259.王都の逃走劇 前編

「……とりあえず、壁際に寄りましょうか」

「ええ……」



 こちらが意図して撒いたというのならともかく、監視役が対象を見失うなんて間抜けな話があるわけがない。確実に、何かしらの事件が起こっている。



「先に聞いときますけど、ぶっちゃけどのくらい戦えます?」

「自分の身を守るくらいなら何とかって感じかしら、それも相手が貴方みたいな人だとどうしようもないわね。隠れるのは得意だけど、防衛は苦手なのよ」

「なるほど」



 十中八九、事を起こした犯人はこちらを捕捉している。今更隠れたところでどうにかなるとは思えない。



「まずい、か?」



 いつの間にか、それなりにあった人通りがピタリと止んでいる。時刻はそろそろ日が沈みそうな頃合い、人通りは減り始める時間帯ではあるだろうが、この急速な減り方は明らかに不自然だ。



「何とかできない?」

「街中だと、こっちから仕掛けるのは俺じゃ無理だ」



 思考を切り替えながら、俺は周囲を見渡し、なるべく多くの地形情報を頭の中に叩き込む。『危機察知』はあくまで自分に攻撃が迫ってきたときに反応するスキルなので、専守防衛が必要な今回はあまり役立ちそうにない。スキル無しでもある程度気配を読むことはできるものの、それを悟らせるような素人でもないだろう。


 それにこちらの攻撃手段も、こういった街中だと些か使いづらいものが多い。威力が高すぎるため、狙い所に注意しないと建物を破壊してしまう。緊急事態ならそんなことを気にしている余裕はないが、後々こちらに降りかかる面倒事を考えるとあまりやりたくない。 



「逃げるのが一番楽かもな、王城まで逃げ込めばどうにかなるか?」

「多分。監視役が倒されているなら騎士で対処できるかも怪しいけど、あそこには虎の子の勇者がいるから」

「おい、俊を巻き込むな……派手にやっていいならその時は俺が出る。とりあえず掴まってくれ」



 今日は昨日と違い、しっかりと手元に銃もある。広い場所まで辿り着ければ、どうとでもなる自信がある。



「一応支えるが、片手は自由に動かせるようにしておきたいから、離さないようにな」



 背負う方が両手が使えるため楽ではあるが、そうすると背後からの攻撃が迫ってきたときにキリユを守れない。不本意ではあるが、もしものことを考えると横抱きが一番良いだろう。



「何だかんだしっかり守ってくれるつもりなのね?嬉しいわ」

「うるさい、お前に何かあったら咎められるのはこっちなんだから、ちゃんと守られててくれよ」

「ええ、よろしくお願いするわ」

「じゃあ……行くぞ!」



 キリユを抱き上げ、誰もいない街中を駆ける。途端に『危機察知』に幾つもの反応が浮かび上がる。



(弓?)



 躱した後の地面には、十本近い矢が深々と突き刺さっていた。それなら刺さっている方向から敵の位置を判断できるのではないかと思ったが、その前に次の攻撃が来るので余裕がない。


 壁を蹴り、三次元的な動きも織り交ぜつつ、王城へと走る。流石に人一人抱えている状況ではいつものような動きは出来ないが、弓くらいの速度なら『危機察知』の反応が出てから避けられる。



「つっても、面倒なことに変わりないけどな!」



 何せ弓は曲射ができるせいで、射線から身を隠すといった行為ができず休む暇がない。



(王城までもつか……?)



 このまま状態が停滞してくれるなら、恐らく逃げ切る事は可能。だが向こうは恐らくある程度の準備を重ねた上で実行している。となれば、



「やっぱそうなるか!」



 今までは地面に突き刺さっていた矢が、俺が躱すと角度を変えてもう一度襲い掛かってくるようになった。スキルなんて非常識な技術がある世界、ホーミング性能がある矢があっても何らおかしくはないが、この状況では厄介極まりない。


 フェスカを構え、腕だけを後ろに回して襲い来る矢を迎撃していく。周りの被害を考慮して威力は最小レベルまで抑えてあるが、矢自体に耐久力はないらしく、撃ち落とすのに問題はなさそうだ。



「エイム、何だかおかしい」

「何が?」

「さっきから王城の大きさが変わってない。これだけの速度で走っていれば、もう着いてもおかしくないはずなのに」

「……確かに」



 攻撃を躱すためにジグザグに移動しているため、真っ直ぐに進んでいたわけでないにしても、流石にそろそろ辿り着いてもおかしくないはずだ。



(どういうことだ……?)



 考えてみれば、不自然なことは他にもある。まず、どうやってこれだけ広範囲のエリアで人払いを済ませたのか。何らかの事件が起こって逃げたのだとすればどこかで騒ぎを感知しているはずだし、住民もグルならこの国はとっくに反乱で倒れている。


 そしてもう一つ気になるのが、先程から時間が進んでいないように感じること。正確に把握していたわけではないが、太陽の位置が変わっていない気がする。



「エイム、前!!」

「うお!?」



 突如として、目の前に巨大な土壁が出現する。駆け上がると空中で集中砲火を受けるのは目に見えているので、フェスカで強引に壁自体を破壊してそのまま駆け抜ける。



(敵の術中に嵌まっているのは間違いない、この状況を打破するには……)

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