264.似た過去を持つ者
裏口の扉を蹴り開けた俺は、リーゼの手を引き、俺達が居た偽りの客間とは反対側の扉に手を開ける。
「居ないぞ、それにこいつら……」
「やられたか。死んではいないようだが……奴らは裏口から?」
「はい。鍵がかかっていたはずですが、蹴り破ったようです」
「ふむ……おい、こいつらを運ぶ人員を呼んで来い。他の奴らはこのまま捜索に移るぞ」
「「「了解!!」」」
ドタバタと足音が廊下に鳴り響き、やがて聞こえなくなったタイミングで、二人は揃って安堵の息を吐く。
「助かりましたが……良かったんですか?」
「何がでしょう?」
扉を少し開き、秘密裏に俺を招き入れた張本人、クーネさんは、俺達を見てニッコリと笑いかける。
「助けてもらった私達が言える立場じゃないけど、これは立派な裏切り行為」
「いえいえ、私はお嬢様のご友人を助けただけですから。これからお嬢様は騎士団長様と婚姻を結ぶ予定とのことですし、悲しい報告を耳に入れるわけには参りません」
「!!」
「……なるほどねぇ」
どうやら向こうは、強引にことを運ぶ選択をしたようだ。三年経っても、諦めていないらしい。
「ちょっと思ったんだが、いっそのことあの団長を養子にでもしてしまえば良いんじゃないか?そうすれば別にシルヴィアは必要ないだろ」
「いえ、団長様の家も侯爵家ですから。公爵よりも格が下がるとはいえ、向こうも上位貴族。家の長男、それも騎士団の団長にまで昇り詰めるような者を引き抜いたとなれば、家同士の軋轢が残ります。当主様としても、家の力が弱まっているこの時期にその事態は避けたいのでしょう」
「……婿養子も引き抜きと大差ないだろうに」
「面倒くさい」
本当に面倒くさい。これで相手は自分よりも立場が上だと言うのだから質が悪い。
「エイム、どうする?」
「とりあえず、シルヴィアを助けに行くのは確定。アイツに助けが必要かどうかは、微妙なところだがな」
『もしどうしようもなくなったら、その時は思い切りやりなさい。後のことは私がどうにかしてあげる』
今になって思えばこの言葉も、こうなることを少なからず予期していたものな気がする。
「そういうことでしたら、これを」
「……これは」
クーネさんの手の中にあったのは、ラル=フェスカをはじめとした俺達の武器だ。
「わざわざ宝物庫に仕舞いこんでいましたよ、あそこは返却の時に取りに行くのが面倒なんですがねぇ」
つまり、最初から返す気はなかったと。俺の銃は俺以外使えないんだが。
「……クーネさん、流石にこれは誤魔化しようがないんじゃないか?こっちに肩入れしすぎて、逆に怪しいまであるぞ」
勿論、俺も本心から疑っているわけではない。だがそう思ってしまうほどに、こちらに肩入れしすぎている。もしこれが当主であるシルヴィアの父親にバレでもすれば、物理的に首が飛んでもおかしくない。
家族のように育った。シルヴィアはそう言っていたが、それにしてもやりすぎだ。クーネさんが命を懸けているのに対し、シルヴィアは別に命が危うい状況にあるわけではないはず。
「……お嬢様から、私の経歴については?」
「いえ、何も」
「私はこの屋敷で働く前、孤児院で暮らしていました。孤児院にしては随分と資金繰りに余裕があり、生活に困窮することはありませんでしたが……決して、楽なものではありませんでした」
孤児院と聞くと聞こえは良いが、その実態は犯罪組織が管理する暗殺者を育成するための極秘機関だったという。
「………」
「毎日のように拷問にも等しい訓練が課され、朝起きると一人、訓練中にまた一人……。どんどん数を減らしていく中で、いつ自分の番がやってくるのだろう。そう絶望していた時に……」
『貴女は今日からここで働くの、良いわね?』
「私が死んでしまう前に、組織は王国の騎士団によって壊滅されましたが、残された私達は結局露頭に迷いかねなかった。お嬢様はそんな私を、メイドとしてこの屋敷に招き入れてくれたのです」
「へぇ……」
「それまで人を殺す技術を学んでこなかった私にとって、メイドとしての仕事は不慣れなんてものではありませんでしたが……お嬢様はそんな私を、家族として迎え入れてくださった」
『クーネ、街へ行きましょう!』
『えっと、二人だけでの外出は……』
『大丈夫よ。私達二人を捕まえられる人なんてそうそういないわ』
「それまでの私を否定するわけでなく、認めた上で、新しい人生を歩ませてくれた。そんなお嬢様の幸福を守るためなら、今のこの地位を捨てることに躊躇いなんてありません」
「………」
「お願いいたします。お嬢様を、お救いください」
「ああ、任せておけ」
元よりそのつもりだったが、救わなければいけない理由がまた一つ増えた。一度頭を下げてから部屋を出た後、人がいない廊下を駆ける。
「……同情、した?」
「……いや。どちらかというと、共感、かな」
彼女はもう過去を克服している。哀れに思うのは、きっと筋違いだ。
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