265.私は、シルヴィア・アイゼンハイド 前編
──Side Silvia──
三年振りに訪れる、無駄に広いだけの謁見の間。そこで私が見たのは、赤い絨毯の左右にずらりと並ぶ、全身を鎧で身を包んだ【
どうやら威嚇のつもりで呼んだらしく、騎士達は『威圧』を私にぶつけて来る。これだけの方向から一斉に浴びせられると、意外と壮観ね。
「はぁ……」
だけど生憎、私が積み上げてきた三年間は、その程度じゃ崩れ去りはしない。スタスタと絨毯の上を歩き、大階段の前で立ち止まる。
「久しぶりだな、シルヴィアよ」
「ええ、久しぶり」
階段の上にいるのは、少し老けた私の父親、ドレグ・グリードハイド。かつて騎士団長を務めていた父の迫力は健在で、傍らに控えるエルドリッド以上の威圧感を放っている。
「エルドリッドから聞いている、【
「残念ながら、その才はなかったみたい」
もっとも、列島に渡ってからは一度も
【
「にもかかわらず、家に戻る気はないと」
「そうよ。私の居るべき場所は、ここじゃないわ」
「……!!」
エルドリッドの纏う雰囲気が、少し鋭くなったのを感じる。流石にこんな場所でいきなり襲いかかってくることはないでしょうけど、念のためいつでも剣を抜けるよう、違和感のないレベルで準備しておきましょうか。
「……何故、自ら栄達を捨てるような道を選ぶ。【
父は自分の考えを理解しない娘を、信じられないといったような表情で見つめて来る。こんな自分勝手な考えを展開している人物が自分の両親だと思うと、辟易としてしまうわね。
「何が幸福か、それは自分が決めることよ。決して誰かに決めつけられるものじゃない。私はグリードハイドの当主でもなければ、騎士団の団長でもないの。考えが違って当然でしょ?」
「……無責任だとは思わないのか」
「少しは思ってるわよ。私が不自由のない生活を送れていたのは、この家で育ったお陰なのは間違いないでしょうし。でもね……」
私は父を真っ直ぐに見つめながら、決別の言葉を言い放つ。
「だからと言って、私の愛する人間まで強制される謂れはない。そんなことをされるぐらいなら、私は貴族としての名前も、地位も捨てる!」
「シルヴィア……」
「いくらでも批難しなさい、軽蔑しなさい。どれだけの侮蔑を並べられようと、私の決断は変わらない。私は剣士、シルヴィア・アイゼンハイドよ!」
ドレグの放つ『威圧』が、より一層険しいものになる。だけど、私は絶対に退くことはしない。
「……シルヴィア、お前は私がエルドリッドとの縁談を持ち込んだとき、こう言っていたな。『私より弱い男と結婚なんてしたくない』と」
「ええ、そうよ。【
「その考えは、今も変わらないか?」
「勿論」
「ふむ、そうか」
「き、さまぁ!!」
それまで何とか堪えていたエルドリッドは激昂し、腰の剣を引き抜く。もう私も抜いて問題なさそうだけど、後から公爵家相手に剣を抜いた、なんて喧伝されても困るから、もう少し我慢しておきましょうか。
「先程から黙っていれば……私が貴様よりも弱い?血の滲む努力を重ね、騎士団の長にまで登り詰めたこの私が、ただの剣士に劣るとでも言うのか!」
「その通りよ、何なら試してみる?」
「良いだろう、すぐにその考えを改めさせてやる!」
「待て、エルドリッド」
ドレグは激昂するエルドリッドを諫め、椅子から立ち上がり、冷酷さを隠そうともしない瞳で睥睨する。
「この場でエルドリッドに敗北するようなことがあれば、お前はこの男よりも弱い、そういうことになる。この考えに、何か相違はあるか?」
「……ないけど?」
「ならば、この場でエルドリッドを下して見せよ。もし叶わなかった場合、大人しく家に戻り、彼との縁談を受け入れるのだ」
……その条件、こっちになんのメリットもないのだけれど。まぁ、これで後腐れがなくなると言うのなら、それがメリットと言えるかもしれない。
「良いわよ、かかってきなさい」
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