260.王都の逃走劇 中編

「……キリユ、大丈夫か?」

「何とかね、貴方こと大丈夫なの?」

「正直、このままだとヤバい……だから現状を打破するために、少々強引に行こうと思うんだが」



 俺はキリユに、咄嗟に考えた作戦の内容を伝える。その間も絶えず追尾する矢が襲いかかって来るため、一時も油断できない。



「……良いわ、やってちょうだい」

「提案しておいてなんだが、大丈夫か?」

「無理かもしれないけど、死にはしないもの。それに、貴方の正体を見極める一端になるかもしれないし」

「ブレないなお前も……なら、やるからな」



 『危機察知』の反応に体が反射的に動いてしまいそうになるのを堪えながら、俺は地面に靴底の跡を付け、今まで逃げていた矢の方向へと走り出す。俺が逆に向かってきたことによって矢の速度は凄まじいものになるが、寸でのところでナイフを取り出して斬り払う。



 相手がどれだけ距離を開けて放っているか分からない以上、出来るだけ近づかなければならない。そのために、まずは大体の居場所を割り出す。



「行くぞ!」



 建物を蹴り、垂直に大きく跳躍する。空中で回避が難しくなった俺を好機と捉えたのか、大量の矢が俺に向けて殺到する。



「そう来ると思ってたよ」



 そうしてくれると思い、俺は飛び上がるときも下を気にしていたのだから。矢が飛んできた方向からあたりを付けた俺は、フェスカに瞬時に魔力を送り込み、空中に放って反動を利用して矢を躱す。



「ぐっ……!」

「エイム!?」



 だが当然、追尾性に優れた矢を全て躱すには至らず、いくつかは体に突き刺さってしまった。体に鋭い痛みが走るが、今は気にしている場合じゃない。



「人の心配してる場合か!気をしっかり持てよ!」



 そのまま弓士が多くいると思われる場所に着地した俺は、キリユを強く抱きしめた後、



「──いい加減にしろよ、お前ら」



 手加減抜きを『死圧』を、無差別に振り撒く。その影響を間近に受けるキリユは瞬間体を震わせるが、もし向こうが何ともなかった場合に無防備になってしまうので、離してやるわけにはいかない。



(どこだ、どこにいる……!)



 些細な変化も見逃さないよう、瞳孔を大きく開き、聴覚を極限まで研ぎ澄ませる。追撃は来ていないが、俺達は今敵に囲まれている状況。この機会を逃せば、ハチの巣になるのは間違いない。



「エイム!あ、あそこ!」

「!!」



 俺はキリユが指さした方向を向け、視線をやることなくフェスカの引き金を引いた。どうやら建物の物陰からこちらを狙っていたようで、壁に守られて致命傷は免れたようだが、当然ながらこの程度で終わらせるはずがない。



「ぐあ!」

「でかした!」



 手応えがあった場所まで走ると、そこには倒れ込む黒頭巾の男。痛みに悶えるその男の頭を掴み、



「『連鎖する死憶レンダリングメモリー』」

「う、うああああああああああああああああ!!」



 男の絶叫が、周囲の静寂を切り裂いて響き渡る。男の脳内に眠る死の記憶、その恐怖の感情に押し負け、絶叫しながら体を震え上がらせた。



「や、やめてくれぇ……」

「それを決めるのはお前じゃない……どうせどっかから確認してるんだろ。ひとまず、俺達に使ったスキルを解いてもらおうか」



 俺はまだ今もどこかから監視しているであろう人物へ向け、空を睨みつけながら語りかけた。別に空中から覗いていると分かっていたわけではないが、透視能力でもない限り監視は上からが一番楽だろうと思ったからだ。



「………」

「あら?」

「……いつの間にこんなスキルをかけられたんだか」



 一瞬視界が歪んだ後、辺りの景色が暗くなる。場所はよく分からないが、建物の一室であることに変わりはないようだ。少しぼろぼろになっている気はするが。



「も、もういやだぁ……」

「エイム」

「ああ」



 俺の男の頭から手を離し、『連鎖する死憶レンダリングメモリー』を解除する。このまま逃がしてやる義理はないので、武器を取り上げておく。この様子では、少なくとも自力で逃げ出す余力はないだろう。



「で、どこだここは?」

「開発区のどこかみたいね、王城とは真逆を走っていたみたい」

「幻覚を使って、王城の場所を誤認させてたのか。でも矢は本物なんだよな」



 今更ながら気付いたが、術が解除された後も矢は俺の体に刺さったままだ。見ているだけでも痛々しいので、一瞬の痛みを堪えながら引き抜いておく。



「街中を走っていたら、それなりに目立っていたと思うんだが」

「いつからスキルを使われていたかによるわね。私達が気付く前からここに誘導されていたのだとすれば、住人は全く気付いていない、なんてこともあり得るわ。ここは王国の目が届かない場所だから」

「良いのかよそれで」



 何となく周囲の光景を見てスラム街のように感じてはいたが、その状態は放置して良いものでは無い気がする。今回のように犯罪に使われれば、王族の身が危ない。



「混沌の一日以降、仕事にあぶれた人が多すぎて、私達では対処しきれなかったのよ。こっちで人を雇うのにも、支援するのにも限界があったから。私だって、この状況を無視しているわけではないわ」

「……悪い、お前に言っても仕方ないことだったか」

「分かってくれれば良いのよ……その怪我、大丈夫そう?」


 

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