

「任せて」



 

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