263.グリードハイド邸へ 後編

 案内された客間は、呆れるくらいに広かった。俺達があてがわれた王城の部屋よりも断然広く、ここで模擬戦なんかもできてしまいそうなくらいだ。ここにいるのは俺とリーゼの二人だけなので、随分と寂しく感じてしまう。


 テーブルの上にはいくつかのお菓子が置かれており、軽くかじってみるが毒が入っている様子はない。長い迷宮生活の影響で、体に害のあるものは何となく感じ取ることができる。



「というかこれ、凄くおいしい」

「頼むから俺が許可するまで口にするのはやめてくれ、美味いのは同感だけど」

「大丈夫、何か危ないものだったら精霊が教えてくれるから」



 俺達は貴族でもないし大富豪というわけでもないが、軍人としてみれば比較的裕福な生活を送っているし、特にここ最近は節約を意識したことはない。だがそんな俺達からしても、このお菓子は俺達の手の届かないようなものだと分かってしまう。



「この屋敷でシルヴィは、どんな生活を送っていたのかな」

「………」



 そんなリーゼの呟きに、俺は広い部屋を眺める。



 先日俺達の元へと訪れたクーネさんと、俺達をここまで案内したあのメイド。両者の態度は真逆と言ってもよく、どちらがシルヴィアの側に居たかで、生活の色は大きく変わっていただろう。


 だが、貴族として裕福な暮らしを送っていた彼女が、身分を隠し、一人の軍人として生きる決断をした。その事実だけでも、どういった扱いを受けて来たかは、大体想像が付いてしまう。



「今のシルヴィアを取り巻く問題が片付いて、あいつの気持ちの整理が付いたら、昔のことを聞いてみてもいいかもな」

「……うん」



 俺達を連れ、もう一度屋敷を訪れたということは、彼女のとって口にしたくない程のことではないのだろう。今はわからないが、聞けばいずれ教えてくれそうな気がする。



「難しいね、家族って」

「……ああ。家族の数だけ、家族の形がある。良し悪しを決められるのは、その一員だけだと俺は思う」



 俺の価値観で言えば、子供に就く職業を強制させる家族はどうかと思うし、子供に拷問を連日繰り返すような父親なんて最低だと思う。だが結果的に言えば、そんな父親に育てられたからこそ、その子どもは現在も生き延びることが出来た。


 結局のところ、決めるのは本人なのだ。



「……エイム」

「ああ、聞こえてる。ったく、人がアンニュイな気分に浸ってるときに」



 俺の耳は、ドタバタとこちらへ寄って来る一団の足音を捉えていた。



「両手を挙げろ、大人しくしていれば乱暴な真似は……む?」

「いない、だと?」

「まだ近くにいるはず──」



 隊長格と思われる兵士の頭上から、俺は飛びかかる。そのまま倒れ込んだ男に踵落としを入れて昏倒させた後、残りの兵士に向けてにやりと笑いかける。



「なっ!」

「貴様、何を」

「それはこっちのセリフだっての」

「『土礫クレスト』」



 背後に回っていたリーゼの精霊術が男達の後頭部に直撃し、集団は揃って地面に倒れ込んだ。まだ辛うじて意識はあるようだが、体を動かせるだけの余力は残っていないようだ。



「……やり過ぎてないよな?」

「大丈夫、兜被ってるし。それにしてもよく聞こえたね。多分この部屋、防音室になってるのに」

「どうせ来るとは思ってたからな、気を付けてた」



 アルスエイデンにどういった文化が根付いているのかは知らないが、客間をわざわざ屋敷の奥に設置するなんていう非効率なことをするとは思えない。来客を閉じ込めようとしている魂胆が見え過ぎている。



「貴様ら……我々騎士にこんなことをして……ただで済むと……」

「何か事情があるなら、それをまずはこっちに話せ。部屋に入る前から抜剣して、ノックもせずに扉を開けるなんて、後ろめたいことがありますって言っているようなものだろ」

「ん、非常識」



 わざわざ奥の部屋を客間に偽装したくらいなので、恐らくはシルヴィアとの会話に関係なくはじめからこうするつもりだったのだろう。武装を解除させたのも計画の一部だろうが、あまく見られたものだな。



 流石に殺してしまうとこちらの立場が悪くなりそうなので、騎士の兜をとり、その兜で頭を殴って意識を奪っておく。



「さてと。こうなった以上、シルヴィアの元へと急いだ方が良さそうなんだが」

「その前に、エイムの銃を何とかしないと」

「それなんだよなぁ」



 わざわざ奥の部屋に案内されたのが幸いし、シルヴィアの居るであろう場所までの道は把握している。だが没収された俺達の武器がどこにあるのか、その場所は分からない。


 今の場面は向こうが油断してくれていたので素手でもどうにかなったが、ここから先はそういうわけにもいかないだろう。リーゼはどうとでもなるが、俺の場合は少々厳しい。



 そう悩んでいる間に、俺の耳が新しい足音を拾う。早速増援がおでましらしい。



「ちょっとまずいかもな、さっきより数が多い」

「どうしようか……」



 おそらく撃破だけを考えるなら、リーゼ一人でもどうにかなるはず。だがそれで時間を稼がれては、きっとまた新たな増援がやってくるだろう。それを考えると、一度何とかして追跡の手を逃れた方が良い気がする。



「裏口に逃げる?」

「ああ、それが良いかも……いや、待て」

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