258.王女との外出

「で、俺は何故駆り出されてるのでしょうか」

「あら、言わないと分からない?」

「ええ、全く」



 翌日、軟禁状態もほとんど解消され、自由な外出も可能になったわけだが、何故か俺だけが、それを許されずにいた。



「今日はドレスを新調しに行くの。一番下とは言え、王位継承権を持った一国の王女が護衛もなしに街を歩くわけにはいかないでしょう?先日物騒なことがあったばかりだし」

「護衛が必要なら、俺よりも優れた人材が幾らでもいるでしょうに」



 俺は現在、キリユに同行する形で街中を歩いている。本気で断りたいところだったが、流石に国王からの王命を断る勇気はなかった。どうやらキリユはわざわざ俺を指名してきたらしく、国王陛下も少し困惑気味だったのがせめてもの救いだろう。家族ぐるみだったら、真剣に脱走を考えなくてはいけないところだった。



「と言うか、これ護衛必要ないでしょう」

「そこはまぁ、咄嗟の壁役?」

「だからそれなら俺である必要ないんですって……まぁ、もういいですけど」



 流石の国王も、昨日出会ったばかりの人間に娘を預けるわけにはいかなかったようで、隠れているために視認することはできないものの、周囲には数人の監視が付いているようだ。


 そもそもの話、護衛が必要なのかどうかも疑問である。昨日彼女が『魅了チャーム』の他にどんなスキルを使ったのかは知らないが、隠蔽系のスキルを使ったことは間違いない。それを駆使すれば、護衛なしでも上手くやれるだろう。



「昨日みたいに、もっと砕けた口調でも構わないのよ?」

「何事にも建前というのは必要ですから。それにあまり距離を縮めるとロクなことにならないと、俺の本能が言っているので」

「あら、それは残念」



 キリユ自身が口調を崩しているので、多分護衛には聴覚強化系のスキルを持った人間はいないのだとは思うが、それでも用心しておくに越したことは無い。王女様はバレてもイメージが壊れる程度で済むが、俺は最悪不敬罪が適用される可能性がある。



「さてと……ここが目的の店よ。多分、昨日マリア姉様達が来たのもこの店じゃないかしら」

「へぇ。あのドレスが……」



 王族御用達ということは、それなりに格式高い店なのだろう。今更ながら、少し怖気づいてしまう。



「お待ちしておりました」

「やほ」

「……あーもう」



 今日は一日振り回される気がする……。





♢ ♢ ♢





「エイム、どっちが似合ってた?」

「俺の意見、必要ですか」

「うん、そのために呼んだから」



 最早建前すら使わなくなったキリユに俺は小さく息を吐き、左右に持ったドレスに目を向ける。


 一方は水色を基調とした、清潔さに溢れるドレス。細かな刺繍が高級感を醸し出していて、まさに王族のドレスといった印象を受けた。


 そしてもう一方は、こちらは打って変わって赤を基調とした妖艶なドレスだ。肩をこれでもかと見せつけるその姿をお披露目されたときは、正直目のやり場に困ってしまった。



「印象こそ大きく異なりますけど、どっちも似合ってましたよ」

「エイム、こういう時はどっちか選んで欲しいときなんだよ」

「……じゃあ水色の方ですかね。どっちも素敵ですけど、そっちの方がキリユ様らしいと思いました」



 昨日までの俺なら答えに迷っていたかもしれないが、今の俺には分かる。絶対キリユは、俺をからかう意図で後者のドレスを見せた。それならば、俺の答えは一つだろう。



「そう。なら、今回はこっちにしようかな」

「かしこまりました」

「……結局赤い方を選ぶんですね」

「うん、こっちの方がエイムの反応が良かったから」

「……そうですか」



 こんなおかしな会話をしている中、何食わぬ顔で仕事をする【仕立て人テーラー】さん、プロ過ぎる。



「次はネックレスを見に行きたい、付いてきてくれる?」

「どうせ拒否権ないんですから聞かないでください」



 それからも俺は、王都中を回る勢いで連れ回された。実際は一部の高級商店が建ち並ぶエリアだけだったのだとは思うが、そう思ってしまうくらいには体が重い。その原因は、間違いなく目の前を歩く上機嫌な王女様だろう。事ある毎に感想を要求され、気疲れしてしまったのだ。



 別に彼女に褒める点に困っていた訳では無い。まだ幼さが見える白い肌に、手入れを怠ってはいないのだろう整った顔立ちは、気恥ずかしさで目を逸らしてしまう程度には美しい。


 だがそもそも、俺にそこまで女性を褒められるだけの語彙力は備わっていない。一度や二度ならともかく、何度も尋ねられると困ってしまう。



「今日はありがとね、楽しかったわ」

「……それなら良かったです」



 因みに今日購入したものは全て王城に送られるらしいので、俺は荷物持ちの役割すら果たしていない。本当に何のために呼ばれたんだと嘆きたくなる。



「貴方は?楽しかった?」

「まぁ、一日ぶりの外出でしたし、気分転換にはなりましたよ」



 悪い方に転換している気もするが、きっと気のせいだろう。そうに違いない。



「心残りがあるとしたら、もう少し貴方のことを知りたかったことかしら」

「……勘弁してください」



 最後までブレないキリユの様子に、呆れを通り越して苦笑いを浮かべてしまう。



「もしかして、いつの間にか監視の目が消えているのはそのためですか?」

「……え?」

「……ん?」



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